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名前も思い出せない男の後悔なんて、どうでもいい

目を覚ますと、雲一つ無い澄んだ青空が広がっていた。

 定番と化しつつある、知らない天井じゃない事に違和感を覚える。

「目を覚ましたのね」

 女性の声が降って来た。体を起こしたけど痛みを感じない。最後の記憶では、階段から突き落とされ、後頭部を床に叩き付けて意識を失った。全身の打撲による痛みを感じない事から、ここは現実の世界では無いと確信する。左右を見れば丈の短い草が生えている。草原と言われて思い浮かべる光景そのものが広がっていた。

 顔を上げて声の主を見る。知らない女性の顔だった。陽光を思わせる濃く長い金髪と蒼穹のような青い瞳。この組み合わせは確か、生家に癒しの力を授けているとある女神と同じものだ。女性は憂い顔で言葉を続ける。

「我が使徒の末裔ならば大丈夫だと、神託を降ろしてまで託したのですが。・・・・・・人間と言うのは見た目だけで判断する愚物しかいなかったようですね。与えていた加護は取り上げました」

 発せられた言葉でこの女性が誰なのか察する。

 生家に癒しの力を授けていた女神本人だった。

 生家には『癒しの女神の使徒の末裔』だと言う言い伝えが存在したが、事実だったらしい。ファンタジー系世界あるあるだな。

「問いますが、貴方は十一年後に誕生する厄災――上位神が定めた、千年に一度の滅びを止める事へ協力は頂けますか?」

「止める手立ては有るけど、協力する気にはなれないわね」

「そうですか」

 女神は落胆せずに淡々としていた。

 恐らくだが、断ると思われていた模様。

 ・・・・・・まぁ、あの扱いで『国の為に、世界の為に』の文言は通じない。

 そもそもの話、自分を階段から突き落としたのは、婚約者候補の王子だし。思い出せないが、何故かあの王子は見覚えの有る顔をしていた。名前が思い出せないからどうでもよく感じる。

 しかしそんな事よりも、上位神が定めた千年に一度の滅びか。

 思い当たるのは『選定の儀』だ。これしかない。止める方法は在るけど、十一年で達成しろとか無茶振りが過ぎる。

「用件は終わり?」

「はい。巻き込んでしまいすみません」

「謝るんだったら始めから巻き込まないで」

 デジャヴを感じるやり取りにため息を吐きたくなった。

「まぁいいや。あたしはこの世界から去るね」

「止めはしません。時間切れだったと言う事で、今回は諦めます」

 女神は観念したのか、そう言った。諦めてい無さそうなので、助言だけ残す。

「止めるんだったら、上位神に言って鍵の剣を貰って、他にも色々なものを集めないとだから厳しい。最難関は上位神を殺る事なんだけどね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・傍観するしかないのですね」

 止める方法の一部を知り、女神は完全に諦めたのか、長い沈黙のあとにため息を零している。

 会話は途切れたが、ふと思い出した疑問を女神にぶつける。

「そう言えば、どうしてあの王子に見覚えがあったんだ? 何か知ってる?」

「ああ、切れて燃えた糸が残っていたので、それを手繰って引き寄せましたね」

「余計な事をしたわね。ちゃんと切ってよ。燃えていたって事は、多分だけど、あたしが焼いたんだと思うし」

「そうしますね」

 女神はそう言うなり、手を振るった。すると、か細い糸が現れるも、燃えて消滅して行く。

「これで、貴女との縁は完全に切れました。どこぞの神の呪いの余波を受けていたようですが、今世が最後の人生になります」

「神の呪い持ちだったのか。面倒だから、記憶も消した方が良さげだな」

 嫌な事を聞いた。目を覚ましてからの予定に加える。

 やる事を決めてから、自分は再び寝転んで目を閉じた。眠気がすぐにやって来る。

「新たに『貴女の好きにさせろ』と神託を降ろしました。神託通りに、貴女は好きにして良いですよ」

「そう。ありがとう」

 女神の言葉を聞き、礼を言うと寝入ったのか、意識は途切れた。



 目を覚ますと知らない天井だった。テンプレ感想を抱いてから体を起こす。激痛が走った。魔法で癒やして横になっていたベッドから立ち上がった。

 自分の服装を見る。寝間着姿だったが、自分の寝間着では無い。着替えの服は見当たらない。ついでに空腹を訴える音が鳴る。どうするか悩み、誰かいないかと淡い希望を持って、ベッド横のサンダルを履いて廊下に出る事にした。外は快晴だから、何も起きていない筈。

