嘘を貫いた私と嘘みたいな幼馴染
注意その1:
漢字が苦手な外国人や子供も読みやすいように配慮して、全ての漢字と数字にルビを振っています。特殊ルビはないので、漢字の強い方はルビを無視しても問題ありません。
注意その2:
この物語は『TS病』というよくあるテンプレの設定を採用しています。作中ではちゃんと説明がありますが、一般的にもっと詳しく知りたい方はここを参考に https://ncode.syosetu.com/n6126gu/11/
春休みは終わって、新学期の始まりだ。私、洲崎奈緒は今日から高校2年生になった。
今は登校中だ。朝はいい天気ね。道端の桜も綺麗に咲いてひらひらと舞い落ちてくる。なんか素敵な出会いができそうな雰囲気ね。
でも残念なことに、私はただの平凡な女子高生だ。一応自分を可愛く見せようと努力している。髪の毛を伸ばして栗色に染めて、桃色の花の髪飾りを付けて、結んでふわふわのポニーテールにしている。でもこんな貧相で子供っぽい体型だし。今でも中学生だと見間違いされてしまう位。こんな私なんかどうせあまり女性としての魅力がないだろうね。誰から告白されたこともないし。まだ恋愛経験皆無だった。
別にいいよ。学生の本分はあくまで勉強のことで、恋人を探すことではないからね。……と言い張りたいけど、私もよく少女漫画とか読んで憧れて自分もその物語の中の主人公みたいになれたらいいな……と想像してみたこととかあるよね。
今私の周りにはイチャイチャして一緒に登校しているカップルもいるし。まったく羨ましい! 私だって……。
そう悩んで頭に来た私は、つい八つ当たりの勢いで地団駄を踏んで地面に散らかっている桜の花弁を蹴り飛ばそうと……。だけどその時なぜか一瞬目眩を感じて、体が後ろの方へ倒れていく。今はまさか桜の神様の逆鱗に触れてしまったとか? 自業自得だね。
「危ないです!」
「……っ!」
私が地面にぶつかって尻餅してしまう前に、誰かが後ろに支えてくれて助かった。
そうしたら私はあの人の腕の中に抱かれるという姿勢になっている。私の背中はあの人の腕に触れて、服越しだけど温もりまで伝わってきた。女か男かまだ判別できないが、なんか細い腕で、背は私より高い。
「助かりました。ありがとう……」
私は感謝の言葉を言って、その恩人の方へぐるり振り向いてみたら……。
「無事でなによりです」
男の人だ。しかもかっこよくて美少年って感じ。彼は同じ学校の制服を着ている。背は高い……わけじゃなく、男にしては低い方かもね。でも私みたいなちんちくりんから見れば随分高いよね。彼の視線は私より10センチ以上高い。黒くて艶のある髪も首を隠す程長い。男にしては髪が長い方だね。顔や体つきは中性的で、女の子のようにも見えるけど、男子制服を着ているからやっぱり男だ。それに私に向かう笑顔はなんか素敵かも。
「これ、鞄です」
転んだ時に落ちた鞄まで彼は拾ってきてくれた。
「はい、なにからなにまでありがとうございました」
渡された鞄を受け取った瞬間、私はついドキッとした。この気持ちはなんだろう?
待ってよ。今の展開はまるで……少女漫画じゃないか! 突然イケメンと出会って、それをきっかけとして知り合って関係を深めていく……。遂に私にも青春の時期が訪れたかも。桜の神様に感謝!
そうだとしたら次の展開は……。
「あの、ところでこの制服、ボクと同じ学校ですね?」
と、彼は私に訊いた。これも予想通り。
「はい、私は2年生ですよ」
「じゃ、先輩ですね。ボクは入学したばかりで、今日初めての登校です」
若く見えるから、やはり1年生の後輩だね。これもいいかも。年下だからタメ口で、頼りになれそうな先輩を演じて、余裕あるっぽく振る舞おう。子供っぽいとか言わせないよ。
「うちの高校の後輩だね。キミも学校に向かう途中なの?」
「はい」
よし、この流れで次はなにかお話をしてそのまま一緒に学校まで歩いていくという展開ね。
「やっぱりね。私もそうだよ。この道は桜一杯で花弁が散らかって気をつけないと滑りやすいよね」
とはいっても、実際に桜の花弁を踏んで転ぶような間抜けは私以外聞いたことないけどね。
「そうですね。ボクも気をつけます」
そして私と彼は肩を並べて歩き出す。ゆっくりと桜色に染まっているこの坂道に登って歩いてゆく。これでよし。ここまで順風満帆だ。次は……。
「自己紹介はまだね。私は洲崎奈緒」
「……えっ? スザキ……ナオ?」
私の名前を聞いた途端、なぜか彼は不思議そうな顔をして、歩く足が止まって、なにか思いつめ始めた。
「どうしたの?」
「いいえ、先輩の名前はボクの昔の知り合いと同じだからなんか驚きました。同姓同名ですよ。なんか奇遇ですね」
「そうなの?」
