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嘘を貫いた私と嘘みたいな幼馴染

作者: 雛宇いはみ

注意(ちゅうい)その(いち)

 漢字(かんじ)苦手(にがて)外国人(がいこくじん)子供(こども)()みやすいように配慮(はいりょ)して、(すべ)ての漢字(かんじ)数字(すうじ)にルビを()っています。特殊(とくしゅ)ルビはないので、漢字(かんじ)(つよ)(かた)はルビを無視(むし)しても問題(もんだい)ありません。


注意(ちゅうい)その()

 この物語(ものがたり)は『TS病(ティー・エス びょう)』というよくあるテンプレの設定(せってい)採用(さいよう)しています。作中(さくちゅう)ではちゃんと説明(せつめい)がありますが、一般的(いっぱんてき)にもっと(くわ)しく()りたい(かた)はここを参考(さんこう)に https://ncode.syosetu.com/n6126gu/11/


春休(はるやす)みは()わって、新学期(しんがっき)(はじ)まりだ。(わたし)洲崎(すざき)奈緒(なお)今日(きょう)から高校2年生(こうこうにねんせい)になった。


 (いま)登校中(とうこうちゅう)だ。(あさ)はいい天気(てんき)ね。道端(みちばた)(さくら)綺麗(きれい)()いてひらひらと()()ちてくる。なんか素敵(すてき)出会(であ)いができそうな雰囲気(ふんいき)ね。


 でも残念(ざんねん)なことに、(わたし)はただの平凡(へいぼん)女子高生(じょしこうせい)だ。一応(いちおう)自分(じぶん)可愛(かわい)()せようと努力(どりょく)している。(かみ)()()ばして栗色(くりいろ)()めて、桃色(ももいろ)(はな)髪飾(かみかざ)りを()けて、(むす)んでふわふわのポニーテールにしている。でもこんな貧相(ひんそう)子供(こども)っぽい体型(たいけい)だし。(いま)でも中学生(ちゅうがくせい)だと見間(みま)(ちが)いされてしまう(ぐらい)。こんな(わたし)なんかどうせあまり女性(じょせい)としての魅力(みりょく)がないだろうね。(だれ)から告白(こくはく)されたこともないし。まだ恋愛経験(れんあいけいけん)皆無(かいむ)だった。


 (べつ)にいいよ。学生(がくせい)本分(ほんぶん)はあくまで勉強(べんきょう)のことで、恋人(こいびと)(さが)すことではないからね。……と()()りたいけど、(わたし)もよく少女漫画(しょうじょまんが)とか()んで(あこが)れて自分(じぶん)もその物語(ものがたり)(なか)主人公(しゅじんこう)みたいになれたらいいな……と想像(そうぞう)してみたこととかあるよね。


 (いま)(わたし)(まわ)りにはイチャイチャして一緒(いっしょ)登校(とうこう)しているカップルもいるし。まったく(うらや)ましい! (わたし)だって……。


 そう(なや)んで(あたま)()(わたし)は、つい()()たりの(いきお)いで地団駄(じだんだ)()んで地面(じめん)()らかっている(さくら)花弁(はなびら)()()ばそうと……。だけどその(とき)なぜか一瞬(いっしゅん)目眩(めまい)(かん)じて、(からだ)(うし)ろの(ほう)(たお)れていく。(いま)はまさか(さくら)神様(かみさま)逆鱗(げきりん)()れてしまったとか? 自業自得(じごうじとく)だね。


 「(あぶ)ないです!」

 「……っ!」


 (わたし)地面(じめん)にぶつかって尻餅(しりもち)してしまう(まえ)に、(だれ)かが(うし)ろに(ささ)えてくれて(たす)かった。


 そうしたら(わたし)はあの(ひと)(うで)(なか)()かれるという姿勢(しせい)になっている。(わたし)背中(せなか)はあの(ひと)(うで)()れて、(ふく)()しだけど(ぬく)もりまで(つた)わってきた。(おんな)(おとこ)かまだ判別(はんべつ)できないが、なんか(ほそ)(うで)で、()(わたし)より(たか)い。


 「(たす)かりました。ありがとう……」


 (わたし)感謝(かんしゃ)言葉(ことば)()って、その恩人(おんじん)(ほう)へぐるり()()いてみたら……。


 「無事(ぶじ)でなによりです」


 (おとこ)(ひと)だ。しかもかっこよくて美少年(びしょうねん)って(かん)じ。(かれ)(おな)学校(がっこう)制服(せいふく)()ている。()(たか)い……わけじゃなく、(おとこ)にしては(ひく)(ほう)かもね。でも(わたし)みたいなちんちくりんから()れば随分(ずいぶん)(たか)いよね。(かれ)視線(しせん)(わたし)より10(じゅっ)センチ以上(いじょう)(たか)い。(くろ)くて(つや)のある(かみ)(くび)(かく)(ほど)(なが)い。(おとこ)にしては(かみ)(なが)(ほう)だね。(かお)(からだ)つきは中性的(ちゅうせいてき)で、(おんな)()のようにも()えるけど、男子(だんし)制服(せいふく)()ているからやっぱり(おとこ)だ。それに(わたし)()かう笑顔(えがお)はなんか素敵(すてき)かも。


 「これ、(かばん)です」


 (ころ)んだ(とき)()ちた(かばん)まで(かれ)(ひろ)ってきてくれた。


 「はい、なにからなにまでありがとうございました」


 (わた)された(かばん)()()った瞬間(しゅんかん)(わたし)はついドキッとした。この気持(きも)ちはなんだろう?


 ()ってよ。(いま)展開(てんかい)はまるで……少女漫画(しょうじょまんが)じゃないか! 突然(とつぜん)イケメンと出会(であ)って、それをきっかけとして()()って関係(かんけい)(ふか)めていく……。(つい)(わたし)にも青春(せいしゅん)時期(じき)(おとず)れたかも。(さくら)神様(かみさま)感謝(かんしゃ)


 そうだとしたら(つぎ)展開(てんかい)は……。


 「あの、ところでこの制服(せいふく)、ボクと(おな)学校(がっこう)ですね?」


 と、(かれ)(わたし)()いた。これも予想(よそう)(どお)り。


 「はい、(わたし)2年生(にねんせい)ですよ」

 「じゃ、先輩(せんぱい)ですね。ボクは入学(にゅうがく)したばかりで、今日(きょう)(はじ)めての登校(とうこう)です」


 (わか)()えるから、やはり1年生(いちねんせい)後輩(こうはい)だね。これもいいかも。年下(としした)だからタメ(ぐち)で、(たよ)りになれそうな先輩(せんぱい)(えん)じて、余裕(よゆう)あるっぽく()()おう。子供(こども)っぽいとか()わせないよ。


 「うちの高校(こうこう)後輩(こうはい)だね。キミも学校(がっこう)()かう途中(とちゅう)なの?」

 「はい」


 よし、この(なが)れで(つぎ)はなにかお(はなし)をしてそのまま一緒(いっしょ)学校(がっこう)まで(ある)いていくという展開(てんかい)ね。


 「やっぱりね。(わたし)もそうだよ。この(みち)(さくら)一杯(いっぱい)花弁(はなびら)()らかって()をつけないと(すべ)りやすいよね」


 とはいっても、実際(じっさい)(さくら)花弁(はなびら)()んで(ころ)ぶような間抜(まぬ)けは(わたし)以外(いがい)()いたことないけどね。


 「そうですね。ボクも()をつけます」


 そして(わたし)(かれ)(かた)(なら)べて(ある)()す。ゆっくりと桜色(さくらいろ)()まっているこの坂道(さかみち)(のぼ)って(ある)いてゆく。これでよし。ここまで順風満帆(じゅんぷうまんぱん)だ。(つぎ)は……。


 「自己紹介(じこしょうかい)はまだね。(わたし)洲崎(すざき)奈緒(なお)

 「……えっ? スザキ……ナオ?」


 (わたし)名前(なまえ)()いた途端(とたん)、なぜか(かれ)不思議(ふしぎ)そうな(かお)をして、(ある)(あし)()まって、なにか(おも)いつめ(はじ)めた。