 廊下には誰もいなかった。仕方なく部屋に戻り、室内を見回す。水差しとコップを見つけた。水を飲むとレモン水だった。空腹が紛れる程度に水を飲んで一息吐く。

 ――これからどうする?

 ――決まっている。早々にこの世界から去るべきだ。

 簡単に自問すると、あっさりと答えが出た。

 ベッドに腰かけて、宝物庫から専用魔法具のロザリオを取り出し、魔力を込める。寝起き且つ、体の状態が悪いからか。三割程度の魔力を込めたところで、再度、空腹の音が鳴る。

 ロザリオを宝物庫に仕舞い、水を飲んでから廊下に出て、適当に歩く。

 どこの建物内にいるか知らないが、自宅では無いのは解った。廊下の灯り台の彫刻が自宅のものと違うし、十メートル以上の長い廊下は自宅には存在しない。

 最期の記憶は王城内のエントランスの階段前。二階から一階に降りる階段上で突き落とされた。背中から床に落ち、後頭部を始めとした全身を打った。自分を付き落とした奴は、婚約者候補だったこの国の第一王子。

 神託をガン無視した実家共々どうなろうが知らん。そもそも、自分を無理矢理捻じ込むとか、何をどうすれば思い付くのだろうか。馬鹿かと尋ねたくなる。

 廊下が終わり、階段前に到着した。ここが何階か知らないけど、王城内で怪我をして、王城の外に運び出して手当をするとは思えない。自宅との違いと照らし合わせてここが王城だと当たりを付ける。実際に、階段を一階分降りると、王城警備の騎士に遭遇して、ここが王城だと確信した。

 仕事の邪魔をする気は無いから、自分の事は気にしなくていい。

 そう告げて去ろうとしたが、結局騎士に捕まり、元居た部屋に連れ戻された。

 戻った部屋で椅子に座って待っていると、王城勤めの侍女がスープを運んで来た。ここにいてこれを飲めと言う事だ。一緒に出て来たスプーンを使い、一口味見して毒が入っていない事を確認してから少しずつ飲む。

 半分程度飲んだところで、一度だけ会った国王と王妃がやって来た。よく目を覚ましたと喜んでいる。あの女神の神託を聞いていないのか、それともまだ降りていないのか。でも、神託を『降ろした』って言っていた。これは、自分に神託を教えなければ『まだ利用出来る』と企んでいるのかもしれない。

 スープを全て飲んでから、夢を経由して女神に会い、交わした会話の内容を教えると、王と王妃の顔が引き攣った。

 どうやら推測が当たっていたらしい。

 残り十一年で、世界の滅びを止めるのは不可能。せめて、百年に及ぶ対策期間が必要。

 そこまで言うと、王が『何故だ。我らを救済する存在では無かったのか!?』と騒いだ。王妃は無言で床に膝を着いて涙を流している。

「不吉な存在だと、散々迫害しておいて何を仰っているのですか? 危機が迫っている、困っていると言えば、助けてくれる都合の良い存在だと、本気で思ったのですか? 女神に愛想をつかされた実家は、加護を取り上げられましたよ」

「何だとっ!?」

「確か、『我が使徒の末裔ならば大丈夫だと、神託を降ろしてまで託したのですが。人間と言うのは見た目だけで判断する愚物しかいなかったようですね』と、女神は言っていましたよ」

 絶句した王は目を剥いたと思ったら倒れた。怒りか何かは知らないが、脳が処理量を越えたせいで気を失った模様。泣いていた王妃は隣で倒れた王に見向きもしないで、『何故見捨てるのだ』と自分を責め立てる。

