56【写真撮影】いろんな装備揃ってます
「…………なぁ、おいカスモリさんよ。あの子ヤベェぞ」
「やっぱヤベェっすか、トリガミさん」
先輩(と姿を隠したままの白谷さん)が消えていった更衣室のドアへ目を向け、カメラマンを務める鳥神氏がポツリと呟く。
彼はこの『スタジオえびす』にて、老若男女問わず多くのお客さんを写真(と動画)に収めてきた人物である。それこそ母親に抱き抱えられる乳幼児から、立っているのもやっとなお年寄りまで。年齢も性別も家族構成も世帯収入も、ときには国籍さえも異なる様々な人たちと向かい合ってきた。
どちらかというと人との触れ合いが皆無な……引きこもり気味なオレの仕事と異なり、バリバリの対人スキルが必要とされる職業だ。どんな人にも対応できる接客技能に加え、多岐に及ぶ専門技能と専門知識を兼ね備えた彼、鳥神竜慈をもってして『ヤベェ』と言わしめる少女。
それが、木乃若芽ちゃん。
……つまりは先輩だ。
「あんまプライバシー掘り出すんも良くないって解ってっけどさ……あんな人目引く上に可愛い子がまだ手付かずだったってのがまず信じらんねぇ。十歳とは思えねーくらい落ち着いてるし、聞き分けは良いし物わかりも良いし物覚えも良いし」
「それは……えっと…………スゴイッスネ」
「そう、スゲーんだわ。まさにジュニアモデルとして必要な要素、片っ端から全部兼ね備えてんだぞ。オマケに度胸も中々だ。……気付いてっか? 途中からのポーズな、画面指示じゃなくあの子のオリジナルだったぞ」
「そらまた場慣れしてるっていうか……撮られ慣れてるんすかね?」
「……まぁ……そうかもな。そっか配信者だもんな。…………いや、そうだ。そうだよ。さっきは流したけどよ……仮想って話じゃ無ェの? お前SNSでキャラデザ携わってた云々言ってたのって……あの子だろ?」
「えっと、まぁ……なんてぇか…………色々ありまして。ちょっとオレの口から勝手に言える事じゃ無いっす、スマセン」
「あー…………悪ぃ。……ってお前に詫びてもしゃーねーよな」
「そっすね。とりあえず若芽ちゃん待ちますか。……そいえばトミーさんアマゾネスどこまで消化しました?」
「とりあえず百階辿り着いた。もう二度とやりたく無ぇ」
「ええスゲェ、オレまだ全然っすわ……無敵貫通マジ無理っす……」
「どんな編成? ちょい見せてみ?」
「えーっと…………こんな感じす」
「おけ、ちょい借りる」
女の子の着替えがそう簡単に終わらないことくらい、オレ達だって認識している。今日は専門のスタイリストさんが居るわけでもないので、慣れない洋服とあっては尚更手間取ることだろう。
先輩が衣装替えを終えるまで暇を持て余したオレ達は……しばし共通の時間潰しに興じるのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
更衣室へと移動したおれと白谷さんは、とりあえず言われた通りにテーブルの上を物色してみる。
するとそこには『烏森用』と走り書かれた付箋が貼られたプラスチック篭が幾つか並び、それぞれに子ども用の衣類一式が仕舞われていた。
おそらくは篭ひとつひとつで予めセット組みがなされており、数多あるそれらの中から数セットをピックアップしてくれたのだろう……スタイリスト的な人が不在でもある程度のコーディネートが行えるよう、業務効率化が図られた形跡が見てとれる。
「ほへー、参考になる……おれ女の子の服装とかわかんないからなぁ」
「なるほど、興味深いね。どれもこれも造りが繊細だ。……耐久性をあまり視野に入れていないのか」
「白谷さんのいう『耐久性』って……もしかしなくても……」
「うん、実戦に耐えうるかどうか」
「そりゃあ視野に入れてないと思うよ……」
とりあえず篭の中からひとつ、色合いが気に入った衣類を広げてしげしげと眺めてみる。せっかく更衣室を独り占めできるのでテーブルに並べてみて、ほうほうふむふむとコーディネートを目に焼き付けてみる。
今回も全体的に秋冬コーデ、寒色系に寄せた落ち着いた色使いが特徴の組み合わせのようだ。
黒の長袖インナーにごくごく淡いピンク(ほぼ白)のカーディガンを合わせ、下はカーキ色のミニスカート。貼り付けられていた写真を見る限りは、黒色のタイツと合わせると良い感じになるらしい。
「タイツなぁ……買おっかなぁ、あったかそうだし」
「この黒い脚衣? タイツっていうのか。……あるけど、出す?」
「は?」
「ちょっと待ってね。……すー……はー。……『我は紡ぐ……【蔵守】』」
「は!?!!!?」
すごい、これが魔法か。他人が使っているのを客観的に見たのは初めてだ。
白谷さんの目の前の空間が『うにょん』って歪んだかと思うと、その歪みがあっという間に拡がっていく。やがてその歪みが何かの形を象ったかと思えば……次の瞬間には歪みは消え失せ、黒い布状の何かが宙に浮いていた。
得意気な笑みをうかべる白谷さんの、無言の圧に圧されるように手を伸ばすと……どことなくひんやりとした、しかしデタラメに滑らかな布の感触が指に伝わってきた。
「ぇえ…………すごい、何これ……」
「『影飛鼬』の特異個体、その腹の柔らかな毛を丁寧に紡いで、霊銀蟲糸と織り上げた脚衣だよ。【敏捷】と【隠密】がウリだけど【適化】も当然刻んであるから、ノワの小さなお尻でも問題無いと思うよ」
「待って待って待って、わかんない。単語の意味がなんとなく理解できちゃってる現状もワケわかんないけど……待って、白谷さん。もしかしてなんだけど……」
「うん。考えてみたら、ボクは『全てを君に捧げる』って言ったもんね」
「えっと、えっと、えっと…………待って、じゃあ……もしかしなくても……」
「うん。まぁ……そうだね」
虚空から白谷さんが取り出した、『影飛鼬の脚衣』――間違いなくこの世界のものではない装備品――それが意味するところに思い当たり……ファンタジーに染まり始めてきたおれの思考が、その結論にあっさりと辿り着く。
今の白谷さんの行動、発言。そして彼女の符号【天幻】と、その得意とする分野。……それは、まさか。
「見た感じ……きっちり全部残ってそうだね。【蔵守】の中身」
「ちょっ」
「さっきも言ったけど、ボクの全てはキミのモノ。つまりはこれらも全て……キミのモノだよ、ノワ」
「おま」
どこぞのガキ大将理論を魔改造したような、方向性は真逆ながら理不尽さではひけをとらない謎の理屈を告げられ……その言葉の意味をやっと理解することができたおれの口から絞り出されたのは……
「…………すごいね」
「ふふ。そうだろう?」
小学生並みの、ひどく陳腐な一言感想……俗にいう『小並感』というやつだった。