【撮影遠征】不思議の海のわかめ_十五夜
……えーっとですね。
わたくし木乃若芽、さすがにちょっと正直ビックリしたんですけどもね、泡盛の国の民はマジで酒慣れしてるみたいでですね。
「はいじゃあ本日最終日、予定のほう確認させて頂きますね」
「「「はぁーーい」」」
昨晩はあんなにお酒を飲みまくって騒ぎまくって、おれやウチのコたちに散々ボディタッチやらナデナデやら抱っこやらを仕掛けてくださった先方お三方ですけどもね。
……帰路につこうにもメトロノームみたいに左右に揺れながら歩いてたり、タクシー乗るときにはドアの上に頭ゴッツンコしちゃったりしていた、ぶっちゃけ色々と限界そうなお姉さん方だったんですけどもね。
今はもう…………完全にいつもどおり、平常運転ですわ。うそでしょあんなに飲んでたのに。あんなにダメそうだったのに。
「『のわめでぃあ』さんの乗る便は十五時半発の浪越直通を押さえてますので、空港には十三時頃を予定してます。……んで、それまでにもう一つ……最後のひと仕事をですね、ウチの面々とお願いしたいと思います」
「オッケーです。幸いというか演者は無事なので、撮影には問題無いと思います。…………相談ごとや仕事関連のお話なんかはですね、今日はもう直接わたしに下さい。彼はもうダメです」
「アッ、ハイ。承知しました。……すみませんウチの面々が。大変ご迷惑をお掛けしました」
「ウゥーーン……ウゥーーン…………」
まぁそうだな、これが普通の反応だろう。むしろあんなに飲んでてケロッとしてるほうがおかしい。
いやはや、『接待だから』と勧められたお酒を全部飲んでたモリアキ先生……あんたはよく頑張ったよ、とりあえず今は休め。こっそり【快気】掛けといたげるから。
……元気になった? よかった。
全行程四日間となる今回の撮影、その最終日。ホテルイチオシのモーニングブッフェを堪能し終え、食器を下げてもらったテーブルにて簡単に打ち合わせを行うおれたち。
そう……撮影はまだ終わりじゃない。午後の便で浪越市に帰るまでに、午前中にもう一本撮影が待ち構えているのだ。
………………………………………
「えー、おはようございます。本日のガイドを引き受けます『満屋良』と申します」
「同じく『吹木堂』です。皆さんどうぞ、宜しくお願いします」
「「「「よろしくお願いします!!」」」」
「ま、ますっ!」「んに」「ふゃい!」
ところ変わって、本日最初で最後の撮影現場、神路島内を流れるこちらは漂木川にて翁縄アクティビティのご紹介撮影である。
お昼すぎにはもう飛行機に乗るのに、そんなのんびりアクティビティできちゃうの? ……なーんて疑っている視聴者さん!
なんとびっくり! あるんですよ出発(もしくは到着)その日に堪能できる翁縄離島アクティビティが!
市街地エリアから空港方面へと向かう道中、南西方向に向けて口を開く湾のほとりにて、現在おれたちは完全装備の上で集合している。
長袖ラッシュガードに踝丈のタイツ、一昨日の自由時間にアーケードモールで買った『海藻魂』のTシャツと、浪越のアウトドア用品店で買っておいたアウトドア用ハーフパンツ。
他の子たちも似たりよったりな格好をして立ち並ぶ中、何故かおれにだけヘルメットと自撮りカメラがセットされているわけなのだが……はぁーん、まぁそういうこともあるだろう。覚悟完了だ。
「コッチの皆さんは初めてとのことですが、まぁそんな肩肘張らなくて大丈夫です。今日は風も穏やかですんで、波もほぼ無いでしょう。の〜んびりプカプカ楽しんで下さいね」
「撮影は私達に任せてもらって、コッチのことは気にせず思い思いに過ごして貰えればと」
「一応私もミャークちゃんもインストラクター資格あるんで、大船に乗ったつもりで……まぁ大船っていうかカヌーなんですけど、安心して下さいね」
「あ、ありがとうございます。心強いです」
そんなこんなでですね、我々はこれから『漂木川マングローブカヌーツアー』を堪能させていただくわけであります!
