ハロー・ワールド
特定害獣種別、第二種……通称【四脚種】。
僕達が対処を委託されている侵略性有害生物類の中では、最も格下といえる相手だ。
動きが緩慢であり危険な武器を持たない、しかし頻度と数がそこそこ多い【人形種】は、専門の訓練を修めた現場の警官が対処することとされているが……一方で、この【四脚種】ならびに【有翼種】、そして【幻想種】に関しては、一般の警官にとってはさすがに手に余る相手であろう。
よって、今回のように【四脚種】以上の害獣が出現した際は、専門の駆除業者である僕達にお鉢が回ってくるというわけだ。
「……イチキューサンマル。『しろしば組』駆除終了」
「はい記録完了、オッケーです。ちなみに『ヒトキュー』ですよ隊長。ヒトキューサンマル」
「いいじゃないですか、別に自衛隊じゃないんですから。損耗特に無いですよね?」
「二挺木、大丈夫です」
「三河、ノーダメです」
「…………一法師、問題無し。帰還申請を」
「もうやってまーす。……あーよかった、なんとか『生わかめ』間に合いそうですね」
「よりにもよって金曜夜ですもんねぇー」
不安や恐怖や絶望や怨恨などなど……人々の『負』の感情は、積もり重なれば『魔素』を取り込み、特定害獣こと『魔物』を受肉させる。
『魔素』と呼ばれる不可視の、しかし確かに存在している新エネルギーが溢れた現代の日本では……それを用いた全く新機軸の技術が生活を潤す一方、先述の『魔物』の出現と対処がひとつの社会問題となっていた。
新たなる産業革命を迎えた日本における、現代版の『公害』とも言えるのかもしれない。
そんな『魔物』から一般市民を守るのが、警察機動隊や僕達の仕事だ。
とある『謎多き美少女エルフ』や『全身甲冑の騎士』や『赤髪の美少女学者』ら有識者達によって、出現予測や訓練、専用装備品の開発・導入などが行われ、少しずつ体制は整えられているが……やはりまだまだ、一般人に任せるには至らない。
僕達のように不慮の事故で『魔力』を得、あの不気味な『魔物』に耐性を持つ者たちが『駆除業者』として奔走して……『どうにかこうにか被害を食い止めている』というのが現状である。
対策が進められたとはいえ、やはりそれなりに危険もあるし、夜勤や急な呼び出しも有り得る業種ではあるのだが……その一方で幸いなことに、待遇は非常に良いのだ。
残された住宅ローンの繰り上げ返済も順調だし、それに基本的には一日出れば二日は休みだ。ごく稀に急な招集が掛かることもあるが、それを差し引いても充分な余暇を満喫できる。
シーズンともなれば、竜王だろうと白馬だろうと斑尾だろうと、毎週のように泊まり掛けで滑りに行けるのだ。
……それに。何よりも。
「やっほー『しろしば組』の諸君、お迎えに来たよ! さぁ帰ろうぜ!」
「お疲れ様です、ラニさん」
「「お疲れ様です!!」」
急な呼び出しや、夜勤だって有り得る業務だが……こうして推しと言葉を交わし、労ってもらうことが出来るのだ。
本当に……素晴らしい待遇の職場だと言わざるを得ない。
…………………………
浪越市南区の詰所へと一瞬で帰還し、おさげ髪が可愛らしい和服姿の事務スタッフへ報告を済ませ、既に出勤していた夜勤担当の『くろねこ組』にも引き継ぎと挨拶を済ませ……本日の業務を全て終えた僕は、一人職場を後にする。
同じ『しろしば組』の若者二人、元百貨店販売員の二挺木と、古参の『視聴者』らしい三河は……どうやら『くろねこ組』の面々――三河の友人である四谷と五島と六郷――と一緒に、詰所のテレビで観るつもりらしい。
それも悪くはないのだが……どちらかというと僕は、自宅で誰にも邪魔されずに一人で観るほうが好みなのだ。
自然と漏れてしまう声や吐息、ツッコミや笑い声を我慢しなくて済むし……自分のPCからのほうが、コメントもお布施も投げやすい。
車を三十分も走らせれば、まだ真新しい自宅へと辿り着く。
