第50話 大聖堂の悲劇
「思ったよりでかいな…… これが大聖堂ってやつ?」
「私も宗教絡みの話には疎いのだが、恐らくそうなんだろう。うん、でかい。でっかい」
白狼が示してくれた大聖堂の前にまでやって来た俺達は、改めてこの建造物の大きさに圧倒させられていた。流石に中心地にそびえる王城よりかは遥かに小さいんだろうが、それでも今までで一番の大きさの建物だ。何つうか、探索するのにも時間が掛かりそう。見た感じ建物の状態は比較的良好で、倒壊の恐れがなさそうなのは幸いか。 ……あと、心なしかこの周辺、霧が濃くなっているような気がする。まだ見える範囲だから問題はないけど、これ以上濃くなったら不味いな。
「これ、扉を潜ったらまた別の新エリア、ってオチはないよな? 行き成り難易度が上がったら泣きそうになるんだけど?」
「まだこの規模であれば、内部に別のエリアが広がっているという事はないと思うが…… 現段階の判断材料では、正直断言はできない。霧裂魔都の他の建造物と同様に、建物の内部にも霧があったのなら、この聖堂も同じエリアだろう」
「ふむ、入ってみんと分からんという事か。さて、どうする?」
ダリウスの問いに、同時に頷いて見せる俺達。ああ、答えなんて疾うに決まっている。いつものように石橋叩いて探索する、これだ!
という訳で、探索開始。大聖堂の入り口の扉はこれまた大きく、俺の背丈以上の高さがあった。木製なので開けられないという事はないだろうが、古い扉なだけに、開く際に結構な音が鳴ってしまうかもしれない。なので、その役目は格納にしまっておいたゾンビ君二体にお願いする事にした。俺達は扉から少し離れ、安全の確保と内部の警戒に努める。
「ウゥアァ……」
「エェアァ……」
扉に全身を押し付け、ゾンビ君達が必死になって扉を開けようとしてくれている。その最中に腕や足が折れたりと、色々な意味でゾンビ君達は満身創痍だ。頑張れ、あと少し、あと少しだ!
―――ゴゴゴゴォ!
決死の特攻(?)のお蔭で、大聖堂の扉は見事開かれた。そしてやはりと言うべきか、立て付けの悪さからか物音が鳴り響いてしまう。ああ、これは中の黒霊に気付かれたかな。と、俺はそんな事を思いながらダリウスを構えたんだが…… どうも、俺の予想は違っていたようで。
「うがああぁ!?」
扉が開かれるや否や、大聖堂の内部より男の悲鳴が上がったのだ。それはゾンビや獣が放つ類の声ではなく、歴とした人間のものだった。大聖堂の中へと目を凝らすも、白い霧が充満していて酷く見通しが悪い。叫びの響きからして、中の空間が広そうな感じはするが。
「……悲鳴、止まったな。霧があるから同じエリアって事は分かったけど、これは……」
「待て、他に何か聞こえる」
オルカにそう言われ、耳を澄ます。
「ゴォルルルゥ……」
霧の中より静かに、だがやけに凄味と存在感のある音が聞こえて来た。ああ、これは不味いな。さっきの叫びと違って、声の矛先が明確に俺達へと向かっている。敵対心を大いに含んでいる。具体的に言えば、飛び掛かって来る寸前。
「ゴォオオオオオォ!」
「ベクト!」
「ああ!」
雄叫びと共に霧の中から何かが迫って来るのを感じた俺達は、即座に扉の前から左右に別れて飛び退いた。同じように行動しろと、白狼とゾンビ君にも命令。白狼は何とか俺達に追従してくれたが、怪我を負っているゾンビ君達は退避が遅れてしまい―――
「ガアッ……」
―――霧の奥より現れた何者かにより、二体のゾンビ君が吹き飛ばされてしまう。いや、轢き飛ばされたと表現する方が正しいだろうか。ゾンビ君達は粉々に砕け散り、見るも無残な姿に変貌。クソ、何つう威力だ。
