その名はカルミラ
はじめまして!
読んでいただきありがとうございます! よほどのことがない限り毎日更新していきますのでお付き合いいただけますと幸いです!
ブクマ・感想もお待ちしております……
留学生自体は珍しいものではない。
俺の通う『古石城高校』は都内屈指の進学校であり、長い伝統を誇ることから情操教育にも力を入れている。海外の名門校とも姉妹校の関係を築いているから、お互いに留学生を交換することも頻繁にある。
去年……俺が一年生のときも、夏休み明けにアメリカから留学生が来て、半年ほどこちらで勉強をしてからまたアメリカに帰っていった。いい思い出だ。彼は非常に優秀で、それから諧謔にあふれていた。
さておき、素敵な彼がアメリカに帰ってから約半年、夏休み明けの今日、再び我がクラスには留学生が転入してくることになったのだ。同じクラスに二人も、と疑問に思うかもしれないがこれにはワケがある。俺の所属する二年A組は、いわゆる特進クラスというものだ。進学校である我が校の内でも特に『勉学』に励む者、それらが集まるクラスこそがこのA組である。部活にアルバイトに芸術活動、皆が熱を込めるものはそれぞれに異なるが、しかし留学生が配属されるのはこのA組ということになっているらしい。勉強することが目的だという建前があるのだろう。
去年と同じような顔ぶれが頭を突き合わせて勉強することすでに半年、いよいよ息苦しくなってきたところに留学生と来た。勉強の足かせになるとボヤく輩もいるが、しかし俺個人としていい息抜きになるのではないかととらえている。今後の社会、閉鎖的に勉学に打ち込むのもよいが、さまざまな文化に触れて国際社会に適応するのもまた重要なのではないか。
「あの……功刀くん?」
「……」
「くーぬーぎーく~ん。聞こえてる? もしも~し?」
左側からそんな声が聞こえて、俺は我に返った。
「……どうした、高階」
「どうした、じゃないよ。またボーっとしてたよ?」
シンプルな眼鏡をかけた彼女は呆れた目で俺を見上げていた。
高階美文。同級生だ。
がり勉が集うこのクラスでも特に成績がよく、その丁寧な性格とクラス委員長も務める責任感の強さから教師陣からの信頼も厚い。去年から席が近いこともあり、俺はよく彼女と一緒に放課後も図書室に残り勉強をしている。
「考え事をしていただけだ」
「歩いてたりしてても急に立ち止まって考えこむんだもん。危ないよ」
「……」
「ちょっと! もどってこ~い!」
そういって高階は俺の肩をぺしぺしと叩いてくる。
「どうせ転校生のことでしょ」
「そんなところだ」
「もう……二年生も折り返しだよ? そろそろ受験に集中しないと」
「そうだな」
高階も志ある者だ。しっかりものだからこそ、この時期からすでに気持ちを引き締めているのだろう。俺も転校生が来るからと言って浮かれている場合でないかもしれない。
★
浮かれるどころの話ではなかった。
担任に伴われて教室に入って来た『彼女』を目の当たりにして、俺達は完全に言葉を失った。
それはなんというか……いや、俺の貧弱な表現力では言い表せないが、それはなんというか、『畏怖』の対象ですらあった。
例えば町を歩いていて突然向こうから美人が歩いてきたとする。そうしたとき、彼女の顔を見て思わずこちらが顔をそむけてしまうという経験をしたことがあるだろうか。美しいものに対して、人間は近寄りがたさを感じるものだ。
『彼女』は、その極致にいた。
ダークゴールドの長い髪に新雪のように白い肌。日の光を受けて赤く光っているようにすら見える瞳は、つまらなさそうに睫毛に隠れている。
「カルミラ・ロゼ・エインフィール」
水を打ったように静かな教室に、その言葉だけが響いた。
自己紹介はそれだけだった。
★
異様な空気で、その日の授業は行われた。
圧倒的な存在感を誇るカルミラが教室にいるというのに、クラスの誰もが彼女をいないもののように扱っていた。嫌っているとかそういう人間らしい感情ではなく、それはどちらかというと肉食獣に近付かないようにする草食獣のような雰囲気であった。教師ですら、カルミラを指名しするどころか目を合わせようともしていない。
そしてなによりの問題は、そんな彼女が俺の右隣に座っているということだった。
(いや……)
なぜかざわつく胸を抑えて、俺は脳裏で呟く。
(みな、海外からいきなり美人が来たから戸惑っているだけだ。アメリカの彼が来たときだって最初はこんな雰囲気だったはずだ。三日もすれば、きっとみなも慣れる)
今が肝心なのだ。遠路はるばる海外から(担任の紹介によるとルーマニアから)やってきたという彼女に、疎外感を与えてはいけない。先ほどのぶっきらぼうな自己紹介は、きっとエインフィールの不安の表れだ。
(隣にいる俺が、しっかりしなければ)
特進クラスなだけあって、このクラスの連中はお世辞にも社交的とはいえない。こんなクラスが留学生の受け入れ先なのはシステムの欠陥としか言えまいが、それを言い訳にするわけにもいかない。彼女には日本の良さを知ってもらわねばならぬ。
「ちょっと、あなた」
覚悟と共に黒板を睨んでいると、右隣から声をかけられた。
突然のことなので多少の驚きと共にそちらを振り返ると、まさにエインフィールがこちらに顔を向けているところだった。
「……」
改めて近くで見るととんでもない美女だった。本当に同じ人間だとは思えない。
「馬鹿みたいに黙ってないで、なんとかいいなさいよ」
思わず黙り込んだ俺に対して、彼女はあまりにも流暢すぎる日本語でそう言った。
そういえば、なぜ彼女はこれほど流暢に日本語を操れるのだろうか。留学生のはずだ。それに、いくら勉強したとしても、アクセントまで完璧な日本語習得するのは難しいはずだ。
だが、なぜだかそれが気にならないような、取るに足らないような気がいているのも事実だ。
彼女を前にすると、あらゆることが些事に思える。
「ちょっと、聞いているの? 耳が悪いのかしら?」
「……いや、聞こえているが」
「そう。それならさっさと返事をしなさい」
まったく授業に配慮していない音量でそう言うと、彼女は心底つまらなさそうな顔をした。
「これ、一体何なのよ。死ぬほどつまらないわ」
「……?」
俺は彼女の言っていることが理解できずに再び沈黙した。
「学校とやらに行けと言われたけど、退屈すぎるわ。これを半日だなんて、耐えられない」
教室にいる全員が頭から冷水をぶっかけられたかのような空気になった。数式を黒板に書いていた教師が、目を丸くしてこちらを見ている。
「このままだと死んでしまうわ。貴方、気晴らしに歌でも歌ってちょうだい」
「……」
え?
と、クラス全員がそう呟いた気がした。