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〚或る少女の独白〛




学術も礼儀作法も意地で身に付けた。人が羨む程の美貌だって全く努力していなかった訳じゃない。総てはあの御方の為、ベル様の妻⋯皇后として相応しい人間になる為に私は自由の利く全ての時間を以てして自分磨きに費やしたの。───だって!ベル様程の素晴らしい人間の隣に立つには同じ様に素晴らしい人間でないとベル様が恥をかいてしまうでしょう?



ベル様が初めて私を「リリア」と呼んで下さったのは五歳の頃でしたわね。照り付ける陽射しにも満開の向日葵にも負けない程の天真爛漫な笑みで私を呼ぶその御姿に一目で私、恋に落ちたのです。その日の夕刻にお父様に「私、ベル様と結婚したいの!」と駄々を捏ねた位にはあの御方に心を奪われておりました。何としてでもあの方を手に入れたい、水面の様にきらきらと輝くブルーの瞳に私だけを映して蕩ける様な甘い声色で私の名を呼んで欲しい。幼いながら⋯いえ、幼いが故でしょうか。物語の中の王子様の様な彼が注いでくれるであろう愛を渇望していたのです。

毎夜毎夜と夕食の度に駄々を捏ねる私を見兼ねたお父様のお陰か、はたまた陛下も同じ考えを持っていらしたのか。ベル様との婚約を結ぶ事が出来た時には天にも昇るような心地でありました。どこか疲弊したお父様より、これからは未来の皇后として恥ずかしくない様教養を身に付けるように⋯と言われたので私、その日から今に至るまで努力致しましたのよ?なのに、なのにどうして?


「やあ、ミア。偶然だね。良ければ此処で食べていきなよ。」

「えっ?い、良いんですか?ありがとうございます!」

いつの間にか殿下の隣には私でない女がいて、私と一緒に居る時よりも仲睦まじそうにしている。あの女を見つめる時のベル様の表情は慈愛に満ちていて傍から見ても恋慕の念を抱いている事が分かりますもの、そうなればどうなるか⋯分かりますでしょう?平民からは「殿下を射止めた少女」としてミアへ希望と羨望の眼差しが送られ、私は「公爵令嬢にも関わらず平民に負けた女」と嘲笑される。私に群がっていた令嬢達は最初から未来の皇后が与えてくれるであろうお零れを期待していたのでしょう、ミアに擦り寄っていきました。残されたのは身分を考慮して私が皇后になると信じて疑わない哀れな令嬢数人のみ。悔しくて堪らなくて思い付く限りの嫌がらせを彼女にしてきたわ。だって仕方ないでしょう?私のものであった殿下を奪ったんですもの、泥棒猫にはお仕置きが必要なのよ。願わくばあの子の心を折ってしまって二度と殿下の前に姿を現さないようになってしまえばいい。⋯⋯だけど、虐めれば虐める程に私を見るベル様の眼差しは冷ややかなものになってミアはベル様を始めとする周囲に守られた。仕舞いには、⋯⋯ああ、思い出したくもない!



⋯きっと。何処からやり直したとしてもこの結末は変わらないのでしょう。私は必ず殿下に想いを寄せてしまうし殿下もあの子を好きになる。最初から私の初恋は実らないと決まっていたんだわ。どう足掻いてもベル様に振り向いて貰えないならいっその事、



「───聞いているのか、リリア!」

ええ、ええ。聞いていますとも。一度だって貴方の言葉を聴き漏らした事なんてありません。私が愛してやまない御方ですもの、幼い頃に赤い薔薇が良く似合うと仰ってくれていた事もお嫁さんに迎えられて嬉しいと笑って下さった事も緊張で声が裏返りながらも舞踏会にエスコートして下さった事も全て、全て覚えていてよ。きっと殿下の中では黒歴史どころか忘れ去ってしまっているのでしょうけど。

お母様は言います。「ベル様の妻になるならば愛人をも快く許容する心持ちでいる事」と。私だってよく理解しておりました。でも私が見てきたベル様は一人だけに愛情を向ける方ですから、あの子を妾に⋯などとは思わないでしょう。⋯私だって同じですわ。妾など作られてしまったらきっと嫉妬で狂ってしまうでしょう───それこそ今、この時のように。

殿下がミアを片腕で抱き寄せる。私からミアを守っているのね。⋯これじゃあまるで私が悪人のよう。いえ、ベル様達にとっては間違いなく私は悪なのでしょう。ならば諦めなくてはいけませんね、悪役と言えど公爵令嬢。散る時も気高く美しくいなくては。スカートを摘んで一礼して彼等の前から去るだけ、それだけで良いのです。──なのにどうして私の手足は、指先は動かないのでしょう。この唇は震えてばかりいるのでしょう。言わなくてはいけませんのに。「婚約破棄に同意します。どうかお幸せに。」と。たったそれだけ、それだけですのに。視界が、視界がぼやけて、暗くなって、





黙り込む私に再び殿下が婚約破棄の意を告げる。それで漸く枷が外れたように開いた唇から吐息が洩れた。昏い瞳で殿下を見ればミアに危害を加えるとでも思っていたのかしら、より強く抱き寄せミアが小さく悲鳴を上げる。その場所に居るのが私でないのなら、いっその事

「死んでしまいたいわ。」

───神様への祈りがやっと届いたのかしら。言葉を発した途端に視界が暗く爆ぜた。




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