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嘘を貫いた私と嘘みたいな幼馴染

作者: 雛宇いはみ
掲載日:2021/11/08

注意(ちゅうい)その1(いち):

 漢字(かんじ)が苦手(にがて)な外国人(がいこくじん)や子供(こども)も読(よ)みやすいように配慮(はいりょ)して、全(すべ)ての漢字(かんじ)と数字(すうじ)にルビを振(ふ)っています。特殊(とくしゅ)ルビはないので、漢字(かんじ)の強(つよ)い方(かた)はルビを無視(むし)しても問題(もんだい)ありません。


注意(ちゅうい)その2(に):

 この物語(ものがたり)は『TS病(ティー・エス びょう)』というよくあるテンプレの設定(せってい)を採用(さいよう)しています。作中(さくちゅう)ではちゃんと説明(せつめい)がありますが、一般的(いっぱんてき)にもっと詳(くわ)しく知(し)りたい方(かた)はここを参考(さんこう)に https://ncode.syosetu.com/n6126gu/11/


春休(はるやす)みは終(お)わって、新学期(しんがっき)の始(はじ)まりだ。私(わたし)、洲崎(すざき)奈緒(なお)は今日(きょう)から高校2年生(こうこうにねんせい)になった。


 今(いま)は登校中(とうこうちゅう)だ。朝(あさ)はいい天気(てんき)ね。道端(みちばた)の桜(さくら)も綺麗(きれい)に咲(さ)いてひらひらと舞(ま)い落(お)ちてくる。なんか素敵(すてき)な出会(であ)いができそうな雰囲気(ふんいき)ね。


 でも残念(ざんねん)なことに、私(わたし)はただの平凡(へいぼん)な女子高生(じょしこうせい)だ。一応(いちおう)自分(じぶん)を可愛(かわい)く見(み)せようと努力(どりょく)している。髪(かみ)の毛(け)を伸(の)ばして栗色(くりいろ)に染(そ)めて、桃色(ももいろ)の花(はな)の髪飾(かみかざ)りを付(つ)けて、結(むす)んでふわふわのポニーテールにしている。でもこんな貧相(ひんそう)で子供(こども)っぽい体型(たいけい)だし。今(いま)でも中学生(ちゅうがくせい)だと見間(みま)違(ちが)いされてしまう位(ぐらい)。こんな私(わたし)なんかどうせあまり女性(じょせい)としての魅力(みりょく)がないだろうね。誰(だれ)から告白(こくはく)されたこともないし。まだ恋愛経験(れんあいけいけん)皆無(かいむ)だった。


 別(べつ)にいいよ。学生(がくせい)の本分(ほんぶん)はあくまで勉強(べんきょう)のことで、恋人(こいびと)を探(さが)すことではないからね。……と言(い)い張(は)りたいけど、私(わたし)もよく少女漫画(しょうじょまんが)とか読(よ)んで憧(あこが)れて自分(じぶん)もその物語(ものがたり)の中(なか)の主人公(しゅじんこう)みたいになれたらいいな……と想像(そうぞう)してみたこととかあるよね。


 今(いま)私(わたし)の周(まわ)りにはイチャイチャして一緒(いっしょ)に登校(とうこう)しているカップルもいるし。まったく羨(うらや)ましい! 私(わたし)だって……。


 そう悩(なや)んで頭(あたま)に来(き)た私(わたし)は、つい八(や)つ当(あ)たりの勢(いきお)いで地団駄(じだんだ)を踏(ふ)んで地面(じめん)に散(ち)らかっている桜(さくら)の花弁(はなびら)を蹴(け)り飛(と)ばそうと……。だけどその時(とき)なぜか一瞬(いっしゅん)目眩(めまい)を感(かん)じて、体(からだ)が後(うし)ろの方(ほう)へ倒(たお)れていく。今(いま)はまさか桜(さくら)の神様(かみさま)の逆鱗(げきりん)に触(ふ)れてしまったとか? 自業自得(じごうじとく)だね。


 「危(あぶ)ないです!」

 「……っ!」


 私(わたし)が地面(じめん)にぶつかって尻餅(しりもち)してしまう前(まえ)に、誰(だれ)かが後(うし)ろに支(ささ)えてくれて助(たす)かった。


 そうしたら私(わたし)はあの人(ひと)の腕(うで)の中(なか)に抱(だ)かれるという姿勢(しせい)になっている。私(わたし)の背中(せなか)はあの人(ひと)の腕(うで)に触(ふ)れて、服(ふく)越(ご)しだけど温(ぬく)もりまで伝(つた)わってきた。女(おんな)か男(おとこ)かまだ判別(はんべつ)できないが、なんか細(ほそ)い腕(うで)で、背(せ)は私(わたし)より高(たか)い。


 「助(たす)かりました。ありがとう……」


 私(わたし)は感謝(かんしゃ)の言葉(ことば)を言(い)って、その恩人(おんじん)の方(ほう)へぐるり振(ふ)り向(む)いてみたら……。


 「無事(ぶじ)でなによりです」


 男(おとこ)の人(ひと)だ。しかもかっこよくて美少年(びしょうねん)って感(かん)じ。彼(かれ)は同(おな)じ学校(がっこう)の制服(せいふく)を着(き)ている。背(せ)は高(たか)い……わけじゃなく、男(おとこ)にしては低(ひく)い方(ほう)かもね。でも私(わたし)みたいなちんちくりんから見(み)れば随分(ずいぶん)高(たか)いよね。彼(かれ)の視線(しせん)は私(わたし)より10(じゅっ)センチ以上(いじょう)高(たか)い。黒(くろ)くて艶(つや)のある髪(かみ)も首(くび)を隠(かく)す程(ほど)長(なが)い。男(おとこ)にしては髪(かみ)が長(なが)い方(ほう)だね。顔(かお)や体(からだ)つきは中性的(ちゅうせいてき)で、女(おんな)の子(こ)のようにも見(み)えるけど、男子(だんし)制服(せいふく)を着(き)ているからやっぱり男(おとこ)だ。それに私(わたし)に向(む)かう笑顔(えがお)はなんか素敵(すてき)かも。


 「これ、鞄(かばん)です」


 転(ころ)んだ時(とき)に落(お)ちた鞄(かばん)まで彼(かれ)は拾(ひろ)ってきてくれた。


 「はい、なにからなにまでありがとうございました」


 渡(わた)された鞄(かばん)を受(う)け取(と)った瞬間(しゅんかん)、私(わたし)はついドキッとした。この気持(きも)ちはなんだろう?


 待(ま)ってよ。今(いま)の展開(てんかい)はまるで……少女漫画(しょうじょまんが)じゃないか! 突然(とつぜん)イケメンと出会(であ)って、それをきっかけとして知(し)り合(あ)って関係(かんけい)を深(ふか)めていく……。遂(つい)に私(わたし)にも青春(せいしゅん)の時期(じき)が訪(おとず)れたかも。桜(さくら)の神様(かみさま)に感謝(かんしゃ)!


 そうだとしたら次(つぎ)の展開(てんかい)は……。


 「あの、ところでこの制服(せいふく)、ボクと同(おな)じ学校(がっこう)ですね?」


 と、彼(かれ)は私(わたし)に訊(き)いた。これも予想(よそう)通(どお)り。


 「はい、私(わたし)は2年生(にねんせい)ですよ」

 「じゃ、先輩(せんぱい)ですね。ボクは入学(にゅうがく)したばかりで、今日(きょう)初(はじ)めての登校(とうこう)です」


 若(わか)く見(み)えるから、やはり1年生(いちねんせい)の後輩(こうはい)だね。これもいいかも。年下(としした)だからタメ口(ぐち)で、頼(たよ)りになれそうな先輩(せんぱい)を演(えん)じて、余裕(よゆう)あるっぽく振(ふ)る舞(ま)おう。子供(こども)っぽいとか言(い)わせないよ。


 「うちの高校(こうこう)の後輩(こうはい)だね。キミも学校(がっこう)に向(む)かう途中(とちゅう)なの?」

 「はい」


 よし、この流(なが)れで次(つぎ)はなにかお話(はなし)をしてそのまま一緒(いっしょ)に学校(がっこう)まで歩(ある)いていくという展開(てんかい)ね。


 「やっぱりね。私(わたし)もそうだよ。この道(みち)は桜(さくら)一杯(いっぱい)で花弁(はなびら)が散(ち)らかって気(き)をつけないと滑(すべ)りやすいよね」


 とはいっても、実際(じっさい)に桜(さくら)の花弁(はなびら)を踏(ふ)んで転(ころ)ぶような間抜(まぬ)けは私(わたし)以外(いがい)聞(き)いたことないけどね。


 「そうですね。ボクも気(き)をつけます」


 そして私(わたし)と彼(かれ)は肩(かた)を並(なら)べて歩(ある)き出(だ)す。ゆっくりと桜色(さくらいろ)に染(そ)まっているこの坂道(さかみち)に登(のぼ)って歩(ある)いてゆく。これでよし。ここまで順風満帆(じゅんぷうまんぱん)だ。次(つぎ)は……。


 「自己紹介(じこしょうかい)はまだね。私(わたし)は洲崎(すざき)奈緒(なお)」

 「……えっ? スザキ……ナオ?」


 私(わたし)の名前(なまえ)を聞(き)いた途端(とたん)、なぜか彼(かれ)は不思議(ふしぎ)そうな顔(かお)をして、歩(ある)く足(あし)が止(と)まって、なにか思(おも)いつめ始(はじ)めた。