 「どうしたの?」

 「いいえ、先輩(せんぱい)名前(なまえ)はボクの(むかし)()()いと(おな)じだからなんか(おどろ)きました。同姓同名(どうせいどうめい)ですよ。なんか奇遇(きぐう)ですね」

 「そうなの?」


 まさか(じつ)(わたし)本当(ほんとう)(かれ)()()いで、どこかで()ったことがあるとか? でもこんな(おとこ)()全然(ぜんぜん)見覚(みおぼ)えはないね。そもそも男友達(おとこともだち)(すく)ないし。


 「あ、でもあの(ひと)(おとこ)だからやっぱり(ちが)(ひと)ですね」

 「そうか。ただ偶然(ぐうぜん)だよね」


 なんだ。(おとこ)(ひと)かよ。(わたし)名前(なまえ)、『ナオ』は(おとこ)でも(おんな)でも使(つか)われる一般的(いっぱんてき)名前(なまえ)だからね。どうやら別人(べつじん)みたいでちょっと残念(ざんねん)


 「で、キミの名前(なまえ)は?」


 (いま)(わたし)(ほう)から()(ばん)だ。


 「ボクの名前(なまえ)日原(ひはら)鮎夢(あゆむ)です」

 「おい……」


 今回(こんかい)(わたし)(ほう)(あし)()めて、()()くした。


 なぜなら(かれ)(わたし)(むかし)()()いと同姓同名(どうせいどうめい)だ。でも(わたし)()っていた日原(ひはら)鮎夢(あゆむ)(おんな)()だからきっと別人(べつじん)だろうね。その(はず)だよね? 『アユム』も中性的(ちゅうせいてき)名前(なまえ)だし。でもこんな偶然(ぐうぜん)あるのか? やっぱり()になってしまったから、一応(いちおう)()()んでみるか。


 「不思議(ふしぎ)だな。(わたし)もキミと(おな)名前(なまえ)(おんな)()()っているよ。(わたし)叔母(おば)さんっちの近所(きんじょ)()で、(むかし)いつも一緒(いっしょ)(あそ)んでいた。学年(がくねん)(たし)かにキミと(おな)じだね。まさかあの()はキミだったり……。そんなことないよね。あはは」


 (わたし)はこんな(ふう)冗談(じょうだん)っぽくあの()のことをべらべらと(かた)ってみたら……。


 「もしかして、先輩(せんぱい)は……本当(ほんとう)にあの奈緒(なお)なの?」

 「え?」


 (うそ)だろう? (かれ)(わたし)名前(なまえ)()んだら、なんか(なつ)かしくて(した)しく(かん)じた。もしかして……。


 「キミは、あの鮎夢(あゆむ)ちゃん?」


 どうやら、(かれ)本当(ほんとう)(わたし)幼馴染(おさななじみ)鮎夢(あゆむ)ちゃんだった。でもなぜ(おとこ)()になっているの? そんな破天荒(はてんこう)な……。




ཐ ཐ ཐ ཐ




 「なるほど、TS病(ティー・エス びょう)か」

 「うん、ボクは去年(きょねん)まで(おんな)()だったけど、ある()(さかい)にして突然(とつぜん)(おとこ)()になっちゃった」

 「そうか。大変(たいへん)だったね」


 鮎夢(あゆむ)ちゃんの説明(せつめい)()いて、(わたし)もなんとなく事情(じじょう)把握(はあく)できた。


 TS病(ティー・エス びょう)、これは()いたことがある。患者(かんじゃ)突然(とつぜん)(からだ)完全(かんぜん)異性(いせい)()わってしまうという奇天烈(きてれつ)病気(びょうき)だ。あまりにも(めずら)しくて原因(げんいん)発症(はっしょう)条件(じょうけん)もまだよく解明(かいめい)できていないようだ。(いま)まで日本(にほん)では百人(ひゃくにん)(ぐらい)患者(かんじゃ)登録(とうろく)されている。つまり全人口(ぜんじんこう)のたった百万分(ひゃくまんぶん)(いち)程度(ていど)しかない。


 身体(しんたい)()わってしまった(ひと)(もと)(もど)った(れい)(いま)までまだ1人(ひとり)()ない。患者(かんじゃ)はみんな10代(じゅうだい)若者(わかもの)ばかりだそうだ。性別(せいべつ)()わること以外(いがい)別状(べつじょう)はないらしい。生殖機能(せいしょくきのう)まで(ととの)って()(づく)りはできる。だから精神問題(せいしんもんだい)さえなければ完全(かんぜん)異性(いせい)としての人生(じんせい)(はじ)められる。


 こんな突拍子(とっぴょうし)もない(はなし)は、そもそも(わたし)はただニュースとかで()いたことがあるだけで、真実(しんじつ)かどうかはまだ半信半疑(はんしんはんぎ)だったが、(いま)鮎夢(あゆむ)ちゃんの姿(すがた)はなによりも雄弁(ゆうべん)物語(ものがた)る。


 まさかあのTS病(ティー・エス びょう)患者(かんじゃ)()(まえ)(あらわ)れるとはね……。


 「でもとんでもなく偶然(ぐうぜん)だね。奈緒(なお)までボクと(おな)TS病(ティー・エス びょう)(かか)るなんて」

 「え? (わたし)が? ……あ、そうだね」


 これはヤバい。そういえば(むかし)()った(とき)鮎夢(あゆむ)ちゃんは(わたし)(おとこ)だと(おも)っていた。でも(いま)(わたし)はどう()てもただの小柄(こがら)(おんな)()。この姿(すがた)()せたら当然(とうぜん)(わたし)TS病(ティー・エス びょう)だと誤認(ごにん)してしまうよね。


 (ちな)みに、TS病(ティー・エス びょう)患者(かんじゃ)性別(せいべつ)変化(へんか)するのと同時(どうじ)若返(わかがえ)りするという(まれ)(れい)もある。この(まえ)にもマッチョな巨漢(きょかん)(にい)さんがTS病(ティー・エス びょう)幼女化(ようじょか)して10歳(じゅっさい)(くらい)のちっちゃい(おんな)()になったというニュースが()たね。(すさ)まじく(おそ)ろしい(はなし)だ。


 ()(かく)これは(わたし)とは完全(かんぜん)無関係(むかんけい)だ。それによく(かんが)えてみろ。こんな(めずら)しい病気(びょうき)患者(かんじゃ)偶然(ぐうぜん)2人(ふたり)(おな)学校(がっこう)()るなんて、可能性(かのうせい)としてはほぼ(ゼロ)だろう。


 そう()()みたいところだけど、なかなか()()せない。(いま)鮎夢(あゆむ)ちゃんは(すで)に『(わたし)TS病(ティー・エス びょう)(かか)って女体化(にょたいか)した(もと)(おとこ)』だと認定(にんてい)しているようだ。


 「ボクと奈緒(なお)はなんかあの(とき)とは立場逆転(たちばぎゃくてん)になってしまったね」

 「あはは。まあ、そうだね」


 ()まずく(かん)じて(わたし)愛想(あいそ)(わら)いをした。(いま)()えて(はなし)()わせて誤魔化(ごまか)すことしかできない。


 「それに、鮎夢(あゆむ)ちゃんは自分(じぶん)のことを『ボク』って」

 「(おとこ)になったから一人称(いちにんしょう)()えたよ。でも『オレ』は流石(さすが)にあまり似合(にあ)わないから、やっぱり『ボク』にした。奈緒(なお)(むかし)は『オレ』だったのに、(いま)女子(じょし)みたいに『(わたし)』って。とても(おんな)()らしいよね」


 そういえばあの(とき)(わたし)は『オレっ()』だった。(おも)(かえ)してみれば全然(ぜんぜん)似合(にあ)わなかったね。


 「鮎夢(あゆむ)ちゃんもそうだよね。本当(ほんとう)(おとこ)って(かん)じだ。(わたし)より()(たか)くなってしまって(うらや)ましい」


 あの(とき)(わたし)(ほう)(たか)かったのになんか(くや)しい。


 「ボクはまだまだだよ。ただ中性的(ちゅうせいてき)であまり(おとこ)っぽくないところも(おお)い」


 (たし)かに(いま)鮎夢(あゆむ)ちゃんはまだ(むかし)面影(おもかげ)(のこ)っている。ひょっとして女装(じょそう)してみたらイケるかも。


 「奈緒(なお)こそ、どう()ても普通(ふつう)女子高生(じょしこうせい)だね。こう()えて元男(もとおとこ)だと()っても(だれ)(しん)じないだろうね」

 「そうかな? えへへ……」


 そんなの当然(とうぜん)だよ。だって(わたし)最初(さいしょ)から(おんな)()だから。ただずっと鮎夢(あゆむ)ちゃんを(あざむ)いていた(うそ)()きだ。でも会話(かいわ)していくうちにここまで(なが)されて今更(いまさら)本当(ほんとう)のことを()いたくてもやっぱりきつい。このままそう(おも)わせておくしかないようだ。


 折角(せっかく)こうやって幼馴染(おさななじみ)再会(さいかい)できたのに、なんでこうなるの!?




