77【鶴城神域】神使とゆかいな仲間たち
おれの身元――パソコンやスマホなどインターネットを通じて、不特定多数の人々に情報を伝える動画配信者であること――を伝え……とりあえず活動実績として、これまでに公開してきた動画を見て貰うことにした。
音量ボリュームを上げたスマホをリョウエイさんに渡し、再生ボタンをタップする。とりあえず投稿したてほやほやの『おはなしクッキング』を再生し…………アレ、なんか部屋の空気重くなってません?
リョウエイさんはマガラさんにも見えるように画面を傾け、自身もくいいるように画面を見つめている。……どうやらスマホやネットの扱いは心得があるようだが、動画視聴サイトは見たこと無かったようだ。
ていうか、気のせいかな。いや気のせいじゃなくない?
しかし……朝モリアキに教えて貰ったときよりも、再生数カウンターが更に増し増しになっていた。ここまでの速さは未経験なので、内心の動揺を圧し殺すのに必死だ。
今は大事な案件の交渉中なのだ、おれに余裕が無いなんて思われたくない。
それと……どういうことだ。この部屋の空気の重さというか、威圧感というか……だんだん増してきているような気さえするんですが。
「……此は」
「えっ? あ、はい!」
思考に沈みそうになっていたおれの意識が、リョウエイさんの言葉によって引き戻される。
コチラに向けられた画面の中では、エプロン姿のおれが楽しそうに……ぶつ切りにされた鶏肉を揉みしだいている。……マガラさん、よだれ。生肉でもイケる方ですか。
「見た処、屋内での……スタジオ、とやらでの撮影だろう? それに僕も『テレビ』の撮影は、何度か見たことがある。撮影を行うには大掛かりな準備と、大柄で重い撮影機材……それに少なくない費用を要する筈だ。君一人で、どうやって此の鶴城の撮影を行う心算だ?」
「えーっと、それに関しましてはですね。……ちょっと失礼します」
「「あっ……」」
つやつやとした生肉の映像が消え、残念そうな声が聞こえる。……狩衣姿のイケメンが二人揃ってそんな顔するなよ。かわいいかよ。
にやけそうになる顔を必死で自制し、おれはプレイヤーを畳んで別のアプリケーションを呼び起こす。
起動させたのは、おれの自宅PCと紐付けされた遠隔制御アプリケーション。これによって外出先でも(それなりの速度の通信環境さえあれば)自宅PCに収められた各種データを閲覧したり、ある程度の操作を行うことが可能なのだ。
そして……自宅PCから呼び出したのは、これまた完成したてほやほやの動画ファイル。
そのタイトルこそ、『昼飯ついていってもイイですか?【伊養町商店街編】』。屋外でも撮影が行え、おれ一人で成立させられることを示すには丁度良い……まだ未公開の動画である。
あっ、これがいわゆる『本邦初公開』ってやつか。ちょっとかっこいいぞ。……違うか。
『ヘィリィ! 親愛なる人間種諸君。魔法情報局のわめでぃあ、局長兼リポーターの木乃若芽です! 本日はですね……ここ! 伊養町商店街からお送りしています!』
「えっと、まぁ……こんな感じで。街中でおれ一人でも、問題なく撮影することが出来ます。撮影機材もですね、テレビ用の高価なカメラじゃありませんけど……これです」
「「えっ?」」
肩掛け鞄から引っ張り出した不織布の巾着袋、そこに納められていた小型軽量の電子機器に……動画用のカメラと聞いてテレビ局のスタッフが扱うような、ロケットランチャーみたいな機材を想像していたのだろう二人が、揃って『ぽかん』とした表情を見せる。かわいいかよ。
まぁ……それも無理もないだろう。おれが愛用するゴップロは本体の操作性を犠牲に、取り回しの良さと耐候性にステータスを割り振ったアウトドアカメラなのだ。
低下した操作性も、片手で操作できる別売の無線コントローラーと併用することで解決できる。安い買い物ではなかったが。
ともあれ、その小ささはある種の感動モノなのだ。ロケランとサイズを比べたら……笑うしかない。
「これです。これがカメラ本体で、これが無線コントローラー。この動画でもおれは、このカメラに棒を付けたものをずっと構えて撮影してます」
「……待って。待ってくれ。……この映像は、君が、独りで、自分だけで撮影して居るのか?」
「はい。そうです」
「……他の人員とか、撮影内容の調整なんかは」
「居ないですね。いちおうラニ……この子も出演者ではありますが、撮影スタッフはおれだけなので。なので面倒な企画会議とか、予算折衝とか一切無いです。おれが撮ろうと思ったものを撮って、すぐにでも公開することが出来ます。……まぁ、テロップ……文字いれたり、音を調整したりしたいので、厳密には『すぐ』じゃないですけど」
「…………必要となる資金……掛かる費用なんかは」
「ほぼ無いですね。……強いて言えば、おれの家からここまでの電車代くらいで」
「………………成程、非常に手軽な訳か」
「はい。非常に簡単に公開できるんです。……というか、あの」
さすがに……気のせいだと言い聞かせ続けるには、無理がある。
困惑気味に周囲を見回すおれの姿を見て、だいたい察してくれたのだろう。リョウエイさんは苦笑すると、周囲へと声を掛ける。
「……お前達、警邏は如何した。持ち場へ戻れ」
「…………おおぅ……やはり……」
「否……待て。シロは此所に残れ」
『ヒッ!?』
姿は見えずとも、びくりと肩を竦ませる様子が目に浮かぶような……そんな悲鳴じみた呼気が、どこからともなく耳に届く。
先程から感じていた、空気の重苦しさ。……もしかしなくても、集まっていたのだろう。この部屋に。
リョウエイさんの言いつけ通りに警邏へ戻ったのだろうか、部屋の空気が幾分か軽くなる。
するとリョウエイさんは瞳を閉じて思案顔で、顎に手を当て何事か考えていた様子だったが……暫しの後に瞼と、そして口を開く。
「シロ。知我麻を呼べ。『厄に関して』と伝えよ」
『は……はっ! 御意に!』
チカマって誰よ、とか考える間もなく……どこか幼げな声のみを残し、姿を消したままの何者かは足早に去っていった……みたいだ。
恐らくはリョウエイさんの指示通り、チカマさんとやらを呼びに行ったのだろう。リョウエイさんは『厄に関して』と言っていたが、これはもしかして。
もしかすると……期待して良いのだろうか。
「……さて、ワカメ殿。先程の件だが……是非前向きに検討願いたい」
「は……はひっ! ありがとうございます!」
「ついては……此方としても可能な限り、力添えをさせよう。宮司を呼びに行かせた、暫し待ってくれ」
「いえ、境内撮影の許可が頂け…………なんて?」
「鶴城の宮司を……知我麻を呼びに行かせた。僕が取り次ごう、暫し待ってくれ」
「………………ふュっ」
――拝啓、浪越市神宮区の烏森様。お元気でしょうか。
わたし達はというと、当初の予定通り白谷さんと鶴城さんに参拝したところ……なんと、鶴城神宮神職のトップと、いきなり面会させて頂く機会を賜りました。
さすがにここまでは想定してませんでした。
…………どうしよう。
セーフですわ~~~~~~~~~~~~