 「どうしたの?」

 「いいえ、先輩(せんぱい)の名前(なまえ)はボクの昔(むかし)の知(し)り合(あ)いと同(おな)じだからなんか驚(おどろ)きました。同姓同名(どうせいどうめい)ですよ。なんか奇遇(きぐう)ですね」

 「そうなの?」


 まさか実(じつ)は私(わたし)が本当(ほんとう)に彼(かれ)の知(し)り合(あ)いで、どこかで会(あ)ったことがあるとか? でもこんな男(おとこ)の子(こ)は全然(ぜんぜん)見覚(みおぼ)えはないね。そもそも男友達(おとこともだち)は少(すく)ないし。


 「あ、でもあの人(ひと)は男(おとこ)だからやっぱり違(ちが)う人(ひと)ですね」

 「そうか。ただ偶然(ぐうぜん)だよね」


 なんだ。男(おとこ)の人(ひと)かよ。私(わたし)の名前(なまえ)、『ナオ』は男(おとこ)でも女(おんな)でも使(つか)われる一般的(いっぱんてき)な名前(なまえ)だからね。どうやら別人(べつじん)みたいでちょっと残念(ざんねん)。


 「で、キミの名前(なまえ)は?」


 今(いま)は私(わたし)の方(ほう)から訊(き)く番(ばん)だ。


 「ボクの名前(なまえ)は日原(ひはら)鮎夢(あゆむ)です」

 「おい……」


 今回(こんかい)私(わたし)の方(ほう)が足(あし)を止(と)めて、立(た)ち尽(つ)くした。


 なぜなら彼(かれ)は私(わたし)の昔(むかし)の知(し)り合(あ)いと同姓同名(どうせいどうめい)だ。でも私(わたし)の知(し)っていた日原(ひはら)鮎夢(あゆむ)は女(おんな)の子(こ)だからきっと別人(べつじん)だろうね。その筈(はず)だよね? 『アユム』も中性的(ちゅうせいてき)な名前(なまえ)だし。でもこんな偶然(ぐうぜん)あるのか? やっぱり気(き)になってしまったから、一応(いちおう)踏(ふ)み込(こ)んでみるか。


 「不思議(ふしぎ)だな。私(わたし)もキミと同(おな)じ名前(なまえ)の女(おんな)の子(こ)を知(し)っているよ。私(わたし)の叔母(おば)さんっちの近所(きんじょ)の子(こ)で、昔(むかし)いつも一緒(いっしょ)に遊(あそ)んでいた。学年(がくねん)も確(たし)かにキミと同(おな)じだね。まさかあの子(こ)はキミだったり……。そんなことないよね。あはは」


 私(わたし)はこんな風(ふう)に冗談(じょうだん)っぽくあの子(こ)のことをべらべらと語(かた)ってみたら……。


 「もしかして、先輩(せんぱい)は……本当(ほんとう)にあの奈緒(なお)なの?」

 「え?」


 嘘(うそ)だろう? 彼(かれ)は私(わたし)の名前(なまえ)を呼(よ)んだら、なんか懐(なつ)かしくて親(した)しく感(かん)じた。もしかして……。


 「キミは、あの鮎夢(あゆむ)ちゃん?」


 どうやら、彼(かれ)は本当(ほんとう)に私(わたし)の幼馴染(おさななじみ)の鮎夢(あゆむ)ちゃんだった。でもなぜ男(おとこ)の子(こ)になっているの? そんな破天荒(はてんこう)な……。




ཐ ཐ ཐ ཐ




 「なるほど、TS病(ティー・エス びょう)か」

 「うん、ボクは去年(きょねん)まで女(おんな)の子(こ)だったけど、ある日(ひ)を境(さかい)にして突然(とつぜん)男(おとこ)の子(こ)になっちゃった」

 「そうか。大変(たいへん)だったね」


 鮎夢(あゆむ)ちゃんの説明(せつめい)を聞(き)いて、私(わたし)もなんとなく事情(じじょう)を把握(はあく)できた。


 TS病(ティー・エス びょう)、これは聞(き)いたことがある。患者(かんじゃ)は突然(とつぜん)体(からだ)が完全(かんぜん)に異性(いせい)に変(か)わってしまうという奇天烈(きてれつ)な病気(びょうき)だ。あまりにも珍(めずら)しくて原因(げんいん)や発症(はっしょう)の条件(じょうけん)もまだよく解明(かいめい)できていないようだ。今(いま)まで日本(にほん)では百人(ひゃくにん)位(ぐらい)の患者(かんじゃ)が登録(とうろく)されている。つまり全人口(ぜんじんこう)のたった百万分(ひゃくまんぶん)の一(いち)程度(ていど)しかない。


 身体(しんたい)が変(か)わってしまった人(ひと)は元(もと)に戻(もど)った例(れい)は今(いま)までまだ1人(ひとり)も居(い)ない。患者(かんじゃ)はみんな10代(じゅうだい)の若者(わかもの)ばかりだそうだ。性別(せいべつ)が変(か)わること以外(いがい)に別状(べつじょう)はないらしい。生殖機能(せいしょくきのう)まで整(ととの)って子(こ)作(づく)りはできる。だから精神問題(せいしんもんだい)さえなければ完全(かんぜん)に異性(いせい)としての人生(じんせい)が始(はじ)められる。


 こんな突拍子(とっぴょうし)もない話(はなし)は、そもそも私(わたし)はただニュースとかで聞(き)いたことがあるだけで、真実(しんじつ)かどうかはまだ半信半疑(はんしんはんぎ)だったが、今(いま)鮎夢(あゆむ)ちゃんの姿(すがた)はなによりも雄弁(ゆうべん)に物語(ものがた)る。


 まさかあのTS病(ティー・エス びょう)の患者(かんじゃ)は目(め)の前(まえ)に現(あらわ)れるとはね……。


 「でもとんでもなく偶然(ぐうぜん)だね。奈緒(なお)までボクと同(おな)じTS病(ティー・エス びょう)に罹(かか)るなんて」

 「え? 私(わたし)が? ……あ、そうだね」


 これはヤバい。そういえば昔(むかし)会(あ)った時(とき)鮎夢(あゆむ)ちゃんは私(わたし)が男(おとこ)だと思(おも)っていた。でも今(いま)の私(わたし)はどう見(み)てもただの小柄(こがら)な女(おんな)の子(こ)。この姿(すがた)を見(み)せたら当然(とうぜん)私(わたし)もTS病(ティー・エス びょう)だと誤認(ごにん)してしまうよね。


 因(ちな)みに、TS病(ティー・エス びょう)の患者(かんじゃ)は性別(せいべつ)が変化(へんか)するのと同時(どうじ)に若返(わかがえ)りするという稀(まれ)な例(れい)もある。この前(まえ)にもマッチョな巨漢(きょかん)お兄(にい)さんがTS病(ティー・エス びょう)で幼女化(ようじょか)して10歳(じゅっさい)位(くらい)のちっちゃい女(おんな)の子(こ)になったというニュースが出(で)たね。凄(すさ)まじく恐(おそ)ろしい話(はなし)だ。


 兎(と)に角(かく)これは私(わたし)とは完全(かんぜん)に無関係(むかんけい)だ。それによく考(かんが)えてみろ。こんな珍(めずら)しい病気(びょうき)の患者(かんじゃ)は偶然(ぐうぜん)2人(ふたり)同(おな)じ学校(がっこう)に居(い)るなんて、可能性(かのうせい)としてはほぼ0(ゼロ)だろう。


 そう突(つ)っ込(こ)みたいところだけど、なかなか言(い)い出(だ)せない。今(いま)の鮎夢(あゆむ)ちゃんは既(すで)に『私(わたし)がTS病(ティー・エス びょう)に罹(かか)って女体化(にょたいか)した元(もと)男(おとこ)』だと認定(にんてい)しているようだ。


 「ボクと奈緒(なお)はなんかあの時(とき)とは立場逆転(たちばぎゃくてん)になってしまったね」

 「あはは。まあ、そうだね」


 気(き)まずく感(かん)じて私(わたし)は愛想(あいそ)笑(わら)いをした。今(いま)は敢(あ)えて話(はなし)を合(あ)わせて誤魔化(ごまか)すことしかできない。


 「それに、鮎夢(あゆむ)ちゃんは自分(じぶん)のことを『ボク』って」

 「男(おとこ)になったから一人称(いちにんしょう)も変(か)えたよ。でも『オレ』は流石(さすが)にあまり似合(にあ)わないから、やっぱり『ボク』にした。奈緒(なお)も昔(むかし)は『オレ』だったのに、今(いま)女子(じょし)みたいに『私(わたし)』って。とても女(おんな)の子(こ)らしいよね」


 そういえばあの時(とき)の私(わたし)は『オレっ娘(こ)』だった。思(おも)い返(かえ)してみれば全然(ぜんぜん)似合(にあ)わなかったね。


 「鮎夢(あゆむ)ちゃんもそうだよね。本当(ほんとう)に男(おとこ)って感(かん)じだ。私(わたし)より背(せ)が高(たか)くなってしまって羨(うらや)ましい」


 あの時(とき)私(わたし)の方(ほう)が高(たか)かったのになんか悔(くや)しい。


 「ボクはまだまだだよ。ただ中性的(ちゅうせいてき)であまり男(おとこ)っぽくないところも多(おお)い」


 確(たし)かに今(いま)の鮎夢(あゆむ)ちゃんはまだ昔(むかし)の面影(おもかげ)が残(のこ)っている。ひょっとして女装(じょそう)してみたらイケるかも。


 「奈緒(なお)こそ、どう見(み)ても普通(ふつう)の女子高生(じょしこうせい)だね。こう見(み)えて元男(もとおとこ)だと言(い)っても誰(だれ)も信(しん)じないだろうね」

 「そうかな? えへへ……」


 そんなの当然(とうぜん)だよ。だって私(わたし)は最初(さいしょ)から女(おんな)の子(こ)だから。ただずっと鮎夢(あゆむ)ちゃんを欺(あざむ)いていた嘘(うそ)吐(つ)きだ。でも会話(かいわ)していくうちにここまで流(なが)されて今更(いまさら)本当(ほんとう)のことを言(い)いたくてもやっぱりきつい。このままそう思(おも)わせておくしかないようだ。


 折角(せっかく)こうやって幼馴染(おさななじみ)と再会(さいかい)できたのに、なんでこうなるの!?




