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行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました  作者: 鳥柄ささみ
第二章 恋

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第三十七話 悪口

「おや、これはこれはシア嬢ではないですか! こんなところでお会いできるとは思いもしませんでした」

「ご機嫌よう。奇遇ですね、マゼラン男爵。お久しぶりです」


 パーティーに到着して主催者への挨拶を終えたあと、すぐに出会ったのは以前にも増してでっぷりと恰幅がよくなったマゼラン男爵だった。

 一応、人前ということでシアは笑顔を装っているものの、内心では今すぐどこかに行ってほしかった。


 だが、マゼラン男爵は離れる気配はなく、むしろニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて近づいてくる。


「いやぁ、聞きましたよ。行き遅れてこのままご実家で貰い手が誰もおらぬまま腐っ……お一人で過ごすかと思っておりましたら、まさかの公爵家に嫁入りとは。一体公爵相手にどんな手管をお使いになられたのか、ご教授願いたいですな」


(こんの、くそジジイ! いけしゃあしゃあと、会って早々悪口三昧ってどういう了見よ)


 会ってすぐに浴びせられる嫌味三昧。マゼラン男爵が会うたびに嫌味を言ってくると理解していても嫌なものは嫌なわけで。

 外面がいいシアも酷い言われように、今にもブチギレそうなくらい腑が煮え繰り返る。


「えぇ、そうなんです。いいご縁がございまして、嫁入り致しました。マゼラン男爵からお気にかけてもらえてるとは思いませんでしたが、この通り素晴らしいギューイ公爵家の一員になれましたわ」

「これはこれは、型に嵌った定型文をどうもありがとうございます。まぁ、公爵家と言っても名ばかりであまり評判が……おっと失礼。つい口が滑ってしまいました」


 大人な対応をしているシアと対極の態度を取るマゼラン男爵。まるでおちょくって愚弄するかのような態度に、自然とシアの額にピキピキと青筋が立っていった。


「お言葉ですが「我が妻だけでなく、我が家をも愚弄する気か、貴様」」


 さすがに抗議しようと口を開けば、自分よりも先にレオナルドが前に出ていた。

 顔を上げればレオナルドの憤った顔がそこにある。先程までこちらをおちょくっていたマゼラン男爵はレオナルドの剣幕に恐れ慄いたのか、大きな身体を縮こませて「ひぃ」と小さく悲鳴を上げていた。


「レオナルドさん」

「……だが」


 自分よりも怒っているレオナルドを見て冷静になったシアが、あえてレオナルドに落ち着くように目配せする。

 まだ納得していないレオナルドは抗議の声を上げるが、「ここは私に」とこっそりと耳打ちすれば、不本意ながらもレオナルドはグッと言葉を飲み込んだ。


「お言葉ですが、マゼラン男爵。今回の国家事業の運営管理はドゥークー辺境伯と我が家ギューイ公爵家ですよ? 貿易商として、取引先になるかもしれない相手の反感を買うのは得策ではないと思いますが。まぁ、私としては実家が潤うので、そのほうがありがたいですけど」

「な……っ」

「もう少し冷静に判断される頭を身につけられたらいかがでしょうか? この騒ぎでいらぬ注目を浴びてますよ。貿易商として印象は大事なのですから、もう少し立ち回りを考えられたほうがよろしいかもですね。では、私達はまだ挨拶しなければならない方がたくさんいらっしゃいますので、失礼させていただきます」


 まだ何か言いたそうなマゼラン男爵を尻目にシアはにっこりと微笑む。

 そして、家族を引き連れその場をあとにした。


「なんなの、あのクソジジイ」

「こら、フィオナ。外でそういうこと言わないの」


 マゼラン男爵から離れたところで吐き捨てるように言うフィオナを咎めるシア。

 実際にシアも同じことを思ってはいたが、さすがに公爵令嬢であるフィオナが公然と言い放つのを見過ごすわけにはいかなかった。


「ですが、酷い言いようでしたよね。どうしてシア様があんな言い方されなくてはいけないのですか? 私も納得できないです」


 珍しく、アンナまでが声を荒げる。相当腹が立ったらしい。


「あー、マゼラン男爵は私のことを目の敵にしてるからね。他の人に対してならある程度愛想をよくしているけど、私が絡むとどうも周りが見えなくなるみたいなのよ。ごめんなさいね、巻き込んじゃって。貴女達まで不快な気持ちにさせてしまったわね」

「そんなっ、シア様は悪くありません!」

「そうだ。シアは悪くないのだから謝る必要はない」

「私、あいつ嫌い」

「あはは。すごい嫌われようね」


 自業自得ではあるが、ここまで反感を買われるなどマゼラン男爵も思っていなかっただろう。シアのことになると視野が狭くなるのは昔からのことで、それが回り回って自分の評価を下げているのを彼は理解できていないようだった。


(毎度毎度墓穴掘って、飽きないわね)


 マゼラン男爵は比較対象を貶めて相手を褒めるという方法でこれまで成り上がってきたが、上流階級にいけばいくほどその下品なやり方は上手く機能しないということがわからないらしい。

 どうも上級貴族が誰が相手であっても誹謗中傷を耳にすることに不快感を示すことを未だに理解していないようだ。


(とはいえ、一応フォローしておくか)


 曲がりなりにもマゼラン男爵はセレナの想い人であるオルセウスの父だ。セレナとしてはこの流れは面白くないだろう。

 マゼラン男爵から突っかかってきてたとはいえ、ここはあまり印象を下げすぎるのもよろしくないかと、シアは適当にうやむやにして話を濁すことにした。


「まぁ、商売敵だからってのもあるけど、女の私が対等にやり合ってたのが気に入らないってだけだから気にしないで。腹は立つけど、放っておけばいいのよ。勝手に自滅するから」

「だが」

「レオナルドさんも、相手にするだけ無駄ですから気にするだけ損ですよ。それよりも、お話する方がたくさんいるでしょう? せっかくパーティーに来たんですから有意義に過ごさないと。ほら、ドゥークー辺境伯の代わりに来てるんですから、働かないと」


 シアがそう言うと、不本意ながらも「そうだな」と納得するレオナルド。

 渋々と言った様子ではあるが、実際ドゥークー辺境伯の代理で来ているのは事実だ。そのため、レオナルドはふぅっと小さく溜め息をついて平常心を取り戻すと、他の貴族との挨拶回りに集中するように思考を切り替える。


 その後ろでセレナが「アレが、マゼラン男爵……? 嘘でしょ」と困惑しながら小さく溢していたが、その声は誰にも聞こえていなかった。

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