未練があるから留まってる訳ではありませんのよ
『私、使用人達からも嫌われておりますのよ。』
わんわん泣くアナの声を聞いて飛び込んで来た使用人達にアナを引き渡し逃げる様に乗り込んだ通学用の馬車の中で車窓の枠に頬杖ついたポーズをしたリリアが外の風景を眺めながらあっけらかんと言う。
何を今更、こっちは過去の記憶も知っとると胸の内で返事をしている間に座面から浮いたリリアが儂に顔を寄せるから慌てて背を反らして距離を取る。
『ベル様の元へ嫁ぐ時に使用人を連れて行きたくなかったんですの。うちの屋敷の使用人は皆仲良いみたいだもの、それを引き裂くような真似は私にはとても⋯。』
演技がかった話し方に身振り手振りを加えてみせるリリアへと冷ややかな視線を送れば、リリアは悪戯っぽく笑って元の座面に座る⋯ようなポーズをした。
『───はあ。貴方は私の全てを知っておりますもの、揶揄い甲斐がありませんわ。』
両手を重ねて太腿に乗せたリリアは自嘲した様な笑みを浮かべてみせる。
『幼い頃より私は我儘を繰り返しておりましたから⋯嫌われるのも当然でしょう?この身体になるまで私は使用人に感謝の意を口にした事も行動で示す事もしませんでしたもの。お給金を与える立場でもありませんのに我儘放題で癇癪を起こす子供なんて⋯好かれる筈がありませんもの。婚約が決まってからは特に酷かったわね、ベル様好みの女性になろうと身嗜みには人一倍目を光らせていましたから。』
でも、もう良いんですの。と彼女は笑った。ベルナールの事を諦めたから拘っていた化粧も止めたのだと。あの男に対する未練も無いと口にした所で儂は唇を開いた。
「⋯?未練があるから化けて出たんじゃろう?」
『化けッ⋯!ひ、人を!まるでお化けの様に言わないで下さいまし!未練なんてありませんことよ!今すぐにでも成仏してやりますわ!!!』
霊になっても血の巡りがあるのだろうか、顔を真っ赤にしてリリアが儂の身体を叩く。すり抜け痛くも痒くもない暴行を受けながらふと感じた違和感の正体を探るべく彼女の言葉を反芻する。若い身体になったとは言え、言葉を聞き流してしまう癖は直らんもんじゃのう。はて、何が気に掛かったんだったか。