第二十話 感謝
「えっと、そういえば、レオナルドさんは私に何かご用があったんですか? 荷物はある程度ゲストルームに運んだあと片付けたつもりでしたが、不足がありました?」
「あぁ、いや、そういうことではない。シアがいたから声をかけただけだ」
「なるほど。そうでしたか」
上手く誤魔化せたと内心ホッとする。レオナルドには悪いが、まだそのときではないので、時期を見てきちんと話すから許してほしいと心の中で謝罪した。
そこで、はたとシアはレオナルドに抱きしめられたままの自分の状況を思い出す。
「って、すみません。ずっとこのままで……っ」
「あ、いや、こちらこそすまない」
パッと身体を離して、慌てて頭を下げる。つい居心地がいいからそのままになっていた自分を恥じるシア。
顔が近い、距離が近い、と先程まで慌てふためいていたというのに、我ながら距離感が壊れすぎだろうと自省した。
「そういえば、お仕事の進捗はいかがです?」
「あぁ、時間に縛られることなく落ち着いて仕事ができるから、思ったより捗っている」
「それはよかったです。料理も、ドゥークー辺境伯に教えてもらえるようでよかったですね」
「あぁ。本当にありがたい限りだ。……だが、今日の不格好な肉をシアに食べさせたのは我ながら、いささか不本意だ」
まさに苦虫を噛み潰したような顔で言うレオナルド。その表情があまりにも意外で、シアはつい表情が和らいだ。
「あはは。そんなに気にしなくて大丈夫ですよ。食べられましたから。それに、生焼けよりかはマシです。生焼けだったらここに滞在中ずっと寝込むことになってたかもしれないですし」
「それは……そうかもしれないが。だが、次こそはまともな料理を食べさせるから待っていてくれ」
「はい。楽しみにしています」
シアが笑って頷くと、レオナルドも少しだけ表情が柔和になる。以前とは違い、ちょっとずつだがお互い歩み寄れてる気がして、シアは嬉しくなった。
「それにしても料理とは奥が深いな。切るにしても何通りも切り方があるし、焼くにしても強火や弱火の加減や時間のかけ方がそれぞれ違うのは驚いた」
「あー確かに、普段からやらない人からしたら色々と考えちゃって難しいかもしれないですね。こればかりはもう慣れなので。まぁ、好みももちろんありますけど。そのうち、だんだんと上手になっていくものですよ。とにかく気持ちが大事です。美味しく食べてもらいたいって思えば自然と上達すると思いますよ」
「そういうものなのか」
「はい。そういうものです」
レオナルドは「ふぅむ、なるほど」と唸る。今まで考えたこともなかったようで、色々と目新しい価値観なのかもしれない。
貴族な上に公爵ともなれば、普通料理などしないわけで、そう言う意味ではレオナルドにとっては未知のことなのだろう。
「シアはいつもそう思いながら作っているのか?」
「え? まぁ、そうですね。一応、なるべくみんなが美味しいと思ってもらえるように心がけて作ってはいます」
思ってもみなかった質問に戸惑うも、実際にレオナルドだけでなく子供達の味覚それぞれに合うよう四苦八苦してるのは事実だ。
また、アンナからヒントを得ていたとはいえ、日々の反応を見ながら彼らの好みに合わせてちょっとずつ味つけを変えてはいた。
それはひとえにみんなに美味しい料理を食べて欲しかったからである。もちろん、まずは胃袋を掴んでしまおうという打算も込みだが。
「そうか。いつもありがとう。料理をしてシアの偉大さを改めて感じた」
「そんな、大袈裟ですよ。でも、美味しく食べてもらえてるならこちらとしても腕の振るい甲斐があります」
改まって感謝され、下心もあった手前どう反応したらいいかわからないながらも、褒められて嬉しくないわけがなくて、シアは素直に喜ぶ。
「あ、そういえば、今日の出来事の報告まだでしたね。今日はですね……」
嬉しく思うも、褒められすぎるのはなんだか居た堪れなくて話題を変える。そして、今日あった出来事をセレナの恋云々部分は除いて共有した。
「そうか。フィオナが無事でよかった。いつもシアには世話をかけて申し訳ない」
「私は義理とはいえ、母ですから。子を見るのは当然です。とはいえ、危険な目に遭わせてしまったことには変わりないので、そこは事前に言い含めておかなかった私の責任なので、反省しなくてはなのですが」
「いや。私としては、シアは十分頑張ってくれていると思う。いつも本当にありがとう」
(なんだか今日はやけに感謝されるな)
レオナルドから、やたらとありがとうと感謝されることにむず痒さを覚える。来た当初の塩対応が嘘のような態度に、正直シアはまだ慣れない部分があった。
(もしかして、レオナルドさん酔ってる?)
