王子は真実の愛を得ていた
王立学園で王太子が婚約者である公爵令嬢を遠ざけ、聖女と名高い子爵令嬢をそばに置くようになって半年。
その子爵令嬢が、遠方の修道院に行くという話が広まった。戒律が厳しい事で有名な、男子禁制の修道院である。
王太子の所業に呆れ果てた国王が指示したなら理解できる。だが、修道院送りを主導したのは王太子だった。国王は関係ない。
前触れとなる事件の一つもない出来事であったがゆえに、誰もが「何故?」と首を傾げた。
「説明して頂けるのでしょうか?」
「無論だ」
子爵令嬢が居なくなってからは、王太子は公爵令嬢が侍るのを許した。
公爵令嬢は「今更よね」と内心では憤っていたが、それを顔に出すことはしない。
だが、「何故子爵令嬢を修道院に送ったのか」だけは気になり、王太子に直接問いただした。
「私は彼女を愛している」
説明を求められた王太子は、開口一番、子爵令嬢への愛を口にした。
「愛する人に幸せになって欲しかった。
修道院に向かわせたのは、それが理由だ」
「それが分からないのです。何をどう考えたら、修道院送りが幸せにつながるのでしょう?」
愛しているから。
それで完結している王太子。
そんな彼にそれでは分からないと、公爵令嬢は食い下がった。
王太子は少し迷い、言葉を選びながら口にする。
「まず、彼女は強欲が過ぎた。贅沢で国を傾けようと、それで彼女が幸せになるなら構わないと思っていたが、彼女の欲は、それでも満たせない。
ならば、贅沢とは違う、慎ましさの中にある幸せ、何かを達成する喜び、他者と心で繋がる安寧を学んでもらう事こそ、彼女のためになる選択だ。
甘やかすだけでは、あの人は本当の幸せを得られない」
そうして出てきたのは、国を蔑ろにする王太子としては失格の言葉と、それでも見失わなかった人として正しい在り方。
公爵令嬢はそんな王太子になんと言えばいいのかと迷う。
そんな彼女が迷っている間に、王太子は、ほんの一摘みの、男としてはごく当たり前の欲を口にした。
「それに、学園は他の男が多すぎる。
器の小さい男と詰ってくれていい。
私は、自分の側に彼女を置きたいというよりも、他の男から彼女を遠ざけたかった。私だけを、見て欲しかったんだよ」
噂の一つに、聖女と呼ばれた子爵令嬢が、売女のように高位貴族の令息と親しくしている、というものがあった。
実際は王太子と仲良くしていたから、その関係者と縁を結んだだけである。これに関しては本人に悪意も下心もない。
王太子はその立場ゆえに、親しい女性が極端に少なかったのも良くなかった。
ならば公爵令嬢を頼ればいいように思われるだろうが、この王太子は子爵令嬢から男を遠ざけようとした男である。
逆に、子爵令嬢に余計な気苦労をさせないためにも公爵令嬢を遠ざけていたので、それも叶わなかった。
側近候補の令息たちも、王太子の煽りを受けそれぞれの婚約者と関係が悪化していたのも悪い方に作用している。
「分かりました。
今なお、殿下は彼女を愛しているのですね?」
「……済まない」
話を聞き終えた公爵令嬢は、ため息を吐きたいのをぐっと堪え、話をまとめた。
そうして最後に、気になった別件を口にする。
「では、婚約を解消しませんか? 殿下が愛しているのは彼女であれば――」
「待て。何故そうなる?」
「ですから、殿下が愛しているのはあの娘なのでしょう?」
「だから、何故だ? 結婚とは、愛とまったく無関係だろう?」
それは自身の婚約について。
自分という婚約者がありながら他の女にうつつを抜かす男に見切りをつけたかった公爵令嬢は、婚約の解消を示唆してみせた。
だが、王太子は「何故?」と不思議そうにするばかりである。
彼の中で、結婚と異性への愛は、まったく関係が無いからである。「愛し合う二人が結婚するのが自然な事」などという考えを一切持ち合わせていなかった。
彼の中で結婚とは、国に安寧をもたらすために行う行為であり、王妃に求めるのは高い能力と、後ろ盾として十分な実家の存在だ。
子爵令嬢は聖女と呼ばれてはいたものの、王太子妃として、いずれは王妃となる女性として適格ではなく、彼女と結婚するという発想が出てこない。
「所詮は物語、ですわね」
「? なにを当たり前の事を」
公爵令嬢は、市井の恋物語、身分の低い娘が王子や高位貴族に愛され成り上がる作り話を思い出していたが、それはただの創作でしかないと思い出した。
貴族男性の大半にとって、結婚は家の出来事であり、個人の嗜好や性癖に依存しない“仕事”でしかなかった。強いて言うなら、伴侶に信頼を求めるぐらいであろうか。
恋に恋して焦れてしまう女性とは違ったのである。特に高位貴族の令息とは、そうなるように教育を受けているのである。
女として愛されれば婚約破棄からの略奪婚などというのは、子爵令嬢の勝手な妄想であり、実現するはずがなかった。
王太子は真実の愛を得ている。
聖女たる子爵令嬢を愛している。
だからといって、女性が好む物語に出てくる王子様ではなかった。
それだけである。