われわれ『のわめでぃあ』からの参加者は、二艘に二名ずつで計四名、可愛らしい美少女四人がノミネートです。
いつも縁の下で力持ちしてくれてるモリアキおじさんはですね、まだ体調が本調子じゃないとのことで見学ですね。
……大丈夫? やばかったらもっかい【治癒】魔法使うから言ってね?
ともあれ、われわれ初心者四名の参加者なのだが……ツアー会社の満屋良さんと吹木堂さん、そして咲喜島姉妹のおふたりと、なんとインストラクター資格持ち四名による厚待遇!
有資格者二人でカヌー一艘を見ててくれるなんて、本当まじすごいVIP待遇と言わざるを得ませんね。まぁ初心者かつ幼年組もいるので、万が一のことがあってはならないと考えてくれたのだろう。ありがたいことこの上ない。
「ご、ごッ、ごッ、おごッ……! ごひゅじんどの! 御主人どのォ゛! 小生『ふわふわ』に! 只今小生『ふわふわ』の『ゆるゆる』に御座いまする! あッ、アッ! ア゛ワ゛ァーッ! ごしゅじんどのぉー! あぁーーん!!」
「なーんでギャン泣きしちゃうかなぁー……昨日は蝶羽湾であんな大ハシャギしてたのに……」
「ごじゅじんどのぉぉぉ!!」
「はーいはいはい! もぉー大丈夫だよーすぐ後ろにいるからぁー!」
そんなこんなで漕ぎ出し、川を少し遡上し始めたあたりで……おれと同じカヌーに乗ってる朽羅ちゃんが、何やら急にビビり始めた。
モーターボートなんかと異なり全幅がかなり控え目な二人乗りカヌーということもあってか、どうやら横揺れがかなり気になる様子。
とはいえ流れも穏やかな漂木川、波やそれによる揺れなんか無いに等しいのだけど……おれの前でプルプルしてる朽羅ちゃんは、カヌーはどうやらお気に召さないようだ。
「なーんでかなぁー……昨日はグラスボトム船でキャッキャしてたじゃない?」
「そ、それわ! それは周囲全て海の上にて御座いますれば! いたいけな小生を害す悪しきモノが潜む隙も御座いませぬゆえ! 何よりも御主人どのや御義姉様や町猫娘が側に居りましたゆえ!」
「あー…………まぁ、まわり全部が鬱蒼としてるもんね、このあたり。加えて足下がコレ……っていうか川だし、なるほど逃げたくてもご自慢の脚は封じられちゃった形なわけだ」
「さようにございましゅゆ! 小生斯様にか弱く儚げでいたいけなるうさちゃんに御座いますれば、この森に棲まう邪なる獣どものお嫁さんとして狙われちゃうでございましゅる!!」
「まぁそんな悪いものなんて居ない……って言っても安心してくれなさそうだもんなぁ……ウゥーン」
もともと神々見本宗に仕える者として、神使『野兎』の性質を多少なりとも継承している朽羅ちゃんである。
その黒糖色の髪に紛れる長大な一対の垂れ耳は、見た目の通りに非常に鋭敏な感覚器なのだろう。
今このときも……周囲全周三六〇度の森に潜む数多の生命の存在を、未だかつて視たことも聴いたこともない陸上動物の反応を、南国の熱帯雨林ならではの非常に力強い生命の鼓動を一気に感じ取り、その生命力の『圧力』とでも表現すべきものに対して不安を感じてしまっているのだろう。
まぁ……仕方ないよな。
普段はあんなに生意気で、いたずら好きで、他人をおちょくってばかりで、おしおきされてばかりの困った子だけど……まだまだ一人前のオトナとは言い難い、見た目通りの幼子なのだ。
未知のものに不安や怖れを抱くのは、生命として当然。ましてや厄に抗い続けてきた神様の遣いともなれば、なおさらだ。