ཐ ཐ ཐ ཐ




 あの(ころ)9歳(きゅうさい)だった(わたし)は、両親(りょうしん)都合(つごう)毎週(まいしゅう)土日(どにち)(かあ)さんの(いもうと)である叔母(おば)さんの(いえ)(とま)るということになっていた。


 あの(とき)(わたし)(かみ)(みじか)くて、性格(せいかく)余程(よほど)腕白(わんぱく)で、ちょっと(おとこ)餓鬼(ガキ)のような()()だった。


 こんな(わたし)()てなにか(ひらめ)いてしまった叔母(おば)さんは、ある奇妙(きみょう)趣味(しゅみ)目覚(めざ)めてしまったような……。(わたし)(おとこ)()(ふく)()せてみた。


 (わたし)だって最初(さいしょ)抵抗感(ていこうかん)()っていたけど、なんか案外(あんがい)(わる)くないと(おも)うようになってきて……、叔母(おば)さんも随分(ずいぶん)そんな(わたし)()()ってくれたようだし。『(ちょう)イケてるよ。うふふ』とか、『やっぱりショタっ()最高(さいこう)』とか、『うちの息子(むすこ)になってくれ』とか、随分(ずいぶん)()められた。時々(ときどき)叔母(おば)さんの視線(しせん)はちょっぴり(あや)しい(ひと)っぽくて、(わたし)若干(じゃっかん)背筋(せすじ)(さむ)くなってきたけどね。


 それに叔母(おば)さんっちの近所(きんじょ)散歩(さんぽ)する(とき)にやっぱり(おとこ)()格好(かっこう)(ほう)(うご)きやすいし、1人(ひとり)(ある)(とき)(おんな)()よりも(おとこ)()(ほう)安全(あんぜん)っていう理由(りゆう)でもあった。こうやって(わたし)叔母(おば)さんの影響(えいきょう)でつい(おとこ)()のフリを(はじ)めた。


 こういう(なが)れで、叔母(おば)さんっちに()(とき)だけ(わたし)は『(おとこ)()』だった。無論(むろん)TS病(ティー・エス びょう)でも性転換(せいてんかん)とかでもなく、(たん)なる『男装(だんそう)』だけ。(わたし)自身(じしん)(べつ)自分(じぶん)本当(ほんとう)(おとこ)()だと(おも)っていなかったよ。男装(だんそう)しても中身(なかみ)正真正銘(しゅうしんしょうめい)普通(ふつう)(おんな)()だ。


 でも(まわ)りの(ひと)本当(ほんとう)(わたし)(おとこ)()だと(おも)っていたようだ。勿論(もちろん)、あの()……鮎夢(あゆむ)ちゃんもね。


 彼女(かのじょ)は……あ、あの(とき)本当(ほんとう)(おんな)()だったから『彼女(かのじょ)』って()んでも()(ちが)いではないよね? とはいっても若干(じゃっかん)(へん)(かん)じだからやっぱり三人称(さんにんしょう)使(つか)わずに(つね)名前(なまえ)()ぼう。鮎夢(あゆむ)ちゃんは叔母(おば)さんっちの近所(きんじょ)(いえ)()だった。


 あの()散歩(さんぽ)途中(とちゅう)鮎夢(あゆむ)ちゃんが(おとこ)()(いじ)められているところを()かけて、(わたし)鮎夢(あゆむ)ちゃんを(たす)けた。


 「(おんな)()(いじ)める(おとこ)なんて最低(さいてい)だ!」

 「いいえ、元々(もともと)ワタシの所為(せい)です。ぶつかってアイスクリームが(かれ)(ふく)(よご)したから」

 「だからって、(ちい)さい(おんな)()相手(あいて)に……」


 まあ、(わたし)だったら(おとこ)()相手(あいて)にでも()ける()はしないけどね。


 「(たす)けてくれてありがとう。(やさ)しいお(にい)さん」

 「お、お(にい)さんって……」


 そんな()(かた)、やっぱりこの()(わたし)(おとこ)()だと(おも)っていたね。(わたし)(ほう)(すこ)()(たか)かったから、年上(としうえ)のお(にい)さんに()えたようだ。実際(じっさい)(とし)1年(いちねん)(ぐらい)(ちが)うし。あの(とき)鮎夢(あゆむ)ちゃんは(ちい)さくて可愛(かわい)(おんな)()だった。(いま)鮎夢(あゆむ)ちゃんと(おな)人物(じんぶつ)だと(おも)えない(くらい)


 「(わたし)……じゃなく、オレは洲崎(すざき)奈緒(なお)だ」


 あの(とき)折角(せっかく)(おとこ)()になっていたから、ちょっと『オレ』を()ってみたかったね。なんかかっこいいから。


 「ワタシは日原(ひはら)鮎夢(あゆむ)

 「鮎夢(あゆむ)ちゃんだね。オレのことは『奈緒(なお)』って()んでいいよ」


 あの(とき)(わたし)はちょっとかっこいいお(にい)さんを(えん)じてみたくなってきたから、ついその設定(せってい)のまま。でも『お(にい)さん』と()ばれるのはやっぱり(くすぐ)ったいから、結局(けっきょく)(たが)名前(なまえ)()んで、友達(ともだち)のように(せっ)していた。


 本当(ほんとう)同性(どうせい)だけど、あの(とき)鮎夢(あゆむ)ちゃんから()れば(わたし)異性(いせい)友達(ともだち)だったね。でも子供(こども)だから異性(いせい)でもあまり問題(もんだい)ないだろう。


 あれから鮎夢(あゆむ)ちゃんと一緒(いっしょ)(あそ)んでいた日々(ひび)1年(いちねん)(くらい)(つづ)いた。余程(よほど)(なか)よくなってきたけど、(わたし)全然(ぜんぜん)自分(じぶん)正体(しょうたい)()()けたことはない。ずっと秘密(ひみつ)にして(わる)いとは(おも)っていたよ。(かく)したいわけじゃないけど、なかなか()えなかったから。一緒(いっしょ)()ごす時間(じかん)(なが)くて(うそ)(かさ)なっていくと、どんどん()いにくくなってきた。だからそのままいつまでも(おとこ)()として(せっ)していた。(わか)れの(とき)まで。


 「奈緒(なお)ともう()えないの?」

 「うん、オレはこっちに()必要(ひつよう)がなくなったから」


 両親(りょうしん)仕事(しごと)()わって、(わたし)はもう叔母(おば)さんっちに()かなくてもいいようになった。もう鮎夢(あゆむ)ちゃんと()えないと(おも)ったら(さみ)しく(かん)じてしまうけど、その一方(いっぽう)もうこれ以上(いじょう)自分(じぶん)のことを(いつわ)っていきたくないから、これで(わか)れた(ほう)がよかったかも。


 「そんな……。ワタシは(いや)だよ。奈緒(なお)のことが()きだ。ずっと一緒(いっしょ)()たい」

 「オレも鮎夢(あゆむ)ちゃんのことが()きだよ」


 何回(なんかい)も『()き』って()っていたけど、子供(こども)だから(べつ)恋愛的(れんあいてき)意味(いみ)じゃなかったよ。ただ普通(ふつう)友達(ともだち)だけ。鮎夢(あゆむ)ちゃんもそう(おも)っていただろうね。多分(たぶん)……。


 「ね、奈緒(なお)、ちょっと()()じて」

 「え? いきなりなに?」

 「ちょっとやってみたいことがあるの」

 「わかった」


 なにをするつもり? ちょっぴり不安(ふあん)だったけど、鮎夢(あゆむ)ちゃんの(のぞ)んだ(とお)(わたし)()(つむ)った。


 『ちゅっ!』

 「えっ? 鮎夢(あゆむ)ちゃん、なにを!?」


 (わたし)のほっぺたに鮎夢(あゆむ)ちゃんの(くちびる)が……。


 「お(わか)れのちゅうだよ」

 「そ、そうか……」


 あれは予想外(よそうがい)行動(こうどう)だった。(わたし)はあの(とき)(はじ)めて(おんな)()と……。でもただの(ほほ)だったし。(くち)(くち)じゃないからそんなに()にしなくてもいいよね?


