第四十六話 口づけ
◇数週間後◇
「おはようございます、レオナルドさん。コーヒーこちらに置いておきますね。あとこれ、本日の新聞です」
「あぁ、すまない。ありがとう、シア。……ぶふっ!」
コーヒー片手に新聞の一面に目を通した瞬間、見事に噴き出すレオナルド。おかげで誌面はまだらに黒く染まってしまった。
「やだ、お父様」
「汚い」
「貴女達、そんなこと言ってないで拭うもの用意してちょうだい」
「はい、シア様。こちらのタオルをどうぞ」
「ありがとう、アンナ。レオナルドさん、大丈夫ですか? コーヒーが変なところにでも入りました?」
コーヒーで濡れてしまった誌面を拭いながらそう尋ねれば、「シアは知っていたのか?」と聞かれて首を傾げる。
「何のことですか?」
「マゼラン家の爵位剥奪のことだ」
言われて誌面を覗けば、確かにそこにはスクープ記事として『マゼラン家、不正取引で男爵の爵位剥奪!』と大きな見出しがついていた。
「……あぁ、裏づけが取れたんですね。まだあれから一か月も経ってないのに、さすがマリベル様。仕事が早いですね」
「その反応は、知っていたということか」
「知っていたというか、けしかけたの私なので」
シアがにっこりと微笑むと、驚いた様子のレオナルド。
「どういうことだ?」
「んーっと、話すとちょっと長くなるのですが、マリベル様の旧姓ってご存知です?」
「確か、アメーラ公爵家だったか? それが一体この件に何の関係が?」
イマイチ話の筋が見えないレオナルドは、訝しげな表情になる。マリベルがマゼラン家の爵位剥奪にどう関わってくるのか、全く理解できないようだ。
「アメーラ公爵家は国内で唯一薬の売買が認められている特殊な家なんです。薬っていいようにも悪いようにもできるから管理が厳重で取り扱いはアメーラ公爵家のみと定められているのですが、どうもマゼラン家が違法ながら薬関係に手を出してるという噂を小耳に挟みまして。それで先日の別れ際にその調査をしていただきたいとマリベル様にお願いしたんです」
「あぁ、あのときのはそれだったのか」
パーティーの別れ間際。シアがマリベルを引き留めて耳打ちしたのはこのことだった。
というのも以前、ドゥークー辺境伯の家でのお泊まりのときの雑談で、セレナがシアに薬も取り扱っているのかと聞いてきたことがシアはずっと引っかかっていた。
最近戦争影響で関税が引き上げられて実家でも売上が伸び悩んでいるという話を聞いていたにも関わらず、ここのところマゼラン家が謎に羽振りがよく、パーティーにも連日顔を出しているというのを聞いて、何か怪しいと思っていたのだ。
そのため、勘違いかもしれないがという前提で、アメーラ公爵家出身であるマリベルにマゼラン家が薬物の違法売買している可能性があるという旨を伝えていたのだった。
この記事を見る限りでは、案の定不正が発覚して証拠が出てきたということだが、まさかシア自身もこんなにも早く決着がつくとは思っていなかったので、正直驚きではあった。
「今更だから言いますけど、実はセレナのこともあってそのときはまだマリベル様に言うかどうか悩んでたんですけどね。まぁ、あの一件があってもうバラしてもいいかなーって」
「そうだったのか」
「セレナも巻き込んじゃう形になってしまって、ごめんなさいね」
「……別に。今はクロヴィス様一筋だからあんなやつどうでもいいし。むしろ私としては黒歴史だから、思い出させないで」
本音なのか強がりなのか定かではないが、セレナにぴしゃりと言われて口を閉じるシア。
セレナがもう忘れるというのなら、今後この話題は口にしないようにしておこうと思った。
「だが、告発したのがシアなら逆恨みとか大丈夫なのか?」
「あぁ、それに関してはご安心を。ほら、ここ。マゼランは早々に捕縛されて塀の中ですから」
「だが、残された家族は? あの気の強さじゃ、爵位剥奪の報復に来てもおかしくないと思うが」
「んー、それも限りなく可能性が低いかと。借金がえらいことになってますから、恐らく既に夜逃げしてもう国にはいないのでは? 国にいたら見つかり次第取り立てられますから、我々の前に出るどころじゃないと思います」
けろりとしながらシアが答えると、レオナルドは呆然としていた。
シアにとってこの流れは既定路線なのだが、お坊ちゃん育ちの公爵であるレオナルドにはなかなか刺激が強いのかもしれない。
「そうなのか」
「まぁ、そういうわけで見事に自滅したってわけです」
「シアはそこまで見越して行動していたのか」
「やられたらやり返すのがモットーなので」
シアがにっこりと微笑む。
今までマゼラン家には散々苦しめられたぶん、シアの喜びもひとしおだった。
「嫌いになりました?」
「まさか」
軽口を言い合いながら、お互いに見つめ合う。
すると、「時間がないんだから、イチャつくなら見送りが終わってからにして」とセレナからクレームが飛んできた。
レオナルドと話をしている間にもう朝食を済ませて支度を終えていたらしい。
「ごめんなさい。もう学校に行く時間だったわね」
慌てて見送りのために子供達のあとをついていくシア。その後ろを、レオナルドも見送りのためについていく。
「いってきます」
「いってきますね、シア様」
「じゃあ、行ってくるわよ。シアさん」
「はい、みんないってらっしゃい。気をつけてね」
セレナが自分の名を呼んでくれるようになったのを面映く思いながらも、あえて反応せずにいつも通り見送る。
「無事に行ったな」
「はい」
シアが隣にいるレオナルドに視線を送ると、再び見つめ合う。そのままゆっくりと目を閉じると、二人は口づけを交わすのだった。
第二章 完
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