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聖女になんてなりたくない

 あまり思い出したくもない過去がある。

 その世界では、治癒魔法が使える人間がほとんど存在しない。故に使用できる人間は『聖女』、『聖人』と呼ばれた。

 そう、自分は、治癒魔法が使える。つまり、『聖女』という称号をゲットしてしまったのだ。悲しい事に。

 聖女の称号は、どんな世界でもトラブルを引き寄せる。

 故に、引退できるのなら、速攻で引退への道を爆走する事がほとんどだった。



 その騒動は、トロイ王立魔法学院卒業式前日から始まる。

 その日、教会(大地の神を祀っている)の礼拝所に、魔力を持った十五歳の少年少女が集められた。数ヶ月に一度、聖女、聖人に該当する人間を探す『聖別の儀』で、魔力を持った者が貴族平民問わずに集められる。最も、魔力を持った人間のほとんどは貴族に限られるので、平民で魔力持ちは『没落貴族の末裔』か『突然変異』のどちらかになる。貴族でも魔力持ちは少ないが。

 自分はこの世界の子爵家の長女として生まれた。しかし、髪と瞳の色が両親と違うという理由で、領館に放逐された。兄と妹がいるらしいが、どちらも母親と同じ、鉛のような灰色の髪と栗色の瞳だった。ちなみに父親は茶髪碧眼である。

 突然変異で黒くなったとかそんな風には考えなかったらしい。生まれ持った魔力量が異常だった事もあり、不気味に見えたのだろう。生後直ぐに孤児院に捨てられなかっただけましだが、既に述べたように魔力持ちは貴族が多く、孤児院行きになっても特定され、家は処罰を受けるだろう。それは、法律で決まっているからだ。伯爵以下だとお家取り潰しレベルの厳罰である。子爵のうちでは速攻で潰されるだろう。

 法の抜け道を探してか、衝動的にかは不明だが、生後一か月の子供を床に叩き付けて殺そうとした(この時の衝撃で記憶が戻った)両親は自分の事など忘れているだろう。会った事がないので、どんな人間かは不明だか、両親と同じで魔法が使えない。それが余計、気味悪く見えたのだろう。

 放置状態だったから何をやっても怒られなかったんだけどね。そこは感謝だ。

 そんな事を思い出していたら、自分の番となるまで進んでいた。

 前方には、やたらと着飾った同学年の少女が、聖女になれなかったからか肩を落として去って行く。着飾っておいて聖女に選ばれないとか、いい思い出にならないだろうに。他の貴族の少年少女も多少は着飾っている。貴族で学院の制服格好なのは自分だけだ。目立ってはいるが、ドレスとか持っていないのだから仕方が無い。持っていても選ぶのは面倒だから多分着ないだろう。

「次、クロウティア・ノース子爵令嬢」

「はい」

 名前を呼ばれる。クロウティア。それが、今の自分の名前だ。返事をしてから、名を呼んだ高齢の司祭の元に歩を進める。到着するまでの間で眉間にしわが寄った。髪と瞳の色が珍しいとかではない。視線の先の手には紙の束が握られている。事前に家庭状況について書かされた報告書を読んだのだろう。お世辞にも、自分の来歴と家庭状況はよくない。

「司祭様。学院卒業と同時に、家を出る事になっております。お気になさらないでください」

「う、うむ。そうか。では、選定の杖に触れよ」

 司祭の顔が引き攣っているが無視する。了承の返事を返してから、少し離れた所のに仰々しく安置されている、杖か置物か分からない、物品のところに向かう。歩数にして十歩程度だろう。その間に色々と考える。

