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第一夜 開かれた門


「何回も同じ失敗を繰り返すな!」


上司の怒鳴り声が社内で鳴り響く。周囲のOL達もクスクスと笑いながら、窓際族の山田をチラ見していた。


「申し訳ありません」


理不尽なパワハラに屈せず、山田安彦は深々と頭を下げる。しかしながら上司のネチネチ攻撃は止まる素振りを見せない。


「本当に反省しているのか? 心の底から反省していれば同じ失敗を何度も何度も短期間に繰り返す筈がない! お前の仕事に対する姿勢は甘すぎるぞ」


「はい。もう二度と同じ失敗を繰り返さないように全力で仕事に励みます」


怒り狂う上司と適当に会話した後、ようやく解放された山田は席に戻り、鞄の中からお気に入りの駄菓子を取り出す。それからパソコンの陰に隠れながら、片手で菓子を食い、もう一方の腕でキーボードを打つ。社内パソコンでネットサーフィンを愉しみ、好みの男とチャットを交わしているのだ。


『仕事で溜まったフラストレーションを解放したいです。リアルで私と会ってくれる方いませんか? こちらは40代のリーマン隠れSです。普段は大人しいですが、鞭を持てば人が変わると良く言われるので、責められ好きな方はハマっちゃうかもしれません。なんにせよ、興味があれば返信してください』


するとさっそくチャットルームに誰かが入室し、書き込みがあった。


『僕はおっさん好き10代後半Mです。小柄な体で声変わりもしてるかしてないか分からない未熟者なのですが、相手してくれますか?』


正直言って若い筋肉質な男が良かったが背に腹は変えられない。山田はボリボリとポテチを摘まみながら返信する。


『いいですよ。こちらは後数時間で仕事が終わるので16時から予定が空きます。何時にデートしますか?』


『17時にしましょう。待ち合わせ場所は都内某所のワモノ喫茶店でお願いします』


ワモノ喫茶店は組合員に評判の場所だ。会社からも近いという理由もあって、即座に承諾する。


『分かりました。では後程伺います』


チャットを落とすと、いつの間にやら野次馬OL達が集まっていて、痛々しい視線を向けていた。


「この人課長が言ってる意味全然分かってないじゃん」


「また課長にチクる?」


「今日はもう放っておいていいでしょ。後少しで勤務時間終わるし、こいつのせいで私達全員が残業することになったら大変だよ」


「それもそうね。課長にチクるのはまた明日にしましょう」


去っていくOL達を気にも止めず、山田は残りの仕事を済ませた後、颯爽と会社を飛び出す。普段から仕事仲間とはあまり交流を持たず、ましてや女性との付き合いは皆無に等しい。仕事よりもネットの世界で知り合った方との出会いが、山田にとっては重要だ。



通勤鞄を片手に喫茶店の前で待っていると、私服姿の少年が此方を見つめていた。髪色はブラウンで、確かに小柄な体格をしている。中性的な顔立ちが目立ち、とても優しそうな雰囲気だ。


「君が掲示板の子かな?」


山田は爽やかな笑顔で少年に話しかけた。すると少年は頬を染めて恥ずかしそうにモジモジと俯いていた。


「はいそうです……こういうの初めてなのでなんか緊張しちゃいます」


「そうだね、私も人見知りだから内心緊張してるよ。さてさて……立ち話もなんだから喫茶店に入って御一緒に珈琲でも飲みませんか?」


「お願いします」


少年は顔を上げた後、ペコリと頭を下げた。随分と物静かな少年である。今時の若い子はオラオラモード全開だと思っていただけに気が抜けそうだ。山田は早速少年を連れて喫茶店に入店。奥の席に座った2人は、それぞれ店員に飲みたい物を伝えた。そしてそれから、鬱憤晴らしの会話が始まる。チャットでは堪能出来ないリアルな息遣いの雑談だ。


