第三十二話 言い争い
「最近、セレナがお弁当を持って行くようになったでしょう?」
「それがどうしたの」
「相手……ちゃんと食べているのかなって思って」
「はぁ!? 何言ってんのよ。食べているに決まってるでしょ!」
努めて冷静に話そうとするが、やはり内容が内容なだけに、セレナの声が荒げる。
けれど、シアもここまで言った以上引くわけにはいかなかった。
「なら、どうして毎回バスケットの中身が綺麗な空っぽなのかしら。パン屑だって野菜屑だって全くないし」
「そんなの、きっと隅々まで綺麗に取って食べてくれているからでしょ。言いがかりもいいところだわ!」
「じゃあ、サンドイッチ用の鉄製ピックが入れるたびになくなってるのはなぜ?」
「それは……っ、わからないけど……きっと洗ってくれているのか、もしれないし。ま、まぁ? それに関しては間違って捨ててるのかもしれないけど……」
シアに淡々と指摘され、当初の苛立った声音から一転、だんだんと勢いが萎んでいくセレナ。何か言い返そうとしているもののうまく言い返せないようで、しどろもどろになっていた。
「敷布のことだってそう。もし本当にお弁当を食べていたら食事の下にある敷布をわざわざ抜くようなことはしないし、そもそも食べてたら敷布を敷いていたことを知らないはずがないでしょう?」
「それは、でも、えっと……お友達と話に夢中になって気づかなかったのかもしれないし。だからって食べてないって言い切れないじゃないっ!」
「言い切れるわ」
「何でよっ! あんた、捨ててるところ見てないじゃないっ! それなのに言い切れるなんておかしいでしょ!」
再び声を荒げるセレナ。もはや、オルセウスを庇うためにやぶれかぶれの状態だ。
だからこそ、シアはつられそうになる感情をグッと堪える。そして、気持ちを落ち着かせるためにゆっくり目を瞑ったあと、ふぅと小さく息を吐いた。
「相手、今日のお弁当を美味しいって言ったのよね?」
「そうだけど!? それがどうしたって言うのよ!」
「今日のお弁当のサンドイッチはイチゴジャムに唐辛子を刻んだものを混ぜていたの。実際に味見したけど、食べられたものじゃなかった。それに関して特に何も指摘せずに『美味しかった』って言う時点で確実に食べていない証拠になるのよ」
シアがオルセウスが食べているかどうかの証拠として考えついたアイデアは、食べられないものを弁当に混ぜることだった。ちょうど近所の人からもらった唐辛子を使用し、一口食べただけで吐き出してしまうレベルの激辛イチゴジャムサンドイッチを混ぜていたのだ。
もし本当に食べているなら味の指摘が入るだろうが、食べずに捨てているのならいつも通り美味しいと言われるに違いないと踏んでの作戦であった。
「はぁ!? そんなの嘘よ、だって……そんな……っ」
セレナはそれ以上何も言えないからか、視線を彷徨わせて言葉を探していた。どうにかしてオルセウスを庇いたいようではあるが、庇うにしてもその言い訳が見つからないようだった。
「セレナ」
「そっ、そもそも何!? 何でそんなことしたわけ!? ありえないでしょ! 人が食べるものにそんなこと……!」
「それに関してはごめんなさい。謝るわ。でも、ずっと綺麗な空っぽで、ピックも返ってこない状態だったら本当に食べているか不安だったの。セレナが一生懸命作ってるのをわかってるからこそ、オルセウスくんが本当に食べているかどうか知りたかったのよ」
「な、何で、名前……はっ? え、どういうこと!?」
つい勢いあまってオルセウスの名前を出してしまったことに気づいたが、後の祭り。セレナは顔を真っ赤にしてシアのことを強い眼差しで睨んでいた。
「わかってるのに知らないフリしてたの!? 信じられないっ! ずっとそんなこと思いながらコソコソ変なことして、私のことバカにしてたわけ!?」
「違うわ、そうじゃない! 私はバカにしてるとかそうじゃなくて、セレナのことが心配で……っ」
「余計なお世話よ! 私を心配してるって言えば何してもいいって思ってるの!?」
「そういうわけじゃ……っ」
「もーいい! あんたはお母様がいなくなった代わりにお父様と結婚しただけでしょ!? 愛もないくせに私のことが心配だなんて嘘ばっかり! 偽物の母だものね! 私のことなんて本当はどうでもいいんでしょ! 私が恋してるのが羨ましいからって嫌がらせ!? 恋も愛もわかんないくせに口出ししないで!」
「セレナ……っ!」
セレナはそのまま走り出して自室に閉じこもってしまった。シアは追いかけようとしたが、足がもつれて上手く追いかけられず、その場で顔を押さえながら蹲る。
(あぁ、やっちゃった。どうして私はこうも不器用なの)
もっと言い方や話し方はあったはずなのに。落ち着いて話すはずが、結局セレナのペースにのまれてこのザマだ。せっかく仲良くなれたと思ったのに、全てが水の泡となってしまった。
(恋も愛もわからない、か……。私がやってきたことはただのエゴだったのかしら)
正論を言われてぐうの音も出ない。
実際、愛のない結婚であることは事実である。契約結婚だと指摘されたら素直に認めざるを得ないだろう。
けれど、シアなりにみんなのことを愛していた。家族の一員としてみんな平等に愛情をかけていたつもりだった。
でも、それでは全く意味がなかった。つもりはただつもりなだけで、本人に伝わってないのなら意味がない。
全部良かれと思ってやっていたあれこれが、自分のただのエゴだったと突きつけられた気がして、シアは思わず涙を溢した。




