表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

とある王子の後悔②

 年に一度の建国祭。その日会場で当時八歳だった俺は同い年の彼女と喧嘩した。いや、虐めてしまったが正しいか。

 会場で両親や二つ下の双子の弟達と、貴族達との挨拶が終わると、俺に彼女の妹が泣いて姉に虐められたと訴えて来た。またかと思うと、少し離れた場所で両親である国王夫妻と何やら話し込んでいた彼女に――エステルに食って掛かった。

 今思えばおかしな点が多かったのに、何故気づけなかったと後悔がある。

 建国祭が始まる一ヶ月前に俺とエステルの婚約は白紙になっていた。故に婚約者でもない女の妹が王子である俺に話しかけるなど、やってはいけない事なのに何故気づけなかったのか。

 この時、何故俺に訴えるのかと考えなかったのか。

 両親が止めるのを無視して、何でやった、姉なのだから虐めるなと言い聞かせると睨んで来た。いつも瞳に光はなく、無表情で常に諦めたような顔をした彼女の変化に戸惑い、一歩後ろに下がった。

「嘘かどうか考えた事はありますか? 泣いていたら、何もかも真実になるのですか?」

 そう言って彼女は両親と少し話してこちらに背を向けた。

 でも、王子である俺に刃向かった、逆らった。そう理解して、肩を掴んで無理やり振り返らせた。結われたところを見た事がない、腰まである髪飾りすらつけていない黒髪が宙を踊る。光のない黒い瞳と視線が合う。

 興味すら持たれていない。反射的に見下されていると感じ、声を荒げた。

「底意地の悪い女だな。お前みたいな汚点にしかならない女と一緒にさせられる俺の身にもなれよ!」

 気づいたらそんな言葉を言っていた。両親の目の前で言ってしまったと気づき、そして、彼女との婚約予定は白紙になっていたと思い出し、頭は真っ白になった。

 この時よくよく思い出してみると、視界の隅でエステルの妹が邪悪な笑みを浮かべていた。しかし、自分の両親に睨まれると一瞬で泣き顔になる。見事な演技だった。つまり、俺は騙されたのだ。

 両親が自分の名を叫ぶように呼び、会場は何が起きたのかと静まり返る。

 やってしまった。どうしよう。

 後悔する。打開策を考えるも、肩を掴んでいた手を乱暴に叩き落され突き飛ばされて、エステルの言葉で思考は止まった。

「被害者ぶらないで! 私からすれば、貴方の方が汚点よ!」

 エステルは、俺の方が汚点だと言った。俺とエステルは互いが汚点と思い、嫌っていた。

「何も知らないくせに、何も知ろうとしないくせに――話すら聞いてくれないくせに!」

 目に涙を浮かべて叫ぶ。彼女の涙を見たのはこれが初めてだった。

「産まれてこなければよかったのにって、毎日言われる身にもなりなさいよ!」

 俺との婚約の教育と称して毎日のように両親から受ける虐待と妹に擦り付けられる冤罪、誰も見向きもしてくれない使用人達、生まれ変わりだからと押し付けられた俺との婚約、婚約によるやっかみと嫌がらせの数々。

 全て俺が原因で起きていた。エステルは俺のせいでこうなったと、お前のせいで毎日が不幸だと泣いて叫んだ。

 エステルの話をここまで聞いたのは初めてだった。婚約者だったあの二ヶ月間に、どんな会話をしたかなど覚えてもいない。

 嫌々承諾せねばならなかった婚約による被害者は俺だけだと思っていたが、この時初めて、エステルも被害者だと知った。

 そもそもこの婚約は、国家繁栄の為のに法律で決まった婚約で、互いの意思などは無関係だった。婚約の話を聞かされた時に、まず最初に聞かされた話を、何故俺は忘れたのか。

 父王は言ったではないか。『お前の役割は非常に重要なものだ。よく話し合い、信頼を深め、彼女を守れ』と。

 会場は騒めき、エステルの両親と妹を非難する声で溢れ、何故保護しなかったのかと俺の両親にも非難が殺到した。

 俺は、泣いているエステルを見た。

 ――泣いていたら、何もかも真実になるのか。

 ここでエステルの言葉を否定する事は、彼女の妹の発言を否定する事でもあり、肯定する事はどちらも真実と認める事。どちらが正しいのか、そう考えてふと、エステルの服装を注視する。