 「これで奈緒(なお)一生(いっしょう)ワタシのことを(わす)れることはないでしょう」

 「そうだね……」


 ちょっと大袈裟(おおげさ)だな。でも(たし)かにそこまでしなくても(わす)れたりしないよ。実際(じっさい)(いま)高校生(こうこうせい)になってもまだ(わす)れていない。1年間(いちねんかん)もずっと一緒(いっしょ)()ごしていた大切(たいせつ)幼馴染(おさななじみ)だからね。


 「ワタシも奈緒(なお)のこと(わす)れないよ。いつかまた()おうね」

 「うん」


 そうとはいっても、連絡先(れんらくさき)(のこ)していないから実際(じっさい)にまた()えるかどうかわからなかった。こうやって(わたし)鮎夢(あゆむ)ちゃんはそのまま(わか)れて、あれからずっと()うことはなかった。


 時々(ときどき)(わたし)叔母(おば)さんっちに()っていったこともあるけど、もう男装(だんそう)()めて、普通(ふつう)(おんな)()(もど)ったから、たとえ()っても鮎夢(あゆむ)ちゃんはこれが(わたし)だとわからなくてただ()らないお(ねえ)さんだと(おも)ってしまうよね。


 (わたし)(おんな)()格好(かっこう)鮎夢(あゆむ)ちゃんと()勇気(ゆうき)はなかった。かっこいいお(にい)さんの威厳(いげん)(たも)ちたいから。なんか()まずいし。(うし)ろめたい気持(きも)ちもある。


 それにあれからなかなか()()びていなかった。喧嘩(けんか)とかも(よわ)くなって、結局(けっきょく)(わたし)はどんどんただのか(よわ)(おんな)()()わっていく。子供(こども)(ころ)のような男勝(おとこまさ)りの(わたし)とはかけ(はな)れて、もう(ほとん)別人(べつじん)になった。


 そして時間(じかん)(さら)6年(ろくねん)()って、(わたし)高校2年生(こうこうにねんせい)になって、鮎夢(あゆむ)ちゃんは高校1年生(こうこういちねんせい)で、(わたし)(おな)学校(がっこう)入学(にゅうがく)してきた。こうやって再会(さいかい)できた。


 鮎夢(あゆむ)ちゃんはTS病(ティー・エス びょう)(かか)って(おとこ)()になってしまったのは本当(ほんとう)予想外(よそうがい)なことで(すご)くびっくりしたけど、そのお(かげ)鮎夢(あゆむ)ちゃんは『(わたし)TS病(ティー・エス びょう)』だと誤解(ごかい)して、すぐ(いま)(わたし)姿(すがた)()()れてくれた。(わたし)(いま)鮎夢(あゆむ)ちゃんがいいと(おも)っている。かっこいい(おとこ)になったよね。(いま)鮎夢(あゆむ)ちゃんの(ほう)(わたし)よりお(にい)さんっぽい。ちょっと(くや)しいけど、まるで立場(たちば)真逆(まぎゃく)になってしまったみたい。


 だからこれからも友達(ともだち)でいられたらいいね。(わたし)本当(ほんとう)にそう(おも)っている。


 今朝(けさ)再会(さいかい)(あと)、それぞれ自分(じぶん)教室(きょうしつ)()かう(まえ)に、私達(わたしたち)一応(いちおう)スマホでラインのID(アイ・ディー)交換(こうかん)をしておいた。学年(がくねん)(ちが)うとはいえ、(おな)学校(がっこう)だからこれからよく()うことになるだろうね。まだ(かく)(ごと)()っている(わたし)としてはなんかちょっと不安(ふあん)だけど、本当(ほんとう)鮎夢(あゆむ)ちゃんと一緒(いっしょ)にいられることは(うれ)しい。


 最後(さいご)授業(じゅぎょう)途中(とちゅう)鮎夢(あゆむ)ちゃんからのラインのメッセージが(おく)られてきた。


 『大事(だいじ)なお(はなし)があるから放課後(ほうかご)ちょっと()いたい』って()いてある。一体(いったい)どういう(はなし)だろうね?


 でもまあ、(わたし)(べつ)(とく)用事(ようじ)とかあるわけじゃないからいいんだけど。こうやって幼馴染(おさななじみ)一緒(いっしょ)(むかし)(はなし)をしてもう一度(いちど)親睦(しんぼく)(ふか)めて(なか)よくなっていこう。




ཐ ཐ ཐ ཐ




 「ずっと()きでした。ボクと()()ってください!」

 「……」


 約束(やくそく)(どお)放課後(ほうかご)(わたし)鮎夢(あゆむ)ちゃんに()いに()たら、なんでこうなるの!? こんな展開(てんかい)はあまりにも的外(まとはず)れだ。


 いや、(じつ)()うと当初(とうしょ)(わたし)もこんな少女漫画(しょうじょまんが)っぽい展開(てんかい)とか期待(きたい)していたけどね。でも相手(あいて)鮎夢(あゆむ)ちゃんだと(おも)()ってしまったら、そんな思惑(おもわく)はすぱっと()()った。


 (わたし)(いま)鮎夢(あゆむ)ちゃんのその台詞(せりふ)必死(ひっし)()(くだ)こうとしている。


 これは本物(ほんもの)告白(こくはく)? ()()(ちが)いとかじゃなく、本当(ほんとう)告白(こくはく)だよね? (わたし)なんかに? こんなイケメンから? いや、でもこの(ひと)(もと)(おんな)()だよね? そう(かんが)えると……。


 本来(ほんらい)なら(わたし)みたいななんの特徴(とくちょう)もない凡庸(ぼんよう)(おんな)()がこんな美少年(びしょうねん)告白(こくはく)されたら有頂天(うちょうてん)になって快諾(かいだく)してしまう(はず)だけど、この(ひと)鮎夢(あゆむ)ちゃんだとわかったからやっぱりなにか(ちが)う。


 「これはなにかの冗談(じょうだん)だよね?」


 そうだよね。ただの悪巫山戯(わるふざけ)にしか()こえないよ。どうせ(わたし)(おどろ)かせて(たの)しむつもりだろう。こうやって(ひと)をドッキリさせようとするなんて、鮎夢(あゆむ)ちゃんって意外(いがい)意地悪(いじわる)()だね。キミをこんな()(そだ)てた(おぼ)えはないぞ。


 「ボクは本気(ほんき)だよ。子供(こども)(ころ)出会(であ)って(あそ)んでいた(とき)からずっと()き」

 「この茶番(ちゃばん)まだ(つづ)くの!?」


 最早(もはや)ただの冗談(じょうだん)だと(おも)えないレベルのようだけど、(わたし)はまだ悪足掻(わるあが)きしようとしている。


 「本当(ほんとう)本当(ほんとう)だ。出会(であ)ったあの瞬間(しゅんかん)からボクの(こころ)(つか)まれて、ずっと奈緒(なお)しか()ない。奈緒(なお)だけのものになりたい」


 なによ、この口説(くど)くような台詞(せりふ)!? 少女漫画(しょうじょまんが)か? ()んだ(とき)はなんかいい(かん)じって(おも)ったけど、こうやって自分(じぶん)()かうとなると、(ちょう)()れくさい。()めてもらいたい。