ཐ ཐ ཐ ཐ




 あの頃(ころ)9歳(きゅうさい)だった私(わたし)は、両親(りょうしん)の都合(つごう)で毎週(まいしゅう)土日(どにち)お母(かあ)さんの妹(いもうと)である叔母(おば)さんの家(いえ)に泊(とま)るということになっていた。


 あの時(とき)の私(わたし)は髪(かみ)が短(みじか)くて、性格(せいかく)も余程(よほど)腕白(わんぱく)で、ちょっと男(おとこ)の餓鬼(ガキ)のような見(み)た目(め)だった。


 こんな私(わたし)を見(み)てなにか閃(ひらめ)いてしまった叔母(おば)さんは、ある奇妙(きみょう)な趣味(しゅみ)に目覚(めざ)めてしまったような……。私(わたし)に男(おとこ)の子(こ)の服(ふく)を着(き)せてみた。


 私(わたし)だって最初(さいしょ)は抵抗感(ていこうかん)を持(も)っていたけど、なんか案外(あんがい)悪(わる)くないと思(おも)うようになってきて……、叔母(おば)さんも随分(ずいぶん)そんな私(わたし)を気(き)に入(い)ってくれたようだし。『超(ちょう)イケてるよ。うふふ』とか、『やっぱりショタっ子(こ)最高(さいこう)』とか、『うちの息子(むすこ)になってくれ』とか、随分(ずいぶん)褒(ほ)められた。時々(ときどき)叔母(おば)さんの視線(しせん)はちょっぴり怪(あや)しい人(ひと)っぽくて、私(わたし)も若干(じゃっかん)背筋(せすじ)が寒(さむ)くなってきたけどね。


 それに叔母(おば)さんっちの近所(きんじょ)を散歩(さんぽ)する時(とき)にやっぱり男(おとこ)の子(こ)の格好(かっこう)の方(ほう)が動(うご)きやすいし、1人(ひとり)で歩(ある)く時(とき)は女(おんな)の子(こ)よりも男(おとこ)の子(こ)の方(ほう)が安全(あんぜん)っていう理由(りゆう)でもあった。こうやって私(わたし)も叔母(おば)さんの影響(えいきょう)でつい男(おとこ)の子(こ)のフリを始(はじ)めた。


 こういう流(なが)れで、叔母(おば)さんっちに居(い)る時(とき)だけ私(わたし)は『男(おとこ)の子(こ)』だった。無論(むろん)、TS病(ティー・エス びょう)でも性転換(せいてんかん)とかでもなく、単(たん)なる『男装(だんそう)』だけ。私(わたし)自身(じしん)も別(べつ)に自分(じぶん)が本当(ほんとう)に男(おとこ)の子(こ)だと思(おも)っていなかったよ。男装(だんそう)しても中身(なかみ)は正真正銘(しゅうしんしょうめい)普通(ふつう)の女(おんな)の子(こ)だ。


 でも周(まわ)りの人(ひと)は本当(ほんとう)に私(わたし)が男(おとこ)の子(こ)だと思(おも)っていたようだ。勿論(もちろん)、あの子(こ)……鮎夢(あゆむ)ちゃんもね。


 彼女(かのじょ)は……あ、あの時(とき)は本当(ほんとう)に女(おんな)の子(こ)だったから『彼女(かのじょ)』って呼(よ)んでも間(ま)違(ちが)いではないよね? とはいっても若干(じゃっかん)変(へん)な感(かん)じだからやっぱり三人称(さんにんしょう)を使(つか)わずに常(つね)に名前(なまえ)で呼(よ)ぼう。鮎夢(あゆむ)ちゃんは叔母(おば)さんっちの近所(きんじょ)の家(いえ)の子(こ)だった。


 あの日(ひ)散歩(さんぽ)の途中(とちゅう)鮎夢(あゆむ)ちゃんが男(おとこ)の子(こ)に虐(いじ)められているところを見(み)かけて、私(わたし)は鮎夢(あゆむ)ちゃんを助(たす)けた。


 「女(おんな)の子(こ)を虐(いじ)める男(おとこ)なんて最低(さいてい)だ!」

 「いいえ、元々(もともと)ワタシの所為(せい)です。ぶつかってアイスクリームが彼(かれ)の服(ふく)を汚(よご)したから」

 「だからって、小(ちい)さい女(おんな)の子(こ)相手(あいて)に……」


 まあ、私(わたし)だったら男(おとこ)の子(こ)相手(あいて)にでも負(ま)ける気(き)はしないけどね。


 「助(たす)けてくれてありがとう。優(やさ)しいお兄(にい)さん」

 「お、お兄(にい)さんって……」


 そんな呼(よ)び方(かた)、やっぱりこの子(こ)は私(わたし)が男(おとこ)の子(こ)だと思(おも)っていたね。私(わたし)の方(ほう)が少(すこ)し背(せ)が高(たか)かったから、年上(としうえ)のお兄(にい)さんに見(み)えたようだ。実際(じっさい)に歳(とし)は1年(いちねん)位(ぐらい)違(ちが)うし。あの時(とき)の鮎夢(あゆむ)ちゃんは小(ちい)さくて可愛(かわい)い女(おんな)の子(こ)だった。今(いま)の鮎夢(あゆむ)ちゃんと同(おな)じ人物(じんぶつ)だと思(おも)えない位(くらい)。


 「私(わたし)……じゃなく、オレは洲崎(すざき)奈緒(なお)だ」


 あの時(とき)折角(せっかく)男(おとこ)の子(こ)になっていたから、ちょっと『オレ』を言(い)ってみたかったね。なんかかっこいいから。


 「ワタシは日原(ひはら)鮎夢(あゆむ)」

 「鮎夢(あゆむ)ちゃんだね。オレのことは『奈緒(なお)』って呼(よ)んでいいよ」


 あの時(とき)私(わたし)はちょっとかっこいいお兄(にい)さんを演(えん)じてみたくなってきたから、ついその設定(せってい)のまま。でも『お兄(にい)さん』と呼(よ)ばれるのはやっぱり擽(くすぐ)ったいから、結局(けっきょく)お互(たが)い名前(なまえ)で呼(よ)んで、友達(ともだち)のように接(せっ)していた。


 本当(ほんとう)は同性(どうせい)だけど、あの時(とき)鮎夢(あゆむ)ちゃんから見(み)れば私(わたし)は異性(いせい)の友達(ともだち)だったね。でも子供(こども)だから異性(いせい)でもあまり問題(もんだい)ないだろう。


 あれから鮎夢(あゆむ)ちゃんと一緒(いっしょ)に遊(あそ)んでいた日々(ひび)は1年(いちねん)位(くらい)続(つづ)いた。余程(よほど)仲(なか)よくなってきたけど、私(わたし)は全然(ぜんぜん)自分(じぶん)の正体(しょうたい)を打(う)ち明(あ)けたことはない。ずっと秘密(ひみつ)にして悪(わる)いとは思(おも)っていたよ。隠(かく)したいわけじゃないけど、なかなか言(い)えなかったから。一緒(いっしょ)に過(す)ごす時間(じかん)が長(なが)くて嘘(うそ)が重(かさ)なっていくと、どんどん言(い)いにくくなってきた。だからそのままいつまでも男(おとこ)の子(こ)として接(せっ)していた。別(わか)れの時(とき)まで。


 「奈緒(なお)ともう会(あ)えないの?」

 「うん、オレはこっちに来(く)る必要(ひつよう)がなくなったから」


 両親(りょうしん)の仕事(しごと)が変(か)わって、私(わたし)はもう叔母(おば)さんっちに行(い)かなくてもいいようになった。もう鮎夢(あゆむ)ちゃんと会(あ)えないと思(おも)ったら寂(さみ)しく感(かん)じてしまうけど、その一方(いっぽう)もうこれ以上(いじょう)自分(じぶん)のことを偽(いつわ)っていきたくないから、これで別(わか)れた方(ほう)がよかったかも。


 「そんな……。ワタシは嫌(いや)だよ。奈緒(なお)のことが好(す)きだ。ずっと一緒(いっしょ)に居(い)たい」

 「オレも鮎夢(あゆむ)ちゃんのことが好(す)きだよ」


 何回(なんかい)も『好(す)き』って言(い)っていたけど、子供(こども)だから別(べつ)に恋愛的(れんあいてき)な意味(いみ)じゃなかったよ。ただ普通(ふつう)の友達(ともだち)だけ。鮎夢(あゆむ)ちゃんもそう思(おも)っていただろうね。多分(たぶん)……。


 「ね、奈緒(なお)、ちょっと目(め)を閉(と)じて」

 「え? いきなりなに?」

 「ちょっとやってみたいことがあるの」

 「わかった」


 なにをするつもり? ちょっぴり不安(ふあん)だったけど、鮎夢(あゆむ)ちゃんの望(のぞ)んだ通(とお)り私(わたし)は目(め)を瞑(つむ)った。


 『ちゅっ!』

 「えっ? 鮎夢(あゆむ)ちゃん、なにを!?」


 私(わたし)のほっぺたに鮎夢(あゆむ)ちゃんの唇(くちびる)が……。


 「お別(わか)れのちゅうだよ」

 「そ、そうか……」


 あれは予想外(よそうがい)の行動(こうどう)だった。私(わたし)はあの時(とき)初(はじ)めて女(おんな)の子(こ)と……。でもただの頬(ほほ)だったし。口(くち)と口(くち)じゃないからそんなに気(き)にしなくてもいいよね?