「私の名前は山田安彦です。今日はよろしくお願い致します」


「あ、どーも。こちらこそよろしくです。えーと僕の名前は理世です」


「りせい……君だね。理世君は組合員歴長いの?」


「いえ全然、僕は最近目覚めたばかりでこっちの世界はあまりよく分かっていません」


「そうなんだ。という事は両性イケる感じなのかな?」


「りょうせい…………そうですね。僕の場合は両方行き来してます」


この少年、真面目そうな顔して中々の小悪魔だ。男だろうが女だろうが関係なく、自分の気分に応じて相手を変えるらしい。山田の隠れたS心が早くも飛び出しそうだ。


「掲示板でMって書いてあったけど、やっぱり虐められたら嬉しい?」


山田の問いかけに、少年は黙って下を向いていた。かなりの照れ屋さんだ。頬を染めて左右に視線を泳がせている。


「あの……正直に言っていいですか?」


「もちろんです。私は素直な子が好きなので、遠慮なくどうぞ」


「実は僕、以前あなたに会った事があります。その時にちょっと……責められて……犬になっちゃいました」


顔から湯気が吹き出さんばかりの勢いで衝撃告白。これには山田も驚きを隠せず、腕を組んで過去を遡る。


「ちょっと待って思い出すから」


こんなに可愛い子を相手すれば忘れる筈がない。好みとはかけ離れているが、理世君には小動物的な癒しを感じるので、ペットとして飼うにはうってつけだ。しかしながら歴代の犬達に、彼のような独特な癒しを持つ者はいない。


「たぶん思い出せないかな、あの時の山田さんと今の山田さんは違う感じなので」


「私そんなに凄かったの?」


「鞭を持って大立ち回りしてました」


彼の言葉に嘘はない。山田安彦という男は鞭を手にした途端、人が変わったかのように豹変し、狙った獲物を執拗に攻めまくるのだ。その際、記憶が飛ぶのは日常茶飯事である。山田はテーブルに置かれたオリジナルブレンドを口にし、カップを置いて一息つく。


「もしかして私が目覚めさせちゃったのかな?」


「……はい。山田さんの神業で誰にも開けられなかった扉が開いて、気が付いたらこっちの世界に来ちゃいました」


それを聞いた山田は、知らず知らず自身のテクニックが上がっている事を確信し、内心ほくそ笑む。ノンケ君の扉を開けてしまうほどテクが上昇していたとは、夢にも思わなかったからだ。


「ぶっちゃけて聞くけど週何回ぐらい……」


言い終わらない内に外から女性の悲鳴が聞こえた。何事かと思って立ち上がると、喫茶店の入り口が何者かに蹴破られた。外は炎天下で夏真っ只中なのだが何故か鉄の甲冑に身を包んだ2人が、店内にズカズカと入り込む。そしてその2人は山田の前で止まると、訳の分からない言葉を使ってまくし立てるように喋りかけてきた。




「○×□~×※※□□△□~!!」




恐らく外国語だろう。何を言ってるかさっぱりだ。


「私に何か用ですか?」


すると、さっきまで子猫みたいに可愛かった少年が急に牙を剥き出し、狼のような鋭いオーラを放ちながら甲冑2人の前に立ち塞がった。他の客達は当然、ひとり残らず逃げ去っている状態だ。


「気を付けてください。こいつら組合員じゃありません!」


「この方達は先程、女性を恐がらせていましたからね。組合員はそんな真似しませんよ。たとえ不作法な女が目の前に居ようとも我々組合員はそもそも相手にすら……」


いきなり頭上で黒い影が伸びる。見上げると、甲冑の男が斧を振り落とそうとしていた。山田は逃げようとしたが、恐怖のあまり身動きがとれない。まるでスローモーションのようにゆっくりと斧が落ちてくる。すると、理世君が無謀にも甲冑の男に体当たり。その衝撃で甲冑2人組は揃ってダウン。彼はとても華奢な体をしているが、思ったより力があるらしい。


「早く逃げましょう。今の僕達では彼らに勝てません!」


「弱気な事を言ったらダメだよ。言葉には不思議な力があるんだ。弱音を吐けば落ち込むし、強い言葉を使えば己が奮い立つ。だからどんな時でも、強い言葉を使えば、諦めずに立ち向かえるんだ」



