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ふたりの姫と従者たち


 長い長い昔語り。御伽噺だと言われても納得できてしまいそうなほど現実味のない話を聞いていた千尋は、それまで語りに徹していた夜翅が安堵を顔に宿したことからひと段落がついたのを察して手元にあるグラスを揺らした。

 先ほどの坂道からそう離れていない、寂びれた印象の漂う喫茶店。そこに四人はいた。

 最初に場所を変えようと言ったのは千尋だ。道端でしゃべり続けることに抵抗があったのと、こんな目立つ奴らとはさっさと縁を切りたいという理由からまとめて話を聞いた方が楽だと判断した結果だ。リーダー的立ち位置にいる透も道端でできる話ではないと同意を示した。後は話を聞いて、縁を切るだけだった。

 ――それが不可能になったのは、今の話から理解してしまったが。

「伝承、か」

 夜翅が語って聞かせてくれた伝承とやらには、千尋にも心当たりがあった。寧ろ幼いころに繰り返し聞かせてもらっていたので、諳んじろと言われれば諳んじることも可能である。幼心に壮大な世界観と御伽噺にしては珍しいバッドエンドに魅入られたのは、今でも鮮明に記憶に残っている。

 両親の家で先祖代々受け継がれてきた由緒ある話だと聞いたのは、いつだったか正確には思い出せない。物心がつく前から知っていた気もしたが、知らなかった気もした。気づいたら生活のごく一部にあって、咲希とふたりでハッピーエンドだったらどうなっていたのかと他愛もない想像を膨らませていた。

 聞くのはいつだって就寝時だったので、千尋にとってはそれこそ『物語』や『御伽噺』、或いは『寝物語』でしかなかった。それを伝承だと真面目な顔をしてのたまわれても困るというのが本音だ。だが、あまりにも三人が真剣な顔をしているため笑い飛ばすこともできない。

 それに、彼らの言う伝承が千尋の知る話と同じ代物なのは事実だ。ここは実感には乏しくとも、そういうものなのだと腹をくくって受け入れるべきなのだろう。そうでなくては話が進まない。

 手元で揺れる紅茶を一口含み、光に透けて金色に映る夜翅の髪をぼんやりと眺める。

 伝承を鵜呑みにして考えるのであれば、彼らが千尋を姫と呼ぶ理由はこれで明白になった。彼らは千尋と咲希をふたりの姫の再臨として見ているのだ。そうでない可能性など、微塵も考えていない。双子で、女で、伝承を知っている。三つも符号が揃えば、否定する方が難しいのかもしれないが。

 疑問なのは、呪いで縛られているわけでもない先祖代々の誓約を彼らが律儀に守りに現われたことだった。

 透も夜翅も玲も明言こそしてこないが、三人は従者と考えるのが妥当だ。千尋にわざわざ会いに来たのは身辺警護の為だろう。

 従者がどのように選定されるのか、知ったことではない。しかし、意志を奪われたわけでもないのにわざわざ命を落とすかもしれない状況に飛び込んでくるなど、千尋からすれば酔狂の極みだ。見も知らぬ他人のことなど放っておけばいいものを、どうしてここまで来てしまったのか。

 張本人である千尋ですら受け止め損ねているのに、張本人以上に真剣な姿に呆れて言葉も出なかった。

 SF小説ならともかく、ありふれた幸せしかないこの現実では荒唐無稽で馬鹿みたいな話だと笑い飛ばして、見捨ててくれてもそれはそれで構わなかったのだ。

「力って、何?」

 率直な感想を飲み込んで、諸々言いたいことも後回しにして、ひとまず引っ掛かっていた部分について質問をすれば、かわいらしく夜翅が微笑んだ。

「神々にはね、属性があるんだ。僕たちも、強弱の差はあっても持ってるよ」

 神と呼ばれる存在は、人とは根本的に違う生き物だ。その最も顕著な違いとして、超常的な力を司る。属性に分類してしまえば、炎・水・風・土・光・闇の六種類だが、さらにそこから派生した力も合わせれば軽く百は超えるとされており、稀にどの属性にも属さないような力を持っている者もいる。力の強さは血の薄さや濃さに比例しがちではあるが、一滴でも神の血が流れている限り、無能力はありえない。どれだけ弱くとも力は力、人の身では授かれない。俗にいう超能力者や霊能力者は神々の血を引く者であり、単に世代を重ねすぎたために弱い能力しか具現できなかっただけである。

