【撮影遠征】不思議の海のわかめ_第三夜
アテンションプリーズ。当機は間もなく『神路島』に到着致します。
座席の背もたれを元の位置に戻して、シートベルトをしっかりお締め下さい。
ただいまの時刻は十四時、午後二時十五分。
天気は、晴れ。気温は……それなりでございます。
当機はまもなく着陸致します。
まぶしい太陽と抜けるような青空のイメージが強い翁縄県だが、五月はどちらかというと晴れてる日のほうが少ないらしい。
雲が多くて陽射しが少なく、それでいて海からの風が絶え間なく通り抜けるので、全国平均よりも高いはずの気温であってもなお肌寒さを感じることがあるのだとか。
半袖シャツに、薄手で風を通さない長袖の上着。とくに夕方から夜は冷えるらしいので、靴下とタイツでバッチリガード。みんなもおれと同様、寒さを防ぎつつ温度調整がしやすいスタイルでの上陸だ。
いつもはバッチリ和服姿の霧衣ちゃんだが、さすがに今回は脱ぎ着しやすい洋服をチョイスし、事前にこれまたバッチリ調達してある。相談に乗ってくれた現地在住配信者姉妹と現役女子高生配信者コンビには頭が上がらない。
ちなみに余談だが……今回衣装調達に協力してくださった二組の実在仮想配信者ペア。
『デバイス使用者』『二人組』『女子』『のわめでぃあ好き』等々どこか境遇が似てるってこともあって一気に仲良くなったらしく、今度コラボするって。よかったね。
(ラニちゃんラニちゃんちょっとちょっとちょっと!! めくれちゃってるどころじゃ無いんだけどちょっと!?)
(あはははは!! ぶわはははははは!! いやーまいったね! 気を抜くと一気にぶっ飛ばされちゃうよこれ!! ……よっこいしょ)
(あーもー、髪の毛すごいことになっちゃってるじゃん……後で梳かしたげるから、ちょっと中で我慢してて)
(わあいノワ好きーー!)
(んっ……照れるなぁ)
飛行機を降りた直後、だだっ広い滑走路を吹き抜ける潮風の洗礼を受けたおれたち。
明らかな海の香りを含んだ強風を堪能し終えた妖精さんは、おれのショルダーバッグのベルト、胸元に付けたスマホホルダー(中はキズ防止クッションでふわふわ)へと楽しそうに潜り込む。……なんで頭から突っ込むかな。おまた丸見えじゃん。
(見せてんのよ、ってやつ?)
(おだまりエッチ妖精)
(あはははは!!)
……さてさて。
ここ神路島空港はどちらかというと地方の、小規模の空港に分類される。
飛行機に乗るための長ーい搭乗ブリッジは無く、自走式のステップが飛行機に横付けしてくるスタイルだ。おれたち乗客はその階段を使って地面へと降り、屋外を歩いて空港ターミナルビルへと向かうことになる。
「奇跡的な快晴らしいっすよ! やっぱわかめちゃん『持ってる』っすね!」
「そりゃーまー……ッ! ……そうでしょうとも! ほらやっぱ、わたしってば叡智の愛されエルフ美少女配信者ですので! きっと翁縄の雄大な大自然そのものに歓迎されてるわけですよ! エルフですので!」
おれたちの先を進むモリアキ(マネージャー兼本日のカメラマン)の手に握られている小型カメラを認識し、きちんと配信者モードで受け答えをしてみせるおれ。
いつもどおりの『ちょっと調子に乗っちゃってる』感じを表に出しながら、その後も『わかめちゃん』の言葉で正直な感想を述べていく。われながらナイスな配信者ムーブだ。
恐らく、自前チャンネルでいつか使う報告動画の材料でも撮り貯めてくれているのだろう。記録用SDカードも充分持ってきたので、せっかくならとほぼ常時回す作戦らしい。
なるほど。だいすきな姉上を心配そうに見上げる棗ちゃん朽羅ちゃんや、彼女らに支えられるように階段を降りてくる儚げ美少女霧衣ちゃんなんかは……うん、とてもいい画ですね。女神の降臨かな。
やっぱり飛行機はちょっと恐かったのか、心なしか元気がない霧衣ちゃんだったけども。
その足が地面を踏みしめ、上げられた視線がおれを捉えると……途端に花が咲くような、とても愛らしい笑顔を浮かべる。おれはしんだ。いきかえった。
「……おつかれさま、霧衣ちゃん」
「わかめさまっ! えへへぇ」
「棗ちゃんと朽羅ちゃんも、ありがとね。えらいぞ」
「に。当然なのである」
「エヘヘぇー! てれるで御座いますゥ!」
「いやーいやー……良いっすねェ……」
おれたちを先導してくれている咲喜島姉妹をあまり待たせないように、カメラを回すモリアキとおれたちは仲良く移動を開始する。