まさか実は私が本当に彼の知り合いで、どこかで会ったことがあるとか? でもこんな男の子は全然見覚えはないね。そもそも男友達は少ないし。
「あ、でもあの人は男だからやっぱり違う人ですね」
「そうか。ただ偶然だよね」
なんだ。男の人かよ。私の名前、『ナオ』は男でも女でも使われる一般的な名前だからね。どうやら別人みたいでちょっと残念。
「で、キミの名前は?」
今は私の方から訊く番だ。
「ボクの名前は日原鮎夢です」
「おい……」
今回私の方が足を止めて、立ち尽くした。
なぜなら彼は私の昔の知り合いと同姓同名だ。でも私の知っていた日原鮎夢は女の子だからきっと別人だろうね。その筈だよね? 『アユム』も中性的な名前だし。でもこんな偶然あるのか? やっぱり気になってしまったから、一応踏み込んでみるか。
「不思議だな。私もキミと同じ名前の女の子を知っているよ。私の叔母さんっちの近所の子で、昔いつも一緒に遊んでいた。学年も確かにキミと同じだね。まさかあの子はキミだったり……。そんなことないよね。あはは」
私はこんな風に冗談っぽくあの子のことをべらべらと語ってみたら……。
「もしかして、先輩は……本当にあの奈緒なの?」
「え?」
嘘だろう? 彼は私の名前を呼んだら、なんか懐かしくて親しく感じた。もしかして……。
「キミは、あの鮎夢ちゃん?」
どうやら、彼は本当に私の幼馴染の鮎夢ちゃんだった。でもなぜ男の子になっているの? そんな破天荒な……。
ཐ ཐ ཐ ཐ
「なるほど、TS病か」
「うん、ボクは去年まで女の子だったけど、ある日を境にして突然男の子になっちゃった」
「そうか。大変だったね」
鮎夢ちゃんの説明を聞いて、私もなんとなく事情を把握できた。
TS病、これは聞いたことがある。患者は突然体が完全に異性に変わってしまうという奇天烈な病気だ。あまりにも珍しくて原因や発症の条件もまだよく解明できていないようだ。今まで日本では百人位の患者が登録されている。つまり全人口のたった百万分の一程度しかない。
身体が変わってしまった人は元に戻った例は今までまだ1人も居ない。患者はみんな10代の若者ばかりだそうだ。性別が変わること以外に別状はないらしい。生殖機能まで整って子作りはできる。だから精神問題さえなければ完全に異性としての人生が始められる。
こんな突拍子もない話は、そもそも私はただニュースとかで聞いたことがあるだけで、真実かどうかはまだ半信半疑だったが、今鮎夢ちゃんの姿はなによりも雄弁に物語る。
まさかあのTS病の患者は目の前に現れるとはね……。
「でもとんでもなく偶然だね。奈緒までボクと同じTS病に罹るなんて」
「え? 私が? ……あ、そうだね」
これはヤバい。そういえば昔会った時鮎夢ちゃんは私が男だと思っていた。でも今の私はどう見てもただの小柄な女の子。この姿を見せたら当然私もTS病だと誤認してしまうよね。
因みに、TS病の患者は性別が変化するのと同時に若返りするという稀な例もある。この前にもマッチョな巨漢お兄さんがTS病で幼女化して10歳位のちっちゃい女の子になったというニュースが出たね。凄まじく恐ろしい話だ。
兎に角これは私とは完全に無関係だ。それによく考えてみろ。こんな珍しい病気の患者は偶然2人同じ学校に居るなんて、可能性としてはほぼ0だろう。
そう突っ込みたいところだけど、なかなか言い出せない。今の鮎夢ちゃんは既に『私がTS病に罹って女体化した元男』だと認定しているようだ。
「ボクと奈緒はなんかあの時とは立場逆転になってしまったね」
「あはは。まあ、そうだね」
気まずく感じて私は愛想笑いをした。今は敢えて話を合わせて誤魔化すことしかできない。
「それに、鮎夢ちゃんは自分のことを『ボク』って」
「男になったから一人称も変えたよ。でも『オレ』は流石にあまり似合わないから、やっぱり『ボク』にした。奈緒も昔は『オレ』だったのに、今女子みたいに『私』って。とても女の子らしいよね」
そういえばあの時の私は『オレっ娘』だった。思い返してみれば全然似合わなかったね。
「鮎夢ちゃんもそうだよね。本当に男って感じだ。私より背が高くなってしまって羨ましい」
あの時私の方が高かったのになんか悔しい。
「ボクはまだまだだよ。ただ中性的であまり男っぽくないところも多い」
確かに今の鮎夢ちゃんはまだ昔の面影が残っている。ひょっとして女装してみたらイケるかも。
「奈緒こそ、どう見ても普通の女子高生だね。こう見えて元男だと言っても誰も信じないだろうね」
「そうかな? えへへ……」
そんなの当然だよ。だって私は最初から女の子だから。ただずっと鮎夢ちゃんを欺いていた嘘吐きだ。でも会話していくうちにここまで流されて今更本当のことを言いたくてもやっぱりきつい。このままそう思わせておくしかないようだ。
折角こうやって幼馴染と再会できたのに、なんでこうなるの!?