…………。



どこかで聞いた名言をドヤ顔で放つものの、少年に腕を引っ張られ外まで連れ出される。やはり見た目に似合わず怪力の持ち主だ。


「そんな悠長に語ってる場合じゃありませんよ! 彼らは組合員を目の敵にしている悪い奴らです」


2人で手を繋いでいる様は実にデートらしい。後ろから追いかけてくる鬼がいなければ完璧なシチュエーションなのだが。


「奴らは組合員を目の敵にしているのか。このご時世にまだそんな不届き者がいるなんて、ますます許せないな」


「話しは後です。門が閉じない内に急ぎましょう」


「確かに……門が完全に閉じた状態で奴らに襲われたら危ないよね。絶対に血が出て、ゆるゆるのガバガバになると思うよ」


そうこうしてる内に山田安彦と理世は門の前まで辿り着く。そこには、やたらガタイの良いイカニモ系が居て、痺れを切らしたのか地団駄を踏みまくっている。


「ンモー! 理世ちゃん遅かったじゃないの! 早くしないとケトゥワーナ・サークルが閉じちゃうわよ!」


目の前にはケトゥワーナ・サークルと呼ばれる巨大な門がそびえ立っていた。あまりにも神々しくこの世の物とは思えない建造物を目の当たりにして、山田は鳥肌を立たせる。


「すみません。やっぱり奴らが現れて邪魔されちゃって……何の説明も出来ませんでした」


「言い訳を結構よ。早く山田先生を門の中に入れなさい!」


知らない間に事態が進んでいく。山田は理世の腕を掴み、血相抱えて問いただす。


「ちょっと待ってくれ。私には何が何だか分からないよ。なんで私が……そのサークルとかいう訳の分からん門に入らないといけないんだ? 私が追っ手を撒くから理世君から先に入りなさい。私も後で覚悟が決まったら門の中に入るから……ていうか、この方誰? こんな人チャットに居ましたっけ?」


早口で喋りまくる山田だったが、理世君とイカニモ系は耳もかさずに戦闘態勢に突入。追っ手2人と激しい攻防戦を繰り広げていた。


「早くしてください! 本当に時間がありません!」


「理世ちゃんの言う通りよ。私達、あとで必ず会えるから先にイッてちょうだい!」


2人に強く言われて引き下がる訳にも行かず、山田は満を持してゲートの中に飛び込む。その時だった。山田は強い光に包まれ、脳裏に走馬灯らしき風景が浮かんでは消えていく。


「まさか……私は死ぬのか?」


そんな事を思いながら再び強い光に包まれると、山田は街の中で立っていた。外国らしき洋風の建物が立ち並び、そこそこの賑わいだ。街の人々も明らかに白人の顔立ちをしているので、ここが東京ではないのは確かだ。


「そこのあんた」


急に日本語が聞こえて声の方向を振り向くと、そこに立っていたのは女だった。貧しい服を着ているが、かなり綺麗な顔立ちだ。10代後半ぐらいだろうか。


「君、日本語が話せるのか!」


捨てる神あれば何とやらだ。しかし、嬉々とする山田とは裏腹に、美少女は首を傾げていた。


「はぁ? ニホンゴってなによ。そんなことよりあんた、そんな変な格好でこの辺うろついてたら怪しまれるよ。」


「初対面の相手に向かって変な服を着ているとは、大変失礼な物言いだと思います。それに貴方が着てるボロ服も変な格好に分類されると思うのですが?」


「さっきからなに言ってるのよ。通報されない内に早く私の家に来なさい。紳士的なあなたにピッタリの服があるから」


しぶしぶ山田は彼女の後ろをついていく。外国に来て早々、厄介事に巻き込まれるなんてついてないな。そんな事を思ってると、これまたボロ服に良く似合うボロ家に連れてこられる。あちこちに蜘蛛の巣が貼っていて、到底人が住んでいるとは思えない。しかし彼女は入口を開けて私を中に招き入れた。テレビや電話、冷蔵庫すらなく、文明から取り残された殺風景な部屋だ。貧乏にもほどがあるだろうと、山田は心の中で呟く。


「それで、私に合う紳士的な服とは?」


「これよ」


彼女が両手に持っていたのは古びた黒色のスーツだった。正直カビ臭い。こんな服よりも余程、山田が着ているスーツの方がマトモだ。最近買ったばかりなので、彼女が持ってるのとは比べ物にすらならない。


