【撮影遠征】不思議の海のわかめ_第八夜
おれたちと、なによりもこの世界に対して、恭順の意を示してくれた魔王メイルス……改め、プリミシア博士。
異世界産の『魔法』技術の布告によって、現在多忙極まりない日々を送っているはずの彼女が、今こうしてこの場にいること……それはもちろん、おれたちのようなお遊びではない。
いや、えっと……おれたちもべつに遊び十割ではないのですが!
「この世界は元々、私達の世界とは比べ物にならない程に魔素が乏しかった。……が、そんな世界においても超常の神秘や奇跡……それこそ『魔法』とでも呼ぶべき現象が存在していたことを知ってね」
「えーっと、まぁ……神様とか居るくらいですもんね」
「そう、君達の言うところの『神』だよ。……まぁ、その節は大変に手間を掛けさせた。そもそも一体どうして神が複数、いや無数に存在してるのか……そしてその数多の神が互いに争わず、共存しているなどという信仰の形は、それはそれで興味深い事象ではあるのだが……まぁ、今回注目すべきはそこじゃない」
鍾乳洞を抜けた先……左右を緑深い崖で挟まれた、真東に向いて開けた入江。
真正面に朝陽を望めるであろうこの場所は、見るからに『秘境』然とした周辺環境と相まって、古くからこの島の人々の『祈りの場』として親しまれてきたらしい。
太陽と波の力を一箇所に集め、風に乗せて洞窟内へと導き運び……大地の力をも乗せたその風はやがて周辺集落へと届けられ、人々の心と身体の平穏を守る。
大自然の力強いエネルギーが集まるここは、大切なパワースポットなのだろう。
「端的に言うと……私が以前、レウケポプラの栽培によって人為的に拵えた『魔力溜まり』があるだろう? その天然モノ、私が持ち込んだ異物由来ではなく、この世界由来の『魔力溜まり』であれば、充分な『魔力』が得られるのでは無いかと考えてね」
「……この世界由来百パーセントの『魔法』現象が起こせるのでは、ってこと?」
「それもそうなのだが……うむ、『百聞は一見に如かず』というヤツだ。棗嬢」
「んに? ん、んみゅ」
「『異界』を開く術……【隔世】と言ったかね。一つ頼みたい」
波打ち際で可愛い義姉たちとパシャパシャ戯れていたところ、突如名前を呼ばれてびっくりしちゃった棗ちゃん(※とてもかわいい)。
プリミシア博士からの要求に彼女は戸惑うような視線を向けてきたので、おれは頷いて返す。
忙しい中わざわざ足を運んでくれた(まぁ、ラニの【繋門】で一瞬なのだけど)彼女が、なんの意味も無い無駄なことをするわけがない。
きっと先程までお話してくれた内容の、つまりは『この世界由来の魔力溜まり』に関する何かを、確かめようとしているのだろう。
粛々と、それでいて朗々と祝詞を謳い上げる棗ちゃんの、その小さくて綺麗なお手手が柏手を『ぱんっ』と一つ。
あいにくの曇天だった空模様から、更にひとまわり薄暗くなった入江全体は……この世ならざる異界へと引き落とされ。
「…………やはり、か」
「これはこれは……」
「 マ゜ 、 」
「はわわわわうわうわう」
その姿はまるで、全身を色濃い草葉に覆われたフクロウのような。
身の丈は成人男性ほど、しかしずんぐりむっくりとしているその身体は、体格が良い……というか、そこはかとなく可愛げがある。
まん丸くて大きな目と、嘴のような鼻と、ギザギザの乱杭歯を備えた口、それらを擁する仮面のようなお顔を……一方は赤色に、もう一方は黒色に染め上げ。
「……御初にお目に掛かる。この地に居わす『神』なるモノとお見受けする。私は……異世界人、プリミシア・セルフュロスという者だ。どうか私の話を聞いてほしい」
「………………」「………………」
「…………あ、あの、ボクはニコラっていいます。同じく異世界人です。ちょっとお話お聞かせ頂きたい……んです……けど……」
「………………」「………………」
「…………えーっと」
こちらの問いかけに対し、しばしの沈黙で応えた二柱の神様。
赤色と黒色に染めた顔を『こてん』と傾け……やがてギザギザの歯が備わった物々しい口を、おもむろに開き。
「……එය දුර්ලභ අමුත්තෙකි.」
「「「えっ?」」」
「ඉතාම. ඔබ බොහෝ විට පැමිණියා.」
「「「はい?」」」
「මම මෙහි දීර් කාලයක් තිස්සේ සිටිමි, නමුත් මම ඔබ වැනි අයෙකු පළමු වරට හමුවෙමි.」
「ප්රසන්න ගනුදෙනුකරුවෙකු ඔබව හමුවීම සතුටක්. මෙම "බ්ලෂ්" සහ "කළු" සඳහා යමක් තිබේද」
「「ちょっ」」
「…………あー、えーっと……実はその、不躾なのですが……ちょっとお願いがございまして」
「「えっ!?」」
「……ඔබ කරදරයක සිටින බවක් පෙනේ.」
「කතාව අහමු.」
「あっ……ありがとうございます!」
「「ちょっ!?」」
地理的には同じ『日本国』であったとしても、この地に根付く文化や信仰の形は、日本のものとは大きく異なる……ということなのだろうか。
予想外の自体に直面して硬直している異世界人ふたりを尻目に……おれはこの身体に生まれながらにして備わった言語力、いやもとい【翻訳】という反則的な魔法によって、とりあえずの事なきを得たのだった。
いやほら、わたしってば様々な言語を容易く操る、語学力つよつよエルフ配信者ですし。
そういうものだと、翻訳が必要な言語だとあらかじめ覚悟しておけば、ざっとこんなもんですよ。以前の北陸のような無様はもう晒しませんとも。
……まぁ尤も、以前の山城先生のお母様の件はね、敗北だって認識してるのはおれ一人だけなんだけどね。
フフフ、知識人ふたりと霧衣ちゃんの尊敬の視線が気持ちいいぜ。むふふふ。




