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第1話 目覚め

 暗い、痛い、体が軋む。そんな最悪な感想を抱きながら、俺の意識は段々と覚醒していった。眩暈の最中にあるような、歪んだ視界には未だ何が映っているのかハッキリしない。今のところ分かっているのは、体が妙に重く、怠いという事だけだ。寝起き特有のぼんやりとした思考でいるからか、それ以上の考えはまだ導き出せない。けど、あと少しだけ待ってほしい。時間を掛ける事ができれば、それも次第に解消されていくだろうから。ほら、暗くぐにゃぐにゃしていた視界が鮮明に見えてきた。体の痛みだって――― ううん、こっちは相変わらず。贅沢は言うもんじゃないな。


「―――白い」


 目がハッキリと見えるようになって、最初に出て来た言葉がそれだった。第一に思った事を、そのまま口にしただけ。この時、俺は仰向けになって寝転がっていたようなんだが、視界の中には白色しかなかったんだ。視線の先に天井がある訳でもなく、かと言って空らしきものがある訳でもない。どこまでも白、白、白、純白の白だ。


「おはようございます。目覚められたようですね」


 これはもしや夢なのでは? なんて思い始めた頃、不意に声を掛けられた。女性の綺麗な声だった。さっき寝起きだのと思っていた気がするが、この時ばかりは即行で起き上がり、そちらへと向き直る事に成功。人間とは物欲的なものである。


「………」

「………」


 声の主を見た印象。うん、たぶん美人なんだと思う。こう、雰囲気的なものが…… などと答えが曖昧なのは、彼女が鼻下まで隠れるような、真っ白なフードを深く被っていたからだ。今さっきこの空間が白いと言ったばかりだが、彼女も驚くほどに白い。


 着ているのは夢物語の魔法使いが纏うような、全てを白に脱色させたローブ。しかしながら全くの新品という事ではないらしく、虫に食われたのか所々に穴が空き、よくよく注視すればボロボロだ。靴は履いておらず、素足。そして白いのは、何も服装だけの話ではない。フードから出て胸のあたりまで伸びている髪の毛や、首元や手足の晒された肌色までもが、嘘みたいに白い。よくよく確かめなければ、この空間と同化しているように見えてしまうかもしれない。


 ああ、いや…… もしかすれば、最初から俺の視界の端には入っていたのか。頭がぼやけていたから、声を掛けられるまで認識できなかったんだ。


「………」

「………」


 それにしても、気まずい。声を掛けたからには、先に何か喋ってくれ。活発な様子でない事は見て分かるが、俺だってこんな状況でアクティブに行動は――― ん、んん? 俺?


「……俺って、誰だ?」


 何を馬鹿な事を、いや、しかし…… 駄目だ、全く自分の事を思い出せない。どこかで頭を打ったのか? それで、この何もない白の空間に倒れていた? クソッ、全然意味分かんねぇ。


「どうやら、ご自分を思い出せないようですね。ですが、それはここでは当然の事。どうか混乱なさらないでください」

「えっ? あ、はい……」


 び、ビックリしたぁ……! 静寂を保っているかと思えば、今度は流暢に話し始めた。だが、お兄さんは今の声を聞いて、大体の事は掴んだぞ。自分の名前も年齢も分からないけど、取り敢えずはお兄さん(仮)として掴んだぞ。身長、体の肉付き、声色からして、彼女を20代前半と予想! ……うわ、馬鹿みたいな特技が判明してしまった。


 しかし、本当にここは何なんだ? 彼女の言葉を信じるのなら、この場所で記憶をなくす事は珍しくもないようだけど。


「……あの、もしかしてここは天国で、貴女は神様だったりします?」


 言葉にして分かる事がある。俺は何て馬鹿な質問をしてしまったんだ、と。


「申し訳ありません。どちらも違います」

「ですよねー」


 ほら、当然の回答が戻って来た。俺の頬は今、とても赤くなっている事だろう。


「ここはあらゆる世界、あらゆる時代の死霊が渦巻く『黒檻くろおり』。その機能から脱した、デッドスペースのようなものです。貴方は何を捨ててでも成し遂げたいと思う、実現不可能な願いを叶える為に、この黒檻にいらっしゃったのです」

「………」


 うん、赤くなってる場合じゃないな。割と本気で、この人が何を言っているのかが理解できない。死霊? 黒檻? 何の話をしているんだ?