 「これで奈緒(なお)は一生(いっしょう)ワタシのことを忘(わす)れることはないでしょう」

 「そうだね……」


 ちょっと大袈裟(おおげさ)だな。でも確(たし)かにそこまでしなくても忘(わす)れたりしないよ。実際(じっさい)に今(いま)高校生(こうこうせい)になってもまだ忘(わす)れていない。1年間(いちねんかん)もずっと一緒(いっしょ)に過(す)ごしていた大切(たいせつ)な幼馴染(おさななじみ)だからね。


 「ワタシも奈緒(なお)のこと忘(わす)れないよ。いつかまた会(あ)おうね」

 「うん」


 そうとはいっても、連絡先(れんらくさき)を残(のこ)していないから実際(じっさい)にまた会(あ)えるかどうかわからなかった。こうやって私(わたし)と鮎夢(あゆむ)ちゃんはそのまま別(わか)れて、あれからずっと会(あ)うことはなかった。


 時々(ときどき)私(わたし)は叔母(おば)さんっちに寄(よ)っていったこともあるけど、もう男装(だんそう)は止(や)めて、普通(ふつう)の女(おんな)の子(こ)に戻(もど)ったから、たとえ会(あ)っても鮎夢(あゆむ)ちゃんはこれが私(わたし)だとわからなくてただ知(し)らないお姉(ねえ)さんだと思(おも)ってしまうよね。


 私(わたし)も女(おんな)の子(こ)の格好(かっこう)で鮎夢(あゆむ)ちゃんと会(あ)う勇気(ゆうき)はなかった。かっこいいお兄(にい)さんの威厳(いげん)を保(たも)ちたいから。なんか気(き)まずいし。後(うし)ろめたい気持(きも)ちもある。


 それにあれからなかなか背(せ)が伸(の)びていなかった。喧嘩(けんか)とかも弱(よわ)くなって、結局(けっきょく)私(わたし)はどんどんただのか弱(よわ)い女(おんな)の子(こ)に変(か)わっていく。子供(こども)の頃(ころ)のような男勝(おとこまさ)りの私(わたし)とはかけ離(はな)れて、もう殆(ほとん)ど別人(べつじん)になった。


 そして時間(じかん)は更(さら)に6年(ろくねん)も経(た)って、私(わたし)は高校2年生(こうこうにねんせい)になって、鮎夢(あゆむ)ちゃんは高校1年生(こうこういちねんせい)で、私(わたし)と同(おな)じ学校(がっこう)に入学(にゅうがく)してきた。こうやって再会(さいかい)できた。


 鮎夢(あゆむ)ちゃんはTS病(ティー・エス びょう)に罹(かか)って男(おとこ)の子(こ)になってしまったのは本当(ほんとう)に予想外(よそうがい)なことで凄(すご)くびっくりしたけど、そのお蔭(かげ)で鮎夢(あゆむ)ちゃんは『私(わたし)もTS病(ティー・エス びょう)』だと誤解(ごかい)して、すぐ今(いま)の私(わたし)の姿(すがた)を受(う)け入(い)れてくれた。私(わたし)も今(いま)の鮎夢(あゆむ)ちゃんがいいと思(おも)っている。かっこいい男(おとこ)になったよね。今(いま)鮎夢(あゆむ)ちゃんの方(ほう)が私(わたし)よりお兄(にい)さんっぽい。ちょっと悔(くや)しいけど、まるで立場(たちば)は真逆(まぎゃく)になってしまったみたい。


 だからこれからも友達(ともだち)でいられたらいいね。私(わたし)は本当(ほんとう)にそう思(おも)っている。


 今朝(けさ)の再会(さいかい)の後(あと)、それぞれ自分(じぶん)の教室(きょうしつ)に向(む)かう前(まえ)に、私達(わたしたち)は一応(いちおう)スマホでラインのID(アイ・ディー)の交換(こうかん)をしておいた。学年(がくねん)が違(ちが)うとはいえ、同(おな)じ学校(がっこう)だからこれからよく会(あ)うことになるだろうね。まだ隠(かく)し事(ごと)を持(も)っている私(わたし)としてはなんかちょっと不安(ふあん)だけど、本当(ほんとう)に鮎夢(あゆむ)ちゃんと一緒(いっしょ)にいられることは嬉(うれ)しい。


 最後(さいご)の授業(じゅぎょう)の途中(とちゅう)、鮎夢(あゆむ)ちゃんからのラインのメッセージが送(おく)られてきた。


 『大事(だいじ)なお話(はなし)があるから放課後(ほうかご)ちょっと会(あ)いたい』って書(か)いてある。一体(いったい)どういう話(はなし)だろうね?


 でもまあ、私(わたし)は別(べつ)に特(とく)に用事(ようじ)とかあるわけじゃないからいいんだけど。こうやって幼馴染(おさななじみ)と一緒(いっしょ)に昔(むかし)の話(はなし)をしてもう一度(いちど)親睦(しんぼく)を深(ふか)めて仲(なか)よくなっていこう。




ཐ ཐ ཐ ཐ




 「ずっと好(す)きでした。ボクと付(つ)き合(あ)ってください!」

 「……」


 約束(やくそく)通(どお)り放課後(ほうかご)私(わたし)は鮎夢(あゆむ)ちゃんに会(あ)いに来(き)たら、なんでこうなるの!? こんな展開(てんかい)はあまりにも的外(まとはず)れだ。


 いや、実(じつ)に言(い)うと当初(とうしょ)私(わたし)もこんな少女漫画(しょうじょまんが)っぽい展開(てんかい)とか期待(きたい)していたけどね。でも相手(あいて)が鮎夢(あゆむ)ちゃんだと思(おも)い知(し)ってしまったら、そんな思惑(おもわく)はすぱっと消(け)し去(さ)った。


 私(わたし)は今(いま)鮎夢(あゆむ)ちゃんのその台詞(せりふ)を必死(ひっし)に噛(か)み砕(くだ)こうとしている。


 これは本物(ほんもの)の告白(こくはく)? 聞(き)き間(ま)違(ちが)いとかじゃなく、本当(ほんとう)に告白(こくはく)だよね? 私(わたし)なんかに? こんなイケメンから? いや、でもこの人(ひと)は元(もと)女(おんな)の子(こ)だよね? そう考(かんが)えると……。


 本来(ほんらい)なら私(わたし)みたいななんの特徴(とくちょう)もない凡庸(ぼんよう)な女(おんな)の子(こ)がこんな美少年(びしょうねん)に告白(こくはく)されたら有頂天(うちょうてん)になって快諾(かいだく)してしまう筈(はず)だけど、この人(ひと)は鮎夢(あゆむ)ちゃんだとわかったからやっぱりなにか違(ちが)う。


 「これはなにかの冗談(じょうだん)だよね?」


 そうだよね。ただの悪巫山戯(わるふざけ)にしか聞(き)こえないよ。どうせ私(わたし)を驚(おどろ)かせて楽(たの)しむつもりだろう。こうやって人(ひと)をドッキリさせようとするなんて、鮎夢(あゆむ)ちゃんって意外(いがい)と意地悪(いじわる)な子(こ)だね。キミをこんな子(こ)に育(そだ)てた覚(おぼ)えはないぞ。


 「ボクは本気(ほんき)だよ。子供(こども)の頃(ころ)出会(であ)って遊(あそ)んでいた時(とき)からずっと好(す)き」

 「この茶番(ちゃばん)まだ続(つづ)くの!?」


 最早(もはや)ただの冗談(じょうだん)だと思(おも)えないレベルのようだけど、私(わたし)はまだ悪足掻(わるあが)きしようとしている。


 「本当(ほんとう)に本当(ほんとう)だ。出会(であ)ったあの瞬間(しゅんかん)からボクの心(こころ)は掴(つか)まれて、ずっと奈緒(なお)しか居(い)ない。奈緒(なお)だけのものになりたい」


 なによ、この口説(くど)くような台詞(せりふ)!? 少女漫画(しょうじょまんが)か? 読(よ)んだ時(とき)はなんかいい感(かん)じって思(おも)ったけど、こうやって自分(じぶん)に向(む)かうとなると、超(ちょう)照(て)れくさい。止(や)めてもらいたい。


