はじまりの救世主
役目を終えて散る直前、ひときわ鮮やかに色付く木の葉のような、赤々とした長い髪。
整った顔つきと綺麗な目鼻立ち、日本人離れしたその容姿に、常に楽しそうな微笑を湛え。
日本はおろか、世界じゅうを揺るがす世紀の大発見……『異世界』ならびに『魔素』研究の第一人者。
革新的な新技術・画期的な発明を数多く世に送り出した、キングオブマギアクラフト……【魔王】プリミシア。
えーっとですね、恐らくもうお理解りだと思いますが。
「ふふふ。そんな熱い視線を向けないでくれたまえ。……惚れてしまう」
「………………ッス」
ええ……【魔王】メイルス(のなれの果て)です。この娘。
十月一日未明の、この世界の常識がまるっと更新されることになる大事件……誰が呼んだか『世界の始まりの日』。
……まぁ、確かにデッカイ樹の下だったからな。命の樹かどうかはわからなかったけど。あと聴こえたのは鯨たちの声の残響じゃなくて空飛ぶ鮫の唸り声だったけど。今はどこをさ迷い行くんだろうな。
都心の緑地公園……日頃から利用者も非常に多いだろう合歓木公園内に、一夜にして突如出現した異色の大樹。
『核』であったメイルスがこうなった以上、アレはもはや生命活動を停止させた『脱け殻』でしかないのだが……この世界のいかなる植物とも特徴を異とするあの大樹を巡って、それはそれは賑やかなことになりまして。
世間では様々な憶測や陰謀論が飛び交い、テレビは毎日のように喧々囂々の大騒ぎな日々だったわけですが……まぁ、およそ三ヶ月も経てばなんとか落ち着いてきましてですね(※落ち着いたとは言っていない)。
フツノさまたちがバチバチにやり合っていた出雲の神様も、またその場に居合わせた全国各地の神様も……こんな事態ともなれば、さすがに重い腰を上げたようで。
長ヶ田町のあちこちに配されている引退神使を最大限に活用し、どうにかこうにか沈静化に漕ぎ着けたようです(※沈静化したとは言っていない)。
まぁ、『沈静化した』というよりかは……どちらかというと『それどころじゃなくなった』と言ったほうが、表現としては近いかもしれないけど。
「いやいやいや……しかし、お招き戴いたのは初めてだがね。噂に違わず、なかなかに素晴らしい住環境ではないか。静かで、広く、設備も整い、おまけに植生も濃い。……羨ましい限りだ」
「え、なん…………噂って、どこの……あぁ、聖ちゃんとつくしちゃんですか?」
「それもあるが……どちらかというと、『対策室』の面々かね。あとは『研究室』」
「おフぁ……!?」
あのとき……おれの分身の一人であった『賢者』を核として、崩れそうだった『メイルス』の意識を自身と合一化・定着させるという『神業』を見事に成し遂げ……こうして誰一人として喪うことなく、みごとに場を収めてみせたおれ。
その結果として誕生したのが……日本国ならびに全世界へ向けて『異世界存在論』を提唱する、謎の赤髪美少女学者『プリミシア・セルフュロス』さんなのである。
以前の『植生の【魔王】』としての権能は、多少劣化したらしいけど。
おれの持つ現代知識と『賢者』としての思考能力を兼ね備えた彼……いや彼女は、魔力で作られた『賢者』の仮初の身体を『植生』の能力で受肉させてみせ、おれからの魔力供給を得ずに、かつ【隔世】外でも活動できる身体を得たのだった。
「いやほら、何。私は『契約』上、あまり我が儘を言い難い立場だからね。大手を振って合法的に外出が叶う今日のことを、それはそれは楽しみにしていたわけだよ」
「合法的に」
「なので……折角の、久方ぶりに手に入れた『羽根を伸ばせる』時間だからね。心行くまで楽しませて貰おうかと」
「…………もう! 無下に扱えないじゃないですか!」
「はっはっは」
彼女が新たな身体を手に入れてからというもの――まぁ話せばとてもとても長くなるのだが――紆余曲折、いろんな涙と笑いと涙のお話がありまして。
結果『メイルス』改め『プリミシア』さんは、かつての自身が引っ掻き回してしまったこの世界への償いと自身の『願い』のために、誠心誠意働いてくれることになった。
そこに至るまでには、ラニの……いや、ニコラさんの説得があったことは、想像に難くないだろう。
他者を慮り、足並みを揃え、助けを求めることを学んだ彼女は……今度はちゃんとみんなの意見を聞き、ちゃんとみんなに助けを求めた上で、満を持して『とある計画』をふたつ、打ち出してきた。
それすなわち……『魔法産業革命』と、『異世界開拓計画』。
唯一無二の知識と技術をもって、その荒唐無稽にも見える二つの計画を積極的に推進し、あまつさえ様々な『結果』を残している彼女は……世界じゅうが今もっとも注目しているガールオブザワールドすごいパーソンといっても過言ではないのだ!
