【撮影遠征】不思議の海のわかめ_十三夜
午前中の一発目で、なかなか高濃度の『のわ虐』を収穫できたお陰もあってか……引き続いての目的地二箇所目での収録は、たいへん平和に終えることができた。
サンゴ礁によって形作られた複雑な海底地形と、そこに棲まう多種多様な水棲生物を観察するための特殊船舶。船底の一部分に強化ガラスを備え、巨大なハコメガネと化した水中観察船。
一般的に『グラスボトム船』あるいは『グラスボート』と呼ばれるこのアクティビティは、身体を水に濡らすことなく水中散歩(気分)が味わえるとあって、老若男女に大人気なんだとか。
ボートの上も、ばっちり屋根と壁(と窓)でカバーされているので、強風で帽子や妖精さんがぶっ飛ばされちゃう心配もない。
初めての海上散歩に大はしゃぎする神使娘三人組であっても、転落の危険はおそらく無い。安心である。
「おっきいさかな! おっきいさかな! あねうえどの! あれおっきいさかななのである! 吾輩おっきいさかなを見たのである!」
「きりえどの! きりえどの! 小生あれなる岩の上にて丸い『ざぶとん』を見つけたでございまする!」
『ハイ今日はすごいですねー! 皆さん運が良いですよー! あの岩の上の座布団はね、あれウミガメですね! あれは『アオウミガメ』という種類で、あの子は大人の部類ですね。アオウミガメの寿命はだいたい七〇から八〇年とも言われてまして、あの大きさですとだいたい三〇歳は行ってますかね」
「「「へえーーーー…………」」」
「すっげ、そんな長生きなんすね」
『体の色は青というよりかは黒っぽかったり、また褐色がかってたりもするんですけど、体内の脂肪が青いから『アオウミガメ』と呼ばれるようになった……とも言われてます。これは主に餌の色素のせいだと言われていて、大人のアオウミガメは主に海藻を餌にするんですけども、つまりはその餌の海藻、主にアマモやワカメなんかのせいなんですね』
「「「「「「………………」」」」」」
「なんですか皆さん。どうしたんですか一斉にこっち見て。…………一斉に無言で目を逸らさないでください言いたいことがあれば言ってください? そうですわたしがわかめちゃんですよ? おぉん?」
『あーっとすごいですね! ハイちょっと船動かしますね! 間もなく進行方向左手にですね、おーっきな菱形のお魚さんが見えてきますよーハイ来ました! どうですか見えますか皆さん! 今日はホントすごいですねー!』
「「「わあああああ……!!」」」
「「スゲェーーーー!!」」
思わず大歓声を上げるなかよし三姉妹と、思わず素のリアクションを出してしまうモリアキおじさんおよび中身おじさんおれ。声を出せないラニちゃんも口に手を当てて声をこぼさないように我慢しながらも、驚きにその目を大きく見開いているようだ。
まぁちょっと油断してしまったけど、女の子でも「すげー!」とか言っちゃうことあるもんな。生配信されているわけでもないし、これくらいならかろうじてセーフだろう。
だって……だって、仕方ないじゃないか。
海を泳ぐ魚類の中でも最大級のサイズを誇る存在、南の海を表す定番のアイコンでもあるアイドル的存在、一般的に『マンタ』と呼称されるビッグすごいレアフィッシュが、悠々と目の前を泳いでいたのだから。
『ご存知の方も多いですね。あれは『マンタ』といいまして、正しい名前は『オニイトマキエイ』といいます。エイの仲間ですが毒針は無く、おとなしくて好奇心も旺盛、人なつっこいのでダイビングなんかでは大人気ですね。こうして見れるのはホンット運が良いですよー! 大きいものでは横幅八メートル、重さは三トンにもなりますが、小ちゃなプランクトンだけを食べてこんなに大きくなるんですよ。すごいでしょう?』
「「「「………………」」」」
「おいこらそこの大人ども。今なんでこっち見た? おん? 怒らないから言ってみ? 船長さんのお話のどの部分に反応してこっち見た? おぉん? ホラ正直に言ってみ? 『なんでアレはちっちゃいまま育たないんだろうな』って言ってみ? ことと次第によってはわかめちゃん怒るぞ?」
「怒る気じゃん」「怒らないって言ったじゃん」
「ン゛ッッ」
『せっかくですので、もうちょっとお話しましょうか。こうして多くの人に人気があるマンタですが、その行動や生態はまだまだ謎な部分が多いです。彼らは二十年以上も生きると言われ、十歳くらいで大人になります。脳も大きくて長生きなので、魚の仲間の中ではとてもかしこいと言われていますね』
「よかったじゃないすか若芽ちゃん。十歳で長生きでかしこいって親近感感じるんじゃなイ゛ァオ゛ッ!!」
「怒った」「怒っちゃったぁ」
『お兄さん大丈夫ですかー? いよいよ吐きそうだったら窓の外吐いちゃって良いですからねー! 船内だけはやめてくださいねー!』
「だ、大丈夫っす……」
「ふーんだ」
船そのものは、そこまで大きなものというわけでもない。定員はだいたい二十人そこらの船ではあるが、真ん中の巨大なハコメガネのおかげでバッチリ海中観察が行える。
一瞬ごとに変わってゆく海底の景色と、そこを行き交う色も形も大きさも様々な水棲生物の数々、そして船内スピーカー越しにリアルタイムで解説を入れてくれる船長さんのお話。初めて見る光景に、かわいい三人娘は夢中のようだ。
海の底、水底と聞いておれが思い出すのは……やっぱり仮想海底渓谷イシェルバレーの領主様であらせられる、白ロリ男の娘実在仮想配信者ミルク・イシェルさん。
なんでも彼(の基となった彼女)……幼少期に見た蝶羽湾グラスボトム船ツアーの、つまりはまさにこの光景を目にしたことが切っ掛けで、そのまま水棲生物沼に沈んでいったらしい。
……より厳密にいうと、その後食した新鮮なまぐろのお刺身のせいらしいけど……まぁ、人ひとりのその後の人生を左右する(切っ掛けになる)くらいには、印象的な光景なのだろう。
潮の流れで作り出された巨大な谷と、そこに沿うように広がるサンゴの森と、色とりどりの魚やウミガメやマンタの姿。
なるほどこれは……一度目にしたら、そうそう忘れることはなさそうだ。
ハコメガネ窓を挟んだ向かい側に座るなかよし三姉妹のハシャぎっぷりを眺めながら……おれは今回の案件を提供してくれた『RyuKyube』さんへの感謝のきもちを、より一層高めていくのであった。
こんなにも良くしてくれたのだから……そのご恩は返さなくてはならない。
求められていることはもちろん、それ以上の成果をもってして期待に応え……彼らの目的である『咲島地方の活性化』に、全力で寄与させていただこうではないか。
……まあ単純に、おれたち自身が気に入っちゃったっていうのもあるけどな!
むしろそれが過半数だけどな!