「重ねて申し訳ありません。唐突にこのような話をされても、混乱を招くだけでしたね。まずは自己紹介から致しましょう。私は黒檻の案内人、ゼラと申します」

「あ、これはご丁寧にどうも。えっと、俺は…… ちょっと記憶喪失気味でして、名前も分からない状態なんです」

「ええ、存じていますよ。先ほども申しましたが、この黒檻に足を踏み入れた者は一時的に記憶を失います。それが越えるべき試練の1つであり、貴方に科せられた罰でもあるのです」

「ば、罰……?」


 雲行きが怪しくなってきた。ここが天国ではなくゼラさんが神でないとすれば、ひょっとして地獄ってオチか? 貴女は閻魔様だったのですか?


「ああ、私とした事が、また不安を煽ってしまいましたか…… そうですね。それでは次に、この黒檻についてご説明致します」

「ええっと、お願いします……」


 何はともなれ、今の状況を打破できるのは彼女しかいない。あれこれと憶測して混乱するよりも、まずはゼラさんの話に集中しよう。


「黒檻は『死の巫女』によって生み出された場所です。死後の世界ではありませんが、貴方の世界とも異なる次元に存在します」

「は、はぁ……」


 既に突拍子もない話になっている。だけど、ゼラさんが嘘を言っているとは思えなかった。何となく、だけど。


「三千世界より出でる、憎悪や無念といった残留思念…… 簡単に言いますとそれらを集めに集め、途方もないエネルギーを結集した場所だと理解して頂ければ良いかと―――」


 ―――それから俺は、ゼラさんの話す説明を悪戦苦闘しながら受け入れた。ああ、それはもう理解するのに苦労した。どの話も俺の常識からかけ離れているものばかりで、聞き覚えのない新しい単語を聞く度に、心の中のメモ帳へと懸命に書き込んだ。


 で、だ。それらを簡単に分かりやすく纏めるとだな…… この黒檻と呼ばれる場所である条件を満たすと、どんな願いもたちどころに叶えてくれるという。この場所はあらゆる世界の悪しき感情を収集、そしてエネルギーに変換する機能があり、それだけの力があるんだそうだ。俄かには信じられないが、あるって言うんだから仕方がない。


 俺はそんな眉唾物な噂にまんまと引っ掛かり、経緯は不明だが自ら黒檻へと足を踏み入れたそうだ。黒檻への入場チケットは、自身に関する記憶。だから俺は、自分の事について名前も知らない。ついでに自分の事が分からないから、自分が何を願う為に黒檻を訪れたのかも分からない。これでは条件を達したところで、願いを叶えるもクソもないではないか。当然俺はそう思った。


「記憶については達成条件である、『死の巫女を発見する』を遂行した時点で戻る仕組みとなっております。ですから、その点はご心配なさらないでください」


 だ、そうだ。死の巫女とは増殖を続ける黒檻の管理人のようなもので、この世界のどこかにいるらしい。増殖する世界とか、宇宙みたいで洒落にならない。一体どれだけ広大なんだろうか。


 そうそう。宇宙の存在を知っているように、俺には自身の記憶がないが、知識はそのまま受け継いでいる事も判明した。知識の偏りから推測するに、どうも俺は日本という国の出身のようだ。


「ゼラさん、日本という国をご存知ですか?」

「……申し訳ありません」


 さいですか。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] すべからくの意味を勘違いされているようなので「すべからく」「用法」などで検索することをおすすめします。
[一言] 新作投稿ありがとうございます。 主人公が記憶喪失なのが他作品との共通点なのですね。
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