第二十二話 月光
「そういえば、お父様で思い出したけど……お父様が辺境伯と一緒に料理をするって言ってるじゃない」
「えぇ、そうみたいね」
珍しくセレナから話しかけてくることに嬉しく思いながらも、それをあまり外には出さないように気をつけながら返事をする。
「それって、あの、私も一緒にやってもいいの?」
セレナの言葉を理解するのに時間がかかって少し思考停止する。あの、ずっと料理から逃げ回っていたセレナが自ら料理したいというのが信じられなくて、シアの反応が遅れた。
「うん? えっと、セレナもドゥークー辺境伯とレオナルドさんと一緒に料理したいってこと、よね?」
「そうだけど、何か文句あるの?」
「ないない。いいと思うわよ。明日ドゥークー辺境伯に言ったらきっと喜ぶわ。夫人ほどではないにしろ、辺境伯も子供好きで教えるの大好きなタイプだから」
ドゥークー辺境伯は強面で無口なタイプに見られるが、親しい人には非常に饒舌な人である。
特に夫人の前ではペラペラとよく喋るイメージだが、気に入った人限定ではあるものの人に教えるのも好きなので、何かアドバイスするときは下手したら夫人よりも多く喋るときがあるくらいだ。
きっとセレナがお願いしたら二つ返事で快諾してくれることだろう。
「そう。じゃあ、明日言ってみる」
「えぇ、そうしてちょうだい。もし言いにくいようだったら私から言いましょうか?」
「大丈夫。自分で言えるし」
(もしかして、料理に前向きになってるのって……)
セレナの言動に、何となくシアは察する。
以前から料理が苦手だからなるべくならやりたくないと、日々文句言いながら料理をしていたセレナ。そんな彼女が自らやりたいと言うようになったのは驚きを通り越して感動するレベルだ。
とにかく理由は何にしろ、セレナの成長を感じられてシアは嬉しかった。
「偉いわね、セレナ」
「別に。アンナにできて私にできないってのはちょっとどうかと思ってただけだし」
「相変わらずお姉様は素直じゃありませんね」
「うっさいわよ、アンナ」
アンナに嗜められて、不貞腐れるようにすぐに噛みつくセレナ。
けれど、セレナにこんな風にガンガン言えるのはアンナだけである。セレナは噛みつきはするものの、アンナがどうこう言ったとしてもあまり本気で気分を悪くしてはいないようで、いつも喧嘩にはならなかった。
「ほらほら、寝る前なんだからそうやって興奮しないの。明日料理を教えてもらうなら、そろそろ寝ないと」
真っ暗の中もうベッドに入っているため時間はわからないが、元々部屋に戻ってくるのが遅かった上にこうしてお喋りしてたせいでとっぷりと夜も更けていることはわかる。
恐らく、シアが戻ってから最低でも一時間くらいは経っているだろう。
「そうですね。そろそろ寝ないと明日起きれなくなりそうです」
「でも、なんか目が冴えちゃったんだけど。寝るタイミング、誰かのせいでズレちゃったし」
「うぐ。それはごめんなさい」
「もう、お姉様。いい加減しつこいですよ」
「はいはい。わかったわよ」
すかさず嫌味が飛んでくるのをアンナが嗜める。先程から見聞きして思ったのだが、三姉妹の中で意外にアンナは強いらしい。
今回の旅でそれが知れたのは収穫であった。
「でも、セレナ。夜更かしはお肌の敵なのよ。ビアンカにもジュダさんにも言われたでしょう?」
「はっ! そうだった! やっぱり私はもう寝るわっ! だからもう、私に話しかけてこないでちょうだいね」
「お姉様ったら」
「はいはい。じゃあ、もうみんな寝るわよ。おやすみなさい。また明日ね」
「おやすみなさい。シア様」
「……おやすみ」
みんなが一斉に口を閉じると、静寂が広がる。ふと、視線を窓の外に移せば綺麗な月が優しく光っていた。
(こうして月を見るなんていつぶりだろう)
自分ではあまり意識してなかったが、ここのところ空を見上げる余裕すらなかったことに気づく。それと同時に、ドゥークー辺境伯家に来たことで、普段なら気づけない様々なことに気がつけたと感じた。
(来たばかりではあるけど、ドゥークー辺境伯家に来れてよかった)
ギューイ家に嫁いできてからというもの、常に気を張って全力で頑張っていたが、たまにはこうして息抜きする日も大事だなと思いながら、シアはゆっくりと目を閉じるのだった。




