85【鶴城神域】神案件
本日二回目です。
よろしくお願いします。
さてさて、場面は再び先程の畳の間へと戻ります。
おれが衣装合わせに時間を取られている間、完全に待ちぼうけとなってしまっていた、この鶴城神宮のお偉方二人。
この年の瀬のクッソ忙しいところ本当に申し訳無いと、戻ってくるなり半泣きになっていたおれに対し……チカマ宮司は相変わらずの優しい笑みを湛えたまま。
古式ゆかしい施設や着衣にはそぐわない最先端の技術の結晶、りんご印のタブレットを駆使して雑務を片付けていたらしく……加えてリョウエイさんと顔を合わせる機会を得たことで、普段保留となっていた案件をここぞとばかりに相談していたらしい。
つまりは……いたずらに時間を浪費させていたわけではなく、ちゃんと時間を有効活用してくれていたらしい。よかった、たすかった。
「いや……でもノワがお二人を待たせてたって事実は変わらないから……」
「すみませんでしたァ!!」
「まぁまぁまぁ。知我麻の云う通り、我等の事は気にしなくて良い。……それよりも、矢張り思った通り。見事な装いじゃないか。なぁ?」
「左様でございますな。大層お綺麗でおられる。将来が楽しみなお嬢様だ」
「えと……お、お褒めにあずかり……恐縮、デス」
おれの心というか内面は、未だに男であることを捨ててはいないのだが……それでもこの身体を褒められることは――他でもない愛娘『木乃若芽ちゃん』を褒められるのは――なかなかどうして、やっぱり嬉しい。
在りし日のおれが(若干の邪な想いがあったことは否定できないが)憧れていた衣装……しかもコスプレ用やパチモンではない正真正銘の神職専用衣装に、おれたちが『好き』を詰め込んだキャラクターが袖を通しているのだ。好きな子に好きな衣装が合わさるとあれば、そりゃあちょっとくらいの代償を支払っちゃう気にもなるでしょう。
……そう、ちょっとくらいの代償。
おれの心が深い傷を負う程度の、ほんの些細な代償だ。
「それじゃあ、役者も揃ったところで『擦り合わせ』を続けようか。シラタニ殿の提案の通り、此方は女性神使の装備一式を提供しよう。『表』の女子用の衣装ならば兎に角、此方側の装備なら僕の一存で動かせる。数も其れなりに余裕が在るし、ね」
「『神域』の廻り方の装束ともなれば……その加護と籠められた神力は確かなものでしょう。ワカメ殿の戦装束としても、充分に役立ってくれましょう」
「えー……っと、…………はい。ありがとうございます」
若干引っ掛かるところはあるが……これで鶴城神宮がわが納得してくれるなら、もうそれでいいや。白谷さんもなんだかホクホク顔だし、シロちゃんもいい笑顔だし。……かわいいし。
大事なのは……あくまでもこの装束と引き換えに、おれが提供する内容。
動画配信者としてのおれが……魔法情報局のわめでぃあ局長である木乃若芽ちゃんが、厄の『種』撲滅のために鶴城神宮へと提供できる、その対価の内容だ。
「では……わたしたち『のわめでぃあ』の提案と致しまして、幾つか。……まずは、ひとつ。境内の見所を紹介する動画の作成」
境内の見所紹介動画。単純だが、だからといっておざなりに出来ない。なにせこの鶴城神宮は、実はなかなかに見所が多いのだ。
境内各所には鶴城の本宮の他に、合計で三十近い数のお社様が存在する。それに加えて歴史的にも重要な遺構や、樹齢千年を越えるともいわれるご神木、ちょっと毛色を変えて茶屋の食事メニューや豊富な御守りなど……紹介したい箇所には事欠かない。
欲を言えば……昨今の刀剣ブームにあやかり、宝物殿なんかもじっくり紹介したいところだが……さすがにそこは一般撮影禁止区画だ。
駆け出しの配信者であるおれなんかには、さすがに過ぎた願いというか……高望みというやつだろう。
「……いや、べつに良くない? なぁ知我麻」
「えっ!?」
「ふぅむ…………確認ですが、ワカメ殿のお使いになられるカメラ。……いわゆるストロボ、フラッシュの類は……」
「えっ、と…………無いです」
「……なるほど。では龍影殿の御墨付きもございますし……特例として、此度に限り許可を出しましょう」
「えっ!!? 良いんですか!?!?」
「えぇ。但し呉々も、『普段は撮影禁止である』という旨を記して頂けるのなら」