 彼女は常に長袖の服を着て、肌が見えないような恰好をしていた。真夏の暑い時期に何故長袖を着ているのか。

 後に知るのだが、その答えは『見せられないから』だ。彼女は両親から受けた虐待で顔以外の至るところに痣が有った。虐待を隠す為に、彼女の両親は常に長袖の服しか着せなかった。

 現在着ている服はドレスだが、見覚えがあった。彼女の妹が着ていたドレス。つまり、妹のお下がりなのだ。

 王族の婚約者にも選ばれるような少女が何故妹のお下がりを着ているのか。それは、ドレスを一着も持っていないから。

 エステルは髪をずっとおろしたままだった。髪飾りはおろか髪留めのリボンすら、つけているところを見た事がない。

 つまり、服装と髪を見るだけで、エステルがいかに大事にされていないかが分かる。

 一方、妹は常に新しいドレスを着ている。髪も丁寧に編み込まれており、似合ってない年齢不相応な髪飾りをつけている。

 この時点で姉妹に差がよく解る。

 何故気づけなかった。戻れるのなら、気づけと自分を殴りたくなる。

 謝りたい。謝ってもう一度、話がしたい。

 名前を呼ぼうとして、睨まれ、あの言葉を彼女は発した。


「大っ嫌い。――二度と、その顔を見なくていいところに私は逝く!」


 隠し持っていたナイフを、エステルは自分の喉に突き立て横に引いた。掻き切るような動作で、彼女の血が周囲に散る。慌てて近づこうとしたが、投げられたナイフが自分の足元に刺さり、足を止めてしまった。

 一拍遅れて悲鳴が上がり、両親がエステルに駆け寄る。俺は突如やって来た別れに、何も出来ず床に座り込んでしまった。

 母は血に塗れる事も気にせず、エステルを揺さぶり、何度も名を呼んだ。

 父が担架を呼び、あちこちに指示を出している。騒然とする会場で、その幼い声だけは何故かはっきりと聞こえた。

「お父様、お母様、これで私がトビアス様の婚約者になれますよね!」

 嬉しそうに言っている。信じられない事に願いが叶うと本気で信じている。

「ブ、ブリギッテ!?」「今、言っちゃ駄目よ!?」

 対応する彼女の両親もエステルがいなくなって嬉しそうな顔をしていたが、衆人の視線に慌てて取り繕っている。

 会場の視線がエステルの家族に集まる。

 自分の家族が瀕死だと言うのに、何を言っているんだ?

 三人の反応を見て、エステルの妹のこれまでの発言が嘘だと確信が持てた。

 何が虐められた、だ。

 嘘じゃないか。

 何故、俺を騙した?

 怒りが込み上げて来る。

 だが、俺が声を上げるよりも先に、父が兵に命令を飛ばして三人を拘束させ、地下牢に連れて行かせた。

 彼女の両親が何やら喚いていたが、口を塞がれ連れていかれる。

「いやぁ! 放してぇ! トビアス様! 助けてください! トビアス様ぁ!!」

 頭にキンキンと響く泣き声で、姉の死を喜んでいた女が俺に助けを求めて来る。

 泣いて暴れている。俺を騙して、エステルを虐めさせた女が、俺に助けを求めている。

 何かが抜け落ちた。

 ふらりと立ち上がって、妹に近づき、嬉しそうな顔をしている女の頬を思いっきり張った。

「……え?」

 近付くと一瞬で泣き止み、嬉しそうな顔をしたが、頬を張られて、遅れてやって来た痛みに今度は号泣し始めた。何故だ、どうして、痛い、と叫んでいる。以前なら同情から泣き止まさせようと頭を撫でたが、今はもう触りたくもない。