 大丈夫。前日に霊力の全てを完全に封印した。治癒魔法どころか、光属性の魔法を使用しても金の粒子は出て来ない。

 問題ない。大丈夫だ。そう自分に言い聞かせている間に到着した。

 何かあっても逃走すればいい。そう自分に言い聞かせて、手を伸ばして杖に触れた。

 ――瞬間、パキンと、自分の中で何かが弾けた。

「――え?」

 杖は昨日までの自分の努力をあざ笑うかのように黄金色に光る。

 嘘だろう。十個も封印を重ねて、『霊力封印具』も身に着けて来たというのに。思わず制服のスカートのポケットに手を突っ込む。小石の封印具は真っ二つに割れていた。首から下げているペンダントは、あとで確認してみないと分からない。

 そして、周囲は歓声どよめきで溢れていた。この時初めて家族がいなくて感謝した。そして、順番が最後の方であった事にも感謝した。しかし、どうしよう。

 杖から手を放し、恐る恐るもう一度触れる。やはり光る。

 ぎこちない動きで司祭を見ると、首を横に振った。諦めろという事か。

「誰か、ノース子爵令嬢を控室に案内せよ」

 やって来た助祭らしい人に、こちらへ、と案内される。

 背後から『何であの女が!?』みたいな声が聞こえてくる。自分的には、一ヶ月かけて行った対策は全て無に帰ったので『何であたしが!?』の状態なんだがな。 

 内心でため息を吐き、黙って助祭の後を追った。



 控室は教会のものとは思えない度に豪華だった。華美と言うよりも、質素上品と言った感じか。

 香りのいい高そうなお茶と茶菓子一式が出し、『ここで待っていて下さい』といって助祭は去った。

 ドアが閉まるが、微かに会話が聞こえる。真面目に聞かなかったが、恐らく、部屋から出すなだろう。深くため息を吐き、お茶と茶菓子に手を伸ばした。



 茶菓子を遠慮なく貪り、お茶をごくごくと飲み、一人で待つ事、体感的に一時間ぐらいか。割と最後の方だったのだが、部屋に連れて来られてから随分と時間が経った。恐らくだが、やり直しを求める声が大量に発生したのだろう。

 まぁ、自分も聖女なんてものになりたくもないから歓迎なんだけどね。

 ちなみに首から下げていた『霊力封印具』のペンダントだが、物の見事に割れていた。ポケットの小石よりも割れ方が酷かった。恐らくだが、ペンダント、小石、目に見えない不可視の霊力封印の術四個、の順で封印が解かれたのだろう。不幸中の幸いは全ての封印が突破されなかった事か。

 それにしても、六つの封印を突破するとは、あの杖、想像以上にもすごい力を持っていたんだな。感心したいが、霊力だだ漏れ状態では何を引き寄せるか不明なので、いつもの状態――霊力封印率およそ九割――に再封印する。この状態でも面倒事はやって来る時は来るので、泣きたい。せめてもの救いは、この世界に魔王とか魔族がいない事か。

 それにしても、今後どうするか。

 明日、学院を卒業する。卒業したら家を出る。これは入学時点で決まっていた事であり、その手紙も司祭が手にしていた報告書に添付した。今になって戻れとか、家が言い出しても司祭が間に入るだろう。入ってくれないと困る。

 今から出奔してもいいが、そうすると捜索隊とか出されそうだな。

 窓を見ながら脱走について考え始めると、ドアをノックする音が響いた。返事を返すと、司祭がやって来た。

「待たせてすまなかった」

「いえ。やり直しの声でも上がりましたか?」

 対面のソファーに座った司祭は眉を下げて謝罪する。こちらの推測を聞いてため息を吐いた。どうやら当たりだったらしい。

「あのあと、残りの全員が試したが、誰一人として杖に反応はなかった。此度はお主だけであり、光が金色であったのは実に数百年ぶりだ」

 聞き捨てならない台詞が聞こえて来た。

「金の光が数百年ぶりとは? 杖に触れて光を発したものが聖女か聖人になるのではなかったのですか?」

「あまり知られていないが、厳密には違う。素養のある者が触れれば、通常は銀に光る。この時点で『候補者』の扱いとなり、訓練を受ける。その後、改めて試練を受けて、初めて聖女か聖人として認定される」