 千尋が何も知らないのを気遣ってかずいぶんと噛み砕いてくれているらしく、頭に入りやすい短さで説明した夜翅の横で気だるげに玲がグラスをもたげる。

「オレは炎、透は光。夜翅は風で、この中で一番強い」

「……君が?」

「以外だった?」

 玲や透ではなく、夜翅が。

 見た目で判別するのは愚かの極みだとわかっていても驚きを禁じ得ずに千尋は訊き返した。気分を害することもなくはにかむように答えた夜翅はひたすら純真無垢で可愛らしい。優しそうな風貌もあって戦闘の二文字は似合わない。最弱ならまだしも、どう贔屓目に見ても一番の実力者には見えなかった。

 驚かれるのに慣れているのか具に見つめる視線にも特に気にする素振りを見せなかった夜翅が、でもね、と世間話の延長線上でさらりと続ける。

「あなたにもあるよ。最も尊い、強い力」

「属性は?」

 間髪入れずに訊き返した千尋に透が指を組んだ。

「姫の力に属性はありませんが、名目上は天候とされています。風属性の嵐と雷、水属性の氷――吹雪なども含みます」

「それは」

 尊いとか強いとか以前にいささか卑怯ではなかろうか。

 そして持っていても使い方がわからなければ意味がないのでは。

 何とも形容のしようがない複雑な面持ちで黙ってしまった千尋の心情を敏感に察したのか「卑怯なのは《地の姫》様もなんだけどね」となんでもないことのように玲が眇めた瞳に退廃的な香りを匂わせる。

「問題はそこじゃないよ、姫君」

 力の属性だとかそれを使えるのかとかの話ではないと言外に告げられ小さくうなずく。

 彼らが求めているのは質問ではない。説明は現状を教えるためにされたのであって、いつでもできる受け答えの時間を作りたかったわけではないだろう。

 ささやかな現実逃避も見逃さなかった玲の鋭さに苦笑を禁じ得ない。

 正直な感想としては、やはり非現実的すぎてだからどうしたと言ってしまいたい。そんな遊びに千尋を巻き込むなと言ってしまいたい。

 だけど、心の底から嘘だろうと思っているけれど、これが現実なのだともわかっている。誰も千尋を騙してはいないと、わかっている。

 だから、護る許可を求められているのも、ただ許すとさえ言えば一緒に戦ってくれるのも、今の御伽噺と誓約の話から推測することはできていた。彼らがどれだけその誓約に命を賭ける覚悟があるのかも、話の最中に向けられる瞳の奥に燻る信念の色から読み取れていた。

 敢えて気づかないふりをしていたのは、護られる価値がないと卑屈になっていたからでもこの皮肉な運命を嘆いていたからでもない。現実として状況を受け入れられなかったからでもない。

 護られたくないと、心の最奥で叫ぶ千尋がいるのだ。護られるのは性にあわないと叫ぶ自分がいるのだ。

 いくら姫とは言え、どうして今日逢ったばかりの人間を護ることに迷いがないのか。疑問に思いながら、それでもこれしか答えはないかと口を開く。

「あのさ、護るよ」

 ――沈黙が、落ちた。

 え?とあからさまに狼狽えたり困惑したり目を見張ったりしている面々に順繰りに視線を向けながら、手を組みもう一度口を開く。

「護るよ。君たちがじゃない。千尋が、君たちを。それではだめ?」

 数秒間、三人が互いの顔を見やった。

 面白いおもちゃを見つけた子どもさながらに玲が目を輝かす。

「護るな、とは言わないのかな?」

「咲希のとこにも従者がいるのなら、それは自殺行為。拒むのはあまりに無謀で愚かだよ。でも、追いつけないわけじゃい」

 これが嘘でも現実でも。夢でも真でも、それだけは変わらない。

 護られるだけで終わるのは、護られるだけの存在で居続けるのは、嫌だった。

 だから。

「君たちに追いついたら、君たちと並べるぐらい強くなったら、護るなというから」

 護るな、と彼らに言うのは簡単だ。自分の後始末は自分ですると言い切ってやるのも、本当は難しくない。

 だが、千尋は戦闘経験がないうえに能力を持っているという自覚もない。そんなやつが護るなというのは死にたがりかよほど現状が理解できてないかのどちらかで、千尋はそのどちらでもない。

