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とある王子の後悔⑥

やっと書き上がりました。

 皇帝である父に頬を打たれて、俺は記憶を取り戻した。記憶を取り戻して愕然とした。

 エステルと婚約していたのに、既にやらかしたあとだったのだ。

 その上、婚約は白紙にされて母の実家に養子として強制的に送り出された。母は実家に悪影響が出ないように自害した。そのせいで俺の扱いは非常に悪い。

 もう一度巡り会えたのに。

 どうしようと頭を抱えたが、妙案は浮かばない。

『謝りたいって思うのなら、もう二度と会いに来ないで』

 エステルからの最後の言葉を思い出す。それでも、会って謝りたい。

 最悪な開始の三度目の人生で、俺はどうすれば良いのか全く分からなかった。

 伯父を経由して父に相談し、エステルに会って謝罪がしたいと頭を下げたが却下され、離宮への幽閉される事になった。

「お前の話が真実だとしよう。お前の顔が見たくなさに自害を選ぶような令嬢が、お前の謝罪を受け取る訳無いだろう。自己満足の謝罪は拒まれるだけだ」

 父の心底軽蔑した視線に竦み上がる。

「お前は失敗しなければ何が重要か理解出来ない愚図で、己がするは良いがされるのは嫌だと喚く我儘な馬鹿だ。拒んだから拒まれるは当然だろう。歩み寄ろうとする意志が無く、変わって行く相手を受け入れられない愚か者が。お前の謝罪は何か裏があると勘繰られて当然だ。お前に下心が無くともな」

 それにと、父の言葉は続く。

「余が彼女ならば、貴様との再婚約は何が何でも拒む。地の果てまで逃げる。そんな国の損失は皇帝として受け入れられぬ。お前の代わりはいても彼女の代わりはおらん。お前の我儘の為に手放せば、貴族からの求心力が下がる。逆にお前を手放しても求心力は下がらぬだろうな。ま、謝罪して要求する事しか考えていない馬鹿は、もはや我が皇族には不要だ」

 その言葉を最後に父は俺に背を向けた。俺は騎士に囲まれ、強制的に離宮へ連行された。

 

 

 押し込まれた離宮で、ぼんやりと考える。

 どうして? 何故謝罪が俺の我儘なのだ?

 悪い事をしたら謝るのは当然だと教えられたのに。

『謝罪して要求する事しか考えていない馬鹿は、もはや我が皇族には不要だ』

 父の最後の言葉を思い出す。

 エステルに会えた前回を思い返したが、謝りたかったとしか言っていない事を思い出す。

『やり直す? 無理に決まっているでしょ。何も始まっていないし、始まる事もない』

 エステルが口にした、彼女の本心を思い出し、俺は無意識に彼女に何を求めていたのか理解した。

 ――俺は、やり直したかったのか。

 謝れば元の関係に戻れると、現実を見ないで在りもしない妄想を信じた。それを見抜かれていたから、拒まれたのだ。

 その結果、こんなところで独りになっている。

「俺は、どうしてこんなにも馬鹿なんだろうな」

 思っていた以上の己の馬鹿さ加減に、乾いた笑いが出る。

 視界が滲んでも、後戻りは出来ない。

 後悔に塗れて俺は泣き、やっとエステルに対する気持ちを自覚した。

 

 幾日経ったか分からないが、何時かのような杯が俺の許にやって来た。

 エステルと二度と会えないのなら、生きていてもしょうがない。

 ――もう一度会いたい。

 叶わぬ願いを胸に、杯の中身を飲み干して、俺は気を失った。



 そして、四度目の奇跡の出会いは、愚かしい事に己の手で潰してしまった。謝って縋りついても手遅れだった。

「忘れるのが、互いの為です。さようなら。二度と思い出さないで」

 それどころか、魔法で彼女に関する記憶を消されてしまった。

 二度と思い出せない状況に陥って、己の感情を正しく理解した。

 ――俺は、捨てられるのが嫌だったんだ。

 誰もが羨むものを持っているのに、価値が無いと捨てられる事が嫌だった。皆が俺を必要としているのに、不要と言われる。それを俺の自尊心が許さなかった。

 己が捨てるのは良しとするのに、己が捨てられるのは拒否する。

 縋りつかれると拒むのに、縋り付いて拒まれると『受け入れろ』と追い掛ける。何て、安い自尊心だろうか。

 気づいたところで、何もかもが手遅れだった。

 彼女の一族は、神託を蔑ろにして女神から与えられていた、癒しの加護を取り上げられた。怪我と病を治す『癒やし手』の一族は存在意義を無くし、貴族としての役割も果たせなくなった。また、隠れて行っていた不正が大量に見つかり、当主一家は処刑され、一族は没落した。

 彼女の殺害指示を出していたと、自白してから毒杯を賜ろうとした母の王妃は、一生涯離宮への幽閉が決まった。流石に王妃が、神託に背いて殺害の指示を出していた事を公にする事は出来ないが故の判断だ。母は毒杯を賜れず発狂してしまった。公務はおろか、日常生活も一人ではまともに送れない状態だ。

 俺は三度も、母の人生を狂わせ、彼女の身内を死に追いやり、父に迷惑を掛けた。誰にも迷惑を掛けていない、二度目の人生が懐かしい。

 彼女が残した発言通り、十一年後に国難が――世界の滅びがやって来た。

 対策は十一年掛けても揃え切れなかった。

 神に祈っても届かない。神が用意した『世界の滅びへの対策』である彼女を無くした事で、神の怒りを買った結果だ。

 民は死に絶え、国は滅びる。人が用意した、数多の対策は何一つとして効果を発揮しなかった。

「ごめん。・・・・・・ごめんっ」

 瓦礫が降る中で思うのは、声も姿も、名前も思い出せない彼女の事だ。

 頭上が暗くなった瞬間、俺の意識はそこで途切れた。



 Fin

ここまでお読み頂きありがとうございます。

やっとトビアス視点が終わりました。

悩みに悩んで、設定を見直し、どうやっても彼が幸せになるエンディングが浮かばず、悶々としていました。候補の一つを試しに書いたら、この終わりで合っている気がして、そのまま書き進めました。何一つ報われずに終わるのが『トビアスだ』と書き終えて改めて思いました。

彼が自覚した思いは、本当に合っているのか。本人のみが知るけど、皆さんの想像にお任せします。

三回目の出会いがどこだか分からないと思うので、お知らせします。既に投稿した作品『転生したら、異世界召喚被害に遭った』の、『再び会う日を心待ちにして』にちょこっとですが、出ています。判り難くてすみません。この時点で菊理は忘れています。


次の菊理視点で、完全に終わりとなります。

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