68【在宅勤務】するはずでしたが
さて……本日は水曜日。師走下旬の、とある平穏な平日である。
週末の生配信は金曜の夜を想定し、とりあえずはそのつもりで動こうと思う。今日と明日はそれに向けた準備を進める日となるだろう。
天使のように可愛らしい白谷さんの寝顔と、これまた非常に可愛らしい白谷さんのジト目を存分に堪能したおれは、軽く腹ごしらえを済ませてパソコン机へと向かう。
昨日進めていた編集作業は完成こそしていないが、あと一息というところまでは漕ぎ着けているのだ。できれば今日中に投稿できるよう、引き続き仕上げに取り掛かる。
白谷さんのおかげで、かわいい成分の補充もバッチリ。今のおれはやる気に満ちている。
「ねぇねぇノワ、ちょっといい?」
「んー? どしたのラニ。おいでおいで」
「んふふ。……じゃあお言葉に甘えて」
今まさに作業を始めようとしていたおれだったが、他でもない白谷さんの求めとあったら聞かないわけにはいかない。
虹色の翅をはためかせてふわふわと翔んできた白谷さんは……『えへへ』と可愛らしい笑みを浮かべておれの目の前、モニターの天辺に腰掛ける。かわいい。
「ごめんね、忙しいとこ。ちょっとノワの知識を借りたくて」
「いいよいいよ。おれに答えられることなら。どしたの?」
「えっと……何て言ったら良いんだろうな。…………この世界で……魔素が潤沢な場所って、心当たりある?」
「………………はい?」
「ええっと、ね…………何て表現すれば良いんだろ、『何かの力が溢れてくる感じがする場所』っていうか、『奇跡が起こりやすい場所』っていうか……」
「……パワースポット? 願いが叶いやすい場所、みたいな?」
「そう! そんな感…………パワースポット?」
魔素の濃い薄いは関係あるのか判らないけど……力が満ちてくるような場所といえば、一般的に『パワースポット』と呼ばれる場所がそれに当たるだろうか。
大自然のスピリチュアルなエネルギーを全身で受け止めることで、運気向上とか体調改善とか商売繁盛とか落書無用とか、よくわかんないけど色んな効果があるとかないとか。
正直おれは眉唾物だと思っていたのだが……白谷さんが興味をもったということは、少なからず御利益があるのだろうか。
…………うん? 御利益?
「……ていうか、神社とか? あっこも一種のパワースポットだし、実際みんな神様にお願いしてるし」
「ジン、ジャー……ね。なるほど、神様への祈りを捧げる……教会とか、神殿のような位置付けの施設って感じかな?」
「んー……たぶんね。なあに白谷さん、神社興味あるの?」
「興味あるかと聞かれると……そうだね。非常に興味が沸いた」
「じゃあ行ってみる? ちょうど浪越市にも大きいのあるし」
「行ってみたいけど……大丈夫? ノワの予定圧迫しちゃうんじゃ……」
「編集は……あともう一息だし、すぐ近くだから大丈夫だよ。モリアキのオウチの近くだから。鶴城さん」
そう……なんとこんな都会のど真ん中に、由緒正しい社がどっしり居を構えているのだ。
神話にも登場する霊験あらたかな神剣をご神体とする、中部日本の信仰における中枢を担うお宮さん。
浪越市神宮区の象徴的存在……その名もずばり『鶴城神宮』。
ご神体である神剣が納められている本殿の他にも、相殿神としてこれまた神話にも登場する有名な神々が多数祀られているので、パワースポットとしてのレベルも相当なものだと思う。
それこそ数日後に控えた初詣では、例年数百万人の人々が日本全国から押し寄せ……
「ちょっ、待って! ノワ待って!」
「え? なになに?」
「神々……多数、って……え? 待って、そんなに神様いっぱい居るの? この世界」
「んー、世界っていうか……この国独特の感性かなぁ。ヤオヨロズの神々って言ってね、八百万って書くんだよねヤオヨロズ。て言ってもまぁ正確な数字じゃなくて、それくらい多くの……つまり身の回りのほぼ全てのモノに神様が宿ってる、っていう信仰なんだけどね」
「はっ……ぴゃく……まん……」
「ああ、もちろん強い力を持った神様はほんの一握りだよ。でも鶴城神宮の主神は最高神の一人だし、相殿の神様もそれに連なる有力者揃いだから安心し」
「待って……『最高神の一人』ってどういうこと……? なんで最高神なのに何人も居るような言い方されてるの?」
「えーっと確か……最高神の持ってる側面のひとつが、またひとつの神格として別扱いされたって感じだったと思う。鶴城のご神体は剣だから、『剣神』とも呼ばれてる。勝負事を司る面が強いとかなんとか」
「…………最高神様が得意分野ごとに分身してあちこち担当してるけど、信仰される神様そのものは最高神様のまま、ってこと?」
「そうそう、たぶんそんな感じ。とりあえず神社の格でいうとかなり上位のはずだよ、鶴城さん」
「……おっけー。解った。とりあえず、そこなら期待が持てそうだってことと……この国の信仰が、すごく、すごーく複雑だってことが」
「そうかなあ……じゃあま、とりあえず動画ぱっぱか仕上げちゃうね。片付いたら鶴城神宮行ってみよっか」
「うん。お願い」
金曜夜の生配信の準備をすると言ったな。アレは予定だ。
べつに今日お出掛けしても、明日まる一日あるからなんとかなるだろう。他でもない白谷さんの、めずらしい『お願い』なのだ。聞いてやらなければ男が廃るというものだろう。
急遽決定したお出掛けを楽しむためにも……とりあえず目の前のノルマを片付けるべく、おれはちょっと本気を出した。
結局、作業そのものはあっさりと……十時頃には概ね完成した。
この身体の性能を使っての編集作業に、だんだん慣れてきたのもあるのだろうけど……何よりも白谷さんの応援効果が半端無かった。
あの容姿で『頑張れっ』は……ちょっと反則だと思う。