レオナルドは夕食時、ドゥークー辺境伯に勧められるがままワインをいくつか空けていた。
特に表情が変わらなかったのでてっきり酔ってないかと思っていたが、もしかしたら顔に出ないタイプなだけで酔っているのかもしれない。
とはいえ、直接「酔ってる?」とは聞けるほどシアは無遠慮ではない。一応、それとなく顔を見るが、やはり顔が紅潮してるわけでも発汗してるわけでもなさそうだ。
「どうした?」
「あ、いえ、レオナルドさんがたくさん褒めてくださるので……」
「言葉にしたほうがいいとシアに言われたからな」
「それは言いましたけど、そんなにいっぱい言われるとは思ってませんでした」
「そうか。……シアは案外押しに弱いタイプなんだな」
図星を突かれて、思わず黙り込む。
実際、ぐいぐい来られると対処に困るのは事実だった。今もどういう顔したらいいのかシアにはわからない。正直、まだレオナルドとの距離感が近いし、何となく熱い眼差しで見つめられているような気がして、やはり酔っているのでは? と思うも、恋愛経験が未熟なシアにはレオナルドの真意はわからなかった。
(レオナルドさんってこういうキャラだったっけ!?)
一緒に暮らしてるため、ある程度彼のことを知ったつもりになっていたが、シアもまだレオナルドの全てがわかっているわけではない。こういう一面もあるのだと情報を更新しつつも、だからといってそれをすぐに受け入れるのは難しかった。
「って、そろそろ部屋に戻らないと。レオナルドさんは明日もお仕事ですよね? 移動の疲れもあるでしょうから、しっかり寝てくださいね」
つい話し込んでしまって、ゲストルームの帰路だということを失念していたシア。ちょうどいい言い訳が見つかったと内心ホッとしながらも、想定よりもかなり時間がかかってしまっていることに子供達が心配していないか少し不安だった。
「そういえば、シアはどこの部屋で寝るんだ?」
「子供達と同じゲストルームです」
「……そうなのか。ということは、このゲストルームは私一人で使うということか?」
「えっと、そのつもりだったんですけど……ダメでしたか?」
てっきり、以前自宅で同室にするのを却下されたから誰とも一緒に寝たくないのだと察し、あらかじめドゥークー辺境伯夫人に頼んで男女別々の部屋にしていたのだが、なぜかレオナルドはしょんぼりしていた。
「もしかして、子供達と一緒の部屋がよかったですか? よければ私と部屋を変えます?」
きっと子供達に言えばすぐに快諾してくれるだろう。むしろ、レオナルドと一緒に寝れると喜ぶかもしれない。
「いや、大丈夫だ。このままでいい」
「そうですか? 遠慮なさらなくていいですよ?」
「遠慮ではないから安心してくれ。……何かと面倒かけるだろうが、よろしく頼む」
「はい、お任せください」
レオナルドの本意はわからないが、頼られた以上しっかりと勤めを果たしますとシアは自分の胸を叩く。シアは頼られるのが何よりも好きなので、真意がわからないとはいえ、レオナルドに頼られるのは素直に嬉しかった。
「では、呼び止めて悪かった。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
なんとなくレオナルドの表情に後ろ髪が引かれるような気がしないでもないが、シアはレオナルドに頭を下げると、足早にあてがわれたゲストルームへと戻るのだった。




