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行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました  作者: 鳥柄ささみ
第二章 恋

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閑話 セレナ

「もしよければ一曲お願いできますか?」


 差し伸べられた手。

 ダンスになど今まで誘われたことがなかったせいか、セレナは自分が声をかけられたと気づくのに少々時間を要した。


「え? わ、私!? ですか?」

「はは、そうだよ。君だよ」


 笑った顔がキラキラと輝いて見える。その笑顔が自分に向けられているのだと実感して、セレナは思わず赤面した。


(初めて、誘われた……っ)


 パーティーに滅多に出ないせいで、たまに出たとしてもいつも遠巻きにされるばかり。

 そのため、声をかけられることがなかったセレナは、初めてのダンスの誘いに目を白黒させる。


(どうすればいいんだっけ!? はい、喜んで! とか言えばいいんだっけ!? いや、それだとがっつきすぎ? あーもー、こういうときにアンナがいてくれれば!)


 ちゃっかり既にいい相手を作ってる妹を恨めしく思いつつ、セレナは必死に頭を回転させるも適当な言葉が浮かばず。

 けれど、だからといってせっかくのお誘いだとセレナは断りたくはなかった。


 とにかく返事をしないとと思いながら、セレナはその手をとる。

 そして、伏目がちになりながらも蚊の鳴くような声で「よろしくお願いします」と言うのだった。


「セレナって公爵令嬢だったのか! 凄い人に声をかけちゃったな」

「そんな、気にしないで。公爵令嬢って言っても、ほとんど名ばかりみたいなものだし」

「そんなことないよ。気品が溢れてる。仕草だけで育ちがいいのがよくわかるよ」


 彼はオルセウス・マゼラン。マゼラン男爵家の三男で、貿易商を営んでいる家系らしい。

 マゼラン男爵家は正直あまり好かれていないと聞いたことがあるが、セレナにとってそれは親近感を湧かせる要素の一つであった。


(お父様も謂れのない中傷ばかり受けていたし、きっと同じね。だって、オルセウス様はとてもお優しいもの。だから、それを妬んだ誰かが悪い噂を流しているに違いないわ)


 初めて声をかけてくれた青年。

 常に自分を褒めてくれる優しい男性。

 自分を理解した上で肯定してくれる素敵な人。


 セレナにとって全てが初めてのことで、舞い上がらないわけがなかった。

 しかも同じ学校でクラスは違えど同級生だったことも判明し、これは運命だと思った。


 だから、学校などで周りの友人からの忠告はきっと嫉妬なのだと思い、セレナはほとんど受け流し、あまり聞く耳を持たなかった。


「セレナの今日の髪型素敵だね。服もいい」

「そ、そうかしら? ありがとう」

「どこの製品? ……あー、ジュディのとこか」

「そうなの! 素敵よね」

「知ってる? デザイナーのジュディって、あいつ本当は男なんだぜ? それなのにチャラチャラしててみっともないよな」

「えっと……」

「あぁ、悪い。セレナのセンスが悪いってわけじゃないよ。それってあの継母(ママハハ)が選んだやつだろ?」

「えぇ、まぁ」

「やっぱり! ババアが好みそうなセンスだからそうだと思った! てか、ジュディってその継母贔屓なんだよな。そのせいで一切うちと取引してくれねーし。だから嫌い」

「そう、なの」


 正直、オルセウスと会話していて、ときおり反応に困る場面が出てきて違和感を持ったことはある。

 それは、親しくなればなるほど悪化していった。


 口調も荒く、口が悪い。

 褒める言葉よりも貶す言葉が多く、たまに聞くに堪えないときもあった。


 一応オルセウスに合わせようと何か共感できそうな話題を探したが、あまり話せないことを抱えてるセレナが言えそうな話題はささやかなシアの愚痴だけだった。


 お節介。距離感がおかしい。目立つ。


 そんなことを些細な軽い愚痴のつもりで話した。

 すると、それを言ってからというもの、やたらとオルセウスはシアのことを槍玉に上げるようになった。そこまで言わなくても、というようなことも茶化しながら話すオルセウスに、セレナは困惑しながらも同調するように愛想笑いを浮かべるしかなかった。


 それだけではない。


 彼は自分のお気に入りのもの以外は悪様に言うことが多かった。セレナを下げることはしないものの、セレナを持ち上げるために比較対象を下げる。

 聞いていて心地のいいものではなかったが、きっとオルセウスはそれが癖になってしまっているのだろうと、なるべく気にしないようにした。


(私にだってよくないところはあるし、気にしちゃダメよね。そもそも、私があいつのことを悪く言ったからオルセウスは共感してくれてるのだもの。私のためなのだからしょうがない)


 そう自分に言い聞かせて、セレナはオルセウスの悪いところは見ないフリをする。

 そして、悪意があるわけじゃないんだからと自分に言い聞かせた。


「ねぇ、セレナ。確か、君は料理をしてるんだよね? だったら、お弁当作ってくれないかな。自慢の彼女が作ってくれたお弁当をみんなに見せてあげたいんだ」

「えぇ、わかったわ。じゃあ、今度持ってくるわね」


 頼られるのが嬉しかった。

 甘えられているのが嬉しかった。


 こんなときばかり都合よく扱ってると思いつつも、シアに頼めば快く弁当の作り方を教えてくれた。

 正直ちょっとだけ罪悪感はあった。

 普段の態度がいいとは言えず、陰ではオルセウスに愚痴を言ってたのに、シアはセレナが言うことを受け入れてくれて、刺繍のハンカチまでくれて。

 悪態をつきつつも、アンナとフィオナばかり構っていてと少なからず心のどこかで不貞腐れていたセレナにとって、サプライズのプレゼントは思いのほか嬉しいものだった。


 青いバラの刺繍の入ったハンカチ。

 自分のことをよく見てくれたことのむず痒さはあったが、それ以上にセレナは嬉しかったのだ。


「相手……ちゃんと食べているのかなって思って」


 だから、余計に裏切られたような気持ちだった。

 小細工までして、食べていない証拠を突きつけられて、セレナは悔しさと羞恥でどうしたらいいかわからなかった。


 確かに、違和感はずっとあった。


 弁当は友人と食べるからと言って、昼食は別々。いつも学校帰りに空っぽのバスケットを渡されるだけ。味云々は何もなく、「今日も美味しかったよ」「みんなに羨ましがられたよ」と言うのみ。

 そして、何より「すごい嬉しい。ありがとう。とても大事にするよ」と言っていたのに、渡してから一度も使っているところを見たことがない刺繍のハンカチ。


 オルセウスを庇いたくて必死に言い訳をすればするほど惨めになっていく。


 自分は騙されていたのか。

 周りの忠告は本当だったのか。

 何が正しいのか。


 信じてたはずのものが壊れていく感覚を思い出して震える。


(もう、あのときのようなことはイヤ!)


 だから、言ってはいけないことだとわかっていても止まらなかった。

 シアに甘えて、怒りをそこにぶつけるしかなかった。


 本当は薄々気づいていたけれど、認めたくはなかったセレナは、思いつくままに絶叫するかのごとくシアを糾弾した。

 とにかくシアに怒りや悲しみを全部ぶつければ気が済むと思ったのに。


「あぁ、私……何やってんのよ」


 自室に戻って思い出すのは初めて見たシアの傷ついた表情。吐き出してしまったはずの言葉が、脳内をぐるぐると泳ぐ。


「バカ。みんなバカ。私が一番バカ」


 セレナは自分でもどうしたいかわからなくて、わかりたくなくて、それ以上考えるのをやめた。

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