 「え? いや、いきなりそう言(い)われてもね。私(わたし)、今(いま)女(おんな)の子(こ)だよ?」


 ちょっと落(お)ち着(つ)いてよく考察(こうさつ)してみよう。大体(だいたい)鮎夢(あゆむ)ちゃんの『好(す)き』ってどんな好(す)き? 男(おとこ)として女(おんな)の子(こ)を好(す)きなの? だけど鮎夢(あゆむ)ちゃんは元々(もともと)女(おんな)の子(こ)だった。そして今(いま)まで鮎夢(あゆむ)ちゃんは私(わたし)のことを男(おとこ)の子(こ)だと思(おも)い込(こ)んでいた。つまりその逆(ぎゃく)かも? まだ理解(りかい)に苦(くる)しむ。


 「承知(しょうち)してる。女(おんな)の子(こ)だからこそ、告白(こくはく)すると決(き)めたんだ」

 「なんで!? 結局(けっきょく)のところ鮎夢(あゆむ)ちゃんは女(おんな)の子(こ)が好(す)きなの? 男(おとこ)の子(こ)が好(す)きじゃないの?」


 昔(むかし)の私(わたし)のことが好(す)きだとしたら、つまり男(おとこ)の子(こ)が好(す)きってこと? でも今(いま)の私(わたし)も好(す)きって言(い)うのは、つまり女(おんな)の子(こ)が好(す)き? なんか複雑(ふくざつ)だ。


 「正直(しょうじき)難(むずか)しい質問(しつもん)だ。ボクもまだ答(こた)えづらいかも」

 「なんだと!?」


 巫山戯(ふざけ)るな! 自分(じぶん)もまだはっきりじゃないのに、私(わたし)に告白(こくはく)しちゃうなんて! やっぱり馬鹿(バカ)にしている!?


 「よくわからないけど、はっきり言(い)えることはあるよ。昔(むかし)のかっこいい奈緒(なお)も、今(いま)の可愛(かわい)い奈緒(なお)も、全部(ぜんぶ)好(す)きだ」

 「そんなわけあるか!」


 私(わたし)も鮎夢(あゆむ)ちゃんも、昔(むかし)とは全然(ぜんぜん)違(ちが)うのに。いや、実際(じっさい)に私(わたし)の方(ほう)が変(か)わっていないけどね。


 「信(しん)じてくれないの?」

 「それは……よくわからない。でも、なんで私(わたし)なの?」


 嘘(うそ)のようには見(み)えないけど、あまり辻褄(つじつま)が合(あ)わないから。


 「そうだね。ほら、『恋(こい)に理由(りゆう)なんてない』と言(い)われて……」

 「じゃ、ごめん。お断(ことわ)りよ!」


 こんな自己中(じこちゅう)な物(もの)言(い)いはドラマとかでよく耳(みみ)に入(はい)るけど、なんか無責任(むせきにん)な発言(はつげん)だと私(わたし)は思(おも)う。だって実際(じっさい)に人間(にんげん)はみんななにかの理由(りゆう)を持(も)っている筈(はず)だ。理由(りゆう)を明瞭(めいりょう)に説明(せつめい)する技量(ぎりょう)がないからって、『理由(りゆう)がない』っていう言(い)い方(かた)で片(かた)付(づ)ける人(ひと)はなんか身勝手(みがって)だ。


 「待(ま)って! 理由(りゆう)ならちゃんとあるよ」

 「じゃ、わかりやすくきっちり説明(せつめい)してみて」


 ほら、理由(りゆう)はちゃんとあるじゃないか。仕方(しかた)ないから、少(すこ)し位(くらい)鮎夢(あゆむ)ちゃんの言(い)い分(ぶん)を聞(き)いてあげなくてもない。


 「言(い)っておくけど、『キミの全(すべ)てが好(す)き』とか、『上手(うま)く言葉(ことば)にできない程(ほど)大(だい)好(す)き』とか、そんなくさい台詞(せりふ)は無(な)しだよ」


 今(いま)の鮎夢(あゆむ)ちゃんならなんかこんな台詞(せりふ)言(い)い出(だ)せそうだから忠告(ちゅうこく)しておいた。これも無責任(むせきにん)な言(い)い方(かた)だから。リアルでこんな言葉(ことば)で納得(なっとく)いける人(ひと)は本当(ほんとう)に居(い)るのか?


 「そ、そんなこと言(い)わないよ。あはは」


 鮎夢(あゆむ)ちゃんは苦笑(にがわら)いしている。まさか今(いま)本当(ほんとう)に言(い)おうと思(おも)っていたの? ああいうキャラになったの? そんなことないよね?

 

 「わかった。ちゃんとボクのありのままの気持(きも)ちを奈緒(なお)に伝(つた)えるね。嘘(うそ)偽(いつわ)りのないこの心(こころ)から……」


 前(まえ)置(お)きなんて要(い)らないからさっさと言(い)えよ!


 「確(たし)かに昔(むかし)のワタシ(・・・)は女(おんな)の子(こ)として男(おとこ)の子(こ)の奈緒(なお)のことが好(す)き。つまり自分(じぶん)は男(おとこ)の子(こ)が好(す)きだった。間(ま)違(ちが)いないと思(おも)う。あの時(とき)はね」

 「そうか」


 やっぱり元々(もともと)ただ普通(ふつう)の女(おんな)の子(こ)だから、恋愛対照(れんあいたいしょう)は男(おとこ)に決(き)まっている。私(わたし)が男(おとこ)の子(こ)だと思(おも)って好(す)きになったってことね。


 「でも、今(いま)ボクの方(ほう)が男(おとこ)になって、奈緒(なお)は逆(ぎゃく)に女(おんな)になった。ならそれでいいんじゃないか。ただあべこべになっただけ。『異性(いせい)』であるという事実(じじつ)は変(か)わっていないよ」

 「そ、そんな理屈(りくつ)……」


 深(ふか)く考(かんが)えなければ、これで納得(なっとく)できるかもしれない。でもね、根本的(こんぽんてき)に一(ひと)つ間(ま)違(ちが)っている。それは『元々(もともと)異性(いせい)ではなく、同性(どうせい)だった』。実際(じっさい)に性別(せいべつ)が変(か)わったのは鮎夢(あゆむ)ちゃんだけだから。


 虚偽(きょぎ)に基(もと)づいて物事(ものごと)を考(かんが)えた挙句(あげく)、最後(さいご)に導(みちび)き出(だ)されるのはこういう歪(いびつ)な結論(けつろん)か。


 「奈緒(なお)が女(おんな)の子(こ)になったのだから、寧(むし)ろもしボクがまだ女(おんな)のままだったらこれは百合(ゆり)になっちゃうよね」

 「確(たし)かに……」


 そうだったね。2人(ふたり)とも女(おんな)の子(こ)だから、本来(ほんらい)ならこれは百合(ゆり)オチだよね?


 別(べつ)に百合(ゆり)が嫌(いや)ってわけじゃないけど、やっぱり私(わたし)は普通(ふつう)の乙女(おとめ)みたいに男(おとこ)と恋(こい)をしたい。


 「だからボクが男(おとこ)の子(こ)になれて本当(ほんとう)によかったと思(おも)っている。結果(けっか)オーライだよ」

 「それは……。ならもし逆(ぎゃく)に鮎夢(あゆむ)ちゃんだけ変(か)わって、私(わたし)がまだ男(おとこ)のままだったら?」


 勿論(もちろん)、この言(い)い方(かた)はちょっと語弊(ごへい)があるね。私(わたし)は最初(さいしょ)から女(おんな)の子(こ)だから。でも鮎夢(あゆむ)ちゃんの中(なか)の昔(むかし)の私(わたし)は男(おとこ)の子(こ)だった。


 「その場合(ばあい)も、やっぱり諦(あきら)めるしかないかもね。最初(さいしょ)はボクが男(おとこ)になってもう奈緒(なお)のお嫁(よめ)にいけないかと思(おも)って落(お)ち込(こ)んでたよ」

 「嫁(よめ)って……」


 そこまで考(かんが)え込(こ)んでいたのか? 私(わたし)は無意識(むいしき)のうちに百合(ゆり)の花(はな)の種(たね)を蒔(ま)いて育(そだ)ててきてしまったね。罪悪感(ざいあくかん)のレベルは殊更(ことさら)上昇(じょうしょう)してきた。


 「だから奈緒(なお)が女(おんな)の子(こ)になったと知(し)った時(とき)、ボクは本当(ほんとう)に喜(よろこ)んだよ。今(いま)のボクはもう奈緒(なお)のお嫁(よめ)にはいけないけど、その代(か)わりにボクは奈緒(なお)をお嫁(よめ)に貰(もら)う。ボクは婿(むこ)でいい」

 「……」


 鮎夢(あゆむ)ちゃん、途轍(とてつ)もないことを考(かんが)えているね。怖気(おじけ)がついたぞ。


 「こうやって2人(ふたり)とも変(か)わって、よかったね」

 「いや、そんなこと……」


 鮎夢(あゆむ)ちゃんは全然(ぜんぜん)わかっていない。確(たし)かにもしそうだとしたら納得(なっとく)いけるかもしれない。でも現実(げんじつ)は違(ちが)う。私(わたし)は別(べつ)にTS病(ティー・エス びょう)なんか罹(かか)っていない。