「ブリギッテ。もう二度と、俺を名前で呼ぶな。近づくな」

 口からするりと出て来たのは決別の言葉。

 すぐに背を向けて去った。

 背後から、嫌だ、どうしてですか、と言う泣き声が聞こえて来たが、兵に口を塞がれ、担ぎ上げられて連れて行かれた。

 一方、母のところに担架が到着した。止血処置が終わり、エステルは担架に乗せられた。母が付き添いとしてついて行くが、俺は父に呼び止められた。見上げる父の顔は厳しい。

「トビアス。言ったはずだぞ、お前の役割は重要だとな」

 よく話し合い、信頼を深め、彼女を守れ。

 確かにそう言われた。でも、何一つ出来ていない。逆に虐めに加担していた。

「今後、二度とエステルに近づくな」

 それだけ言うと父は俺の前から去り、担架のあとを追った。

「えっ? 待ってください。父上!」

 一瞬呆け、言葉の意味を理解し、父を呼び止めた。しかし、父は止まらなかった。それどころか振り返りもしない。

 独り茫然と会場に取り残されるも、自分付きの侍従に手を引かれて、自室に戻った。

 混乱が残る会場は、王弟である叔父が取りまとめていた。



 自室に戻ると、ご丁寧に侍従経由で父から無期限で謹慎が言い渡された。

 礼服から室内着に着替え、侍従が退出したあと、俺は暫し呆然としていたが、遅れてやってきた疲れに勝てずベッドに倒れ込んだ。

 会場での発言、これまでの行為を思い出し、俺は頭を抱えた。今になってやって来た罪悪感はこれまでに感じたどのプレッシャーよりも重かった。

 どうしよう。どうすればいい? どうすれば、償える?

 ベッドの上で一人悶々と悩む。

 頭に顔を浮かべる事すら疎んだ少女の事で、頭がいっぱいになる日が来るとは思わなかった。 



 翌日の朝と言うには遅い時間。気疲れかいつの間にか眠り、夢も見ずに目を覚ますと、城内が慌ただしかった。

 通りすがりの侍女を捕まえて話を聞いて、血の気が引いた。

 エステルが息を引き取った。

 嘘だと、侍女に縋り付いていると侍従がやって来て、部屋に押し込まれた。

 侍従にエステルについて尋ねると、運ばれた先ですぐに息を引き取った、と教えられた。

「エステルが、死んだ?」

 嘘だと言って欲しかった。取り乱して侍従に縋り付くも事実と教えられ、謹慎を理由に部屋から出てはいけないと言われてしまった。

 侍従にソファーに座らされ、お茶と軽食がテーブルに並んだ。

 少し食べて落ち着いてください、そう言って侍従は退出した。

 取り残された俺に食欲はなく、お茶から立ち上る湯気を眺めるしか出来なかった。



 それほど時間が経過したのか。

 やって来た空腹に耐えかねて、冷めきって水のように冷たくなったお茶を飲み、同じく冷めた軽食を食べ、ぼんやりしていると、ドアがノックされた。応答の返事を返すよりも先にドアが開き、父が入室して来た。慌てて立ち上がるも手で制される。

 ソファーに座り込むと、対面に父が座った。しばし無言で見つめ合い、徐に父は口を開いた。

「エステルについて、侍従から聞いたな」

 確認の為の質問だった。肯定の返事を返すと、今日の予定について教えられた。

 早急に準備を進め、夕方にエステルの葬儀を行う。ただし、参加者は少数にするとの事だった。

 だが、俺の参列は認められなかった。何故と問えば、加害者でもある俺の参列は認められないと、突き放された。

「言ったはずだ、よく話し合えと。話し合う事もせずに拒んだ結果がこれだ。先に拒んだお前に、もはや権利はない」

 そう言って立ち去る父に手を伸ばすも、払い落されて拒まれた。

 父が去ったドアを見つめて、どうすれいいのか何も判らず、俺は昨日のように、床に座り込んだ。

 


 そして、数日が経過した。未だに謹慎は解かれず、王室教師役も来ない。双子の弟達も来ない。恐らく両親に止められているのだろう。

 一日中ぼんやりと過ごしていた。

「……エステル」 

 この世にいない少女の名を口にする。

 あれほど嫌っていたのに、手の届かないところに去られて、もう二度と会えないと知り、俺は嘆いていた。

 数ヶ月前、婚約の話が白紙になった時、嘆いたりはしなかったのに。


ここまでお読み頂きありがとうございます。

もう何話か続けて投稿します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