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24 記憶。

午前中に1本あげています、そちらを先にお読み戴けると幸いです。


「本当にいいのね……?」


 フィーの少し迷った瞳での問いかけに、ヒューは力強く頷いた。

 私はただ見守るしかなかった。私は泣いていたヒューを知っているけど、フィーは泣いて泣いて苦しんでいたヒューも知っている。迷うのは当たり前だと思った。記憶がないままでも暮らしてはいけるから。


 ヒューを大切に守ってきたフィーは、悲しむヒューをもう見たくないんだと容易に想像できた。

 もしかしたら、自分が苦しいよりとても苦しく感じることなのかもしれない。


「フィー、いつも俺のことで辛い決断をさせてごめん。でももう大丈夫だから」


 ヒューがそう言うと、フィーは少しだけ泣きそうな顔をして唇を噛んで「わかった」と小さく言った。


 フィーの少し震えた指が、ゆるゆるとヒューの右耳のうしろに辿り着いて。

 ヒューがふるるっと一回肩を震わせた。フィーはもう一度、心配そうな瞳をヒューに向けたけど。ヒューがフィーをしっかりと見つめてもう一度力強く頷いたから、フィーはゆっくり一回瞬きをして、指先で右耳の後ろをとんとんとしてから。

 ゆっくりと唇をその右耳の側まで近づけて、詠唱を唱えた。


 ヒューはゆっくりと赤い瞳を閉じて。

 フィーが両手でヒューの左右のこめかみを包むと、赤みを帯びた光がヒューを包んだ。



「あ……」


 うつむいていたヒューが目を開けて前を向くと、ヒューもフィーも向かい合ったまま大粒の涙をポロポロと流してた。

 二人だけにある、お互いに流れ込む感情の中で無言で会話をしているようにも見えた。


「私、席外した方がいいかな」


 思わず声をかけると、ヒューは涙を流したままこちらを見て、ふるふると首を振った。


「ニナ、ここに居て。お願い」


 そう切実そうな声で涙ながらに言われて、私は「なんで」と聞けずにそのまま息をのんだ。

 何も言えなかった。


 この二人に、どのぐらいの苦しさが九年前にあったのか私だけが想像もつかなかった。

 二人の涙は頬を伝って顎先からぽたぽたと次々に落ちていく。

 二人とも、それを拭いもせずお互いを見ていた。霧雨よりもやさしい雫みたいに見えた。



「フィー、あり、がとう、ずっと」


 涙でにじむ声でヒューが言った。それを聞いて、フィーは顔をぐしゃぐしゃにして「ヒュー」とただ名前を呼んで、しゃぐりあげて泣いた。


 きっと、苦しむヒューを見てもっと苦しかったのはフィーだ。



「自分なんていらないって思い続けた俺のこと、守ってくれてありがとう」


 ヒューがそう言うと、フィーは「そんなことない」と言うようにぶんぶんと首を振った。

 二人は額をこつんと一回くっつけてから、お互い背中をポンポンとして。


「ヒュー、私、アークのところに行ってもいい?」


 フィーが笑って言うと、ヒューは「いいよ」と笑って答えた。たぶんそれは、九年前にはヒューが言えなかったこと。フィーに言ってあげられずに「なんで」と大泣きしたこと。きっと、今だから言えるようになったこと。


 そう思うと、新しい一歩の扉を開けるようにこの部屋を飛び出していくフィーが眩しく見えた。

 見送るヒューはただ微笑んでいた。

 私はただ黙って、そんな二人をずっと目で追っていた。




お読み戴き、本当にありがとうございます。

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