 「え? いや、いきなりそう()われてもね。(わたし)(いま)(おんな)()だよ?」


 ちょっと()()いてよく考察(こうさつ)してみよう。大体(だいたい)鮎夢(あゆむ)ちゃんの『()き』ってどんな()き? (おとこ)として(おんな)()()きなの? だけど鮎夢(あゆむ)ちゃんは元々(もともと)(おんな)()だった。そして(いま)まで鮎夢(あゆむ)ちゃんは(わたし)のことを(おとこ)()だと(おも)()んでいた。つまりその(ぎゃく)かも? まだ理解(りかい)(くる)しむ。


 「承知(しょうち)してる。(おんな)()だからこそ、告白(こくはく)すると()めたんだ」

 「なんで!? 結局(けっきょく)のところ鮎夢(あゆむ)ちゃんは(おんな)()()きなの? (おとこ)()()きじゃないの?」


 (むかし)(わたし)のことが()きだとしたら、つまり(おとこ)()()きってこと? でも(いま)(わたし)()きって()うのは、つまり(おんな)()()き? なんか複雑(ふくざつ)だ。


 「正直(しょうじき)(むずか)しい質問(しつもん)だ。ボクもまだ(こた)えづらいかも」

 「なんだと!?」


 巫山戯(ふざけ)るな! 自分(じぶん)もまだはっきりじゃないのに、(わたし)告白(こくはく)しちゃうなんて! やっぱり馬鹿(バカ)にしている!?


 「よくわからないけど、はっきり()えることはあるよ。(むかし)のかっこいい奈緒(なお)も、(いま)可愛(かわい)奈緒(なお)も、全部(ぜんぶ)()きだ」

 「そんなわけあるか!」


 (わたし)鮎夢(あゆむ)ちゃんも、(むかし)とは全然(ぜんぜん)(ちが)うのに。いや、実際(じっさい)(わたし)(ほう)()わっていないけどね。


 「(しん)じてくれないの?」

 「それは……よくわからない。でも、なんで(わたし)なの?」


 (うそ)のようには()えないけど、あまり辻褄(つじつま)()わないから。


 「そうだね。ほら、『(こい)理由(りゆう)なんてない』と()われて……」

 「じゃ、ごめん。お(ことわ)りよ!」


 こんな自己中(じこちゅう)(もの)()いはドラマとかでよく(みみ)(はい)るけど、なんか無責任(むせきにん)発言(はつげん)だと(わたし)(おも)う。だって実際(じっさい)人間(にんげん)はみんななにかの理由(りゆう)()っている(はず)だ。理由(りゆう)明瞭(めいりょう)説明(せつめい)する技量(ぎりょう)がないからって、『理由(りゆう)がない』っていう()(かた)(かた)()ける(ひと)はなんか身勝手(みがって)だ。


 「()って! 理由(りゆう)ならちゃんとあるよ」

 「じゃ、わかりやすくきっちり説明(せつめい)してみて」


 ほら、理由(りゆう)はちゃんとあるじゃないか。仕方(しかた)ないから、(すこ)(くらい)鮎夢(あゆむ)ちゃんの()(ぶん)()いてあげなくてもない。


 「()っておくけど、『キミの(すべ)てが()き』とか、『上手(うま)言葉(ことば)にできない(ほど)(だい)()き』とか、そんなくさい台詞(せりふ)()しだよ」


 (いま)鮎夢(あゆむ)ちゃんならなんかこんな台詞(せりふ)()()せそうだから忠告(ちゅうこく)しておいた。これも無責任(むせきにん)()(かた)だから。リアルでこんな言葉(ことば)納得(なっとく)いける(ひと)本当(ほんとう)()るのか?


 「そ、そんなこと()わないよ。あはは」


 鮎夢(あゆむ)ちゃんは苦笑(にがわら)いしている。まさか(いま)本当(ほんとう)()おうと(おも)っていたの? ああいうキャラになったの? そんなことないよね?

 

 「わかった。ちゃんとボクのありのままの気持(きも)ちを奈緒(なお)(つた)えるね。(うそ)(いつわ)りのないこの(こころ)から……」


 (まえ)()きなんて()らないからさっさと()えよ!


 「(たし)かに(むかし)ワタシ(・・・)(おんな)()として(おとこ)()奈緒(なお)のことが()き。つまり自分(じぶん)(おとこ)()()きだった。()(ちが)いないと(おも)う。あの(とき)はね」

 「そうか」


 やっぱり元々(もともと)ただ普通(ふつう)(おんな)()だから、恋愛対照(れんあいたいしょう)(おとこ)()まっている。(わたし)(おとこ)()だと(おも)って()きになったってことね。


 「でも、(いま)ボクの(ほう)(おとこ)になって、奈緒(なお)(ぎゃく)(おんな)になった。ならそれでいいんじゃないか。ただあべこべになっただけ。『異性(いせい)』であるという事実(じじつ)()わっていないよ」

 「そ、そんな理屈(りくつ)……」


 (ふか)(かんが)えなければ、これで納得(なっとく)できるかもしれない。でもね、根本的(こんぽんてき)(ひと)()(ちが)っている。それは『元々(もともと)異性(いせい)ではなく、同性(どうせい)だった』。実際(じっさい)性別(せいべつ)()わったのは鮎夢(あゆむ)ちゃんだけだから。


 虚偽(きょぎ)(もと)づいて物事(ものごと)(かんが)えた挙句(あげく)最後(さいご)(みちび)()されるのはこういう(いびつ)結論(けつろん)か。


 「奈緒(なお)(おんな)()になったのだから、(むし)ろもしボクがまだ(おんな)のままだったらこれは百合(ゆり)になっちゃうよね」

 「(たし)かに……」


 そうだったね。2人(ふたり)とも(おんな)()だから、本来(ほんらい)ならこれは百合(ゆり)オチだよね?


 (べつ)百合(ゆり)(いや)ってわけじゃないけど、やっぱり(わたし)普通(ふつう)乙女(おとめ)みたいに(おとこ)(こい)をしたい。


 「だからボクが(おとこ)()になれて本当(ほんとう)によかったと(おも)っている。結果(けっか)オーライだよ」

 「それは……。ならもし(ぎゃく)鮎夢(あゆむ)ちゃんだけ()わって、(わたし)がまだ(おとこ)のままだったら?」


 勿論(もちろん)、この()(かた)はちょっと語弊(ごへい)があるね。(わたし)最初(さいしょ)から(おんな)()だから。でも鮎夢(あゆむ)ちゃんの(なか)(むかし)(わたし)(おとこ)()だった。


 「その場合(ばあい)も、やっぱり(あきら)めるしかないかもね。最初(さいしょ)はボクが(おとこ)になってもう奈緒(なお)のお(よめ)にいけないかと(おも)って()()んでたよ」

 「(よめ)って……」


 そこまで(かんが)()んでいたのか? (わたし)無意識(むいしき)のうちに百合(ゆり)(はな)(たね)()いて(そだ)ててきてしまったね。罪悪感(ざいあくかん)のレベルは殊更(ことさら)上昇(じょうしょう)してきた。


 「だから奈緒(なお)(おんな)()になったと()った(とき)、ボクは本当(ほんとう)(よろこ)んだよ。(いま)のボクはもう奈緒(なお)のお(よめ)にはいけないけど、その()わりにボクは奈緒(なお)をお(よめ)(もら)う。ボクは婿(むこ)でいい」

 「……」


 鮎夢(あゆむ)ちゃん、途轍(とてつ)もないことを(かんが)えているね。怖気(おじけ)がついたぞ。


 「こうやって2人(ふたり)とも()わって、よかったね」

 「いや、そんなこと……」


 鮎夢(あゆむ)ちゃんは全然(ぜんぜん)わかっていない。(たし)かにもしそうだとしたら納得(なっとく)いけるかもしれない。でも現実(げんじつ)(ちが)う。(わたし)(べつ)TS病(ティー・エス びょう)なんか(かか)っていない。


 だけど今更(いまさら)本当(ほんとう)のことなんて()えるの? 『(じつ)(わたし)はずっと鮎夢(あゆむ)ちゃんに(うそ)()いていた』って。やっぱりできるわけがない。(わたし)にはそんな根性(こんじょう)はないよ。