ཐ ཐ ཐ ཐ
あの頃9歳だった私は、両親の都合で毎週土日お母さんの妹である叔母さんの家に泊るということになっていた。
あの時の私は髪が短くて、性格も余程腕白で、ちょっと男の餓鬼のような見た目だった。
こんな私を見てなにか閃いてしまった叔母さんは、ある奇妙な趣味に目覚めてしまったような……。私に男の子の服を着せてみた。
私だって最初は抵抗感を持っていたけど、なんか案外悪くないと思うようになってきて……、叔母さんも随分そんな私を気に入ってくれたようだし。『超イケてるよ。うふふ』とか、『やっぱりショタっ子最高』とか、『うちの息子になってくれ』とか、随分褒められた。時々叔母さんの視線はちょっぴり怪しい人っぽくて、私も若干背筋が寒くなってきたけどね。
それに叔母さんっちの近所を散歩する時にやっぱり男の子の格好の方が動きやすいし、1人で歩く時は女の子よりも男の子の方が安全っていう理由でもあった。こうやって私も叔母さんの影響でつい男の子のフリを始めた。
こういう流れで、叔母さんっちに居る時だけ私は『男の子』だった。無論、TS病でも性転換とかでもなく、単なる『男装』だけ。私自身も別に自分が本当に男の子だと思っていなかったよ。男装しても中身は正真正銘普通の女の子だ。
でも周りの人は本当に私が男の子だと思っていたようだ。勿論、あの子……鮎夢ちゃんもね。
彼女は……あ、あの時は本当に女の子だったから『彼女』って呼んでも間違いではないよね? とはいっても若干変な感じだからやっぱり三人称を使わずに常に名前で呼ぼう。鮎夢ちゃんは叔母さんっちの近所の家の子だった。
あの日散歩の途中鮎夢ちゃんが男の子に虐められているところを見かけて、私は鮎夢ちゃんを助けた。
「女の子を虐める男なんて最低だ!」
「いいえ、元々ワタシの所為です。ぶつかってアイスクリームが彼の服を汚したから」
「だからって、小さい女の子相手に……」
まあ、私だったら男の子相手にでも負ける気はしないけどね。
「助けてくれてありがとう。優しいお兄さん」
「お、お兄さんって……」
そんな呼び方、やっぱりこの子は私が男の子だと思っていたね。私の方が少し背が高かったから、年上のお兄さんに見えたようだ。実際に歳は1年位違うし。あの時の鮎夢ちゃんは小さくて可愛い女の子だった。今の鮎夢ちゃんと同じ人物だと思えない位。
「私……じゃなく、オレは洲崎奈緒だ」
あの時折角男の子になっていたから、ちょっと『オレ』を言ってみたかったね。なんかかっこいいから。
「ワタシは日原鮎夢」
「鮎夢ちゃんだね。オレのことは『奈緒』って呼んでいいよ」
あの時私はちょっとかっこいいお兄さんを演じてみたくなってきたから、ついその設定のまま。でも『お兄さん』と呼ばれるのはやっぱり擽ったいから、結局お互い名前で呼んで、友達のように接していた。
本当は同性だけど、あの時鮎夢ちゃんから見れば私は異性の友達だったね。でも子供だから異性でもあまり問題ないだろう。
あれから鮎夢ちゃんと一緒に遊んでいた日々は1年位続いた。余程仲よくなってきたけど、私は全然自分の正体を打ち明けたことはない。ずっと秘密にして悪いとは思っていたよ。隠したいわけじゃないけど、なかなか言えなかったから。一緒に過ごす時間が長くて嘘が重なっていくと、どんどん言いにくくなってきた。だからそのままいつまでも男の子として接していた。別れの時まで。
「奈緒ともう会えないの?」
「うん、オレはこっちに来る必要がなくなったから」
両親の仕事が変わって、私はもう叔母さんっちに行かなくてもいいようになった。もう鮎夢ちゃんと会えないと思ったら寂しく感じてしまうけど、その一方もうこれ以上自分のことを偽っていきたくないから、これで別れた方がよかったかも。
「そんな……。ワタシは嫌だよ。奈緒のことが好きだ。ずっと一緒に居たい」
「オレも鮎夢ちゃんのことが好きだよ」
何回も『好き』って言っていたけど、子供だから別に恋愛的な意味じゃなかったよ。ただ普通の友達だけ。鮎夢ちゃんもそう思っていただろうね。多分……。
「ね、奈緒、ちょっと目を閉じて」
「え? いきなりなに?」
「ちょっとやってみたいことがあるの」
「わかった」
なにをするつもり? ちょっぴり不安だったけど、鮎夢ちゃんの望んだ通り私は目を瞑った。
『ちゅっ!』
「えっ? 鮎夢ちゃん、なにを!?」
私のほっぺたに鮎夢ちゃんの唇が……。
「お別れのちゅうだよ」
「そ、そうか……」
あれは予想外の行動だった。私はあの時初めて女の子と……。でもただの頬だったし。口と口じゃないからそんなに気にしなくてもいいよね?