「なんだこの服……やたらと年代物で埃が被ってるじゃないか。こんなもの私が着るわけないだろう」


「いいから着なさいよ。父の形見なんだから」


「余計に受け取れません」


彼女の亡くなった父親に申し訳ないと思いながらも、やはりこのスーツは古臭すぎる。古くてもせめて洗ってさえいればまだマシなのだが、どう見てもアレは十数年以上前から臭いクローゼットに放り込まれていた筈だ。今に至るまで陽の目に浴びた事は一度も無さそう。


「お願いだからもらってよ。これはお父さんの遺言なの!」


「ゆ、遺言ですか?」


喫驚のあまり目が見開く。


「父が亡くなる直前に言ってたの。゛この黒い服は、かつてこの国を救った偉大な方が着ていた物だ。彼を見かけたら、この服を渡してくれ。そして、弁償が遅くなって本当に申し訳ないと伝えてくれ゛ってさ」


彼女は真剣な面持ちで語っているが、どう考えても人違いだ。



「で、その偉大な方が私だと? なるほどなるほど……それは有り得ないですね。ぜっったいに違いますよ。私はただの中年サラリーマンですし、なにより今日、初めてこの国に来ました」



「私もそう思うんだけどね。お父さんが言ってた救世主とやらの特徴に似てるのよあんた。救世主なんて私は信じてないけど、父の遺言だから仕方ないのよね。だから受け取ってよ」


まったく腑に落ちないが仕方ない。山田は困惑しながらもスーツを受け取った。


「はいはい、もう分かりましたよ。私が代わりにその救世主とやらに届けます。日本には私にそっくりな人がたくさんいるので、しらみつぶしに当たれば見つかるでしょう多分」


山田の風貌は典型的な日本の中年サラリーマンだ。しかしながら、この国では滅多に見られない人種だろう。彼女が見間違うのも当然だ。


「よかったわ。これで亡くなった父も浮かばれるわね」


傍から見ると、本当に心から安堵した様子だ。山田が仕事でフラストレーションを貯めているのと同じように、彼女にも色々と事情があるのだろう。少しでもそういった重荷が減ったのならば、それはそれで良き事だ。


「不躾な質問で申し訳ないが、亡くなった父君はどういった仕事をしていたんだ? 救世主と関わりがあるなんて普通じゃないだろ」


「父の仕事? お父さんはかつてこの国を治めていたけど、それが何か?」


「こ、国王……ということは君はお姫様になるのか……へーそうなんですね」


山田は半信半疑な思いを隠しきれずにいられない。一国の姫様がこんな汚い家に住んでるとは考えられないからだ。


「私の身分を疑っているという事は、あなた本当に外から来たのね。少なからずこの街の人間なら誰だって知ってる事実よ」


どうやら彼女は嘘つきじゃないようだ。彼女の父が国王ならば救世主と知り合いなのも頷ける。しかしながら、追われる身の山田には関係無い事だ。彼女の過去がどうあれ、今は安全確保が優先だ。


「それはそうと、この辺りで十代の可愛らしい子犬みたいな少年を見かけなかったか? 見た感じ、ちょうど君と同い年ぐらいなんだけど」


「私、あまり人と関わらないようにしてるから知らないわ」


やはり彼女には複雑な事情があるようだ。長居しても邪魔になりそうなので、山田はそそくさと外に出ようとする。だがその時だった。



ドンドンドンドンドン!!



玄関の扉をやかましく叩く音が部屋中に鳴り響く。山田は何事かと彼女に問いかけた。すると彼女は、


「静かにして、奴ら組合員よ」


と答える。


「組合員? 組合員ってあの組合員か」


「あなた奴らを知ってるのね」


「知ってるも何も、一応私も組合員ですから」


そう言うと、彼女は血相抱えて悲鳴を上げていた。何が悪かったのか知らないが、とにかく謝らなければならない。だがそうこうしてる内に扉を蹴破られ、侵入者が現れた。風貌は金髪のホスト系で、歳は二十代前半ぐらいか。組合員というよりむしろ組の者って感じだ。


「早く来な。姐御が呼んでるぜ」


「冗談じゃないわ。あいつとは二度と会いたくないし、会わないって決めたのよ!」


厄年なのだろうか。山田は次々と災難に巻き込まれ、心休まる暇もない。




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