 「これはきっと運命(うんめい)だよ。奇跡(きせき)だ。千載一遇(せんざいいちぐう)出会(であ)いともいえるね。まるで2人(ふたり)(とも)(ある)(ため)()まれてきたように。このまま(はな)れることはないだろう」

 「……」


 この(ひと)、きっと一杯(いっぱい)少女漫画(しょうじょまんが)()んでいたね。子供(こども)(ころ)鮎夢(あゆむ)ちゃんならこんな台詞(せりふ)なんて絶対(ぜったい)()わない(はず)だけど、(おとこ)になったら完全(かんぜん)にキャラ()わっているみたい。(おも)()みも(はげ)しいし。


 運命(うんめい)奇跡(きせき)なんかでもないよ。そんな偶然(ぐうぜん)はあるわけがないよ。


 「じ、時間(じかん)をくれ」


 (わたし)(あたま)最早(もはや)限界(げんかい)だ。これ以上(いじょう)まともにやり()りできるという自信(じしん)はあまりない。


 「あ、そうか。やはり、いきなりすぎて(こま)るよね」

 「う、うん」


 理解(りかい)してくれたようだ。よかった。


 「了解(りょうかい)。なら(いま)すぐ(こた)えなくてもいい。ボクだって、(じつ)はこうやって奈緒(なお)告白(こくはく)するという結論(けつろん)辿(たど)()くまで、今日(きょう)ずっと授業中(じゅぎょうちゅう)(かんが)えて(なや)んでいたよ。だから奈緒(なお)返事(へんじ)もやっぱり時間(じかん)必要(ひつよう)だよね」


 そこまで(わたし)のことで(なや)んで(かんが)えていたの? 学校(がっこう)初日(しょにち)なのに、勉強(べんきょう)大丈夫(だいじょうぶ)なの?


 「そ、それは……。まあ、そうだね」


 (いま)すぐ(ことわ)っても鮎夢(あゆむ)ちゃんを(きず)つけるだけだ。やはり(いま)(わたし)には脳内(のうない)整理(せいり)をする(ため)時間(じかん)()しい。


 「じゃ、告白(こくはく)回答(かいとう)保留(ほりゅう)ってことでいい?」

 「いいよ。いきなり()かしすぎてごめんね」

 「いや、(わたし)(ほう)こそ。()たせることになってごめんね」


 鮎夢(あゆむ)ちゃんの気持(きも)ちは()()めた。でもまだ納得(なっとく)できなくておどおどと戸惑(とまど)っている(わたし)(ほう)(わる)い。


 こんなことになったのは全部(ぜんぶ)(わたし)責任(せきにん)だ。だから(いま)から(わたし)はこの問題(もんだい)について真剣(しんけん)検討(けんとう)しないとね。真心(まごころ)()めて。




ཐ ཐ ཐ ཐ




 その(あと)(わたし)はこっそりと鮎夢(あゆむ)ちゃんのことをもっと調(しら)べてみた。勝手(かって)調(しら)べて(わる)いけど、やはり()になって……。直接(ちょくせつ)本人(ほんにん)()いてみるという()もあるかもしれないけど、自分(じぶん)()いづらいこともある(はず)だよね。


 丁度(ちょうど)鮎夢(あゆむ)ちゃんと(おな)中学校(ちゅうがっこう)(かよ)っていた()()いが()て、(わたし)はあの(ひと)から色々(いろいろ)()くことができた。


 どうやら鮎夢(あゆむ)ちゃんのTS病(ティー・エス びょう)発症(はっしょう)したのは中学(ちゅうがく)3年生(さんねんせい)になったばかりの(とき)だそうだ。まだ1年(いちねん)()っていない。


 元々(もともと)(おんな)()なのに、いきなり(おとこ)()になって相当(そうとう)大変(たいへん)になったらしい。生活(せいかつ)一変(いっぺん)しただけでもとても苦労(くろう)して、(あまつさ)(まわ)りの(ひと)から(へん)()()られて、(いじ)めや差別(さべつ)までされた。


 女友達(おんなともだち)はいきなり(おとこ)()になった鮎夢(あゆむ)ちゃんを()()られず、どんどん距離(きょり)()っていく。男友達(おとこともだち)(もと)から美少女(びしょうじょ)だった鮎夢(あゆむ)ちゃんを口説(くど)こうとしていた(ひと)(おお)かったようで、彼奴等(あいつら)今更(いまさら)(おとこ)になった鮎夢(あゆむ)ちゃんを()()まずく(かん)じて()えて(かか)わらないようにしていた。


 結局(けっきょく)中3(ちゅうさん)ずっと(ひど)待遇(たいぐう)()けて(ひと)りぼっちになった。やっと過去(かこ)自分(じぶん)()ててこれから普通(ふつう)(おとこ)()として()きていくという覚悟(かくご)ができたけど、その(ため)には()()いのない(はず)場所(ばしょ)進学(しんがく)するのは一番(いちばん)。だから高校(こうこう)はわざわざ(とお)学校(がっこう)(えら)んで()()ししてきたそうだ。まあ、そのお(かげ)(わたし)再会(さいかい)できたけどね。


 (いま)のクラスメートも鮎夢(あゆむ)ちゃんが(もと)(おんな)()だということ()っていないようだ。本当(ほんとう)内緒(ないしょ)にしている。()らない(ひと)から()れば、鮎夢(あゆむ)ちゃんはただ普通(ふつう)男子(だんし)高校生(こうこうせい)だろう。しかもイケメンで、(すご)くいい(ひと)だ。(だれ)かに(うば)われてしまう心配(しんぱい)もある(くらい)


 だからこの学校(がっこう)人達(ひとたち)自分(じぶん)過去(かこ)暴露(ばくろ)されることは、きっと鮎夢(あゆむ)ちゃんにとって(のぞ)ましくない不利(ふり)状況(じょうきょう)(もたら)すことだろう。それなのに鮎夢(あゆむ)ちゃんは躊躇(ちゅうちょ)なくあっさりと(わたし)正体(しょうたい)をバラした。


 もしかして(わたし)自分(じぶん)(おな)じようにTS病(ティー・エス びょう)患者(かんじゃ)だと勘違(かんちが)いしたからだろう。同類(どうるい)だと(おも)っているだろうね。それなのに(わたし)はその信頼(しんらい)裏切(うらぎ)ってしまった。実際(じっさい)(わたし)はただ鮎夢(あゆむ)ちゃんをずっと(だま)していただけだった。


 そう(かんが)えると、(うそ)()きの(わたし)(ごと)き、鮎夢(あゆむ)ちゃんの人生(じんせい)(かか)わる資格(しかく)なんてないよ。だからやはり(わたし)(こた)えは……。




ཐ ཐ ཐ ཐ




 「ごめんね。やっぱり(わたし)鮎夢(あゆむ)ちゃんとは()()えない」


 一週間(いっしゅうかん)()って、ようやく(わたし)鮎夢(あゆむ)ちゃんと(めん)()かって(こた)えを()した。場所(ばしょ)私達(わたしたち)再会(さいかい)したあの(さくら)坂道(さかみち)


 「そ、そうか……」


 (わたし)(こた)えを()いたら、鮎夢(あゆむ)ちゃんは結構(けっこう)衝撃(しょうげき)()けたようだ。ごめんね。本当(ほんとう)(わたし)(わる)いと(おも)っている。


 「本当(ほんとう)にごめんね」

 「やっぱりそう簡単(かんたん)にはいかないよね。ボクなんか」

 「ううん、(ちが)うの。勘違(かんちが)いしないでね。鮎夢(あゆむ)ちゃんが(わる)いってわけじゃない。(むし)(わたし)みたいな(わる)人間(にんげん)(ほう)こそ鮎夢(あゆむ)ちゃんに相応(ふさわ)しくないから」


 (わたし)(うそ)()きだから、こんな悪女(あくじょ)のことなんてもう(わす)れてくれ。


 「なんでそう(おも)うの? 奈緒(なお)(すご)(やさ)しい(ひと)だよ。とても可愛(かわい)くて魅力的(みりょくてき)だ。ボクなんかに勿体(もったい)ない(くらい)。ボクはそんな奈緒(なお)()きだ。(むかし)(いま)も」

