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ep.3  恐怖のアイリス祭 ー不釣り合いな対価

アイリス祭りが開催されるルミナリア広場を北に進み、薄暗いエルム通りをしばらく進むと、やがて立派な門に囲われた屋敷が姿を現す。


10エーカーに及ぶ広さを持つグリムウッド侯爵の屋敷は、本人の噂とは異なりとても美しく上品で、地上3階建ての洗礼された格式のある屋敷だ。


ターガンの雄弁な説得のお陰で、店主に代わりアステリアがグリムウッド侯爵家に赴き最終確認を行うという任を頂戴することができた。


アステリアたちが所属する工房は1つの魔具に高額な単価がつくような物はあまり取り扱っておらず、着火魔具等、消耗が激しく寿命の短い魔具等を多く取り扱っている。


工房の格式は低く、どちらかというと庶民向けの工房だ。

当然のことだが最終確認は日が暮れたタイムリミットの迫った時間帯に回されがちだ。


魔具工房はこの町だけでもかなりの件数を誇るため、弱小工房が後回しにされるのは仕方がないことである。


そんな弱小工房かつ見習いという自分の立場では、グリムウッド侯爵と直接会うことは出来ない。


ーーーアステ、大事なことは花の化石に興味があるバカな魔具師を演じることだよ。

言い方は悪いけど、グリムウッド侯爵の使用人に「君は価値がない人間だ」と思わせたらアステの勝ち。

君がどういう結果になっても世間から目も向けられない人間だと思わせるんだ。


アステリアはターガンに言われた言葉を思い出す。

グリムウッド侯爵が実験体の確保のため違法な奴隷売買を行っているという噂は有名だ。

全くもって不愉快極まりない発言だが、トラブルを起こすことなく花の化石と対面するにはその方法しかないのも事実だった。


目標は花の化石とやらを拝見して、持参している魔道具で化石に含まれる成分の種類を調べること。

さらにそれがどこに存在していた物なのかまで特定できれば優秀だろう。


(・・・なんか対価が釣り合わない気がしてきたんだけど)


手持ちの防護の魔具は持参した。

魔力か、魔具のコアだが定かではないが花の化石によって精神攻撃が行われているのは確かである。


持参した魔具が未知の物に対してどの程度持ち堪えるかはわからない。


耐えられなかった場合、精神攻撃を受けて身体をベットに縛られながら数日を過ごすだけだ。


「マジフォージ工房の魔具師だ」


門番に魔具師ギルドのギルド証を提示すると、ギルド証と身体を隅々まで確認され屋敷の入り口まで案内された。


執事もメイドもよく働いており、変人の屋敷にしては教育の行き届いた使用人たちにアステリアはなんともいえない違和感を覚えた。


「こちらでお待ちください」


通された部屋は1階の待合室で短期滞在を暗に示している。

この短時間で使用人に悪い印象を与えなくてはいけない。

アステリアは小さな待合室を見渡して何か使えそうなものはないか探す。


(まじでなんもねえじゃん・・・仕方無いか)


アステリアは机の上にあるベルを鳴らすと、すぐさま執事が部屋に現れて「如何致しましたか?」と尋ねた。


アステリアは不愉快そうな表情で執事を睨みつけると、次の瞬間勢い良く机に足を掛けテーブルを揺らす。


「おい、この屋敷では高貴な血の客人にもてなしも出来ないのかよ?」


執事は無表情でアステリアを見つめていたが、すぐさま穏やかな笑顔を浮かべ仰々しく謝罪した。


「俺は元子爵家の嫡男だ。お前でも聞いたことあるんじゃねーの?ウィンザロック家のクィント様とは俺のことだ」


「・・ギルド証のお名前とは違うのですね」


「当たり前だろ?今は没落して平民堕ちしてんだから、貴族だった時の名前をそのまま使うわけねーよ。俺に報復したい貴族なんて山ほどいるからな」


ーー嘘は程よい事実を織り交ぜなければならない。


アステリアはクィント・ウィンザロックという人間が嫌いだった。

力や権力の弱い者に対して非道な行いを繰り返し、悪事は金で揉み消すような輩だ。

奴の実家が没落したと知った時は天罰が下ったと思ったものだ。

両親が処刑され、クィントは身分を剥奪され魔国ヴァギランへ追放されたという話は誰でも知っている。


アステリアの言葉で執事の目に力が籠った。

しかしそれを感じさせない上品な表情で執事はアステリアに返事をする。


部屋を後にしようとした執事を引き留め、どうでもいい過去の栄華を聞かせた。

かつて聞きたくもない自己賛美を長時間聞かされ続けたことで、今ではまるで自分のことのように語ることが出来ている。

メイドが紅茶を用意するが気にも止めず話し続けていると、アステリアの視線が外れた隙に執事がメイドに一瞬耳打ちする。


メイドは慌てて部屋を後にした後、しばらくすると部屋をノックする音と共にアステリアの目の前にいる執事よりも年長で貫禄のある執事が入室してきた。


「大変お待たせして申し訳ございません。執事長のモートン・クロフォードと申します」


モノクルの奥の瞳は珍しい金色で笑顔で下がった眉尻が気さくな印象を与えた。


モートンは笑顔のままアステリアが引き留めていた執事に目配せすると、若い執事は助かったとでもいうかのように安堵の表情を見せながら退出する。


アステリアとモートンは世間話や雑談を交えながらアイリス祭の出展の最終確認を行い、話も終盤に差し掛かろうとしたとき、モートンは言いずらそうにアステリアに耳打ちをした。


「クィント様、明日の話ではないのですが・・・あなた様を優秀な魔具師と見込んで御相談があるのです」


(来た!!!)


本題が来たことに緊張と不安が混ざりつつも、少しの高揚感を覚えた。

呼吸、眉毛、目、口、手足、全ての動きが相手の情報になってしまう。

久しぶりの感情を前に、心情を悟られないように注意を払う。


「最近噂の・・花の化石のことをご存知でしょうか?」


「あーなんか呪われて死ぬっていうやつだろ?下町の噂レベルなら認知してるけど、それが何?」


「実は現在は”それ”を当家が管理をしているのですが、皆噂を恐れ調査を行ってくれぬのです」


声質は柔らかく安心感を与える口調で話すため、なんて事ない内容のような気がしてしまう。

今までもこのようにして情報を入手してきたのだろう。


アステリアはわざとらしく「ふーん」と呟きながら手のひらを上に向けながら指をすぼめた。


「これ次第かな?」


我ながら感心してしまうほど最低なクィント・ウィンザロックを再現できている気がする。


アステリアの返答にモートンは満足そうに笑った。

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