70【参拝計画】お出かけ秘策
おれの家から最寄りとなる駅は、浪越鉄道中央線の欅駅。西行き下りの一番線と東行き上りの二番線しかない、こぢんまりとした無人駅だ。
駅前ロータリーも、バスやタクシーの乗り場も無い。コンビニさえも少し離れたところにしか無く、飲み物とたばこの自販機が並ぶだけ。利用者以外は訪れる人など皆無な、大変寂しげな駅である。
ここまでの道のりは白谷さんに【エルフ隠しver2.0(瞳・髪色対応版)】を掛けてもらい、正体の露見に対する対処は万全……のはず。
特徴的な長い耳と、髪(と瞳)の色さえ誤魔化せば、スマホなどのカメラに撮られない限りは黒髪さらさらストレートのただの美幼女にしか見えない。……はず。
生命探知魔法を駆使して人目を避け、記憶を頼りに街頭や店舗の防犯カメラを避けてきたので、おれの正体が露見した可能性は無いだろう。
最寄りといっても、(以前の)おれの足で徒歩二十分。緩やかに登り続ける住宅地を歩くこと……この身体では、およそ三十分。
おれは屈折魔法でその身を隠した白谷さんと共に、浪鉄線欅駅に到着した。
「じゃあ……ここで良いかい?」
「うん。お願いね、白谷さん」
「まーかせて。『我が意を繋げ……【座標指針】』、っと……よし。これでノワの部屋からいつでもここへ跳んでこれる。出たり入ったりを見られる心配も無いわけだ」
「ありがとう白谷さん。……しっかし、めっちゃ便利だね。ものすっごい助かる……」
「ふふ、そうだろう。ボクも修めた甲斐があるってもんだよ」
白谷さんの空間魔法【繋門】は、『予め地点登録しておいた場所へと跳ぶ門を開く』という形式の転移魔法らしい。出口にある程度の制約が掛かるとはいえ、術者以外の者や物を運ぶことも可能な優れものだ。
しかし実は『一度記録した座標指針は保持し続けるだけで少量ずつ魔力を消耗していく』『複数箇所を記録すればその分保持に要する魔力は増える』といったデメリットが存在するため、前世のニコラさんにとっては今イチ使い勝手が宜しくなかったらしいが……フェアリー種となっ(てしまっ)たことで魔力の容量が爆発的に増え、しかもその魔力もおれから供給され続ける状況とあっては評価が一転。
実質無料で好きなときに指定座標へ跳躍できる、非常に有用なお助け魔法となっている。
ふふ…………実質無料。良い言葉だ。
「でもさ例えば……ここに『門』繋げようとしたときに先客が居た場合って、どうなっちゃうの?」
「繋ごうとした時点で、座標指針の周囲状況は感知できるんだ。座標の安全を確保してから『門』を開けるようにね」
「あーなるほど。先客……っていうか近くに人が居たら、ちょっと待って誰も居なくなってから『門』を繋いでもらえば良いと」
「そういうこと。……まぁ、ここだったら大丈夫そうだけどね」
「でっしょー」
二台ならんだ券売機と、これまた二台ならんだ自動改札機しか無い、非常に控えめな欅駅の駅舎。……その裏手。建物の角に隠れた、駅の利用者からは死角になっている位置へと、座標指針を打ち込んで貰う。
先の説明を聞いた限りでは『門』から出てくる瞬間を見られる危険は無さそうだし、万が一にでもこの死角から出てくるところを駅利用者に見られた際は……まぁ『かくれんぼ』してましたとでも言えば良いだろう。
帰宅の際は、おれの部屋に打ち込んだ座標指針に向けて『門』を開いて貰い。
外出の際は、この駅舎の死角へと繋いで貰った『門』を利用させて貰う。
おれは自宅マンションの玄関を出入りする必要がなくなるので、帰宅時に尾行されたり自宅を特定されたり……といった危険を回避することができるのだ。
白谷さんのお陰で……これでお出掛けにまつわる心配事の半分は解決したと見て良いだろう。
「ふっふっふ。何だかおれも楽しみになってきた……久しぶりだなぁ鶴城さん。初詣以来か」
「良いじゃないか。せっかくのお出掛けなんだ、一緒に楽しもう」
「おっけー! ……でもとりあえずは、ちゃーんと白谷さん案内するからね。そこは任せといて!」
「期待してるよ。宜しくね、ノワ」
おれは少し大きめのキャスケット帽に長い髪を丸めて押し込み、鍔を下げて目深に被る。こちらを睨む監視カメラにささやかな抵抗を見せ、自前の交通ICカードを自動改札機にタッチして欅駅のホームへ。目当ての電車は下り方向なので、こっち側のホームで問題ない。
鶴城神宮の最寄り駅はその名もずばり神宮東門駅であり、浪越市街の方面ではあるものの東京駅とは逆方面なので『下り』になるのだ。浪越市の基幹駅方向なのに『下り』……少し解りづらいな。
一方の白谷さんはというと……自動改札機を興味深げに眺めているけど、結局ゲートの上をふわふわと飛び越えて来てしまった。少し思うところはあったけどカメラには何も写っていないだろうし、お一人様に見えるおれが二人分『ピッ』てするのは逆に不審なので……申し訳ないけどお目こぼししてもらおう。メンゴメンゴ。
そうこうしている間にも、東方向から接近してくる電車の姿。少しレトロな形状に青一色のカラーが特徴的な、浪越鉄道の普通電車がホームへと入ってきた。
この欅駅から乗車する乗客はおれ(と白谷さん)だけのようで、車内も人の姿は疎らのようだ。立ちっぱを強いられることは無さそうで、安心した。
「乗るよ白谷さん。肩座って良いよ。声気を付けてね」
『了解。お邪魔するね、ノワ。……ふふっ、楽しみだなぁ』
「ああもう、かわいいなぁ……」
『そっくりそのままお返しするね?』
両側引き込みの扉がガタガタと開き、おれたちは冬でもほんのり暖かい車内へと乗り込んだ。