【撮影遠征】不思議の海のわかめ_第七夜
さてさて。
大規模案件ということで、昨晩は望まれるがままにリゾートホテルを満喫させていただいた我々ではあるが……とはいえ、自局の活動を忘れるわけにはいかない。
二日目となる本日だが、当初予定されていたマリンスポーツPR(ぽろりは無いよ)が天候不順により順延なったので、二日めと三日めの予定を丸々入れ換える形となった。
まぁつまり……やや急ではあったが、丸々私事に使えるフリーホリデーとなったわけだな。
天候不順とはいっても、べつに大雨や暴風というわけではない。ほんの微かに青空が見えないこともない程度の曇天、というだけのことなのだが……やっぱり海だからな、可能ならば青空の下で撮影したいということなのだろう。
晴天の望みが無いなら撮影を敢行しただろうけど、なんと明日の予報は晴れ。この時期の翁縄にしては珍しい快晴の予報なのだ。
なのでまあ、せっかくならば晴れの日に撮影を回そうということになり……こうしておれたちは、本日は『のわめでぃあ』として活動しているわけですな。
「鍾乳洞ってオレめちゃくちゃ久しぶりなんすよ。先輩はどうすか?」
「うやー、おれも相当久しぶりだよ。小学校の遠足で行って以来だと思う」
「なるほどつまりつい最近痛ァ!?」
「相変わらず仲がよろしいことで」
ホテルからタクシーで三十分ほど、島の北部に位置する鍾乳洞が、おれたちの本日の目的地である。
広くはない車内で霧衣ちゃんと朽羅ちゃんに挟まれ、更に棗ちゃんを膝に乗っけたおれは……ハチャメチャにココロを掻き乱されながらも、なんとか何も起こらずに辿り着くことができた。
おれが(自称)プロ配信者じゃなかったら危なかったな。間違いなく全身から鼻血を吹き出して爆発四散していたところだ。
なおモリアキは一人助手席で悠々と過ごしてた。
仕方ないとはいえちょっとずるい。後でおぼえてろよ。
「洞窟……に、御座いましょうか? 風に水気を感じまする」
「合歓木の森には、かように大きな岩の洞は無かったぞ。たのしみなのである」
「ご、ご主人どの? あの、えっと……ど、洞穴なのに……何ゆえ風が流れて居るので御座いましょう……?」
「うふふ、それはねぇ…………お前を食べるためさ!!」
「きゃああああああああああ!!?」
(クチラちゃんは暗いとこ嫌いかぁー)
(勢いだけでビビっちゃってるね、落ち着いて考えると支離滅裂な文脈なのに。かわいいかよ)
そんなこんなで、おれたちなかよし『のわめでぃあ』ご一行様は、入場料をお支払いして洞窟……もとい、鍾乳洞へと足を踏み入れていく。
この時間のお客さんはどうやらおれたちだけのようなので、多少騒がしくしてしまっても迷惑にはならないだろう。もし他のお客さんが近づいたら、おれやラニや……まぁ、モリアキ以外の全員が気づくだろうな。
そんなわけで、擬似的ながらも貸し切り状態となったこちら『咲島鍾乳洞』。いつものようにゴップロを回し、なかよし三人娘の初体験をバッチリと撮影していく。
彼女たちのお務めしていた神域には、そりゃちょっとした洞穴や木の洞なんかはあったかもしれないけど……ここまで大きな地底の洞窟は初めてだろう。
鍾乳洞ならではの『ぬめっ』とした岩肌や、透き通り時折波紋を広げる水たまり、はたまた地上では絶対にお目にかかれない奇岩や地形などなど。
要所要所に叡智のエルフわかめちゃんの化学および地学講座を織り交ぜつつ、かわいい三人娘の新鮮な反応を堪能し進むこと……ほんの三十分。
「「「「わあああああ…………!!」」」」
「う、わ…………これはすごい。良い感じだね」
「わ、わたしも現地見るのは初めてですけど……これは、これは」
カメラが狙う三人娘とおれとラニと、喋ってオッケーな子たちは感嘆の声を漏らし。
いちおう撮影中なので声を我慢してくれてるモリアキも、驚きと感動の表情をその顔に浮かべ見つめる、その先。
薄暗い鍾乳洞を進んでいたおれたちの目の前には……なんと、こぢんまりとしながらも大変に風光明媚な、それはそれは美しい入江が広がっていた。
そう、入江。
規模としてはかなり小さいので、厳密に言うと小江という呼び方が正しいのかもしれないが……イメージとしては紅の飛行艇乗りが根城にしてそうな、あんな感じのイメージだ。
洞窟を抜け、ごつごつした岩を数段降りれば、そこは小さくも真っ白な砂浜。海は限りなく透明で、まるで砂浜がそのまま沖まで続いているかのようで。
左右に目を向けると、おそらくは波で削り取られたのだろう荒々しい岩壁。上の方には熱帯らしい植物が、青々と生命力を漲らせている。
おれたちが今通り抜けてきた洞窟以外に、この秘密の浜に辿り着くための道は存在しない。
つまりこの『咲島鍾乳洞』さんは、日本屈指の観光鍾乳洞であると同時に……日本で(たしか)唯一、海へと繋がる洞窟なのだ。
そして……そんな稀有な場所だからこそ。
「おっけー、やっぱかなり濃いみたい。前情報通りだね」
「了解。じゃあモリアキ、カメラ止め……あー、みんながキャッキャしてるの撮っといて。おれらちょっとヒミツの調査すっから、危なくないように見ててあげて」
「了解っす。コレでもプールの監視員バイトやってたんで、お任せっすよ」
「ほいじゃーボクも初めよっかね。……我は紡ぐ、【繋門】!」
この島の……いや、日本全国探してもそうそうお目にかかれない、非常に希少で綺麗で神秘的な場所。
こういった『大自然のエネルギー』が感じられそうな場所は、古来から多くの人々の信仰と祈りを集めてきた。
俗にいう『パワースポット』なんて呼ばれる場所は、神社や祠が建てられたり、あるいは祈りや修行の場となったりと、それはそれは数え切れないほどの『祈り』や『願い』が渦巻いている場所でもある。
そんな『数多の祈りと願い』に満ちた場所。
それでいて、おれたち(というか魔王)が引っ掻き回した浪越市から遠く、異世界由来の魔力に侵されていない場所。
つまりは……純然たるこの世界の神秘に満たされた場所。
「…………なるほど、これは興味深い。感謝するよ、ニコラ」
「こっちのセリフだよ。お仕事忙しいのに、わざわざすまないね……プリミシア」
「ふふっ。確かにお仕事だが……私の『やりたいこと』だからね。苦にはならないさ」
ここならば……ラニやプリミシア博士が企む『秘密の調査』をするのに、もってこいの環境だろう。
そう……おれたちは決して、決して遊びに来ていただけではないのだ。
ほんとなんです。ほんとほんと。ただちょっと……咲島諸島の海とリゾートホテルが思ってた以上に、ちょっとだけとてもやばかっただけで。