 だけど今更(いまさら)本当(ほんとう)のことなんて言(い)えるの? 『実(じつ)は私(わたし)はずっと鮎夢(あゆむ)ちゃんに嘘(うそ)吐(つ)いていた』って。やっぱりできるわけがない。私(わたし)にはそんな根性(こんじょう)はないよ。


 「これはきっと運命(うんめい)だよ。奇跡(きせき)だ。千載一遇(せんざいいちぐう)の出会(であ)いともいえるね。まるで2人(ふたり)は共(とも)に歩(ある)く為(ため)に生(う)まれてきたように。このまま離(はな)れることはないだろう」

 「……」


 この人(ひと)、きっと一杯(いっぱい)少女漫画(しょうじょまんが)を読(よ)んでいたね。子供(こども)の頃(ころ)の鮎夢(あゆむ)ちゃんならこんな台詞(せりふ)なんて絶対(ぜったい)言(い)わない筈(はず)だけど、男(おとこ)になったら完全(かんぜん)にキャラ変(か)わっているみたい。思(おも)い込(こ)みも激(はげ)しいし。


 運命(うんめい)や奇跡(きせき)なんかでもないよ。そんな偶然(ぐうぜん)はあるわけがないよ。


 「じ、時間(じかん)をくれ」


 私(わたし)の頭(あたま)は最早(もはや)限界(げんかい)だ。これ以上(いじょう)まともにやり取(と)りできるという自信(じしん)はあまりない。


 「あ、そうか。やはり、いきなりすぎて困(こま)るよね」

 「う、うん」


 理解(りかい)してくれたようだ。よかった。


 「了解(りょうかい)。なら今(いま)すぐ答(こた)えなくてもいい。ボクだって、実(じつ)はこうやって奈緒(なお)に告白(こくはく)するという結論(けつろん)に辿(たど)り着(つ)くまで、今日(きょう)ずっと授業中(じゅぎょうちゅう)考(かんが)えて悩(なや)んでいたよ。だから奈緒(なお)の返事(へんじ)もやっぱり時間(じかん)は必要(ひつよう)だよね」


 そこまで私(わたし)のことで悩(なや)んで考(かんが)えていたの? 学校(がっこう)初日(しょにち)なのに、勉強(べんきょう)は大丈夫(だいじょうぶ)なの?


 「そ、それは……。まあ、そうだね」


 今(いま)すぐ断(ことわ)っても鮎夢(あゆむ)ちゃんを傷(きず)つけるだけだ。やはり今(いま)の私(わたし)には脳内(のうない)の整理(せいり)をする為(ため)の時間(じかん)が欲(ほ)しい。


 「じゃ、告白(こくはく)の回答(かいとう)は保留(ほりゅう)ってことでいい?」

 「いいよ。いきなり急(せ)かしすぎてごめんね」

 「いや、私(わたし)の方(ほう)こそ。待(ま)たせることになってごめんね」


 鮎夢(あゆむ)ちゃんの気持(きも)ちは噛(か)み締(し)めた。でもまだ納得(なっとく)できなくておどおどと戸惑(とまど)っている私(わたし)の方(ほう)が悪(わる)い。


 こんなことになったのは全部(ぜんぶ)私(わたし)の責任(せきにん)だ。だから今(いま)から私(わたし)はこの問題(もんだい)について真剣(しんけん)に検討(けんとう)しないとね。真心(まごころ)を込(こ)めて。




ཐ ཐ ཐ ཐ




 その後(あと)、私(わたし)はこっそりと鮎夢(あゆむ)ちゃんのことをもっと調(しら)べてみた。勝手(かって)に調(しら)べて悪(わる)いけど、やはり気(き)になって……。直接(ちょくせつ)本人(ほんにん)に聞(き)いてみるという手(て)もあるかもしれないけど、自分(じぶん)で言(い)いづらいこともある筈(はず)だよね。


 丁度(ちょうど)鮎夢(あゆむ)ちゃんと同(おな)じ中学校(ちゅうがっこう)に通(かよ)っていた知(し)り合(あ)いが居(い)て、私(わたし)はあの人(ひと)から色々(いろいろ)聞(き)くことができた。


 どうやら鮎夢(あゆむ)ちゃんのTS病(ティー・エス びょう)が発症(はっしょう)したのは中学(ちゅうがく)3年生(さんねんせい)になったばかりの時(とき)だそうだ。まだ1年(いちねん)経(た)っていない。


 元々(もともと)女(おんな)の子(こ)なのに、いきなり男(おとこ)の子(こ)になって相当(そうとう)大変(たいへん)になったらしい。生活(せいかつ)が一変(いっぺん)しただけでもとても苦労(くろう)して、剰(あまつさ)え周(まわ)りの人(ひと)から変(へん)な目(め)で見(み)られて、虐(いじ)めや差別(さべつ)までされた。


 女友達(おんなともだち)はいきなり男(おとこ)の子(こ)になった鮎夢(あゆむ)ちゃんを受(う)け入(い)られず、どんどん距離(きょり)を取(と)っていく。男友達(おとこともだち)は元(もと)から美少女(びしょうじょ)だった鮎夢(あゆむ)ちゃんを口説(くど)こうとしていた人(ひと)も多(おお)かったようで、彼奴等(あいつら)も今更(いまさら)男(おとこ)になった鮎夢(あゆむ)ちゃんを見(み)て気(き)まずく感(かん)じて敢(あ)えて関(かか)わらないようにしていた。


 結局(けっきょく)中3(ちゅうさん)ずっと酷(ひど)い待遇(たいぐう)を受(う)けて独(ひと)りぼっちになった。やっと過去(かこ)の自分(じぶん)を捨(す)ててこれから普通(ふつう)の男(おとこ)の子(こ)として生(い)きていくという覚悟(かくご)ができたけど、その為(ため)には知(し)り合(あ)いのない筈(はず)の場所(ばしょ)に進学(しんがく)するのは一番(いちばん)。だから高校(こうこう)はわざわざ遠(とお)い学校(がっこう)を選(えら)んで引(ひ)っ越(こ)ししてきたそうだ。まあ、そのお蔭(かげ)で私(わたし)と再会(さいかい)できたけどね。


 今(いま)のクラスメートも鮎夢(あゆむ)ちゃんが元(もと)女(おんな)の子(こ)だということ知(し)っていないようだ。本当(ほんとう)に内緒(ないしょ)にしている。知(し)らない人(ひと)から見(み)れば、鮎夢(あゆむ)ちゃんはただ普通(ふつう)の男子(だんし)高校生(こうこうせい)だろう。しかもイケメンで、凄(すご)くいい人(ひと)だ。誰(だれ)かに奪(うば)われてしまう心配(しんぱい)もある位(くらい)。


 だからこの学校(がっこう)の人達(ひとたち)に自分(じぶん)の過去(かこ)が暴露(ばくろ)されることは、きっと鮎夢(あゆむ)ちゃんにとって望(のぞ)ましくない不利(ふり)な状況(じょうきょう)を齎(もたら)すことだろう。それなのに鮎夢(あゆむ)ちゃんは躊躇(ちゅうちょ)なくあっさりと私(わたし)に正体(しょうたい)をバラした。


 もしかして私(わたし)が自分(じぶん)と同(おな)じようにTS病(ティー・エス びょう)の患者(かんじゃ)だと勘違(かんちが)いしたからだろう。同類(どうるい)だと思(おも)っているだろうね。それなのに私(わたし)はその信頼(しんらい)を裏切(うらぎ)ってしまった。実際(じっさい)に私(わたし)はただ鮎夢(あゆむ)ちゃんをずっと騙(だま)していただけだった。


 そう考(かんが)えると、嘘(うそ)吐(つ)きの私(わたし)如(ごと)き、鮎夢(あゆむ)ちゃんの人生(じんせい)に関(かか)わる資格(しかく)なんてないよ。だからやはり私(わたし)の答(こた)えは……。




ཐ ཐ ཐ ཐ




 「ごめんね。やっぱり私(わたし)は鮎夢(あゆむ)ちゃんとは付(つ)き合(あ)えない」


 一週間(いっしゅうかん)経(た)って、ようやく私(わたし)は鮎夢(あゆむ)ちゃんと面(めん)と向(む)かって答(こた)えを出(だ)した。場所(ばしょ)は私達(わたしたち)の再会(さいかい)したあの桜(さくら)の坂道(さかみち)。


 「そ、そうか……」


 私(わたし)の答(こた)えを聞(き)いたら、鮎夢(あゆむ)ちゃんは結構(けっこう)衝撃(しょうげき)を受(う)けたようだ。ごめんね。本当(ほんとう)に私(わたし)は悪(わる)いと思(おも)っている。


 「本当(ほんとう)にごめんね」

 「やっぱりそう簡単(かんたん)にはいかないよね。ボクなんか」

 「ううん、違(ちが)うの。勘違(かんちが)いしないでね。鮎夢(あゆむ)ちゃんが悪(わる)いってわけじゃない。寧(むし)ろ私(わたし)みたいな悪(わる)い人間(にんげん)の方(ほう)こそ鮎夢(あゆむ)ちゃんに相応(ふさわ)しくないから」