 正直に言って呆れた。自分は王妃に問い掛ける。

「貴女は散々迫害して来た人間に、殺されかけて目を覚ましたあとに『助けてくれ』と言われたら助けるのですか?」

「それ、は」

「出来ないでしょう? 何故私には強要するのですか。『黒を持つものを息子の嫁にしたくないから殺せ』と、裏で命令を出していた王妃様?」

「・・・・・・」

 王妃は答えない。流れていた涙は止まり、目に見えて老け込んだ。

 恐らくはバレていないと思っていたんだな。残念だが、多方面にバレているよ。だって『王妃様の命令です』と言っていた奴ばかりだったし。

 これに関しても女神が原因だ。だって、金髪碧眼しか生まれない家系に、黒髪黒目の自分が生まれるように仕込む――この世界の魔物は種類を問わず、黒い見た目なので、魔物を連想させる事から、黒を嫌う傾向だ――とか、何を考えているんだろうね。『起きるかもしれない』と神託を出す事を決めた時点で、嫌われるのが解っていたんなら、止めろって話だ。実に迷惑極まりない。

 動かなくなった王と王妃を放置して、部屋から出る。廊下にいた護衛の騎士に医者を呼ぶように言う事も忘れない。背後から混乱に満ちた声が聞こえて来るが、無視して廊下を歩く。

 早歩きでスタスタと歩きながら考える。外に出る為に一階を目指そうか、それとも適当な部屋に入って転移魔法で移動しようか。注目を浴びながら移動するよりも、早々に移動してしまった方が良いかもしれない。

 そう考えて御手洗いを探していると、背後から誰かの名を呼ぶ声が響いた。無視しても良いけど、絡まれると面倒だから背後へ振り返る。

 そこには、自分を階段から突き落とした王子が一人でいた。青い顔をして、自分の今世の名では無い、誰かの名を何度も口にしている。

 ……そう言えば、何かの糸で繋がれていたんだっけ。

 糸は女神が切って消滅させたから、もう残っていない。でも、糸で繋がっていたと言う事はと少し考える。この王子が何度も口にする、覚えていない名はもしかしたら、過去の自分の名前かも知れない。今になってその名を口にすると言う事は、この王子も今になって記憶を取り戻したのかもしれない。

 何度も転生を重ねているからか、全く何も思い出せない。強い印象が残る程の相手だったら何かしらの事は覚えている筈だが、この王子に関しては何も思い出せない。『恐らく』が付く事になるけど、その程度の『薄い縁』しかなかったのだろう。

「俺が、俺が悪かった。だから・・・・・・許してくれ」

 王子は後悔にまみれた顔をして、うわ言のように、何度も同じ言葉を繰り返している。

 悪かった許してくれ、ねぇ。『馬鹿じゃねーの?』としか思えない。それくらいに今の自分は荒んでいる。

 ――名前も思い出せない男の後悔なんて、どうでもいい。

 ふらふらと近づいて来た王子の頭を鷲掴みして、魔法を構築し、すぐに行使する。

「忘れるのが、互いの為です。さようなら。二度と思い出さないで」

 王子の魂の記憶を読み取り、自分に関する全ての情報を消して行く。思い出を始めとした、声も、顔も、名前も、何もかもを消して行く。魔法を使った記憶の削除が終わると、王子はその場に倒れた。

 その姿を見下ろしてから、天井を仰いで一息吐いた。何と言えば良いのか。一仕事終えた気分だ。

 周辺の部屋のドアを探して、鍵の掛かっていないドアを見つけ出して開けると、室内は無人だった。

「殿下!?」

 遠くから、声が聞こえた。多分、王子の護衛の騎士だろう。

 説明は、面倒だからいいよね?