 護られたくないと叫ぶ心は確かにここにある。それでも、護られるのを受け入れて強くなるという選択肢が最善なのは諭されるまでもないことだった。

 だから、その時までは護る手を不本意ながら受け入れる。

 静かに決意を固めていた千尋は残っていた紅茶を嚥下する。その時、ふと脳裏をよぎったのは片割れの顔だった。今頃どこかで同じ話を聞かされているだろう咲希を思い、思わず嘆息する。

「……咲希は、護るなと言うだろうね」

「妹君かい?」

「そう」

 ぼそりと落とした独り言に返ってくる返事があるとは思わなかった。少し驚きながら首肯すれば、夜翅が唇を薄く開いた。

 不思議がっている様子ではない。殺めねばならない対象が無防備を選ぶという確信に近い予想に悲しんでいる。

「どうしてか、訊いてもいい?」

 従者を拒むのは従者の誠意を無碍にすることだ。だから普通の人間なら、例え彼らの言うことが虚言だと思っていても、穏便に済ますためにある程度妥協する。なぜなら、彼らの話が真実であった場合、生命に関わるからだ。わがままを言う状況ではないとそれぐらいの機転は利かす。

 それが理解できていての問いに、とっさに返す言葉が思いつかなかった。

 明確な理由も根拠もない。咲希が愚かでないのは一番身近にいた千尋が知っている。咲希が千尋と同じ考えに至り、同じ最善を見つけているだろうことは本人に確認するまでもないことだ。

 だが、同時に千尋は知っていた。咲希が変なところでこだわりを持っていることを。千尋よりも世渡り下手というか、余計な分まで動くというか、とにかく時々だが周囲が理解に苦しむことを平気でやってのける。その上、相手に甘えて主語や重要部分を抜いたしゃべり方をするから事態をややこしくする。相手に真意が汲み取ってもらえないことも多く、それさえ仕方がないと受け入れる。

 正しいと思う道を、千尋も咲希も貫くから。信念を曲げない限り、きっと咲希は従者を拒む。

 だからなのだとは説明をする気にもなれず、答えを待つ夜翅と呆れた顔をする透を見やり、すでに興味を失っているらしい玲までも一応答えを待っているのを目にした千尋は肩を竦めた。

「そのうちわかるよ、夜翅。いやでもね」

 運命が殺し合いという選択肢を掲げるのならば、選ぶ側の決意を変化させるのは不可能だ。

 だからこそ、今は、今だけはそれだけしか言えなかった。



        ******



「ばかじゃない?従者なんていらないから」

 そして千尋の予想通り、咲希は一通りの説明を受けた後、三人が何かを言うよりも早くきっぱりと護るという申し出を断っていた。普段よりも格段に冷えた声は低く、燃え上がる炎よりも激しい怒りが無表情に近い顔に凄みを添えている。

 咲希たち一同は千尋たちのように移動などというまだるっこしいことはせず、空き教室で話をしていた。春休みが目前に迫った今、学校内の方が人目を気にせず話すことができるという咲希の主張を受け入れての判断だ。実際二時間ほど居座っていたが、誰も廊下を通りかからない。教師でさえテストの採点が忙しいのか、居残りをする生徒と部外者を咎める者はいなかった。

 張りつめた静けさの中で長々とした御伽噺を慧斗が話し、それを時折稀紗羅が補足すると言った形式で説明は進んだ。その間に桜祈が口を挟むことは一度もなく、いきなり始まった御伽噺に驚いた様子を見せた咲希も始終静かに耳を傾けていた。

 そうして、語り終わるのを待って紡いだのだ。従者はいらないと。

 不明な点の質問をすることも話の真偽を問うこともせず、存在意義ごと従者を否定した咲希に唖然としているのは付き合いの長い稀紗羅だ。一年間同じクラスにいた彼は咲希という人物の為人を具に見ている。賢明とは言えないが愚かな決断を安易に下さないのをその目で確認している。それ故に何ひとつ訊かずに断られるとは考えもしなかったのだろう。