「いやぁ、リヴィ…………失礼。ステラやツクシが興味を抱いていたのは、情報として知っていたつもりだったのだが……なるほど、『配信』か。……こうして実際に体験してみると、なかなかに興味深いものだね」
「それはそれは…………まぁ、楽しんで頂けたようで……何よりです」
「あっはっはっは。…………いや、すまないね。少々やり過ぎた自覚はあるんだ。何故だろうね、『配信中』の私は何処かはっちゃけていた自覚はある。……奇妙な高揚感、とでも表現しておこうか」
「アレを『少々』と言い張るあたりは『さすが』と言って差し上げたいですが…………やっぱ、『核』になった賢者の影響なんですかね?」
「恐らくは、ね。君の存在そのものを形作る『祈り』が、受肉を果たした私にも影響を与えたか。……実に興味深い」
ひょんなことから、おれたちのチャンネルの生配信に特別ゲストとしてお呼ばれしてくれることになった、今をときめく超有名人である彼女。
日頃のストレスを発散、というわけでは無いのだろうが……普段の知的で大人びた言動とは打って変わって、少女らしい言動で周囲を騒がせていた。
より正確に、詳細にお伝えしますと……霧衣ちゃんや棗ちゃんや朽羅ちゃんや、そしてあろうことかおれやモリアキに対して……ものすごく、あの、えーっと……グイグイ来たのだ。……いろいろと。
「まぁ私が思うに……恐らくは『性的な趣向』も、少なからず引き摺っているようだね」
「あーやっぱそうなりますかァー……! アァーー!! うがァーー!!」
「はっはっは。……そう悲観することでも無いだろう? 私は君の一側面を継承しているということは、だ。……君の懸念を払拭することにも繋がるだろうに」
「…………まぁ、そうですね」
現在の『プリミシア』さんは……『核』となったおれの知識や記憶や能力の一部や、趣味趣向をある程度引き継いでいるのだという。
それはつまり、おれの行動理念……いわば『願い』も、少なからず引き継いでいるということでもあって。
精霊の愛し子、神秘の民、幼くも高潔な心を抱いた長命種。
平和と静穏を愛し、不幸を見て見ぬ振りなど出来やしない。
全ての人々に夢と希望を与える。そのための苦労は厭わない。
そんな設定を少なからず引き継いだ……正しく、温かく、清い心を持った植生種の少女。
それこそが、今の彼女なのだ。
「……改めて、宣言しておこう。……私は、私の持つ知識と技術その全てを、この世界のために用いよう。親愛なるニコラと、他ならぬ君と、君の大切な者の住まうこの世界のために…………我々の世界のために動いてくれる、この世界の皆のために。……私はこの身を、喜んで捧げよう」
「それが……今のあなたの『願い』なんですね?」
「あぁ、その通りだ。今の私の願いでもあり、『メイルス』の最期の願いでもある。……ふふ。一度は諦め、棄てた命だ。生まれ変わったつもりで、有効に使わせて貰うよ。『モッタイナイ』というやつだ」
「…………素晴らしい概念ですよね」
「ははっ! 違いない。その通りだとも」
かつてこの世界を脅かし、常識をぶち壊し、大混乱に陥れた 【魔王】メイルスは……もうこの世に存在しない。
ここに居るのは『メイルス』の記憶と願いを引き継ぎつつも、他者との調和と対話の重要性を学び、おれと同様この世界の幸せを願う……プリミシアの名を授かった、新たなる【魔王】だ。
これから変革を迎えていくこの世界が、おれや彼女を裏切ることがない限り。
この世界の発展と進化が、彼女やラニの生まれ育った世界の再生に貢献してくれる限り。
人類の友人となった、心優しい【魔王】は……いつだって力を貸してくれることだろう。
「……ときに我が盟友よ。君の土地には存分に水浴びの出来る水場があると聞いたのだが……私はいつ使わせて貰えるのだね? 『撮影』すれば投資が増えるのであろう?」
「いま真冬ですよ!? もうすぐ大晦日ですよ!? それにあなたそんな暇じゃないでしょう!? 『ニチアサ計画』と『異世界フィルター』と『レベルアップ概念』の草案は出来たんですか!?」
「当然だとも。『賢者』たる私の叡知を嘗めないでくれたまえ。フィルター候補地のリストアップと各種数値の測定結果、簡単ではあるが私の所見と併せて纏めてあるとも」
「……………………ちょっと見せてもらってもいいですか?」
「構わんとも。……是非意見を聞きたい。抑がその名目で無理矢理『外泊許可』をもぎ取ったのだからね」
「なるほ………………え? 『外泊』?」
「うむ。『外泊』だ」
「は???」
前【魔王】が無茶したおかげで、未だに各地で頻発している『魔物』被害に対する打開策。
彼女たちの『異世界』を本格的に開拓していくにあたっての、調査坑兼安全設備の設計案。
常識が書き換わってしまった現代を、人々が生き抜くために必要な『力』を身に付ける手法。
彼女がいま精力的に進めているそれらは、いずれも『新たなる世界』に必要なものだ。
それら計画を推し進めるにあたり、彼女が相談を持ち掛けられる相手なんて……世界広しといえども、おれたちしか居ないだろう。
各研究期間や、古今東西のメディアや、政府関係者との会談などなど……表に出られないおれたちの代わりに、彼女が矢面に立ってくれているのだ。
その恩は、返さなければならない。
「……はぁ…………霧衣ちゃんに『晩ごはん一人分多めに』って伝えてきますね。……もうすぐラニも『送迎』から戻ると思うので、したら資料見せてもらいます」
「ダシマキを頼むよ。彼女のダシマキは至高だとニコラが絶賛していたのでね」
「わかりましたけど……お布団は自分で敷いてくださいよ?」
「心得た。……お風呂は一緒でも構わないだろう?」
「ダメです!!」
「つれないなぁ」
大っぴらにできない『裏稼業』は、今後に向けて考えなきゃいけないことも多いし……一方で、とうとう念願の金枠入りを果たした『本業』のほうも、決して疎かにするわけにはいかない。
どっちもがんばらなきゃいけないってぇのが……世界の守護者たる『勇者』一味、かつ新人一流(?)配信者の辛いところだな!(つらくない)
さすがに在庫切れなので明日の更新分はありません!!
しばらくのんびり書いてこうと思うので、ご縁がありましたらまた何卒よろしくお願い致します。
重ね重ね、
本当にありがとうございました。




