第一話 異変
「では、まずはジャガイモの皮剥きから始めましょうか」
今日は以前レオナルドが子供達と約束した通り、子供達の代わりに食事を作ることになっていた。
というわけで、キッチンに似つかわしくない大柄なレオナルドが緊張した面持ちで包丁片手に佇んでいた。
「わかった。このジャガイモの皮剥きをすればいいんだな」
「はい。って、え、ちょ……っ! レオナルドさん!?」
ジャガイモの皮剥きをお願いしたはずなのに、いきなり包丁を振り上げるレオナルド。この光景に既視感を覚えながらも、シアが大声を上げながらレオナルドにしがみつくと、レオナルドは困惑しながら振り上げた包丁をゆっくりと下げた。
「どうした?」
「どうしたもこうしたもないですよっ! ジャガイモの皮剥きをどうやってするおつもりですか!?」
「え? ジャガイモは固いのだから、勢いをつけねば切れないだろう?」
真顔でさも当然だろうと言わんばかりの声音で言うレオナルド。そんな彼の姿に、こちらがおかしなことを言っているのかと錯覚しそうになる。
「いやいや、ジャガイモは固いですけど、皮剥きですから。そもそも勢いつけてっておっしゃいますけど、あのまま切ったらジャガイモがあらぬ方向に飛んでいって危ないです」
「……言われてみればそうだな」
どうやらレオナルドは本当にあれで皮剥きができると思っていたらしい。親子は思考が似ると聞くが、なるほどこういうことかとちょっと納得する。
「あの、つかぬことお聞きしますが、レオナルドさんてもしかして料理したことありません?」
「あぁ、ない」
キッパリと言われて、思わず額を押さえるシア。
あまりにも前途多難すぎて先が思いやられる。
(これは一筋縄ではいかなそうね)
公爵という地位ということもあり、何となく料理をしたことがなさそうだとは思ってはいた。
だが、父子家庭ということやかつて騎士の寄宿学校に行っていたことがあると聞いていたので、多少の基礎くらいはできているのではないかと淡い期待をしていたシア。
その期待はすぐさま呆気なく霧散してしまったが。
下手したらセレナよりも酷いかもしれないと思いながら、シアはきょとんとしたままのレオナルドを見つめながら腹を括る。
「とにかく、私がまずお手本を見せますから。大丈夫です。ゆっくりやっていきましょう。時間はたっぷりありますから」
「あぁ、よろしく頼む」
幸い素直に言うことは聞いてくれそうなことは救われる。とにかく、今日はジャガイモの皮剥きだけでもしっかりと覚えてもらおうと思いながら、これはアンナが一人で頑張るわけだわと心の中で改めてアンナに同情するのだった。
◇
「ちっさ」
「フィオナ。レオナルドさんも頑張ったんだから」
「そうですよ。お父様が初めて料理してくださったんだから」
「でも、これ……私の小指くらいしかない」
「すまない」
食事の際に出されたのはかなり小さくなってしまったジャガイモ。フィオナの指摘の通り、元々拳大ほどあったはずのジャガイモはどれも全て一口もない小さなサイズになってしまっていた。
潰すにしても小さすぎるし、煮込んだら恐らく消えてなくなってしまう。
ということで、せめてレオナルドの成果が見てわかるようにとハンバーグの付け合わせとしてソテーにしてみたのだが、逆に可視化できてしまうぶんフィオナのツッコミも最もであった。
「そんなに気を落とさなくて大丈夫ですよ。レオナルドさんは初めてだったんですから、まだ食べられる部分があるだけマシです。ねぇ、アンナ」
「そうですよ。お父様が初めて作ってくださった料理、食べるの楽しみです。フィオナもそうでしょう?」
「まぁ……うん」
しょんぼりとするレオナルドをどうにかフォローしようとシアがアンナに話題を振ると、アンナもその意図を汲み取って上手にフォローする。
フィオナは不本意そうではあるものの、アンナの言葉に素直に頷いた。
「セレナもそう思うでしょう? 貴女も最初は四苦八苦してたものね」
先程から静かにしているセレナに話を振ってみる。
けれど、セレナから返事はなく、どこか遠くを見ているような表情でボーっとしていた。
「セレナ? セレナ、聞いてる?」
「……え? な、何。何か言った?」
あまりの反応になさにシアがセレナの顔の前で手をヒラヒラさせると、ようやくハッと我に返って気づくセレナ。自分に視線が集まっていることに気づいてか、キョロキョロと慌てて周りを見回し挙動不審になっている。
「大丈夫? どこか具合でも悪いの? ここのところボーっとしてることが多いようだけど」
先日のパーティー以来、セレナは以前に比べてなぜか静かなことが多かった。いつもであれば厳しい言葉や揶揄が飛んできてもおかしくないというのに、やけに大人しい。
しかも、先程のようにぼんやりとしていることが多く、シアはパーティーで何かあったのではないかと心配していた。
「別に、何でもないわ。で? 何の用事?」
「え? あぁ、レオナルドさんの料理をしているときの姿がセレナに似てたと思って」
「ふぅん。そう」
興味なさそうにすぐさま食事のほうに視線を落とすセレナ。本人は取り繕っているつもりのようだが、どう見てもいつもと様子が違っていた。
(やっぱりちょっとおかしい)
少しのことでもすぐに噛みつくような態度を取っていたはずが、あからさまに違う。成長といえば喜ばしいが、さすがにこんな短時間で劇的に人が変わるとはシアには思えなかった。
「ねぇ、セレナ……何かあった?」
「何かって何よ」
「え? あー、いえ……何って言うか、いつもと違うというか」
「別に。そんなことないわよ。あんたの勘違いでしょ」
(とりつく島もない)
何も言いたくないと言わんばかりにすぐに会話を切られてしまい、困惑するシア。頑なであるのは以前からであったが、やはり違和感があった。
「もしかして、お姉ちゃん何か変なものでも食べたんじゃない?」
「は? 何で?」
「だって、いつもと全然態度違うし。静かだし。大人しいし。変だよ」
シアの思っていることを代弁するかのように、歯に衣着せぬ言い方で容赦なく言ってのけるフィオナ。すると、フィオナに言われたからか「はぁ!?」といきなりセレナが声を荒げ出す。
「変じゃないし! 私が変だって言うならフィオナのほうがよっぽど変でしょ」
「私はいつも通りだもん。でもお姉ちゃんはいつもと違う」
「違くないわよ! あんたの勘違いでしょ!」
「絶対変だもん」
(あぁ、また始まった)
ほぼ日課といっていいような姉妹喧嘩が勃発する。結局セレナの異変について本人に聞けないまま、とりあえず二人を宥めることに専念するのだった。




