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目が覚めたら怒られていた。




「────聞いているのか、リリア!」

テレビのチャンネルが切り替わったように目の前の景色が変わる。

目の前には男女が一人ずつ。異国の者だろう、陽に照らされ白く輝く金の髪を靡かせた青年が桃色の髪をした少女を庇う様に片腕で抱き寄せながら儂を睨んでいる。

睨まれる覚えも無いので周囲をぐるりと見渡すもこの男女の仲間だろう、遠巻きに青年と歳も変わらぬ男共が此方に睨みを聞かせている。

思い返そうとするも婆さんが儂を呼んでいた記憶以降、何一つ覚えていない。だが青年のこの激昂具合では回答も得られないだろう。この老耄が若い男に力で勝てるとも思えない⋯ならば儂に出来る事は唯一つ。妙に軽い片腕を当てて妙に多く感じる髪越しに後頭部を掻き、しおらしい表情を浮かべる。

「若いもん、すまんのう。お宅らの逢い引きを邪魔するつもりは無かったのじゃ。」

あくまでもか弱い高齢者だと強調しつつ声を発する。老人をターゲットにしたカツアゲ目当てでなければ多少の粗相も目を瞑ってくれるだろう⋯そう思っていたのだが目の前の女は男の腕の中で瞳を丸くするし、男の眉間の皺は深くなる。

「リ、リリアさま⋯?」

「何だその巫山戯た口調は⋯俺に喧嘩を売っているつもりか?」

おかしい。更に青年の怒りを買ってしまったようだ。しかし先程から呼ばれているリリアとは誰の事であろうか。儂は伊崎久蔵だと名乗ろうと唇を開いた瞬間、知らぬ誰かの記憶が脳に流れ込んでくる感覚に襲われ思わず蹌踉めいて片手で額を押さえる。視界の端に映るのは紫掛かった艶やかな黒い髪と───孫の結婚式で見た華やかな生地。


『あーら、ミウさん。貴女のような平民がどうしてこの学園にいらしたのかしらぁ?殿方に媚びるのがお得意な貴女の事ですからその愛嬌と身体を使って入学出来るよう取り計らったのでは無くて?』

『売女が⋯ッ!汚らわしい手で殿下に触らないで頂戴!』

切り刻まれ足跡で汚された教科書や制服を桃色の髪の少女に投げ付け言葉でも罵る。儂の隣で同じ様に罵声を浴びせ嗤う少女達が媚び諂う表情で此方を見る。その眼に映るのは皺くちゃの高齢者ではない。艶やかな黒髪に吊り上がった瞳を歪に弧を描いて学園中に響く程の高笑いする少女の姿────儂は伊崎久蔵ではなかったのだ。

青年が何か叫んでいるが今の儂には届かない。伊崎久蔵とリリアと呼ばれた女、二人分の記憶が混ざり合って思考が纏まらない。整理をしたいが為に横で喚く男に向け片手を上げて発言を制する。

「すまぬのう、少し疲れたみたいじゃ。また後で話を聞いてやる。」

孫に向ける様な〚優しいお爺ちゃん〛の顔をしてやれば漸く青年の眉間の皺が緩んだが、その代わりに何ともまあ情けない⋯鳩が豆鉄砲食らった様な呆けた顔をしている。返答が無いのを返事と受け止めて儂は学園の中庭を後にし帰宅する事にした。⋯どちらの家に帰るのかは愚問。周囲の奇妙な色した髪を見れば此処が日本ではない事はこの老耄にも分かる。この女──リリアの記憶にある家に帰るつもりだ。




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