81【鶴城神域】神前問答・其の二
鶴城神宮にとってのメリットに続け、わたしにとってのメリットふたつを提示し……これは双方にとって利のある話だということをアピールしたつもりだった……のだが。
「弱いね」
「……えっ?」
「そうですなぁ。……もう一声、欲しいところです」
「えっ!?」
正直予想だにしていなかったことに……リョウエイさんと、続いてチカマさんに『それじゃ足りない』との指摘を受けてしまった。
双方のメリットとデメリットを提示した上で、互いに得るものの多い取引だとアピールできたハズだったのだが……しかしながら先方、鶴城神宮の表と裏の重役二人は、おれの提示した内容では不釣り合いだという認識らしい。
しかし……現状特に鶴城神宮がわに求めていることは、ほぼ無いはずだ。だというのにまだ『釣り合わない』となると……やはり社会的信用があるテレビ局なんかとは違い、おれのような身元不明な者は撮影する際の手数料をお納めする必要があったということなのだろうか。
「……あの、リョウエイさん? ノワめっちゃ怯えちゃってるから……そろそろ教えてあげてほしいのですが……」
「あぁ、うん。そうだね。……というか、真っ先にそっち方向に考えちゃうかぁ…………良い子なんだね」
「うん……えっと、良い子なんですけどね…………自意識に欠けるというか」
「な、なに!? なんのこと!! なんの話してるの白谷さん!?」
おれとは異なり、リョウエイさんたちの意図するところを察したらしい白谷さん。こんなに賢い子がおれに良くしてくれている現状をありがたいなと思いつつも、しかしながらときどき意地悪になるのは……ちょっとだけひどいと思う。
それこそ今みたいに、まるでおれのことを小さい子どもを見守るような目で眺めていることが良くあるのだ。おれがかしこくないのは自己責任だと思うけど……でもやっぱり、おれ一人だけ置いてけぼりなのはおもしろくない。
「そうだね。此以上ワカメ殿の機嫌を損ねるのも賢く無いだろう。……つまりはね、先程の『足りない』と云うのは何も『ワカメ殿の負担が足りない』と云う事では無い。……寧ろ、逆だ」
「…………え? 逆?」
「そう、逆。我等の手の届かぬ領域で孤軍奮闘する協力者に、我等が何も施さぬと云うのは……我等が『主』の名に傷が付こう。如何に温厚な上様とて黙って居るまいよ」
「そうですなぁ……鶴城の神様は、良い意味で傲慢なところもございますので。御自らが庇護すべきである相手と同格、ないし一方的に得をする取引となると……お臍を曲げてしまわれるかもしれませんなぁ」
「ノワ、思うこともあるだろうけど……ツルギさん程のお相手に一方的に尽くし、一方なんの見返りも求めないっていうのは……ちょっと失礼に当たっちゃうらしい」
……えーっと……つまり。
リョウエイさんとチカマさんが懸念していたことは、あまりにもおれが色々提示しすぎたという点……ということなのか。
二人して言っていた『足りない』というのは……おれの提示に対する『鶴城さんがわの提示』の内容がまだ足りない、ということだったのか。
……交渉が決裂しそうってわけじゃなくて、よかった。
「其処で。モノは相談なんだが……シラタニ殿、で良かったかな?」
「え? あ、はい。ボクですか?」
「そうそう。君君。確か、材料として『霊木』が要るって言ってたよね。……それ、生木じゃなきゃ駄目かい?」
「えーっと……この世界の魔素を帯びていれば大丈夫だと思われるのと、取り敢えずは試作の段階なので……別に生木に拘る必要は無い……です」
「うん。なら何とかなるかな? 一応祝詞も上げてあるし。……なぁ知我麻、縁起物の端材やら破魔矢の規格落ちやら……あれまだ焚き上げてなかったよな?」
「年明けの焚上神事でお送りするつもりでございましたが……あぁ、なるほど」
「そう云うことだ。可能か?」
「龍影殿が是と仰るのであれば、問題無いでしょう。……望月さん」
「マガラ、彼女の補助を」
おれたちの目の前で、とんとん拍子に話を進めていくリョウエイさんとチカマさん。待機していた巫女服姿の女性はチカマさんに呼び寄せられ幾つかの指示を受けた様子で、補助の指示を受けたマガラさん共々退出してしまった。
どうやら生木……生きている木を切り出すことは不可能だけど、お正月の縁起物や破魔矢の材料として確保していた木材(の切れ端や不良品など)を譲ってくれるということらしい。
白谷さんが狙っていたのは、この鶴城の魔素を豊富に含んだ木材だ。さすがにここに根差す生きた樹を渡すわけにはいかないのだろう、それはわかるしむしろ当たり前だ。
縁起物の材料ということは……採取地こそこの鶴城の森じゃないだろうけど、この世界に根差し育った木である。おまけにリョウエイさんの口ぶりから察するに、縁起物として用いるにあたっての祈祷的なことも済ませてあるらしい。
つまりは……この世界由来の素材で、この鶴城さんの魔素を注がれ、人々に幸運を授ける願いも込められた、自由に加工できる木材(というよりかは、端材)である。
「まぁ、さすがに霊木の生木には遠く及ばないだろうが……実際試してみて、駄目だったらまた教えてくれ。神力が足りぬのであれば、また改めて祈祷させよう」
「心得ました。禰宜衆にも通しておきましょう」
「…………いいん、ですか? そんな何から何まで」
「良いも何も……我等は『外』に出られないからね。実際、我等の代わりに働かせてしまっている様なものだ。当然、此方も可能な範囲で協力しよう」
「あ……ありがとうございます! やったねノワ!」
「んふふ……よかったね白谷さん」
「ははは。……さて、シラタニ殿への返礼は一先ず此で進めるとして……ワカメ殿」
「えひゃい!?」
まるで子どものように喜ぶ白谷さんに気をとられ、いきなり名前を呼ばれたことで変な声が出てしまった。
それに……リョウエイさんの、あの口ぶり。あれはまるで……白谷さんへの報酬とは別に、おれ宛の報酬でもあるかのような言い口に聞こえるのだが……
「次は貴女の番だよ。覚悟してくれ」
「ふュ」
にっこりと笑みを深めるリョウエイさん……その表情が今は逆に、なんか怖い。いったいおれは何を施されるのだろう。
白谷さんは……あっ、だめだ。めっちゃニコニコウキウキ顔だ。かわいいけど今はちょっと頼れそうにない。
し……しかたない。魔法情報局の局長として、受けて立とうではありませんか。
何を言われようとも大人の余裕でバッチリ受け止めて、オトナの対応させていただきますとも。
……とか考えちゃうあたり、おれはまだまだ危機予測が足りないんだろうなって。