第十九話 動揺
(恋……かぁ……)
ドゥークー辺境伯夫人の部屋から出て、ゲストルームに戻りながら一人悶々と悩むシア。
今まで恋とは無縁だったため、そのことに全く思い至っていなかったが、セレナが恋をしているという夫人の指摘はあながち間違ってなさそうだと考えていた。
(不器用なセレナならきっと、恋をしたらぼんやりするのもわからなくはないわよね。それに、ここ最近オシャレに目覚めたのも恐らく……いや、間違いないわね)
オシャレの方向性としてはとんでもなかったとはいえ、不器用なりの本気だったからこそだろう。極端なことに走りがちなのは思春期あるあるだ。
(とはいえ、問題は相手が誰かよね)
詮索してもセレナが言うはずがないので推測するしかない。恐らく可能性としては、先日のパーティーで誘われたっていうダンスの相手だろう。
(結局、誰かまだわかっていないのよね)
フィオナは相手を見たようだが、知らなかったと言っていたし、元々人に興味があるタイプではないので追及したところでわからないだろう。
アンナはその場にいなかった上にホールでも出会わなかったというから、顔を見ていないため相手を知るよりもない。
レオナルドもアンナのことに夢中で全く見ていないと言っていたから頼りにはできなかった。
けれど、あれはあくまでホームパーティだ。
ディラン伯爵家が招集したパーティーには間違いないので、ハロルドに聞けばすぐでなくとも相手が判明する可能性はあるはずである。
(相手を知ってどうするのかというところもあるけど、一応公爵家であるわけだし縁続きになるならそれなりにちゃんとした家柄の相手がいいわよね。……でも、難があるからと言って頑なに拒絶したら、セレナはきっと反発するだろうしなぁ)
うんうんと、一人悶々と悩むシア。
今ここで考えてどうにかなる問題ではないとわかってはいるが、ついどうしても考えてしまう。
(あぁ、どうしよう。でも、ただの杞憂で相手がものすごく好青年で家柄がいい可能性もあるし、ぐずぐず考えたところで相手がわかるわけでもないのよね。うん、そうよ。悪いほう悪いほうに考えたってダメよね。セレナが好きになるくらいなんだし、きっといい相手よね)
ポジティブに考えようとしようとするが、そのあとに「でも……」と考えそうになって、自分の思考を止めようとぶんぶんと頭を振る。
(あーもー、考えるのはやめやめ! そろそろゲストルームに戻らないとアンナが心配しそうだわ)
いい加減考え込むのはやめようと、気持ちを切り替えてゲストルームに戻ろうとしたとき、「シア」と呼ばれた気がしてハッと顔を上げると目の前にはレオナルドがいた。
シアは驚きのあまり声にならない声を上げると、勢いよく飛び上がる。
「〜〜っ!? レオナルドさん!?」
「大丈夫か? 先程から何度も呼んでいたのだが、気づいていなかったみたいだな。随分と難しい顔をしていたようだが、考えごとか?」
「え? あ、すみません気づかなくて。えーっと、考えごとというか、その……」
(言うべきか言わまいべきか……)
顔を覗き込まれて、さらにあたふたするシア。
動揺を隠しきれなくて、どうすればいいものかと目を白黒させる。
今ここで不確定要素の話をしていいものか。
レオナルドに言ったら、もっと事態はややこしくなるのではないか。
などと、動揺しながらもぐるぐるとものすごい勢いで逡巡する。
(私もまだ上手く説明できる自信がないし、下手な説明をして印象悪くしてもよくないだろうから、もう少し情報が集まってから話したほうがよさそうね)
焦りながらもそう脳内で結論づけて、とりあえずこの場は上手く取り繕おうと切り替える。
とはいえ、ここまで動揺してしまった手前、下手な言い訳は使えない。ここは上手く事実を織り交ぜながら話すことにしようと顔を上げると、思ったより間近にレオナルドの顔があった。
あまりの近さに頭が真っ白になるシア。
足元が狂ってふらつき、あろうことかレオナルドに抱きついてしまった。
「シア、大丈夫か」
抱き止めるように腕を回され、先程まで考えていた考えが一気に吹っ飛ぶ。さらに胸元に飛び込んだせいでレオナルドの匂いを嗅いでしまって、ぶわっと全身が粟立った。心臓がこれでもかと早鐘を打ち、今にも口から飛び出しそうになる。
「す、すみませんっ! いきなり、私ったら」
「いや、それは大丈夫だが。具合でも悪いのか? 酒は飲んでなかったと記憶しているが、もしかして赤ワイン煮込みで……」
「いや、あー、多分そうじゃないとは思いますが、えーっと、恐らく、疲れが出たのかと」
「あぁ、そうか。確かに、着いて早々動きっぱなしだったしな」
動揺しすぎたせいか、逆に冷静になる頭。恐らくキャパオーバーしすぎて、かえって気持ちが落ち着いたらしい。
レオナルドの言葉に合わせて、シアは呼吸を落ち着かせながら上手く取り繕った。




