とある王子の後悔③
初めてエステルと会った日。両家の父同伴の元、王城の庭園でお茶会となった。二人きりになったあと、何故かエステルの妹が一人で現れたのだ。
当時の俺は馬鹿だと思う。迷子と言う、見え透いた嘘を信じたのだから。どう考えても、登城理由のない貴族の子供が迷子とかありえないのに。そもそも別々に登城するとかありえない。
堂々とお茶の席に混ざった。妹になるのだから拒否しないでしょと、言わんばかりの態度。周囲が呆れているのに俺は気づかず、エステルは貴族の姉として注意した。言い方はきつくない。普段の口調と変わりない。
エステルに、許可なく会えない方だ、今日家庭教師が来るのに逃げ出したのかと、言われて立場が悪くなり、一瞬で号泣し始めて走って去った。その泣いて去る姿は『虐められた妹』に見え、俺は追いかけた。しかし、侍従から話を聞いた母に、エステルの対応は当然、悪いのは俺とエステルの妹だと、注意を受けた。更にエステルを放置したと父からも注意を受けた。
理解出来なかった俺は反発したが、『許可なく王族に会える貴族がいると思うのか、婚約者をないがしろにしていいのか』と逆に問われてしまった。
この答えは、否が正しい。
でも俺は、泣いている子が放置出来なかった。今思うにこれがいけなかったのだろう。
反発すると『泣いているから被害者ではない。泣かせたから加害者でもない』と雷を落とされたのだ。
席に戻るとエステルはおらず、探すと母と共にいた。俺に気づくと一礼をして去った。母だけでなく、父からも注意を受け、翌日母と共に謝罪に向かった。エステルの顔には痣が有ったが、俺は気づかなかった。泣いて喜ぶ妹の方を心配していたからだ。
一緒に謝罪に向かった母が、夫人と妹にキレて、すぐに追い出された。妹は抵抗したが、母に頬を張り飛ばされてすぐに大泣き。
妹なのに何故助けない。そうエステルに詰め寄れば、母から『悪いのはエステルではなく、夫人と妹と、お前だ』と雷を落とされた。
この時のエステルに対する第一印象は『妹を虐める女』である。でも、今になって考えると何が正しいのかが分かる。
俺は間違えて、エステルを拒んだ。これが全ての始まりだった。
一ヶ月後、嫌々、邸宅訪問をしたが、エステルが来ると妹もやって来て、注意されて泣いて去り、俺は追った。戻るとエステルはおらず、侍従からは帰りましょうと言われる始末。見送りにエステルはいたが、何の為に来たのか分からなくなった。
更に一ヶ月後。エステルが来るよりも先に妹がやって来た。遅れてやって来たエステルは『私に会いに来たのではなかったのですね』と、言って直ぐに去った。俺は追わなかった。
泣いていなかったが、どこか失望したような目をしていた。
時間いっぱい妹と過ごし、帰る時刻になったが、エステルは見送りにも来なかった。
その数日後、エステルは登城したが、母から妃教育について話し合う為であり、俺とは会わなかった。何故会いに来ないのかと怒ると、父から婚約は白紙になったと告げられ、俺は驚いた。
何故と縋り付くと、両親揃ってお前が悪いとしか返って来ず、途方に暮れ、無断で会いに行くも、エステルには会えなかった。
当然だが、俺はエステルに拒まれた。婚約者でもない男に会う女ではなかったからだ。エステルの妹に、自分に会いに来たのではないのか、何故自分では駄目なのかと、散々泣きつかれ困り果てた。鳴き声を聞いてやって来た夫人が『エステル! また泣かせたのか!』と怒鳴り込んで来た。
しかし、現場にはエステルはいない。何故エステルが犯人だと思ったのかと聞くと『何時もエステルに泣かされているから』と答えた。
何故エステルは泣かせるのかと聞くと『常識が無いのかと怒って』泣かせる。
この時、何故呆れなかったのか。どう考えても、エステルが正しい。でも、当時の俺は泣かせる奴が悪いと思っていた。
エステルは来ない。彼女の名前を出すと妹は『何故姉なのだ』とすぐに泣く。その度に泣き声を聞きつけて、エステルに泣かされたのかと夫人が怒鳴り込んで来るから、どうすればいいのかと内心で頭を抱え、時は過ぎた。
この時、何故気づかなかったのだろう。
どうして夫人はエステルを加害者にしたがるのか。
無断で城を出た事がバレ、父が連れ戻しにやって来た。エステルの母と妹は驚いて固まっている。
その場で俺は父に叱られた。父は対応がエステルでない事に嘆き、もう駄目だな、と小さく零し、俺を馬車に押し込んだ。馬車はすぐに出てしまい、エステルには会えなかった。
代わりに、城で邸宅での事を両親に話したが、呆れられ、怒られた。当時は分からなかったが、何故気づかないと言う意味なのだろう。
その一ヶ月後の建国際。
エステルに会って『婚約の白紙についてどう思うか聞きたい』と思っていたのに、妹の嘘を信じて罵り――彼女は自害した。
そして、エステルが死んでから約半月後。エステルの家族の今後が決まった。
家の取り潰し、一家三人処刑、使用人達にも何かしらの処罰が下ったと聞き、俺は顔から血の気が引いたのが分かった。
妹の方を見ていると子爵家かと思われがちだが、エステルの実家は侯爵家とかなり格式の高い家なのだ。
そんな格式の高い家が消えてなくなる。俺がエステルを拒んだ事が原因で、幼い子供まで死ぬ。
青くなった俺の顔を見て、父はため息を吐きながら『何時かお前もこうやって判断する日が来るのだぞ』と呟いた。貴族である以上、身内であっても切り捨てなければならない。それを理解しろと、言われた。
刑の執行日。弟二人は自室待機となったが、俺は王太子になるのだからと、父に連れて行かれた。
エステルの家族の顔は正直見たくなかった。でも父に、拒んだお前の務めの一つだと言われて、嫌々同行したのだ。
曇天の元、斬首刑ではなく、火炙りの刑が公開で執行された。女神の生まれ変わりに仇をなしたものを大地に返してはいけない。灰にして川に捨てろ。その二つの決まりが在るからだ。
貴族平民、身分を問わずに多くの人間が詰めかけた。
一際高い台に登り、父が罪状と刑罰を述べ、執行を指示する。俺は三人から見えない位置に立った。薪が積まれた台に三人の罪人が連行されて来た。三人ともボロボロの状態で酷くやつれている。まだ六歳の妹は、目元が赤く腫れ上がり、今も泣いている。未だに被害者ぶっているのだろうが、もう遅い。
平民は皆石を投げ、女神に手を上げた愚か者、お前達のせいで俺達は生活に困るんだ、せっかく生活が良くなって来たのに、と口々に怨嗟の声を上げる。後に知るのだが、女神の生まれ変わりが死んだあと、繁栄と同じぐらいの衰退が待っている。
これは、初代国王が建国時に女神を契約した結果だ。
『繁栄の為に、大地の女神と縁のある者を、女神の生まれ変わりとして送る。大事に扱え。子を成さずに死ぬのであれば災いが降りかかるだろう。努々、忘れるな』
三人は痛がっているが誰も耳を貸さない。夫人と妹は被害者のように泣いている。三人は台に鎖で縛り付けられ、火が放たれた。
炎は一瞬で三人を包んだ。熱い、助けてと悲鳴が聞こえる。見ていられなくて、俺は耳を塞いで目を閉じた。
父に肩を叩かれるまで、ずっと小さくなっていた。
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もう少し続きます。