第二十四話 帰宅
「ふぁあああああ、疲れたぁ」
はしたなく自分のベッドに勢いよくダイブするシア。レオナルドにも子供達にも見られるわけではないからと、自室なのをいいことにチュニックが大きくはだけるのも気にせずに、だらしなくベッドに寝転んだ。
「旅行は楽しいけど、後片付けが大変なのよね……」
帰宅早々片付けや夕飯の支度などに追われて、シアの身体は悲鳴を上げていた。こういうところで、自分はもう若くないのだと思い知らされる。
せめて数人ほどメイドなどがいたら手分けしてできるのになどと思うも、レオナルドは今もなお頑なに誰も雇おうとはしない。
そのため、こればかりは仕方ないと諦めはするものの、正直シアはまだ納得していなかった。
「はぁ、何でダメなんだろう」
レオナルドがここのところ嫁いだばかりのときと比べて変わってきているのは、ものすごく実感する。
けれど、未だにどうしても譲れない一線が存在していた。
一つは他人を家にいれること。
そして、もう一つは家族関係……実家のこともそうだが、主に前妻関連の話題をすることである。
この二つが関連してるか定かではないが、とにかくこの二つだけはレオナルドは譲れないようだった。
以前ちらっとアンナがハロルドを家に呼びたいと言っていたのに合わせて、レオナルドにアンナの友人を招きたいがいいだろうかと聞いたが、「ダメだ」の一点張り。手を変え品を変えアプローチしてみたが、結局レオナルドが首を縦に振ることはなかった。
前妻の話題に関してはさらに酷く、その話題の気配がするだけでシャットアウトだ。
そのせいか、子供達も自ら前妻について話し出す気配は全くない。
(死別って言ってたもんね。好きすぎて思い出すのもつらい、とかなのかもな)
そこまで人を好きになったことがないシアは、まだその感覚を味わったことがない。
だが、自分の家族ができた今は何となく想像することはできる。
(ということは、レオナルドさんもそれだけ前妻さんを愛してたってことだよね)
なぜか、胸がギュッと苦しくなる。
契約結婚だからお互い愛はないことはわかっているが、それでもなんだか切ない気持ちになるから不思議だ。
絶対に超えることができない関係。
愛のない結婚。
今は子供達の養育者として共闘しているような立場だが、子供達が巣立ったあとは自分の立場がどう変わるのかは全くの未定だ。
なんだかんだレオナルドは優しいから家から追い出すようなことはしないだろうが、実質他人な関係の男女が一緒に暮らすということに何か意味があるのかと考えなくもない。
(お母様に言われた通り、やっぱり受けるべきじゃなかったのかな。この結婚)
ギューイ家で過ごすのは楽しい。
けれど、その先行きはあまりにも暗い。
愛がない。先がない。未来がない。
この結婚が果たして正しかったのか、未だにシアはわからないでいた。
「って、あー、ダメだ。疲れすぎてネガティブになってるー」
(わかってて結婚したんじゃない。今更うじうじ考えたってどうしようもないでしょ)
疲労がピークなせいか、悪いことばかり頭によぎって、シアはベッドに突っ伏して足を上げてジタバタする。まるで子供のような仕草だが、誰も見ていないと「あー!」と悪い思考を散らすように声を上げながら、忘れようと努めていたときだった。
「あんた、何やってんの」
頭上から声が聞こえてガバッと身体を起こし、慌てて振り返る。
すると、そこには呆れた表情をしたセレナが立っていた。
まさか自室に誰かいるとは思っていなかったシアは、思わず「うわぁっ!?」と大きな間抜けた声を上げた。
「何でいるの!?」
「何回もノックしたわよ。気づかなかったのそっちでしょ」
「うそっ、ごめんなさい。全然気づかなかった!」
「てか、あんたもそんな格好するのね」
指摘されて自分の裾を見ればはだけたまま。すぐに裾を引っ張り、付け根まで晒していた脚を慌てて隠す。
「自室だからつい。見苦しいものを見せてしまったわね」
「別に。気にしないからいいけど」
「そう? ならよかった。ところで、何か私に用事があったのよね? 何の用事かしら」
セレナがシアの部屋に訪ねてくるなんて初めてだ。ということはつまり、重大な要件があるのかもしれない。
シアは姿勢を正しながら、セレナの言葉を待った。
「え? あー、アンナから私が料理してる間にあんた達が夫人から刺繍を習ってたって聞いて。だから、その、私の刺繍を教えてほしいって思ったんだけど」
「もちろん、いいわよ!」
セレナのお願いに、あまりに嬉しくて食い気味で答えるシア。その勢いに気圧されてか、ちょっとセレナは引いていた。
「じゃあ、明日からお願いしてもいい?」
「えぇ、もちろん! 学校から帰ってきたあとに一緒にやりましょうか」
「わかった。あと、ドゥークー辺境伯から料理は積み重ねって言われてるから、できれば私が料理をする頻度を上げてほしいんだけど」
目の前の光景に、思わずシアは自分の頬をつねりたくなる。まさか、あのセレナが、そんなことを言うだなんて、と感慨深くて胸がいっぱいになった。
「それももちろんいいわよ! では、アンナとシフトを交代しましょう。アンナにはセレナから言ってもらえる?」
「わかった。アンナには私から言っておく。……てか、何でそんなに嬉しそうなの」
「そりゃ、セレナが自分からそういうこと言ってくれたからよ。セレナが私を頼ってくれたことが何よりも嬉しいの」
「大袈裟すぎじゃない? 本当、あんた変わってるわね」
言いながらもなんだか照れくさそうにしているセレナについニコニコと口元が緩む。先程まで愛の結婚がどうだとかこの関係には未来がないだとか考えていたはずなのに、そんな思考は一気に吹っ飛んでしまった。
「よく言われる」
「それは誇ることじゃないでしょ」
セレナに突っ込まれても気分がいいので全く気にならない。我ながら現金でとても単純だと思うが、それでもシアはセレナが少しずつ歩み寄ってくれるのが嬉しくてさっきの悩みなどどうでもよくなっていた。
「とにかく、明日からよろしく」
「えぇ、任せて。じゃあ、もう今日は移動で疲れたでしょうから、おやすみなさい」
「……おやすみ」
つっけんどんな言い方ではあるものの、照れ隠しなのがわかる。ドゥークー辺境伯家に行ったことが良い方向に作用してよかったと思いながら、シアは先程とは真逆な幸せな気持ちになりながらベッドに潜り込むのだった。




