ep.1 恐怖のアイリス祭 ー魔具師見習い
(あ〜仕事行きたくねーーー・・・)
曇天を見上げながらアステリアはため息をついた。
町中が露天や建物にアイリスの花を華やかに飾りつけている。
今日は年に一回のアイリス祭の前日だ。
アイリス祭は年に1度の帝国を挙げての催事で、アイリス祭が近づくとなかなか家に帰ることが出来なくなり、店主の機嫌も頗る悪くなる。
帝国中の魔具師はこのアイリス祭の売上で名を上げたと言っても過言ではない。
また魔具師だけでなく、冒険者にとってもこのアイリス祭は名をあげるチャンスなのだ。
帝国は長年、守花の代わりとなるコアを探している。
守花は幻の花とも呼ばれており、SSS冒険者でも入手することが困難な植物だ。
守花は人間・魔族ともに有害な植物で、間違えて口にすると15分以内に命を落とし、皮膚が弱い者が触れば全身が爛れてしまう。
一見ただ危ないだけの植物に思えるが、始まりの魔具師であるアイリスによって守花が魔力の元となる植物であると公表されて以来、魔具作りにおいて重要なコアの役割を果たしてきた。
しかし始まりの魔具師が死んでから200年間、魔具作りは彼女の製法を元に作成されてきたため、守花が枯渇し、今では守花1輪の取引に最低でも1億キーンは支払われるらしい。
魔力のある魔族と違って人間族は魔力がないため、お偉方様はこのような祭りを開いてまで魔具の発展に力を入れているという訳である。
守花はもちろんのこと、国の発展につながる魔道具を開発したり、前例はまだないが守花代替のコアを発見した魔具師や冒険者には国から爵位と領地等など莫大な財産が約束されている。
また高位貴族たちが魔具研究に携わっている事もあり、子供達にとって魔具師と冒険者は憧れの職業となっている。
(まあ実際はそんな可愛いもんじゃねーけど)
低賃金!!長時間労働!!!上下関係の厳しさゆえの職場環境の悪さ!!!!
ありふれた職業では高賃金はごく一握りの者のみで、基本的には成功するまでは見習いとさほど変わらない待遇と賃金だ。
職場に居続けなくてはいけない魔具師より、冒険者の方がマシなのではないかと思ってしまう事もある。
しかし冒険者は自分の身体を主体とした職業であり、まともな武器や防具を買うためにはまとまった費用がかかる。
防具が粗末な見習い冒険者の大半は命を落としてしまうというのが現実だ。
魔具師は精神的疲労こそ大きいが、寝床の心配はないし命も落とさない。
アステリアはため息を吐くと瓦を勢いよく滑り降り、軒先までくると器用に先端を指で引っかけながら開いた窓から室内へ身体を翻した。
「うわ!!!また外にいたの!!!?」
ルームメイトのターガンが呆れたようにアステリアを見つめた。
2人部屋だと安息の地であるべきはずの寝室が談話室のようになってしまう。
そのためアステリアが1人になりたい時は屋根の上で過ごすようになっていった。
「アステは魔具師より冒険者の方が向いてるんじゃないの?」
「嫌だよ、俺死にたくねーもん」
わざとらしく舌を突き出したアステリアを見てターガンは「可愛くねえよ」と呆れながら呟く。
アステリアは挑発的な表情を浮かべると胸元からアステリアの装着しているメガネと色違いのものを取り出した。
「え!!!ちょ!!!?それって頼んでたやつ!!!?」
「せっかく貴重な睡眠時間を削って俺のと同じ魔具を作ってあげたのになあ・・?」
頭と手を床に押し付け許しを乞うターガンに「10万キーンな」と言い放つ。
10万キーンは見習いの魔具師の1カ月の給金であり、アステリアの言葉は1カ月分の給金の徴収を意味していた。
余裕そうなターガンの表情を見てアステリアは眼鏡の下の大きな目を見開き首を傾げる。
「うっそ、持ってんの??」
「10万キーンと遜色ない情報と交換なら出来るよ」
魔具見習いと言っても魔具研究に才能のあるターガンから10万キーン相当なんて言葉が出て来たら聞かないわけがない。
魔具師には研究と創作、両方の能力が求められる。
俺たち魔具師にとって情報はどんな金品にも変え難い代物なのだ。
些細な情報が魔具作りの発見やヒントになり得る。
「のった!!!!」
アステリアは長い睫毛で縁取られた桜色の瞳を輝かせながらターガンの背中を強く叩いた。
しかし、数時間後アステリアはこの提案を心から後悔することになる。
甘い話には毒がある。
この"情報"がアステリアの人生を再度揺るがす羽目になったのだった。
この世界のお金はキーンという単価です。1キーン1円という認識で大丈夫です。この世界のお金は硬貨ですが1キーン硬貨、10キーン硬貨、100キーン硬貨、1000キーン硬貨、10000キーン硬貨があります。
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