とりあえず目指すのは、目の前の平たくて大きな建物……リゾート感たっぷりの『神路島空港』ターミナルビルである。
…………………………
いや……すごいね、良い意味で空港とは思えないわ。
同じ『空港』という括りの建物のはずなのに、愛智県の中日本国際空港とは規模もつくりも全く違う。
全体を通して平屋建のターミナルビルは、まるでリゾートホテルのエントランスのようだ。壁はとても少なく、建物の内外を隔てているのはガラス張りの大きな窓。天井は高く、視線も通り……とにかく、とても広々としている。
中庭には南国らしい植物が顔を揃え、春だというのに色とりどりの南国っぽい花が咲き、風に波立つ大きな水盤が晴れた空の景色を映している。
おれたち五人(とスマホケース内の一人)は、そんなリゾート感溢れる空港館内をそれはそれは堪能し…………その様子をカメラにバッチリ収められ、また咲喜島姉妹にバッチリ見られていたのだった。
ちくしょうモリアキずるい。カメラマンだから映像残んないのずるい。つぎ初芽ちゃんになったらおっぱい揉んでやる。
…………………………
そんなこんなで途中端折りまして、現在時刻は午後四時のちょっと前。
われわれは空港から送迎のお車に揺られ、景色を楽しみながら三十分ほど移動しまして……本日からお世話になりますリゾートホテル、その堂々たる玄関口にてですね、カメラを回させて頂いております。
リゾート感たっぷりだった空港よりも、およそ七割増し(※当社比)のリゾート力を備えた、たいへん非常にものすっごくすごいリゾートホテル……その名も『さざんくろす』さん。
シンプルかつおしゃれに図柄化された十字星のエンブレムが、南国情緒たっぷりでとてもカッコよくて……なんか、こう、良い。
「……っというわけで! 『のわめでぃあ』さんとお送りする特別企画、題して『夏を先取り! 咲島満喫ツアー』!」
「見所いっぱい楽しいいっぱいの四日間、ぜひ皆様お楽しみに!」
「お相手はわたしたち! 罔象の山猫、咲喜島ミャークと!」
「野分の大扇、咲喜島ヤイマ! そして!」
「叡智のエルフ、木乃若芽! 以下『のわめでぃあ』一同でお送りしまぁーす!」
「せーの、「「うー! はいたーい!」」」
「はーいオッケーでーす」
「はふぅーーーー」
「一発っすね、さすがっす。ナイス『はいたーい』だったっすよ、わかめちゃん」
「オッケーもらえてよかったえしゅ……」
ホテル正面玄関の看板前で、おそらくはオープニングであろうパートを無事に撮影し終え……これでとりあえずひと段落。
ホテル『さざんくろす』広報担当のひとへのご挨拶やチェックインなんかは既に済ませてあるので、次のスケジュールまでは少しだけ気を抜くことができるわけだ。
……まあ、その間もモリアキの持つカメラは回ってるんだけど……こちらは完全に自分達で使う用の映像なので、多分にラフでも問題ない。
一方で、今回の案件のメインである広報動画に関しては、これでもかと気合を入れて臨まなければならない。依頼主さんや帯同されてるスタッフの皆さん、そして『やいみゃー』のお二人(とここに来れなかったウチナ部長)に、ご迷惑をお掛けするわけにはいかないのだ。
「……では『のわめでぃあ』の皆さんは、暫くの間お部屋等でお寛ぎ下さい。次の撮影は夕食シーンとなりますので……グリルダイニング『にぬふぁぶし』へ、十九時までには集合をお願いします」
「わかりました。よろしくお願いします」
とりあえず今のところご迷惑は掛けてないと思うので、この調子で次の撮影もがんばろう。
予定まではあと三時間……いや、二時間半くらいはあるので、その間にお部屋でバッチリ英気を養っておこうではないか。
……まあ、単純にとても楽しみなので!
「わかめどの、わかめどの。我輩あねうえのかばんを持つのである」
「し、小生も! 小生も何かお役に立つで御座いまする!」
「棗さま、朽羅さま……では、お言葉に甘えさせていただきまする」
「「んふふー」」
「あーもーみんなかわいいなぁー! 二人ともありがとね、あとでアイス買ってあげようね」
「甘々っすねぇ~」
(かわいいねぇ~)
笑顔で手を振ってくれる『RyuKyube』の皆さんに見送られながら、おれたちは用意されたお部屋へと移動を開始した。
日の入りが遅い翁縄地方は、夕方四時でもお日様は充分に高い。
せっかくの自由時間なのだ……これは楽しまなきゃ損ってやつだな!