 咲希は言葉を失う稀紗羅の内心の心理を大まかに考察しながら、困惑の雰囲気を醸し出している慧斗を一瞥する。稀紗羅とは違い、断られたことはどうでもいいのか衝撃を受けている様子はない。焦りや動揺は感じられない。断られても従者としての振る舞いと使命をすることには変わりがないと無言のもとに告げている。年長者らしい落ち着きは小憎らしいほど揺らがない。

 こういうタイプを諦めさせるのが一番厄介なのだが、それよりも桜祈の反応が咲希にとっては意外だった。出会いがしらのやり取りから、断れば罵倒されるかとふんでいたのだが、凍てついた眼差しに揺れる光は諦観に近かった。断られるのを見越していなければおかしい反応の薄さは無関心ではないだけに気味が悪く、解いていた警戒を積もらせる。

 せめて何か尋ねたり憤慨したりしてくれたらいいものを、咲希の言い分を優先する腹積もりなのか誰一人口を開かない。徹底したその態度がひどく癇に障った。

「使命がそんなに大切?自分の命を今日初めて会った他人の為に賭けてまで、やらなきゃならないこと?」

 人様の為に命を賭けて、生死すら宿命に握られて、それなのに護る許可を欲しがるその神経が咲希には理解できない。

 咲希の運命は勿論、命も咲希のものだ。生きるのも死ぬのも、どうするべきか判断するのも、すべて咲希自身が決める。誰かのために生まれた時から運命が勝手に決められているなんて、想像するだけでもぞっとする。

 だからこそ、簡単に許可を求めていつ終わるかわからない人生を振り回されるままに過ごす決意を固めている三人を素直に肯定できない。

 侮蔑を隠しもせず苦々しく吐き捨てた咲希に、稀紗羅がこちらも苦虫でもかみつぶしたような顔をした。

「あのな、それは慧斗だけだ」

「は?」

 予期していなかった否定の言葉に素で面食らった顔をした咲希は、頭の中で稀紗羅の否定を咀嚼し、額面通りの意味を飲み込むと怪訝そうに眉を曇らせる。

「白濱さんだけ?」

「正確には慧斗も違う」

「はあ?」

 ならばなぜ護りたがる。使命を全うしようという意思を見せる。

 つじつまのあわない主張に、ますます意味がわからないと咲希は痛むこめかみを抑える。

 彼らが従者として動く気があるのは確かだが、それが使命だからとは限らないと同じ口で言うのはどう解釈したらいいものなのか。むざむざと知っている人の命が奪われるのを知っていて知らないふりをするのが寝覚めに悪いからだと考えるのが妥当だが、稀紗羅はそれでいいとしても今日逢ったばかりの慧斗や桜祈には当てはまらない気もする。

「意味不明だし、使命でないならよけいにいらないんだけども?」

 不機嫌なまま軽く順に睨み付けてささやかな反論も突っぱねる。それが使命からくる忠義でもそうでなくても、たとえその決意にどんな理由があっても受け入れるつもりは微塵もない。

 その理由はあくまでもいらないからの一点張りで味気がなく、説明不十分で独り善がりでどうしようもない。幼稚な抵抗だと口にしている咲希でさえあまりの拙さに呆れて言葉も出てこなくなる。

 それでも、咲希には彼らの意思を否定して傷つけることしかできない。護るにふさわしい相手ではないと思わせることを目的としているので、多少痛む心こそあったがそれで構わなかった。こどもの駄々に似たわがままに、三人が呆れるのを待っていた。

 しかし、いくら待てども――――真っ先に見捨ててくれそうな桜祈ですら、予想に反して何の感情も揺らさない。

 居心地の悪い空気が咲希を包んだ。息苦しいこの空気を生み出すきっかけを作ったとはいえ、お葬式より重苦しいためにいたたまれない気分になるのは致し方がないだろう。

 そっと目を逸らした咲希は、浅く細い息を吐く。意見を変えるつもりはないが、この緊張感はいいかげん疲れる。かといって、終わる気配もない。

 うんざりと椅子に腰を下ろした咲希が頬杖をついたのを淡々と見ていた桜祈が、翳した手に漆黒の闇を灯した。

「お前の意見は関係ない」

 ゆらりと虚ろに闇が燻り消えてゆく。握りつぶすには禍々しい波動に瞬きを忘れて見入っていた咲希がおかしかったのか、稀紗羅もてのひらを上向けて一払いした。空気が急激に冷え、返す一払いで戻る。その瞬間入れ替わるように空間に陽炎が昇り、まやかしの砂漠の景色が現われた。絶句している咲希に一礼した慧斗が指を鳴らすと消失する。