 まじですか。

 光ったら訓練を受ける候補者になれるだけでしたか。しかも、そこから最終試練が待っている。途中で心が折れそうだな。最終試練で認定されなかったら、陰で笑われそうだな。

「しかし、金に光る場合は別だ。訓練も試練も不要で認定される」

 うわぁ。自分は即認定でしたか。

「国の現状として辞退は認められん」

 諦めろって事ですか。声に出ていたのか頷かれた。

「瘴気の洞穴から、魔族らしき存在が現れたとの報告が上がった。お主の力は必要とされるじゃろう」

「魔族?」

 聞き捨てならない単語が飛び出してきた。この世界に魔族って存在しなかったはずだが。

「複数の瘴気の洞穴が一つになる形で大きくなると、稀に人の姿に近い魔物が現れる。恐ろしい事に人語を解するのでな。『魔物の上位種』だと思うのだが、詳細は不明だ。人間のように策を立てて行動をするので魔族と呼んでいる。魔物だけでも脅威だというのに、さらに上位種がいるとなると良からぬ事を企む輩が増えるのでな、公表されていない。知るのは各国の王族、聖女、聖人と近しい者、ぐらいだな」

 いないと思っていたら実は存在していたなんて。何て運の無い。

「魔族については陛下も調査している。最新の情報が来ればお主の所にも来るだろう――さて、行くぞ」

 嘆いていたら、司祭に急に立ち上がった。

「行くって、どこに向かうのですか?」

「知らぬのか? 結果は直接陛下に報告するのが決まりなのでな。王城に行くぞ」

「学院の教師に手を引かれてここに連れてこられたので何も知りません。そもそも今日が何の日か教えられてません」

 ……そっか。周りの奴がやたらと着飾っていたのは、杖が光ったら謁見するからだったのか。あの教師何も教えてくれなかったもんな。一人周囲の服装について納得していると、司祭も何かを思い出して納得していた。

「ああ。お主は妨害を受けていたからな。細かい説明も王城でする」 

 はよ行くぞと、促される。どこまでも拒否権が無いらしい。肩を落として、部屋を出た司祭のあとについて行った。



 その後、教会の馬車で王城に移動した。なお、着飾った同年代の少年少女達やその保護者は、全員家に帰したそうだ。貴族って無駄に気位の高い奴が多いから、自分の子供こそがふさわしいとかって文句を延々と言いそう。

 王城に着くと司祭に手を引かれ、どこかに一直線に進んで行く。子供じゃないから手を掴むのは止めて欲しいが、そうでもしないと自分が逃げると察しているんだろうな。正解だけどね。

 そんな事よりも、自分が王城に来たのは。今日が初めてである。

 田舎者よろしく、キョロキョロしない――と言うか、非常に悪いが、見るものがない。

 税金どんだけ注ぎ込んだんだよって感じの華美な置物や絵画とか、窓から見える庭園の景色とか。見る価値があると思えるものが無かった。この世界の芸術に詳しくないっていうのもあるが、それを差し引いても見たいと思えなかった。

 すれ違う色んな人間が自分を凝視する。明らかな侮蔑の視線は司祭が追いやってくれるのでいいが、好奇の視線はなくならない。内心ため息を吐きながら歩くと、衛兵のいる部屋の前で歩みは止まった。

 司祭が衛兵と幾つかの言葉を交わすと、中に通される。



 部屋に入って正面には、国王がいた。書類が乗った机が有るので、ここは国王の執務室か。その周囲に三人の男女がいる。

 髭を生やした中年の男は確か、この国の宰相。

 白いローブのような服を着た青い髪の女性は知らない。ただ、青い髪はここから少し離れた宗教都市国家ザカライアの人間の特徴なので、恐らくそこの出身なのだろう。

 そして最後の一人は、金髪碧眼の少年だ。年は自分と近いのだろうが、如何にも『甘やかされたお坊ちゃま』ふうな外見なので、年下の可能性もある。

「陛下、失礼します」

「失礼します」

 一応、国王の目の前なので最上級の礼を取る。王はぞんざいに挨拶を返すと、近づけと呼んだ。

 近づくと、青い髪の女性と金髪の少年がこちらを見つめる。女性は興味深そうに見つめてくるのだが、金髪の少年の方は見つめるというよりも、心底嫌そうな顔をして睨んで来る。