 私(わたし)は嘘(うそ)吐(つ)きだから、こんな悪女(あくじょ)のことなんてもう忘(わす)れてくれ。


 「なんでそう思(おも)うの? 奈緒(なお)は凄(すご)く優(やさ)しい人(ひと)だよ。とても可愛(かわい)くて魅力的(みりょくてき)だ。ボクなんかに勿体(もったい)ない位(くらい)。ボクはそんな奈緒(なお)が好(す)きだ。昔(むかし)も今(いま)も」

 「違(ちが)うの。私(わたし)は全然(ぜんぜん)いい人(ひと)じゃないよ。私(わたし)はただずっと鮎夢(あゆむ)ちゃんを裏切(うらぎ)っていたよ」


 だからこんな風(ふう)に褒(ほ)め称(たた)えすぎて却(かえ)って心(こころ)が痛(いた)むよ。


 「え? なんのこと?」

 「ごめん。でも今更(いまさら)教(おし)えるわけがない。もし知(し)られてしまったらきっと鮎夢(あゆむ)ちゃんは私(わたし)のことを軽蔑(けいべつ)しちゃうよ。嫌(きら)いになる筈(はず)だ」

 「それはあり得(え)ないよ。ボクに奈緒(なお)が必要(ひつよう)なんだ。好(す)きな人(ひと)のことだから、なんでも受(う)け入(い)れられるよ。誰(だれ)かにどう言(い)われようと、この燃(も)え滾(たぎ)って身(み)を焦(こ)がす心(こころ)が押(おし)し潰(つぶ)されても」

 「なにそれ? またあんな仰々(ぎょうぎょう)しい台詞(せりふ)……。やっぱり少女漫画(しょうじょまんが)を読(よ)みすぎじゃない?」


 それに『燃(も)え滾(たぎ)る』とか、『身(み)を焦(こ)がす』、なんか使(つか)いどころは微妙(びみょう)だ。適当(てきとう)にどこかのかっこよさそう台詞(せりふ)の真似(まね)のようにしか見(み)えない。少女漫画(しょうじょまんが)だけじゃなく、中二病(ちゅうにびょう)も?


 鮎夢(あゆむ)ちゃんは中学(ちゅうがく)の時(とき)までずっと女(おんな)の子(こ)だったから、少女漫画(しょうじょまんが)も沢山(たくさん)読(よ)んでいただろう。最初(さいしょ)は好(す)きな人(ひと)からこんな台詞(せりふ)を聞(き)きたいとか思(おも)っていた筈(はず)だが、自分(じぶん)が男(おとこ)になったら逆(ぎゃく)に好(す)きな人(ひと)に言(い)ってみたいってこと?


 つまり今(いま)になって自分(じぶん)が少女漫画(しょうじょまんが)のヒーローにでもなるつもり? なら主人公(しゅじんこう)は私(わたし)なの? 確(たし)かに私(わたし)も少女漫画(しょうじょまんが)みたいな展開(てんかい)を望(のぞ)んでいたけど……。


 「お願(ねが)いだから、理由(りゆう)を教(おし)えてくれ。じゃないとボクは納得(なっとく)できないよ」

 「なんかしつこいね!」


 人(ひと)が教(おし)えたくないと言(い)ってるのに、執拗(しつよう)に詮索(せんさく)しようとするなんて……。


 「あ、ごめん。でも……」

 「いや、なんで鮎夢(あゆむ)ちゃんが謝(あやま)るの? 鮎夢(あゆむ)ちゃんは全然(ぜんぜん)悪(わる)くないのに」


 悪(わる)いのは全部(ぜんぶ)私(わたし)の方(ほう)だから、こんな風(ふう)に謝(あやま)られると寧(むし)ろ気(き)の毒(どく)だ。


 どうやら今(いま)ちゃんと理由(りゆう)を教(おし)えない限(かぎ)りこのまま鮎夢(あゆむ)ちゃんは簡単(かんたん)に諦(あきら)めないようだな。あまり言(い)いたくないけど、こうなったらどうやら仕方(しかた)ない。どうせいつまでも隠(かく)し通(とお)せる事実(じじつ)ではない筈(はず)だ。


 「わかったよ。知(し)りたいなら教(おし)えてやるよ」


 私(わたし)は深呼吸(しんこきゅう)して、覚悟(かくご)を決(き)めた。


 「実(じつ)は私(わたし)、TS病(ティー・エス びょう)になんか罹(かか)っていないの! 元(もと)から女(おんな)の子(こ)だよ。つまりあの頃(ころ)はただ男装(だんそう)して、ずっと鮎夢(あゆむ)ちゃんを誑(たぶら)かしていただけ」

 「そ、そんなこと……本当(ほんとう)に?」


 鮎夢(あゆむ)ちゃんは随分(ずいぶん)唖然(あぜん)として信(しん)じたくないような顔(かお)をしているね。


 「もしまだ信(しん)じないのなら、勝手(かって)に私(わたし)の生(お)い立(た)ちを検索(けんさく)すればいいよ。簡単(かんたん)だと思(おも)う」


 私(わたし)の友達(ともだち)から聞(き)いたり、私(わたし)の昔(むかし)通(かよ)っていた学校(がっこう)のウェブサイトで調(しら)べたり、色(いろ)んな手段(しゅだん)があるよね。今(いま)の時代(じだい)はこんなことすぐ調(しら)べられる筈(はず)だから。


 「奈緒(なお)の『悪(わる)いこと』って、それだけなの?」

 「そうだよ。これ以上(いじょう)罪(つみ)を重(かさ)ねたら私(わたし)……」

 「……よかった」

 「は?」


 なにを言(い)っているの? 今(いま)のはなにがよかった? わけわからないよ。


 「やっと本当(ほんとう)のことを教(おし)えてくれたね」

 「え?」


 今(いま)の鮎夢(あゆむ)ちゃんの顔(かお)は案外(あんがい)嬉(うれ)しそうに見(み)える。悔(くや)しいような顔(かお)は全然(ぜんぜん)していない。なぜ? もしかして……


 「まさか、鮎夢(あゆむ)ちゃんとっくに知(し)っていたの!?」

 「うん、ごめんね。さっき奈緒(なお)の言(い)った通(とお)り、捜索(そうさく)は割(わり)と安易(あんい)だ」

 「ええぇぇぇー!!?」


 もう鮎夢(あゆむ)ちゃんに調(しら)べられたの? 最初(さいしょ)から私(わたし)の隠(かく)し事(ごと)はバレているの?


 「なんで勝手(かって)に!?」


 まあ、さっき私(わたし)は『勝手(かって)に検索(けんさく)すればいい』と言(い)ったばかりだし。しかも私(わたし)も気(き)になって鮎夢(あゆむ)ちゃんの過去(かこ)を調(しら)べていた。そんな私(わたし)は今更(いまさら)文句(もんく)を言(い)う資格(しかく)はないよね。


 「いや、だって気(き)になっていたから。TS病(ティー・エス びょう)に罹(かか)ってボクと同(おな)じように大変(たいへん)な生活(せいかつ)を送(おく)ってきたか、って心配(しんぱい)してたよ。でも実際(じっさい)に全然(ぜんぜん)違(ちが)うと明白(めいはく)になって、なんか安心(あんしん)したよ」



 「もうわかっているのなら、なんでまだ私(わたし)に構(かま)うの? 嘘(うそ)吐(つ)きの私(わたし)なんか……」

 「そんなこと、どうでもいいよ」

 「え?」

 「もしこんな理由(りゆう)で奈緒(なお)が自分(じぶん)を軽蔑(けいべつ)するのならボクは絶対(ぜったい)に認(みと)めないよ」

 「なにそれ? 鮎夢(あゆむ)ちゃんは、騙(だま)されて満悦(まんえつ)するようなヤバい奴(やつ)なの?」

 「なんでそうなる? 全然(ぜんぜん)違(ちが)うよ! 最初(さいしょ)に知(し)った時(とき)ボクも結構(けっこう)ショックを受(う)けたよ。全然(ぜんぜん)知(し)らなかったから。まさか自分(じぶん)の好(す)きな相手(あいて)は実(じつ)は女(おんな)の子(こ)だったなんて」

 「だろうね」


 そんな事実(じじつ)を知(し)って、鮎夢(あゆむ)ちゃんがもう私(わたし)と会(あ)いたくない位(くらい)がっかりしてもおかしくないよね。


 「でもね。これはあんなに悪(わる)いことなのか?」

 「それは……。少(すく)なくとも私(わたし)は私(わたし)自身(じしん)を許(ゆる)さない筈(はず)」


 あの頃(ころ)は遊(あそ)び気分(きぶん)で男(おとこ)の子(こ)のフリをして楽(たの)しんでいたけど、今(いま)振(ふ)り返(かえ)してみればあんな幼稚(ようち)な悪(わる)乗(の)りの所為(せい)で鮎夢(あゆむ)ちゃんを勘違(かんちが)いさせて、心(こころ)を弄(もてあそ)ぶことになってしまったね。こんなことになるとは全然(ぜんぜん)思(おも)わなかった。


 「別(べつ)に、考(かんが)えてみれば奈緒(なお)は自分(じぶん)が男(おとこ)の子(こ)だと一度(いちど)も言(い)ったことないよね。ボクが勝手(かって)に奈緒(なお)が男(おとこ)の子(こ)だと勘違(かんちが)いしちゃって」