「な、なあ。アレってお前達のお仲間?」
突貫して来た巨躯が、大聖堂前の大通りに出たところでピタリと止まった。そこに居たのは、霧を纏った巨大な狼だった。この狼の周辺を漂う霧が目に見えて濃い。風貌は長い年月をかけて成長したシロやハクといった感じで、でかさは俺が見上げるほど。そして、裂けた口には青みがかった何かが銜えられていた。 ……青い人の足のように見える。
「ゴォルルゥ」
目先の邪魔者よりも、今は手に入れた獲物が第一。そんな事でも考えたんだろうか? 俺達を一瞥した直後、そいつは街の中心地に向かって大通りを駆けて行った。恐らくは俺よりも速いスピードで、巨躯が霧の中へと消えていく。同時に肌の上に張り付いていた死の気配も、一気に遠ざかって行った。
「去った、のか?」
「ああ、そのようだ。この辺りの希少種かもしれん」
「肌のピリついた感じからして、あの赤ゴリラ以上に厄介そうだったぞ。下手したら、大黒霊の黒ネズミ以上? ……ところでさ、あいつが口に銜えていたの、やっぱり青霊だったのかな? さっきの悲鳴の……」
「……どうだろうな。それを確認する為にも、中を調べよう。奴が消えたせいなのか、霧が薄くなってる」
オルカの言う通り、大聖堂の中を見ると霧が殆どなくなっていた。内部は広い礼拝堂のような場所になっていて、奥には立派な聖餐台が、その前には木製の長椅子が幾つも並んでいる。天井にはよく分からないけど神々しそうな壁画が描かれていた。あの巨大な狼がいたというのに、不思議な事にそれらが破壊されているような形跡は見当たらなかった。いや、今はそれよりも―――
「―――間に合わなかった、って事か」
聖餐台の前には、先ほど悲鳴を上げた本人のものと思われる、上半身のみの遺体があった。初老のその男は絶望の中で死んだのか、表情は酷く苦し気なままで固まり、体液という体液が流れ落ちていた。正直、あまり直視はしたくない状態だ。未だに青みがかった色彩ではあるが、首に十字架のネックレスを下げているし、この大聖堂に仕える神父だったんだと思う。
「傷口が荒い。あの巨大な口裂け狼に、意識があったまま食い千切られたのか…… せめて、祈りを捧げてやろう。今は安らかに眠れ」
「……なあ。青霊は死んでしまったら、その後どうなるんだ?」
「死、とはまた違うだろうか。黒霊に食い殺されてしまったとしても、魂はこの黒檻に囚われたままであるらしい。時が来れば、次は青霊として現れるか、それとも黒霊と化してしまうか…… それを知るとすれば、恐らく死の巫女だけだろう」
アリーシャやサンドラも、一歩間違えればこの男のようになっていたって事か。 ……考えたくねぇな。
「魂を失った青霊の亡骸はじきに消えるが、それまでは黒霊を引き寄せる性質を持ち合わせている。埋葬してやりたいのは山々だが、他の黒霊が来ないうちに移動した方が良いだろう」
「なら、ここらで一度帰還しようか。この大聖堂はまだ探索できそうな場所があるから、次回はその辺を探索するって事で―――」
「―――キャアッ!」
殺された青霊に手を合わせ、立ち上がろうとしたその瞬間、突然どこからか女性の悲鳴が聞こえて来た。おいおい、またこのパターンか! 一度の探索で二人目の青霊って、一体どんな確率だ!?
「ッ! ベクト!」
「ああ、今度は間に合わせるぞ! 方向的に、あの扉の先からだったよな!? ハクシロ、頼む!」
「「ウォン!」」
『嗅覚』の霊刻印、配下に使わせる分には素晴らしく優秀だ。敵と罠の察知役、そして青霊の場所までの先導役として、白狼二体を先に走らせる。さあ、お前達! 最短最速最安全のルートで頼むぞ!