「おほーーー!! ……えっと、失礼しました。ありがとうございます!! 念のため公開前には、作った映像を確認して頂きに伺いますので……!!」
「えぇ。そうして頂けるのならば……此方としても安心ですな」
やばい、一気にテンション上がってきた。めっちゃ気合い入る。
何てったって……特例だ。普通は撮影が許可されない宝物殿を……今回限り、のわめでぃあに限り、動画撮影の許可を頂けるというのだ。
鶴城神宮の宝物殿は、祀っている神様の性格もあってか、刀剣類の収蔵品が非常に多い。脇差や打刀、馬上太刀から槍の穂先に至るまで……古くは鎌倉や南北朝時代の歴史的遺物から、近代の刀工が奉納した芸術品まで。
数年前の刀剣擬人化ゲームに端を発する若者の刀剣ブームは、未だに健在だ。有名な刀剣類を数多く収蔵する宝物殿を取材させて貰えるなら――鶴城の宝物殿に有名どころの刀剣が収蔵されていると宣伝できれば――これは非常に強い集客武器となること間違いなしだ。
おれは逸る気持ちを必死に宥めながら、尚もプレゼンを継続する。
鶴城さんに一人でも多くの人を招くための施策……その二。
「二つ目は……茶屋のお食事の食レポというかですね、『こんな名物がありますよ』『こんなに美味しいですよ』ということをアピールできる動画を撮らせて頂ければと。勿論、飲食のお代はちゃんとお支払いさせていただきますので、単純に店内での撮影許可を頂ければ」
「あー……あの茶屋ね。厳密には鶴城の経営じゃないからそんなに我儘は利かないんだけど」
「えっ!? ……あー、業務委託的なあれですか?」
「そうそう。餅は餅屋ってね。……まぁ我等との関係も悪くないし、やんわりと協力を促すくらいなら出来るだろう。……というか、ワカメ殿みたいな可愛らしい子に『お店紹介したいので』って言われれば、普通に許可してくれると思うよ。あの子らにも利がある話だし」
「なるほど……後程ご挨拶に伺ってみます」
「なら、その際は知我麻を伴うと良い。……にしても、先の案と態々分けたのには、何か理由が?」
「えっと……それはですね……」
良いところに気づきましたね、と偉そうなことを言いたくなるお姉さん風を必死に宥め、おれはリョウエイさんへと説明する。
確かに茶屋は鶴城神宮の一部なので、先の境内案内動画に完全に盛り込んでしまうのも一つの手段だろう。しかしそれでは当然のことながら、茶屋の紹介が『おまけ』程度になってしまう。
だが、それでは足りない。おれの狙いは単純に、観光動画とはまた別の切り口としてのアプローチを試みる。
つまりは……鶴城の茶屋だけで、一本のグルメ動画を作ることにある。
グルメ動画というのは、そのジャンルそのものを好む層が存在する。ラーメン好きにとってはラーメン屋さんの情報さえ得られれば、喫茶店好きにとっては喫茶店紹介の動画さえあれば良いのであって、その他の情報がメインの動画は眼中にも無いのだろう。
そんな方々に向けた、あくまでも飲食をメインに据えた動画。鶴城神宮の紹介動画ではなく、あくまでも『美味しいお店があったので紹介します。是非行ってみてね。場所はなんと鶴城神宮の中だよ』というスタンスでのアプローチだ。
観光動画ジャンルとは別のジャンルにも釣糸を流すことで、より広い間口からの関心を集めようといのが、この作戦の本質である。
「なので……せっかくなので、先程許可を頂いた宝物殿……これだけでも一本別枠で動画作っても良いかなって思いました。歴史好きの方々向けのアプローチって形で。第三の釣糸ですね」
「成程……色々と考えてくれて居るんだねぇ」
「鶴城さんのご期待に添うためです。がんばりますよ」
作戦内容も、おおむね理解してもらえたようだ。複数の動画を作るとなるとその分手間も増えるのだが、どっちみち動画配信者として食っていく以上はやらなきゃいけないことだ。別段そこまで苦というわけでもない。
まぁ……肝心の茶屋への打診がまだ残っているが、いわく何度かテレビや雑誌の取材も入ったことがあるらしい。意地の悪い経営者ってわけでもないので、断られる心配は少ないだろうとのこと。
つまりは……施策その二も、なんとかなるだろう。
そしてここで……トドメとばかりに、最後の施策を放つ。
これこそが本命にして……おれのダメージも最も大きい、いわば諸刃の剣なのだ。
……鶴城神宮だけに。んフフッ。
なにわろてんねん。誰や。……おれか!!
MPきれました。
やーん