「父上、聞いていないです。余は絶対に嫌です!」

 何故か急に喚きだした。と言うか王子だったのか。金髪の太っちょ少年もとい、王子はこちらを指さし、

「どうして美女じゃない女が聖女なんですか!?」

 そんな暴言を吐く。苛立ったのか女性は目を眇める。美女じゃなくて悪かったな。聖女の話なんて美化しているから、自動的に美女扱いされているだけなんだぜ。王子に癖にそんな事も知らんのか。

「美女じゃない女と婚約は嫌だー! お前、聖女をやめろ!」

 馬鹿げた戯言をほざいた。自分の意見が通って当然みたいな顔をしている。

 王と宰相と司祭は青い顔をして凍り付いた。女性は天ならぬ天井を仰ぐ。

 この王子、自分にすっごく有利な言葉を吐いたぞ。侮辱されてまでなる気はないので今日を以って国を出よう。

「侮辱されてまで聖女になる気はないので、これにて失礼します。では、ごきげんよう」

 一礼をしてから、ささっと部屋から出て行く。ドアを閉めると同時に、部屋から怒号が響いた。衛兵が顔を見合わせているが気にしない。背後から響く怒号を無視して廊下を歩き、王城の外をではなく、化粧室を目指した。転移の魔法を使って学院の寮にの自室に戻る為だが、人目を避ける為と、男が入ってこれない場所に避難する為でもある。

 後ろから騒々しい足音と『待たぬかっ!』と言う声が聞こえてくるが、これも無視する。だが、足音が増えたので近くの窓を開けて宙に身を躍らす。『ああー!』という悲鳴が聞こえてくるがやっぱり無視。振り返って窓の位置を確認すると現在位置は三階だった。ちょっと高所だが、壁を蹴って近くの木の枝に飛び移る。木の枝を掴んで速度を落とし、地面に片膝を着く様に着地する。そして、クラウチングスタートの要領で地面を蹴り、逃走を開始する。

 悲鳴と怒声が聞こえるが、気にしない。ある程度走り、人目がなくなった所で、空間転移の魔法を発動させ、学院に戻る。気配遮断の技能を使って、こっそりと寮に戻る。寮監に戻ったと挨拶後、預けた鍵を受け取り、自室に戻った。部屋の鍵をかける。

「はぁー……。よし」

 目を閉じて息を吐き、気持ちを切り替え、荷物をまとめ始める。

 ドレスや装飾品のような高価なものはない。元々荷物は少ないので、一時間もたたずに作業は終わった。制服から私服に着替えたかったが時間が惜しいので諦める。何より、私服で出て行っては怪しまれる。

 荷物は全て指輪型の道具入れにいれる。戸締り確認後、部屋を出て寮監に鍵を渡す。また外出するのかと言う顔をされたが、急用で呼ばれていると言うと納得してくれた。

 再び気配遮断を使ってこっそりと学院の外に出た。人目のない所に移動して、腰まである髪を首の後ろで一つにまとめ、道具入れから簡易障壁機能を発揮する、黒い防護服の外套を羽織る。学院の制服を可能な限り隠す為だ。続いて、装着中髪と瞳の色を変える眼鏡型魔法具を取り出す。事前に変更する色の指定はできるが、現在は金髪に黄色の瞳になるようにしてある。眼鏡を装着後、手鏡を取り出して、変わっているか確認。

「まずは、王都から出るか。買い物とかどうしようかな?」

 変装に問題ないので通りを堂々と歩く。頭の中で、買うものをリストアップしながら、王都と外をつなぐ門に向かった。


ある程度書き上がったのでまとめて上げます。

最後までお付き合いいただけるとありがたいです。

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