 「え?」


 確(たし)かに直接(ちょくせつ)に『オレが男(おとこ)』だと言(い)ったことはないかもしれないけど……。


 「でも私(わたし)は男(おとこ)の子(こ)の格好(かっこう)をして男(おとこ)の子(こ)みたいな喋(しゃべ)り方(かた)をしたから」


 『嘘(うそ)』というのはただ言葉(ことば)だけではないのだから。


 「TS病(ティー・エス びょう)のことも、そもそもボクが勝手(かって)に勘違(かんちが)いしただけだ」

 「でも私(わたし)は誤解(ごかい)を解(と)こうとしなかった」


 真実(しんじつ)を伝(つた)えずに誤魔化(ごまか)し続(つづ)けることも嘘(うそ)と同等(どうとう)だ。


 「だけど奈緒(なお)は別(べつ)に人(ひと)に隠(かく)し事(ごと)をして楽(たの)しんでいたわけじゃないだろう。ちゃんと罪悪感(ざいあくかん)を感(かん)じてこんなに苦(くる)しんでいるようだし。それにさっきやっとちゃんと本当(ほんとう)のことを教(おし)えてくれた。それでいいんじゃないか」

 「そんな……。鮎夢(あゆむ)ちゃんって、意外(いがい)とちょろいね」


 どんな酷(ひど)いことも許(ゆる)すつもりなの? 私(わたし)があんなに悩(なや)んでいたのに、鮎夢(あゆむ)ちゃんはこんなにあっさりと受(う)け入(い)れてくれるというの? これはなんか自分(じぶん)を責(せ)めようとしていた私(わたし)が阿呆(アホ)みたいじゃないか。


 「奈緒(なお)にだけだよ。ボクが簡単(かんたん)に心(こころ)を許(ゆる)すのは。この心(こころ)はもう奈緒(なお)だけのものだから」

 「鮎夢(あゆむ)ちゃん……」

 「だから自分(じぶん)を嫌(きら)いにしないで。たとえ奈緒(なお)が自分(じぶん)のことをどんなに悪(わる)く考(かんが)えても、ボクはそんな奈緒(なお)のことが好(す)き。世界中(せかいじゅう)が敵(てき)になってもボクは奈緒(なお)の味方(みかた)でいるよ」

 「……」


 だーかーらー、そんな台詞(せりふ)は恥(は)ずかしさで死(し)ぬ程(ほど)くさいって! なんなの、このTS(ティー・エス)美少年(びしょうねん)は? もう……。


 「うふふ」


 そんな鮎夢(あゆむ)ちゃんはなんか可笑(おか)しくてつい笑(わら)い出(だ)してしまった。


 「やっと笑(わら)ってくれたね」


 クスクス笑(わら)った私(わたし)を見(み)て鮎夢(あゆむ)ちゃんは嬉(うれ)しそうにニヤニヤ微笑(ほほえ)んだ。


 「だって、こんな口説(くど)き方(かた)はね、鮎夢(あゆむ)ちゃんの口(くち)から聞(き)くとは……」


 詐欺(さぎ)くさいけど、意外(いがい)と心(こころ)を揺(ゆ)るがして胸(むね)がキュンとときめいた。


 「告白(こくはく)の返事(へんじ)、もう一度(いちど)考(かんが)えてくれてもいい?」

 「そ、そうね……」


 全(まった)く……。そこまで言(い)われると、改(あらた)めて考(かんが)えなくもないけど。


 鮎夢(あゆむ)ちゃんを騙(だま)している罪悪感(ざいあくかん)の所為(せい)で私(わたし)は告白(こくはく)を否定(ひてい)しようとしていた。でも鮎夢(あゆむ)ちゃんは既(すで)に事実(じじつ)を知(し)ってちゃんと受(う)け入(い)れてくれた。そして私(わたし)も今(いま)の鮎夢(あゆむ)ちゃんを見(み)てドキッとしている。やはりもう断固(だんこ)として拒絶(きょぜつ)し続(つづ)ける理由(りゆう)はないかもね。


 でも、今(いま)簡単(かんたん)に『はい』と素直(すなお)に答(こた)えてしまったらなんかね……。ちょっとなにかやり返(かえ)さないと気(き)が進(すす)まない。こういう時(とき)にドラマとかでは……。


 「ね、鮎夢(あゆむ)ちゃん、その前(まえ)にちょっと目(め)を閉(と)じて、じっとしてて」

 「なにいきなり?」

 「たった10秒(じゅうびょう)だけでいいから、お願(ねが)い」


 私(わたし)の答(こた)えの代(か)わりに、昔(むかし)のあれのお返(かえ)しをしてみる。


 「わかったよ」


 鮎夢(あゆむ)ちゃんは目(め)を瞑(つむ)った。これでよし!


 私(わたし)は背伸(せの)びして、自分(じぶん)の唇(くちびる)を鮎夢(あゆむ)ちゃんの顔(かお)に近(ちか)づけようとしていく。そしてやっと届(とど)く……と思(おも)っていたのに、思(おも)いの外(ほか)背(せ)が高(たか)いから、こんなに背伸(せの)びしても届(とど)かない!


 なんでだ? こんなに身長(しんちょう)の差(さ)があるの? 昔(むかし)私(わたし)より小(ちい)さかったくせに。今(いま)私(わたし)の方(ほう)がこんなにちびっ子(こ)か。もう……。


 『ちゅ!』

 「……!」


 その時(とき)私(わたし)の頬(ほほ)になにか柔(やわ)らかいものが当(あ)たったような感覚(かんかく)が……。言(い)うまでもなく、それは鮎夢(あゆむ)ちゃんの唇(くちびる)だ。


 「な、なにをしたの!? しかも目(め)は瞑(つむ)ってないし。話(はなし)は違(ちが)う!」

 「もう10秒(じゅうびょう)経(た)ったよ」


 どうやら10秒(じゅうびょう)が余裕(よゆう)だと思(おも)っていた私(わたし)は甘(あま)かったようだ。仕方(しかた)ないよ。だって背(せ)が高(たか)すぎて届(とど)かないから! 男(おとこ)は狡(ずる)い! お返(かえ)しのつもりなのに、逆(ぎゃく)に二度(にど)とやられちまった!


 「奈緒(なお)のことだから、なにをするか想像(そうぞう)がつくよ。どうせ告白(こくはく)の答(こた)えの代(か)わりに頬(ほほ)にちゅうするつもりだろう? 昔(むかし)ボクにやられたように」

 「そ、そんなこと……」


 図星(ずぼし)だからグーの音(ね)も出(で)ない。こんな簡単(かんたん)に心(こころ)が読(よ)まれた! 手強(てごわ)い!


 「私(わたし)もう帰(かえ)る!」


 もう恥(は)ずかしくて鮎夢(あゆむ)ちゃんと目(め)を合(あ)わせることができない。穴(あな)があれば……いや、たとえなくても掘(ほ)って潜(もぐ)りたい。


 「待(ま)って。返答(へんとう)は!?」

 「仕様(しょう)がないから、もう一度(いちど)考(かんが)えとくよ」


 私(わたし)は振(ふ)り向(む)かわずに返事(へんじ)した。


 「そんな……」

 「じゃね」


 そう言(い)い残(のこ)して私(わたし)は歩(ある)き出(だ)して、どんどん鮎夢(あゆむ)ちゃんから離(はな)れていく。だけど鮎夢(あゆむ)ちゃんは……。


 「ボクはいつまでも待(ま)っているからね! なんかほっとけないよ。奈緒(なお)が居(い)ないと駄目(ダメ)になるのはボクだから。誰(だれ)に奪(うば)われたら生(い)きていられないかも。ずっと永遠(えいえん)奈緒(なお)だけ真(しん)の愛(あい)を捧(ささ)げる!」


 超(ちょう)恥(は)ずかしいからそんな台詞(せりふ)を連発(れんぱつ)するな! もう聞(き)き飽(あ)きたよ! 此奴(こいつ)、まさか男(おとこ)になれたから女(おんな)の子(こ)を堕(お)とす気(き)満々(まんまん)なのか? 少女漫画(しょうじょまんが)を読(よ)んだ美少年(びしょうねん)はやはり恐(おそ)るべしだ。気(き)をつけないと簡単(かんたん)に堕(お)とされてしまう。


 ううん、実際(じっさい)にもう手(て)遅(おく)れかもね。ぶっちゃけ言(い)うと、私(わたし)の答(こた)えは既(すで)に決(き)まっている。


 だけど、こんなことやられてムカついたから、気(き)が済(す)むまで待(ま)たせてやる! 簡単(かんたん)に思(おも)い通(どお)りにさせるわけないよ。ゆっくり対策(たいさく)を考(かんが)えよう。絶対(ぜったい)もっと派手(はで)にやり返(かえ)してみせる。それに、今度(こんど)あれをやるならただのほっぺたではなく……。


 こうやって私(わたし)の人生(じんせい)はまるで本当(ほんとう)に少女漫画(しょうじょまんが)みたいになった。……多分(たぶん)ね? これから嘘(うそ)吐(つ)きの私(わたし)とTS病(ティー・エス びょう)の彼(かれ)の恋愛物語(れんあいものがたり)はまだまだ続(つづ)く?


あとがき


この2人の事情(じじょう)はかなり複雑(ふくざつ)ですね。これからの展開(てんかい)はご想像(そうぞう)にお任(まか)せします。


初(はじ)めて書(か)いてみた短編作品(たんぺんさくひん)です。気(き)に入(い)っていただいたら評価(ひょうか)や感想(かんそう)やブクマは励(はげ)みになります。よろしくおねがいします。

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