「これで奈緒は一生ワタシのことを忘れることはないでしょう」
「そうだね……」
ちょっと大袈裟だな。でも確かにそこまでしなくても忘れたりしないよ。実際に今高校生になってもまだ忘れていない。1年間もずっと一緒に過ごしていた大切な幼馴染だからね。
「ワタシも奈緒のこと忘れないよ。いつかまた会おうね」
「うん」
そうとはいっても、連絡先を残していないから実際にまた会えるかどうかわからなかった。こうやって私と鮎夢ちゃんはそのまま別れて、あれからずっと会うことはなかった。
時々私は叔母さんっちに寄っていったこともあるけど、もう男装は止めて、普通の女の子に戻ったから、たとえ会っても鮎夢ちゃんはこれが私だとわからなくてただ知らないお姉さんだと思ってしまうよね。
私も女の子の格好で鮎夢ちゃんと会う勇気はなかった。かっこいいお兄さんの威厳を保ちたいから。なんか気まずいし。後ろめたい気持ちもある。
それにあれからなかなか背が伸びていなかった。喧嘩とかも弱くなって、結局私はどんどんただのか弱い女の子に変わっていく。子供の頃のような男勝りの私とはかけ離れて、もう殆ど別人になった。
そして時間は更に6年も経って、私は高校2年生になって、鮎夢ちゃんは高校1年生で、私と同じ学校に入学してきた。こうやって再会できた。
鮎夢ちゃんはTS病に罹って男の子になってしまったのは本当に予想外なことで凄くびっくりしたけど、そのお蔭で鮎夢ちゃんは『私もTS病』だと誤解して、すぐ今の私の姿を受け入れてくれた。私も今の鮎夢ちゃんがいいと思っている。かっこいい男になったよね。今鮎夢ちゃんの方が私よりお兄さんっぽい。ちょっと悔しいけど、まるで立場は真逆になってしまったみたい。
だからこれからも友達でいられたらいいね。私は本当にそう思っている。
今朝の再会の後、それぞれ自分の教室に向かう前に、私達は一応スマホでラインのIDの交換をしておいた。学年が違うとはいえ、同じ学校だからこれからよく会うことになるだろうね。まだ隠し事を持っている私としてはなんかちょっと不安だけど、本当に鮎夢ちゃんと一緒にいられることは嬉しい。
最後の授業の途中、鮎夢ちゃんからのラインのメッセージが送られてきた。
『大事なお話があるから放課後ちょっと会いたい』って書いてある。一体どういう話だろうね?
でもまあ、私は別に特に用事とかあるわけじゃないからいいんだけど。こうやって幼馴染と一緒に昔の話をしてもう一度親睦を深めて仲よくなっていこう。
ཐ ཐ ཐ ཐ
「ずっと好きでした。ボクと付き合ってください!」
「……」
約束通り放課後私は鮎夢ちゃんに会いに来たら、なんでこうなるの!? こんな展開はあまりにも的外れだ。
いや、実に言うと当初私もこんな少女漫画っぽい展開とか期待していたけどね。でも相手が鮎夢ちゃんだと思い知ってしまったら、そんな思惑はすぱっと消し去った。
私は今鮎夢ちゃんのその台詞を必死に噛み砕こうとしている。
これは本物の告白? 聞き間違いとかじゃなく、本当に告白だよね? 私なんかに? こんなイケメンから? いや、でもこの人は元女の子だよね? そう考えると……。
本来なら私みたいななんの特徴もない凡庸な女の子がこんな美少年に告白されたら有頂天になって快諾してしまう筈だけど、この人は鮎夢ちゃんだとわかったからやっぱりなにか違う。
「これはなにかの冗談だよね?」
そうだよね。ただの悪巫山戯にしか聞こえないよ。どうせ私を驚かせて楽しむつもりだろう。こうやって人をドッキリさせようとするなんて、鮎夢ちゃんって意外と意地悪な子だね。キミをこんな子に育てた覚えはないぞ。
「ボクは本気だよ。子供の頃出会って遊んでいた時からずっと好き」
「この茶番まだ続くの!?」
最早ただの冗談だと思えないレベルのようだけど、私はまだ悪足掻きしようとしている。
「本当に本当だ。出会ったあの瞬間からボクの心は掴まれて、ずっと奈緒しか居ない。奈緒だけのものになりたい」
なによ、この口説くような台詞!? 少女漫画か? 読んだ時はなんかいい感じって思ったけど、こうやって自分に向かうとなると、超照れくさい。止めてもらいたい。
「え? いや、いきなりそう言われてもね。私、今女の子だよ?」
ちょっと落ち着いてよく考察してみよう。大体鮎夢ちゃんの『好き』ってどんな好き? 男として女の子を好きなの? だけど鮎夢ちゃんは元々女の子だった。そして今まで鮎夢ちゃんは私のことを男の子だと思い込んでいた。つまりその逆かも? まだ理解に苦しむ。
「承知してる。女の子だからこそ、告白すると決めたんだ」
「なんで!? 結局のところ鮎夢ちゃんは女の子が好きなの? 男の子が好きじゃないの?」
昔の私のことが好きだとしたら、つまり男の子が好きってこと? でも今の私も好きって言うのは、つまり女の子が好き? なんか複雑だ。
「正直難しい質問だ。ボクもまだ答えづらいかも」
「なんだと!?」
巫山戯るな! 自分もまだはっきりじゃないのに、私に告白しちゃうなんて! やっぱり馬鹿にしている!?