「姫、御身を護る力は属性がひとつ、例外がふたつになります」

「例外って」

「属性に当てはまらないはぐれと申し上げましょう。属性よりも直接的な攻撃力が低下致します」

 手品にも似た刹那の出来事に魅せられたのを見逃さなかったのだろう。するすると流れるように始まった解説に一瞬顔が歪んだのが自分でもわかった。

 体よく話をうやむやにされてしまった気はするが、無駄なことを話さない印象のある慧斗が説明を始めた手前重要なのは間違いない。黙り込んだ咲希に稀紗羅が薄く笑む。

「お前と姉だとあちらに軍配が上がる。従者もあっちの方が強いしな」

「そんなに変わる?」

「ああ。応用や細工は俺や慧斗の方が得意分野になる。けどな、直接的な決め手には程遠い。お前と桜祈が属性ありだが」

 いかに不利なのかを滑らかに説明していた稀紗羅が言い淀むように間を開けた。

「……お前には、枷っていうのも不適切だが、ひとつ戒めがある」

「はい?」

 枷?と目を丸くして見返した咲希に慧斗が頷き淡々と説明しだした。

 曰く、そもそも神々の力に優劣があるのはその威力の違い云々の話以前の問題で、相性によるものが殆どだそうだ。同属性や相反する属性ならばいざ知らず、その他の要因によって勝敗が左右されるのは極めて珍しい。解り易く言えば、五行の相克図のようなものだ。

 だが、どんな物事にも異例がある。それが《天の姫》と《地の姫》だ。《天の姫》は純粋に《天帝》の力を受け継ぎ、天候に関するならば複数の属性を同時に支配するのも可能だ。その威力は父である《天帝》ですら時に凌ぐほど強大と謳われるほどだった。

 一方で《地の姫》は《大地の女神》と同じ土の属性で大地の支配権を有するだけでなく重力を操ることができたが、何の因果か《天帝》の力のひとつである言霊を使うことができた。しかし、それを扱っていいのは《天帝》だけという暗黙の了解がある。《天帝》より遥かに弱い威力とはいえ、天に君臨するのも夢ではない全てを拘束できる力ある言葉を操れるのは一人でよい。そのために《地の姫》には『言霊封じ』の枷がかけられた。能力を封印しては人と変わりないからと、言霊だけを封じるためにかけられた呪。元から今一歩《天の姫》敵わなかったのが、それで決定的になったのだ。《地の姫》が負けた原因は枷のせいだと語る者が出るほどに。

「……篠目先輩は?」

 あまり喜ばしくない話に顔をしかめた咲希はもう一人の属性保持者があてにならない理由を問う。

 これには桜祈本人が口を開いた。

「姫を護る従者の選定方法は最も力のある者、それが決まりだ。姫を護るというのはそれだけ重要なこと」

 だが、異例があるなら例外もあると考えろ。

 続けざまに落とされたそれだけの真実を事実として受け止めるのに数秒の時間を要した。理解した瞬間、握りしめた手が汗ばむのを自覚する。

「まさか、それって」

 姫を護るなら強くなくてはならない。それが絶対の決まりであり受け継がれてきた誓約。

 では、その例外とは。

「桜祈の力はよくて中、本来なら従者にはなれない」

 ――衝撃的、と言えばかなり衝撃的な稀紗羅の断言に咲希はすっと表情を消した。

 頑なに唇を引き結び沈思すること数分余り。予備動作なくぱっと身を翻すと反射的に慧斗が差しのべた手を掻い潜り教室から飛び出した。息が無様に切れるのも厭わず、ただ我武者羅に駆けて、駆けて、その場から逃走する。

 だから、知らなかった。

「やはり、拒むか」

 弱すぎる。

 そうぽつりと落とした桜祈の言葉も。それが慧斗と稀紗羅には届いていなかったことも。

 何も、知らなかった。


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