でも。いや……だからこそ。
「大丈夫だよ朽羅ちゃん。お、ッ、…………わたしがちゃーんと、一緒についてるから」
「うぅうぅ……ごしゅじん、どの……?」
「初めてのことで怖くなっちゃうのは悪いことじゃないけど……でも、その『怖いもの』全部、わたしが追っ払ったげるから。朽羅ちゃんが怖いものなんて無いんだから、大船に乗ったつもりで……のんびり景色でも眺めてごらん? 揺れもほら、まるで『はんもっく』みたいでしょ?」
「ふぇっ、……ふぇぇ」
知らないものが多いのは、一朝一夕でどうにかなるわけじゃないけど……ここ『のわめでぃあ』が、その頼れる局長木乃若芽ちゃんの側が安心できる場所であるということは、きちっとアピールしておきたい所存である。
そりゃあ、癒し度や安心感で言えば、われらが最終兵器みんなだいすき霧衣お姉ちゃんに勝るものなしかもしれないけど……おれだってみんなのことは大好きだし、どんな厄からも絶対に守り抜いて幸せにしたいし、みんなのことは家族と言って差し支えない大切な大切な存在だと思っているのだ。
その気持ちに偽りは、絶対に無い。
神様からお預りしている御遣い様だから、とか……そういうメタい部分を抜きにしても、単純におれはみんなのことが大好きなのだ。
大好きな子たちには、そりゃあやっぱり笑っていてほしいだろ。
「ごしゅじん、どの……」
「大丈夫だから、ね? 朽羅ちゃん。怖くないから……みんなのとこ、行こ?」
黙っていれば純粋に可愛らしいお顔を……涙で潤んだ大きな瞳を、やがて薄く薄ーく引き絞り。
上体を『ぐでー』っとせいいっぱい後に倒し、前席の彼女は後席のおれの顔を真下から見上げ。
「くふふふっ。……『大船』と呼ぶには、些か頼り無う御座いまする。ましてやそれを操る船頭もまた、中々どうして頼りになるとは言い難い童女にてございますれば、せめてその真平らな胸周りだけでも小生より育って頂きたいもので」
「ははーんさては理解ってねぇな?」
「ウワァーーーーー!?!? アァーーーー!!! 揺れあーーーーーー!!?」
「このまま二人仲良くドボンしてもいいんだぞオラッ! 一蓮托生ってやつだぞオラッ! まっ平らじゃ無いしちょっとだけどちゃんと膨らんでるんだぞオラッ! 全身びしょ濡れになるかどうかはわたし次第なんだぞ理解ってんのかオラッ! 理解ったかオラッごめんなさいしろオラッ!」
「ご、ごべんなさい!! ごえんなさい!! ごべんじゃやい!! ごひゅじんどのぉーー!!」
オールを川の水面にバッシャンバッシャン叩き付け、またおしりごとカヌーをドスンドスンと揺らして大暴れしつつ、いつもの調子に戻った困った子を口汚く罵る。
悲鳴を上げながらも『歓喜』の感情を滲ませ、大きくてきれいなお目々を弓なりに、彼女は満面の笑みを浮かべている。
……まぁ、この子のお世話を霧衣お姉ちゃんに任せすぎたのも、原因としては無くはないのだろう。
安心できる場所は霧衣ちゃんの側だけじゃないんだよと、ちゃーんと教え込んであげなきゃならない。
お家に帰ったら、もっとおれも積極的にコミュニケーションを取るようにすべきだろうな。
家庭内のことを嫁に任せすぎたせいで、子に全く懐かれない父親の悲劇とかよく聞くもんな、そんなのは嫌だぞおれは。
そうとも、おれは一家の頼れる大黒柱として、みんなに頼ってもらえる安心感ある局長にならなければならないのだ!
なぜならおれはおとこなので!!