「よくわからないけど、はっきり言えることはあるよ。昔のかっこいい奈緒も、今の可愛い奈緒も、全部好きだ」
「そんなわけあるか!」
私も鮎夢ちゃんも、昔とは全然違うのに。いや、実際に私の方が変わっていないけどね。
「信じてくれないの?」
「それは……よくわからない。でも、なんで私なの?」
嘘のようには見えないけど、あまり辻褄が合わないから。
「そうだね。ほら、『恋に理由なんてない』と言われて……」
「じゃ、ごめん。お断りよ!」
こんな自己中な物言いはドラマとかでよく耳に入るけど、なんか無責任な発言だと私は思う。だって実際に人間はみんななにかの理由を持っている筈だ。理由を明瞭に説明する技量がないからって、『理由がない』っていう言い方で片付ける人はなんか身勝手だ。
「待って! 理由ならちゃんとあるよ」
「じゃ、わかりやすくきっちり説明してみて」
ほら、理由はちゃんとあるじゃないか。仕方ないから、少し位鮎夢ちゃんの言い分を聞いてあげなくてもない。
「言っておくけど、『キミの全てが好き』とか、『上手く言葉にできない程大好き』とか、そんなくさい台詞は無しだよ」
今の鮎夢ちゃんならなんかこんな台詞言い出せそうだから忠告しておいた。これも無責任な言い方だから。リアルでこんな言葉で納得いける人は本当に居るのか?
「そ、そんなこと言わないよ。あはは」
鮎夢ちゃんは苦笑いしている。まさか今本当に言おうと思っていたの? ああいうキャラになったの? そんなことないよね?
「わかった。ちゃんとボクのありのままの気持ちを奈緒に伝えるね。嘘偽りのないこの心から……」
前置きなんて要らないからさっさと言えよ!
「確かに昔のワタシは女の子として男の子の奈緒のことが好き。つまり自分は男の子が好きだった。間違いないと思う。あの時はね」
「そうか」
やっぱり元々ただ普通の女の子だから、恋愛対照は男に決まっている。私が男の子だと思って好きになったってことね。
「でも、今ボクの方が男になって、奈緒は逆に女になった。ならそれでいいんじゃないか。ただあべこべになっただけ。『異性』であるという事実は変わっていないよ」
「そ、そんな理屈……」
深く考えなければ、これで納得できるかもしれない。でもね、根本的に一つ間違っている。それは『元々異性ではなく、同性だった』。実際に性別が変わったのは鮎夢ちゃんだけだから。
虚偽に基づいて物事を考えた挙句、最後に導き出されるのはこういう歪な結論か。
「奈緒が女の子になったのだから、寧ろもしボクがまだ女のままだったらこれは百合になっちゃうよね」
「確かに……」
そうだったね。2人とも女の子だから、本来ならこれは百合オチだよね?
別に百合が嫌ってわけじゃないけど、やっぱり私は普通の乙女みたいに男と恋をしたい。
「だからボクが男の子になれて本当によかったと思っている。結果オーライだよ」
「それは……。ならもし逆に鮎夢ちゃんだけ変わって、私がまだ男のままだったら?」
勿論、この言い方はちょっと語弊があるね。私は最初から女の子だから。でも鮎夢ちゃんの中の昔の私は男の子だった。
「その場合も、やっぱり諦めるしかないかもね。最初はボクが男になってもう奈緒のお嫁にいけないかと思って落ち込んでたよ」
「嫁って……」
そこまで考え込んでいたのか? 私は無意識のうちに百合の花の種を蒔いて育ててきてしまったね。罪悪感のレベルは殊更上昇してきた。
「だから奈緒が女の子になったと知った時、ボクは本当に喜んだよ。今のボクはもう奈緒のお嫁にはいけないけど、その代わりにボクは奈緒をお嫁に貰う。ボクは婿でいい」
「……」
鮎夢ちゃん、途轍もないことを考えているね。怖気がついたぞ。
「こうやって2人とも変わって、よかったね」
「いや、そんなこと……」
鮎夢ちゃんは全然わかっていない。確かにもしそうだとしたら納得いけるかもしれない。でも現実は違う。私は別にTS病なんか罹っていない。
だけど今更本当のことなんて言えるの? 『実は私はずっと鮎夢ちゃんに嘘吐いていた』って。やっぱりできるわけがない。私にはそんな根性はないよ。
「これはきっと運命だよ。奇跡だ。千載一遇の出会いともいえるね。まるで2人は共に歩く為に生まれてきたように。このまま離れることはないだろう」
「……」
この人、きっと一杯少女漫画を読んでいたね。子供の頃の鮎夢ちゃんならこんな台詞なんて絶対言わない筈だけど、男になったら完全にキャラ変わっているみたい。思い込みも激しいし。
運命や奇跡なんかでもないよ。そんな偶然はあるわけがないよ。
「じ、時間をくれ」
私の頭は最早限界だ。これ以上まともにやり取りできるという自信はあまりない。
「あ、そうか。やはり、いきなりすぎて困るよね」
「う、うん」
理解してくれたようだ。よかった。
「了解。なら今すぐ答えなくてもいい。ボクだって、実はこうやって奈緒に告白するという結論に辿り着くまで、今日ずっと授業中考えて悩んでいたよ。だから奈緒の返事もやっぱり時間は必要だよね」
そこまで私のことで悩んで考えていたの? 学校初日なのに、勉強は大丈夫なの?