 「(ちが)うの。(わたし)全然(ぜんぜん)いい(ひと)じゃないよ。(わたし)はただずっと鮎夢(あゆむ)ちゃんを裏切(うらぎ)っていたよ」


 だからこんな(ふう)()(たた)えすぎて(かえ)って(こころ)(いた)むよ。


 「え? なんのこと?」

 「ごめん。でも今更(いまさら)(おし)えるわけがない。もし()られてしまったらきっと鮎夢(あゆむ)ちゃんは(わたし)のことを軽蔑(けいべつ)しちゃうよ。(きら)いになる(はず)だ」

 「それはあり()ないよ。ボクに奈緒(なお)必要(ひつよう)なんだ。()きな(ひと)のことだから、なんでも()()れられるよ。(だれ)かにどう()われようと、この()(たぎ)って()()がす(こころ)(おし)(つぶ)されても」

 「なにそれ? またあんな仰々(ぎょうぎょう)しい台詞(せりふ)……。やっぱり少女漫画(しょうじょまんが)()みすぎじゃない?」


 それに『()(たぎ)る』とか、『()()がす』、なんか使(つか)いどころは微妙(びみょう)だ。適当(てきとう)にどこかのかっこよさそう台詞(せりふ)真似(まね)のようにしか()えない。少女漫画(しょうじょまんが)だけじゃなく、中二病(ちゅうにびょう)も?


 鮎夢(あゆむ)ちゃんは中学(ちゅうがく)(とき)までずっと(おんな)()だったから、少女漫画(しょうじょまんが)沢山(たくさん)()んでいただろう。最初(さいしょ)()きな(ひと)からこんな台詞(せりふ)()きたいとか(おも)っていた(はず)だが、自分(じぶん)(おとこ)になったら(ぎゃく)()きな(ひと)()ってみたいってこと?


 つまり(いま)になって自分(じぶん)少女漫画(しょうじょまんが)のヒーローにでもなるつもり? なら主人公(しゅじんこう)(わたし)なの? (たし)かに(わたし)少女漫画(しょうじょまんが)みたいな展開(てんかい)(のぞ)んでいたけど……。


 「お(ねが)いだから、理由(りゆう)(おし)えてくれ。じゃないとボクは納得(なっとく)できないよ」

 「なんかしつこいね!」


 (ひと)(おし)えたくないと()ってるのに、執拗(しつよう)詮索(せんさく)しようとするなんて……。


 「あ、ごめん。でも……」

 「いや、なんで鮎夢(あゆむ)ちゃんが(あやま)るの? 鮎夢(あゆむ)ちゃんは全然(ぜんぜん)(わる)くないのに」


 (わる)いのは全部(ぜんぶ)(わたし)(ほう)だから、こんな(ふう)(あやま)られると(むし)()(どく)だ。


 どうやら(いま)ちゃんと理由(りゆう)(おし)えない(かぎ)りこのまま鮎夢(あゆむ)ちゃんは簡単(かんたん)(あきら)めないようだな。あまり()いたくないけど、こうなったらどうやら仕方(しかた)ない。どうせいつまでも(かく)(とお)せる事実(じじつ)ではない(はず)だ。


 「わかったよ。()りたいなら(おし)えてやるよ」


 (わたし)深呼吸(しんこきゅう)して、覚悟(かくご)()めた。


 「(じつ)(わたし)TS病(ティー・エス びょう)になんか(かか)っていないの! (もと)から(おんな)()だよ。つまりあの(ころ)はただ男装(だんそう)して、ずっと鮎夢(あゆむ)ちゃんを(たぶら)かしていただけ」

 「そ、そんなこと……本当(ほんとう)に?」


 鮎夢(あゆむ)ちゃんは随分(ずいぶん)唖然(あぜん)として(しん)じたくないような(かお)をしているね。


 「もしまだ(しん)じないのなら、勝手(かって)(わたし)()()ちを検索(けんさく)すればいいよ。簡単(かんたん)だと(おも)う」


 (わたし)友達(ともだち)から()いたり、(わたし)(むかし)(かよ)っていた学校(がっこう)のウェブサイトで調(しら)べたり、(いろ)んな手段(しゅだん)があるよね。(いま)時代(じだい)はこんなことすぐ調(しら)べられる(はず)だから。


 「奈緒(なお)の『(わる)いこと』って、それだけなの?」

 「そうだよ。これ以上(いじょう)(つみ)(かさ)ねたら(わたし)……」

 「……よかった」

 「は?」


 なにを()っているの? (いま)のはなにがよかった? わけわからないよ。


 「やっと本当(ほんとう)のことを(おし)えてくれたね」

 「え?」


 (いま)鮎夢(あゆむ)ちゃんの(かお)案外(あんがい)(うれ)しそうに()える。(くや)しいような(かお)全然(ぜんぜん)していない。なぜ? もしかして……


 「まさか、鮎夢(あゆむ)ちゃんとっくに()っていたの!?」

 「うん、ごめんね。さっき奈緒(なお)()った(とお)り、捜索(そうさく)(わり)安易(あんい)だ」

 「ええぇぇぇー!!?」


 もう鮎夢(あゆむ)ちゃんに調(しら)べられたの? 最初(さいしょ)から(わたし)(かく)(ごと)はバレているの?


 「なんで勝手(かって)に!?」


 まあ、さっき(わたし)は『勝手(かって)検索(けんさく)すればいい』と()ったばかりだし。しかも(わたし)()になって鮎夢(あゆむ)ちゃんの過去(かこ)調(しら)べていた。そんな(わたし)今更(いまさら)文句(もんく)()資格(しかく)はないよね。


 「いや、だって()になっていたから。TS病(ティー・エス びょう)(かか)ってボクと(おな)じように大変(たいへん)生活(せいかつ)(おく)ってきたか、って心配(しんぱい)してたよ。でも実際(じっさい)全然(ぜんぜん)(ちが)うと明白(めいはく)になって、なんか安心(あんしん)したよ」



 「もうわかっているのなら、なんでまだ(わたし)(かま)うの? (うそ)()きの(わたし)なんか……」

 「そんなこと、どうでもいいよ」

 「え?」

 「もしこんな理由(りゆう)奈緒(なお)自分(じぶん)軽蔑(けいべつ)するのならボクは絶対(ぜったい)(みと)めないよ」

 「なにそれ? 鮎夢(あゆむ)ちゃんは、(だま)されて満悦(まんえつ)するようなヤバい(やつ)なの?」

 「なんでそうなる? 全然(ぜんぜん)(ちが)うよ! 最初(さいしょ)()った(とき)ボクも結構(けっこう)ショックを()けたよ。全然(ぜんぜん)()らなかったから。まさか自分(じぶん)()きな相手(あいて)(じつ)(おんな)()だったなんて」

 「だろうね」


 そんな事実(じじつ)()って、鮎夢(あゆむ)ちゃんがもう(わたし)()いたくない(くらい)がっかりしてもおかしくないよね。


 「でもね。これはあんなに(わる)いことなのか?」

 「それは……。(すく)なくとも(わたし)(わたし)自身(じしん)(ゆる)さない(はず)


 あの(ころ)(あそ)気分(きぶん)(おとこ)()のフリをして(たの)しんでいたけど、(いま)()(かえ)してみればあんな幼稚(ようち)(わる)()りの所為(せい)鮎夢(あゆむ)ちゃんを勘違(かんちが)いさせて、(こころ)(もてあそ)ぶことになってしまったね。こんなことになるとは全然(ぜんぜん)(おも)わなかった。


 「(べつ)に、(かんが)えてみれば奈緒(なお)自分(じぶん)(おとこ)()だと一度(いちど)()ったことないよね。ボクが勝手(かって)奈緒(なお)(おとこ)()だと勘違(かんちが)いしちゃって」