 独りで納得して完結するなり、部屋に入ってドアを閉めて錠を掛ける。ドアを叩かれるよりも前に空間転移魔法を使用。

 こんな場所から、遠くへ逃げだした。



 その後、実家と国がどうなったかと言うと、何も知らない。情報の入手方法が無いから、こればっかりはしょうがない。

 国は残れるだろうが、実家は無理だろう。

 女神に仕えていた使徒の末裔で、癒しの魔法を加護として授かっていた公爵家の一族。大陸で治癒魔法が使えるのは、実家と同じく、癒しの加護を授かった一族のみ。つまり、大陸で数少ない癒やし手だったが、その加護は女神の手で取り上げられている。

 女神からの神罰で加護を取り上げられて癒しの力を無くし、神託を経由して女神から託された子を迫害していた。

 詰んでる。終わったな、あの一族。文句は女神に言ってくれ。女神が自分を、無理矢理あの家の娘として産まれるようにしたんだから。

 これは王家にも言える。裏で自分を殺せと、命令を出していた王妃は切り捨てられるだろう。王が動かなくても、実家が何が何でも巻き込む。

 実家と元居た国はともかく、世界が救えないのは、はっきり言って『女神の対処が遅かったから』、としか言いようが無い。救いようが無いな。

 それに、女神に『上位神』と呼ばせる存在は、天樹と管理化身に、審判者関係者だろう。それ以外に思い当らない。



 逃亡した自分は、現在、山の中に潜んでいる。野宿用品は宝物庫に入っているので、食料以外は困らない状況だ。

 空腹で動けなくなるのは困るので、山の幸を食べながら、魔法具に魔力を込める日々を数日間送っていた。お金を持っていないから、店が在りそうな町には出向いていない。換金出来そうなもの――宝飾品は持っているけど、売るとなると大きな街に行く必要が有るので却下。買取価格にもよるが、何より使い切るのに時間が掛かる。食堂か喫茶店で使えばいいんだろうけどね。魔法で見た目を変える事が出来るとは言え、街に行くのは抵抗がある。

 野葡萄っぽいものを始めとした山で見つけた果物を食べて、甘いものは我慢した、と言うか出来た。蜂蜜並みに甘い、木苺みたいな果物を見つけた。柑橘系も見つけたので、猪を狩って食べた。肉は臭み消しの香辛料無しで食べるのに、別の意味で勇気が必要だった

 脂身を切り落として香辛料をすり込んだ肉を、葡萄の木の枝で焼いて食べる料理があった事を思い出して、野葡萄らしき木の枝を乾燥させて薪代わりにして肉を焼いたが、香辛料が無いせいで美味しくなかった。加えて言うと、葡萄は葡萄でも、ワイン用の葡萄の木が良いのか、香りが全くしなかった。肉は柑橘の搾り汁を、唐揚げの添え物のレモンのように掛けて、頑張って食べたよ。臭かった。鹿で挑戦すれば良かったな。遭遇したのが猪だったから試したんだけど。

 そんな料理の失敗をしつつも、この世界から去る準備を終えた。記憶を取り戻してから二十日ほどが経過した。



 何時もならこの世界に誰かいるか調べるのだが、今回は調べない。何となくだが、誰もいない気がするのだ。

 太陽が頂点に到達した頃。山奥に移動してから転生の魔法を使う。割と光って目立つから使う場所を考える必要が有るのだ。

 まばらに雲が出て来た空を見上げる。

 ――短かったな。

 数十年と長生きしている他の面々と違い、自分は十年ちょっとの、短いスパンで転生の術を使う事が多い。状況を考えて逃亡を続けるよりも、()ってしまった方が、何かと良い時の方が多いからだ。楽な方向に逃げている気もするけど、事実なんだよね。長く生きても、楽しむ事は無い。

 軽く息を吐いて、魔法具を起動させて、ここ二十日間の事を振り返る。

 この世界が今後どうなろうが知った事では無い。未練は何一つとして残っていない。

 確認を終えると同時に、意識が薄くなる。



 期待はしない。

 ただ、仲間の誰かに会いたいと、思った。



 Fin

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

やっと、完結しました。色んな意味で長かった。

終わりはやっぱり菊理だなと、情報の補完も兼ねて書きました。やっぱり菊理の旅の話だからか、この終わりがしっくり来ます。


ひっそりとですが、『聖女に認定されてしまったので逃亡します』は、これにて完結です。

感想を下さった方、ありがとうございます。良い励みになりました。

途中間を空けてしまいましたが、お付き合いいただき、本当にありがとうございました。


誤字脱字報告ありがとうございます。


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