「そ、それは……。まあ、そうだね」
今すぐ断っても鮎夢ちゃんを傷つけるだけだ。やはり今の私には脳内の整理をする為の時間が欲しい。
「じゃ、告白の回答は保留ってことでいい?」
「いいよ。いきなり急かしすぎてごめんね」
「いや、私の方こそ。待たせることになってごめんね」
鮎夢ちゃんの気持ちは噛み締めた。でもまだ納得できなくておどおどと戸惑っている私の方が悪い。
こんなことになったのは全部私の責任だ。だから今から私はこの問題について真剣に検討しないとね。真心を込めて。
ཐ ཐ ཐ ཐ
その後、私はこっそりと鮎夢ちゃんのことをもっと調べてみた。勝手に調べて悪いけど、やはり気になって……。直接本人に聞いてみるという手もあるかもしれないけど、自分で言いづらいこともある筈だよね。
丁度鮎夢ちゃんと同じ中学校に通っていた知り合いが居て、私はあの人から色々聞くことができた。
どうやら鮎夢ちゃんのTS病が発症したのは中学3年生になったばかりの時だそうだ。まだ1年経っていない。
元々女の子なのに、いきなり男の子になって相当大変になったらしい。生活が一変しただけでもとても苦労して、剰え周りの人から変な目で見られて、虐めや差別までされた。
女友達はいきなり男の子になった鮎夢ちゃんを受け入られず、どんどん距離を取っていく。男友達は元から美少女だった鮎夢ちゃんを口説こうとしていた人も多かったようで、彼奴等も今更男になった鮎夢ちゃんを見て気まずく感じて敢えて関わらないようにしていた。
結局中3ずっと酷い待遇を受けて独りぼっちになった。やっと過去の自分を捨ててこれから普通の男の子として生きていくという覚悟ができたけど、その為には知り合いのない筈の場所に進学するのは一番。だから高校はわざわざ遠い学校を選んで引っ越ししてきたそうだ。まあ、そのお蔭で私と再会できたけどね。
今のクラスメートも鮎夢ちゃんが元女の子だということ知っていないようだ。本当に内緒にしている。知らない人から見れば、鮎夢ちゃんはただ普通の男子高校生だろう。しかもイケメンで、凄くいい人だ。誰かに奪われてしまう心配もある位。
だからこの学校の人達に自分の過去が暴露されることは、きっと鮎夢ちゃんにとって望ましくない不利な状況を齎すことだろう。それなのに鮎夢ちゃんは躊躇なくあっさりと私に正体をバラした。
もしかして私が自分と同じようにTS病の患者だと勘違いしたからだろう。同類だと思っているだろうね。それなのに私はその信頼を裏切ってしまった。実際に私はただ鮎夢ちゃんをずっと騙していただけだった。
そう考えると、嘘吐きの私如き、鮎夢ちゃんの人生に関わる資格なんてないよ。だからやはり私の答えは……。
ཐ ཐ ཐ ཐ
「ごめんね。やっぱり私は鮎夢ちゃんとは付き合えない」
一週間経って、ようやく私は鮎夢ちゃんと面と向かって答えを出した。場所は私達の再会したあの桜の坂道。
「そ、そうか……」
私の答えを聞いたら、鮎夢ちゃんは結構衝撃を受けたようだ。ごめんね。本当に私は悪いと思っている。
「本当にごめんね」
「やっぱりそう簡単にはいかないよね。ボクなんか」
「ううん、違うの。勘違いしないでね。鮎夢ちゃんが悪いってわけじゃない。寧ろ私みたいな悪い人間の方こそ鮎夢ちゃんに相応しくないから」
私は嘘吐きだから、こんな悪女のことなんてもう忘れてくれ。
「なんでそう思うの? 奈緒は凄く優しい人だよ。とても可愛くて魅力的だ。ボクなんかに勿体ない位。ボクはそんな奈緒が好きだ。昔も今も」
「違うの。私は全然いい人じゃないよ。私はただずっと鮎夢ちゃんを裏切っていたよ」
だからこんな風に褒め称えすぎて却って心が痛むよ。
「え? なんのこと?」
「ごめん。でも今更教えるわけがない。もし知られてしまったらきっと鮎夢ちゃんは私のことを軽蔑しちゃうよ。嫌いになる筈だ」
「それはあり得ないよ。ボクに奈緒が必要なんだ。好きな人のことだから、なんでも受け入れられるよ。誰かにどう言われようと、この燃え滾って身を焦がす心が押し潰されても」
「なにそれ? またあんな仰々しい台詞……。やっぱり少女漫画を読みすぎじゃない?」
それに『燃え滾る』とか、『身を焦がす』、なんか使いどころは微妙だ。適当にどこかのかっこよさそう台詞の真似のようにしか見えない。少女漫画だけじゃなく、中二病も?