 「え?」


 (たし)かに直接(ちょくせつ)に『オレが(おとこ)』だと()ったことはないかもしれないけど……。


 「でも(わたし)(おとこ)()格好(かっこう)をして(おとこ)()みたいな(しゃべ)(かた)をしたから」


 『(うそ)』というのはただ言葉(ことば)だけではないのだから。


 「TS病(ティー・エス びょう)のことも、そもそもボクが勝手(かって)勘違(かんちが)いしただけだ」

 「でも(わたし)誤解(ごかい)()こうとしなかった」


 真実(しんじつ)(つた)えずに誤魔化(ごまか)(つづ)けることも(うそ)同等(どうとう)だ。


 「だけど奈緒(なお)(べつ)(ひと)(かく)(ごと)をして(たの)しんでいたわけじゃないだろう。ちゃんと罪悪感(ざいあくかん)(かん)じてこんなに(くる)しんでいるようだし。それにさっきやっとちゃんと本当(ほんとう)のことを(おし)えてくれた。それでいいんじゃないか」

 「そんな……。鮎夢(あゆむ)ちゃんって、意外(いがい)とちょろいね」


 どんな(ひど)いことも(ゆる)すつもりなの? (わたし)があんなに(なや)んでいたのに、鮎夢(あゆむ)ちゃんはこんなにあっさりと()()れてくれるというの? これはなんか自分(じぶん)()めようとしていた(わたし)阿呆(アホ)みたいじゃないか。


 「奈緒(なお)にだけだよ。ボクが簡単(かんたん)(こころ)(ゆる)すのは。この(こころ)はもう奈緒(なお)だけのものだから」

 「鮎夢(あゆむ)ちゃん……」

 「だから自分(じぶん)(きら)いにしないで。たとえ奈緒(なお)自分(じぶん)のことをどんなに(わる)(かんが)えても、ボクはそんな奈緒(なお)のことが()き。世界中(せかいじゅう)(てき)になってもボクは奈緒(なお)味方(みかた)でいるよ」

 「……」


 だーかーらー、そんな台詞(せりふ)()ずかしさで()(ほど)くさいって! なんなの、このTS(ティー・エス)美少年(びしょうねん)は? もう……。


 「うふふ」


 そんな鮎夢(あゆむ)ちゃんはなんか可笑(おか)しくてつい(わら)()してしまった。


 「やっと(わら)ってくれたね」


 クスクス(わら)った(わたし)()鮎夢(あゆむ)ちゃんは(うれ)しそうにニヤニヤ微笑(ほほえ)んだ。


 「だって、こんな口説(くど)(かた)はね、鮎夢(あゆむ)ちゃんの(くち)から()くとは……」


 詐欺(さぎ)くさいけど、意外(いがい)(こころ)()るがして(むね)がキュンとときめいた。


 「告白(こくはく)返事(へんじ)、もう一度(いちど)(かんが)えてくれてもいい?」

 「そ、そうね……」


 (まった)く……。そこまで()われると、(あらた)めて(かんが)えなくもないけど。


 鮎夢(あゆむ)ちゃんを(だま)している罪悪感(ざいあくかん)所為(せい)(わたし)告白(こくはく)否定(ひてい)しようとしていた。でも鮎夢(あゆむ)ちゃんは(すで)事実(じじつ)()ってちゃんと()()れてくれた。そして(わたし)(いま)鮎夢(あゆむ)ちゃんを()てドキッとしている。やはりもう断固(だんこ)として拒絶(きょぜつ)(つづ)ける理由(りゆう)はないかもね。


 でも、(いま)簡単(かんたん)に『はい』と素直(すなお)(こた)えてしまったらなんかね……。ちょっとなにかやり(かえ)さないと()(すす)まない。こういう(とき)にドラマとかでは……。


 「ね、鮎夢(あゆむ)ちゃん、その(まえ)にちょっと()()じて、じっとしてて」

 「なにいきなり?」

 「たった10秒(じゅうびょう)だけでいいから、お(ねが)い」


 (わたし)(こた)えの()わりに、(むかし)のあれのお(かえ)しをしてみる。


 「わかったよ」


 鮎夢(あゆむ)ちゃんは()(つむ)った。これでよし!


 (わたし)背伸(せの)びして、自分(じぶん)(くちびる)鮎夢(あゆむ)ちゃんの(かお)(ちか)づけようとしていく。そしてやっと(とど)く……と(おも)っていたのに、(おも)いの(ほか)()(たか)いから、こんなに背伸(せの)びしても(とど)かない!


 なんでだ? こんなに身長(しんちょう)()があるの? (むかし)(わたし)より(ちい)さかったくせに。(いま)(わたし)(ほう)がこんなにちびっ()か。もう……。


 『ちゅ!』

 「……!」


 その(とき)(わたし)(ほほ)になにか(やわ)らかいものが()たったような感覚(かんかく)が……。()うまでもなく、それは鮎夢(あゆむ)ちゃんの(くちびる)だ。


 「な、なにをしたの!? しかも()(つむ)ってないし。(はなし)(ちが)う!」

 「もう10秒(じゅうびょう)()ったよ」


 どうやら10秒(じゅうびょう)余裕(よゆう)だと(おも)っていた(わたし)(あま)かったようだ。仕方(しかた)ないよ。だって()(たか)すぎて(とど)かないから! (おとこ)(ずる)い! お(かえ)しのつもりなのに、(ぎゃく)二度(にど)とやられちまった!


 「奈緒(なお)のことだから、なにをするか想像(そうぞう)がつくよ。どうせ告白(こくはく)(こた)えの()わりに(ほほ)にちゅうするつもりだろう? (むかし)ボクにやられたように」

 「そ、そんなこと……」


 図星(ずぼし)だからグーの()()ない。こんな簡単(かんたん)(こころ)()まれた! 手強(てごわ)い!


 「(わたし)もう(かえ)る!」


 もう()ずかしくて鮎夢(あゆむ)ちゃんと()()わせることができない。(あな)があれば……いや、たとえなくても()って(もぐ)りたい。


 「()って。返答(へんとう)は!?」

 「仕様(しょう)がないから、もう一度(いちど)(かんが)えとくよ」


 (わたし)()()かわずに返事(へんじ)した。


 「そんな……」

 「じゃね」


 そう()(のこ)して(わたし)(ある)()して、どんどん鮎夢(あゆむ)ちゃんから(はな)れていく。だけど鮎夢(あゆむ)ちゃんは……。


 「ボクはいつまでも()っているからね! なんかほっとけないよ。奈緒(なお)()ないと駄目(ダメ)になるのはボクだから。(だれ)(うば)われたら()きていられないかも。ずっと永遠(えいえん)奈緒(なお)だけ(しん)(あい)(ささ)げる!」


 (ちょう)()ずかしいからそんな台詞(せりふ)連発(れんぱつ)するな! もう()()きたよ! 此奴(こいつ)、まさか(おとこ)になれたから(おんな)()()とす()満々(まんまん)なのか? 少女漫画(しょうじょまんが)()んだ美少年(びしょうねん)はやはり(おそ)るべしだ。()をつけないと簡単(かんたん)()とされてしまう。


 ううん、実際(じっさい)にもう()(おく)れかもね。ぶっちゃけ()うと、(わたし)(こた)えは(すで)()まっている。


 だけど、こんなことやられてムカついたから、()()むまで()たせてやる! 簡単(かんたん)(おも)(どお)りにさせるわけないよ。ゆっくり対策(たいさく)(かんが)えよう。絶対(ぜったい)もっと派手(はで)にやり(かえ)してみせる。それに、今度(こんど)あれをやるならただのほっぺたではなく……。


 こうやって(わたし)人生(じんせい)はまるで本当(ほんとう)少女漫画(しょうじょまんが)みたいになった。……多分(たぶん)ね? これから(うそ)()きの(わたし)TS病(ティー・エス びょう)(かれ)恋愛物語(れんあいものがたり)はまだまだ(つづ)く?


あとがき


この2人の事情(じじょう)はかなり複雑(ふくざつ)ですね。これからの展開(てんかい)はご想像(そうぞう)にお(まか)せします。


(はじ)めて()いてみた短編作品(たんぺんさくひん)です。()()っていただいたら評価(ひょうか)感想(かんそう)やブクマは(はげ)みになります。よろしくおねがいします。

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