第二十七話 青いバラ
「ふぁぁぁ」
「何よ、寝不足?」
「え? あー、まぁ」
「人には夜更かしするなとか言ってたくせに、自分がするとか意味わかんないんだけど」
「ごめんなさい」
セレナに指摘されて反論の余地もなく、素直に謝罪するシア。
結局あのあと夜明け近くまで眠れず、おかげさまで絶賛寝不足中だ。セレナに夜更かしするなと言ったばかりのくせに自分がこの体たらくでは面目丸潰れである。
「眠いなら寝てれば?」
「大丈夫よ、今日は早めに寝るつもりだから。気遣ってくれてどうもありがとう」
「別に、気遣いとかそう言うんじゃないし」
ぶつぶつ言いながらそっぽを向くセレナ。相変わらず素直ではないなと思いながら微笑ましくなると同時に、セレナがマゼラン男爵家と繋がりを持つというのは未だに不本意ではある。
とはいえ、セレナが真剣に刺繍に取り組んでいる姿を見ると、自然と応援したくなる気持ちも湧いてくる。
(あー、このジレンマ! 今ならお母様の気持ちがよくわかる!)
恐らく、レオナルドとの結婚を最後まで母が反対していたのは今シアが抱いてる感情と同じだったからだろう。
素性がよくわからない、評判もあまりよろしくない、しかも子持ちでそれも三人。
親であれば誰だって反対する案件なことは、今は理解できた。同時に自分の行動がまさに親の心子知らず状態なことを今更痛感して、心が痛くなる。
(となると、やっぱり受け入れざるを得ないわよね。……あー、覚悟してたつもりだけど、親って難しい!)
考えが暴発して、今にも叫びたくなるのをグッと堪える。セレナの前で不審な姿を見せて距離を置かれるのは避けたかったので、シアは「ふぅ」と小さく息をついて平静を装うように気持ちを落ち着かせた。
「それで、どう? 進捗は」
「まぁ、こんな感じ」
見せてもらった刺繍はまだ半分といったところか。アルファベットの「R」の頭の部分が拙いながらも完成していた。
「だいぶいい感じじゃない。きっとレオナルドさんも喜ぶと思うわよ」
「えっ、何でこれをお父様にあげるってわかったの!?」
「そりゃ、初めて作った物をあげられて、イニシャルが『R』の人なんてレオナルドさんくらいしかいないじゃない」
「……そっ、それは、そうかもしれないけど」
まさか当てられるとは思っていなかったようで、不本意そうな顔をするセレナ。これで隠していたつもりなことに驚きつつも、十八才とはいえまだまだ子供だなと改めて思った。
「そういえば、あんたはどうなの?」
「うん? 何が?」
「前にコソコソ何かやってたでしょ」
「あぁ、あれ? ふふふ、気になる?」
「何よ、そのもったいぶった感じ。別に、気にしてないし」
口ではそう言いながらも、気になっているのは明白だった。意地っ張りな不器用だからか、なかなか素直になれないようだが。
「はい、これ」
「はい?」
「セレナにプレゼント。というか、セレナ用に作ってたのよ。思ってたより早く仕上がっちゃったから、先にあげておくわ」
「は? え? は? 私に?」
動揺しているセレナに、刺繍したハンカチを差し出す。セレナは混乱しているのか、シアとハンカチを交互に見ながら、あわあわしていた。
「な、何で、私」
「何でって、特に理由はないけど。しいていうなら、セレナにはまだ何もあげてなかったから」
アンナにはよくお菓子だなんだとあげているし、フィオナには画材などをよくあげているが、今までセレナからは距離を取られていたため何か物をあげたことはなかった。
だから今回、せっかくの機会だしとセレナのために刺繍入りのハンカチをあげることにしたのだ。
「だからって……あんたはアンナとかフィオナとかが好きなんじゃないの? 私なんかにあげる理由ないじゃない」
「何を言ってるのよ。私はセレナもアンナもフィオナもみんな好きよ」
「は? うそ、そんなはず……っ」
シアの言葉に狼狽するセレナ。どうやら自分はシアから好かれていないのだと思っていたらしい。
「嘘じゃないわよ。好きじゃなかったら一緒にいないでしょ。てか、私がセレナのこと好きじゃないって思われてたのはちょっと心外だわ。もっと愛情表現を大きくしたほうがいいかしら? 毎日ハグとかする?」
「いや、別に、そういうんじゃなくて……もういいっ」
羞恥心を隠すように声を荒げると、シアからひったくるようにハンカチを受け取るセレナ。
そして、ハンカチを広げて刺繍を見ると「あっ」という言葉を漏らした。
「この刺繍って」
「えぇ、青いバラ。この前、セレナが気に入ったみたいだったから」
シアがセレナへのプレゼント用にハンカチに刺繍したのはワンポイントの青いバラ。ドゥークー辺境伯のお宅に遊びに行った際に惚けたように眺めていたセレナの姿を見て、これならセレナも気にいるだろうと縫ってみたのだ。
「さすがに本物と比べたら見劣りするけど、一応頑張って縫ったつもり。ちなみに、青いバラの花言葉は『奇跡』や『夢が叶う』なんですって。だから、幸福のお守りとまでは言わないけど、大切にしてくれたら嬉しいわ」
「そう、なの。……まぁ、私のためにって言うならもらってあげなくもないし、ありがたくもらってあげるけど。刺繍も、あんたにしてはいいセンスなんじゃない?」
刺繍をまじまじと見ながら、はにかむセレナ。言葉はかなり捻くれているものの、嬉しいらしいことは伝わってきてホッとする。
「てか、これどう縫ったの。一色じゃない、わよね?」
「えぇ、いくつか色を重ねたのよ。似た色を重ねたりわざと全然違う色を合わせたり、見せ方によって変えるのも刺繍の魅力ではあるから、やり方は今度教えてあげる」
「……ただ糸を布に縫えばいいってだけじゃないのね」
「そうよ。刺繍にも色々手法があるからね。私は基礎的な知識しかないけど、多分ドゥークー辺境伯夫人ならお詳しいかもだから、また今度教えてもらうといいかもね」
「そうする」
言いながら、セレナは再びあげたハンカチの青いバラの刺繍に視線を向ける。指先で刺繍に触れながら、どのように針を刺したのかイメージしているようだった。
「ねぇ。私にもできると思う?」
「もちろん。大雑把な私ができるんだから、セレナにもきっとできるわよ。でも、まずはそれを仕上げてね。やっぱりこういうのって数をこなさないと」
「わかってるわよっ」
シアの刺繍で奮起したのか、すぐさま作りかけの刺繍を取り出して針を刺し始めるセレナ。その表情は真剣そのものだ。
「ハンカチ、ありがと」
視線は刺繍に向けたまま。
セレナの口から漏れた聞き漏らしそうなほど小さな言葉にシアはセレナを見れば、表情は変わらないながらも耳は赤く染まっていた。
(素直じゃないにしても、ちゃんとお礼を言えるのはセレナいいところね)
以前にも言われたお礼を思い出してシアの口元が緩む。けれど、ニヤニヤしてるのがバレたらまたヘソを曲げられそうなので、シアは口元を慌てて引き結んだ。
「どういたしまして。完成頑張ってね」