鮎夢ちゃんは中学の時までずっと女の子だったから、少女漫画も沢山読んでいただろう。最初は好きな人からこんな台詞を聞きたいとか思っていた筈だが、自分が男になったら逆に好きな人に言ってみたいってこと?
つまり今になって自分が少女漫画のヒーローにでもなるつもり? なら主人公は私なの? 確かに私も少女漫画みたいな展開を望んでいたけど……。
「お願いだから、理由を教えてくれ。じゃないとボクは納得できないよ」
「なんかしつこいね!」
人が教えたくないと言ってるのに、執拗に詮索しようとするなんて……。
「あ、ごめん。でも……」
「いや、なんで鮎夢ちゃんが謝るの? 鮎夢ちゃんは全然悪くないのに」
悪いのは全部私の方だから、こんな風に謝られると寧ろ気の毒だ。
どうやら今ちゃんと理由を教えない限りこのまま鮎夢ちゃんは簡単に諦めないようだな。あまり言いたくないけど、こうなったらどうやら仕方ない。どうせいつまでも隠し通せる事実ではない筈だ。
「わかったよ。知りたいなら教えてやるよ」
私は深呼吸して、覚悟を決めた。
「実は私、TS病になんか罹っていないの! 元から女の子だよ。つまりあの頃はただ男装して、ずっと鮎夢ちゃんを誑かしていただけ」
「そ、そんなこと……本当に?」
鮎夢ちゃんは随分唖然として信じたくないような顔をしているね。
「もしまだ信じないのなら、勝手に私の生い立ちを検索すればいいよ。簡単だと思う」
私の友達から聞いたり、私の昔通っていた学校のウェブサイトで調べたり、色んな手段があるよね。今の時代はこんなことすぐ調べられる筈だから。
「奈緒の『悪いこと』って、それだけなの?」
「そうだよ。これ以上罪を重ねたら私……」
「……よかった」
「は?」
なにを言っているの? 今のはなにがよかった? わけわからないよ。
「やっと本当のことを教えてくれたね」
「え?」
今の鮎夢ちゃんの顔は案外嬉しそうに見える。悔しいような顔は全然していない。なぜ? もしかして……
「まさか、鮎夢ちゃんとっくに知っていたの!?」
「うん、ごめんね。さっき奈緒の言った通り、捜索は割と安易だ」
「ええぇぇぇー!!?」
もう鮎夢ちゃんに調べられたの? 最初から私の隠し事はバレているの?
「なんで勝手に!?」
まあ、さっき私は『勝手に検索すればいい』と言ったばかりだし。しかも私も気になって鮎夢ちゃんの過去を調べていた。そんな私は今更文句を言う資格はないよね。
「いや、だって気になっていたから。TS病に罹ってボクと同じように大変な生活を送ってきたか、って心配してたよ。でも実際に全然違うと明白になって、なんか安心したよ」
「もうわかっているのなら、なんでまだ私に構うの? 嘘吐きの私なんか……」
「そんなこと、どうでもいいよ」
「え?」
「もしこんな理由で奈緒が自分を軽蔑するのならボクは絶対に認めないよ」
「なにそれ? 鮎夢ちゃんは、騙されて満悦するようなヤバい奴なの?」
「なんでそうなる? 全然違うよ! 最初に知った時ボクも結構ショックを受けたよ。全然知らなかったから。まさか自分の好きな相手は実は女の子だったなんて」
「だろうね」
そんな事実を知って、鮎夢ちゃんがもう私と会いたくない位がっかりしてもおかしくないよね。
「でもね。これはあんなに悪いことなのか?」
「それは……。少なくとも私は私自身を許さない筈」
あの頃は遊び気分で男の子のフリをして楽しんでいたけど、今振り返してみればあんな幼稚な悪乗りの所為で鮎夢ちゃんを勘違いさせて、心を弄ぶことになってしまったね。こんなことになるとは全然思わなかった。
「別に、考えてみれば奈緒は自分が男の子だと一度も言ったことないよね。ボクが勝手に奈緒が男の子だと勘違いしちゃって」
「え?」
確かに直接に『オレが男』だと言ったことはないかもしれないけど……。
「でも私は男の子の格好をして男の子みたいな喋り方をしたから」
『嘘』というのはただ言葉だけではないのだから。
「TS病のことも、そもそもボクが勝手に勘違いしただけだ」
「でも私は誤解を解こうとしなかった」
真実を伝えずに誤魔化し続けることも嘘と同等だ。
「だけど奈緒は別に人に隠し事をして楽しんでいたわけじゃないだろう。ちゃんと罪悪感を感じてこんなに苦しんでいるようだし。それにさっきやっとちゃんと本当のことを教えてくれた。それでいいんじゃないか」
「そんな……。鮎夢ちゃんって、意外とちょろいね」
どんな酷いことも許すつもりなの? 私があんなに悩んでいたのに、鮎夢ちゃんはこんなにあっさりと受け入れてくれるというの? これはなんか自分を責めようとしていた私が阿呆みたいじゃないか。
「奈緒にだけだよ。ボクが簡単に心を許すのは。この心はもう奈緒だけのものだから」
「鮎夢ちゃん……」
「だから自分を嫌いにしないで。たとえ奈緒が自分のことをどんなに悪く考えても、ボクはそんな奈緒のことが好き。世界中が敵になってもボクは奈緒の味方でいるよ」
「……」
だーかーらー、そんな台詞は恥ずかしさで死ぬ程くさいって! なんなの、このTS美少年は? もう……。
「うふふ」
そんな鮎夢ちゃんはなんか可笑しくてつい笑い出してしまった。
「やっと笑ってくれたね」
クスクス笑った私を見て鮎夢ちゃんは嬉しそうにニヤニヤ微笑んだ。
「だって、こんな口説き方はね、鮎夢ちゃんの口から聞くとは……」
詐欺くさいけど、意外と心を揺るがして胸がキュンとときめいた。
「告白の返事、もう一度考えてくれてもいい?」
「そ、そうね……」
全く……。そこまで言われると、改めて考えなくもないけど。
鮎夢ちゃんを騙している罪悪感の所為で私は告白を否定しようとしていた。でも鮎夢ちゃんは既に事実を知ってちゃんと受け入れてくれた。そして私も今の鮎夢ちゃんを見てドキッとしている。やはりもう断固として拒絶し続ける理由はないかもね。
でも、今簡単に『はい』と素直に答えてしまったらなんかね……。ちょっとなにかやり返さないと気が進まない。こういう時にドラマとかでは……。
「ね、鮎夢ちゃん、その前にちょっと目を閉じて、じっとしてて」
「なにいきなり?」
「たった10秒だけでいいから、お願い」
私の答えの代わりに、昔のあれのお返しをしてみる。
「わかったよ」
鮎夢ちゃんは目を瞑った。これでよし!
私は背伸びして、自分の唇を鮎夢ちゃんの顔に近づけようとしていく。そしてやっと届く……と思っていたのに、思いの外背が高いから、こんなに背伸びしても届かない!
なんでだ? こんなに身長の差があるの? 昔私より小さかったくせに。今私の方がこんなにちびっ子か。もう……。
『ちゅ!』
「……!」
その時私の頬になにか柔らかいものが当たったような感覚が……。言うまでもなく、それは鮎夢ちゃんの唇だ。
「な、なにをしたの!? しかも目は瞑ってないし。話は違う!」
「もう10秒経ったよ」
どうやら10秒が余裕だと思っていた私は甘かったようだ。仕方ないよ。だって背が高すぎて届かないから! 男は狡い! お返しのつもりなのに、逆に二度とやられちまった!
「奈緒のことだから、なにをするか想像がつくよ。どうせ告白の答えの代わりに頬にちゅうするつもりだろう? 昔ボクにやられたように」
「そ、そんなこと……」
図星だからグーの音も出ない。こんな簡単に心が読まれた! 手強い!
「私もう帰る!」
もう恥ずかしくて鮎夢ちゃんと目を合わせることができない。穴があれば……いや、たとえなくても掘って潜りたい。
「待って。返答は!?」
「仕様がないから、もう一度考えとくよ」
私は振り向かわずに返事した。
「そんな……」
「じゃね」
そう言い残して私は歩き出して、どんどん鮎夢ちゃんから離れていく。だけど鮎夢ちゃんは……。
「ボクはいつまでも待っているからね! なんかほっとけないよ。奈緒が居ないと駄目になるのはボクだから。誰に奪われたら生きていられないかも。ずっと永遠奈緒だけ真の愛を捧げる!」
超恥ずかしいからそんな台詞を連発するな! もう聞き飽きたよ! 此奴、まさか男になれたから女の子を堕とす気満々なのか? 少女漫画を読んだ美少年はやはり恐るべしだ。気をつけないと簡単に堕とされてしまう。
ううん、実際にもう手遅れかもね。ぶっちゃけ言うと、私の答えは既に決まっている。
だけど、こんなことやられてムカついたから、気が済むまで待たせてやる! 簡単に思い通りにさせるわけないよ。ゆっくり対策を考えよう。絶対もっと派手にやり返してみせる。それに、今度あれをやるならただのほっぺたではなく……。
こうやって私の人生はまるで本当に少女漫画みたいになった。……多分ね? これから嘘吐きの私とTS病の彼の恋愛物語はまだまだ続く?
あとがき
この2人の事情はかなり複雑ですね。これからの展開はご想像にお任せします。
初めて書いてみた短編作品です。気に入っていただいたら評価や感想やブクマは励みになります。よろしくおねがいします。