地下鉄を使えばもっと楽に、そして安全に通勤できるのだろうが……あんな乗り物、好き好んで乗る気には到底なれない。
僕が自宅へと辿り着き、仕事終わりのシャワーを浴びて、軽く食事を摂って視聴準備を済ませれば……あっという間に時刻は二十一時。
僕達の推しであり、かけがえのない恩人の、待ちに待ったライブ配信が始まろうとしていた。
…………の、だが。
『ヘィリィ! こんばんわっす! ……えーっと……魔法情報局『のわめでぃあ』、定例配信のお時間がやって参りましたァー! 本日の進行はわたくし、実在仮想褐色美少女エルフイラストレーターおじさん、『木乃初芽』とぉー?』
『ご機嫌うるわしうございまする! 超絶大人気愛され美少女、かわいいかわいいうさぎちゃんアシスタントの朽羅にございまする!』
『調子に乗るな尻軽兎めが。……ぎじゅつあしすたんとの棗である』
どうやら……我らが局長は、今日もお忙しいみたいだ。
『しろしば組』を詰所へと送り届け、ひとごこち着いたと思ったら……今度はなんと久しぶりの『第二警報』ときたもんだ。
ノワは開局一周年記念『生わかめ』直前準備の真っ只中だし、ミルちゃんは確か他配信者さんとのホラゲーコラボだというし……ならばボクが一肌脱ごうかと思っていたら、なんとノワが行くって言い出したもんだからさぁ大変!
……まぁ、そんな言うほど大変じゃないんだけどね。コトバノアヤってやつ。
一周年の節目のたいせつな配信だし、大事をとって待機してた方がいいんじゃないかと思うんだけど……どうやらノワの決意は固い様子。
まぁ、モリアキ氏とナツメちゃんをお留守番に置いておけば、万が一『ヘィリィ!』の時間までに戻ってこれなかったとしても、なんとか繋いでくれるだろう。
とにかく、妙にヤル気満々の我らが局長。
なんでも……今日が『記念すべき開局一周年』であること、また今日お呼びしている特別ゲストの正体が正体なだけに、珍しくハチャメチャにガッチガチに緊張しているのだとか。
だから軽く身体を動かしてスッキリさせて、気分転換を図りたい……ということらしい。
それにしても……気分転換に異能者の対処だなんて、さすがノワ。強者のヨユーというかなんというか。
とにかく、『おそとに出たい!』と駄々こね始めたノワと、ノワが『いっしょじゃなきゃやだ!』と駄々こねて巻き込んだキリちゃんを引き連れて、ナミコシのチューオークの現場へと急ぐ。
そうしてこうして、適切に『おつとめ』を果たしまして。
細かいとこは割愛するけれど……ノワがお調子に乗ってしまったせいで色々と危ないところだったものの、なんとか大事にならずに済んだわけだ。
それにしても、今回の『保持者』……いつものパターンに当てはめると、回復後に『ぽかぽか清掃社』の実働要員として勧誘したいところなのだが……今回ばかりは秘めたる『願い』が『願い』だ。しばらく観察する必要もあるかもしれない。
そんな感じの後始末とか、『対策室』への報告や『保持者』の引き渡しとか、被害に遇った女の子(なんとノワの視聴者さんだった)のアフターフォローとか、オウチまで送ったりだとか……そうこうしているうちに、無情にも時計が二十一時を告げる。
こんなこともあろうかと、モリアキことハツメちゃんやお調子者のクチラちゃんに、進行MCを教え込んどいてよかった。
……まぁ、それはそれとして。
「……はい! 改めましてこんばんわヘィリィ親愛なる視聴者の皆さん! ……へへ…………まさかの前スケが押してしまいまして! 大変ご迷惑をお掛けしました!」
「オッ、じゃあ勝負はここまでっすね。……というわけで緊急企画『どうぶつお絵描きクイズ』、勝者は…………圧倒的っすね。棗ちゃんっす」
「ふふん、当然よな」「そんなぁーー!」
「場繋ぎありがとねハツメちゃん! 記念すべき開局一周年生配信に遅刻したノワには、ボクのほうからきつーくオシオキしとくから!」
「そんなあ!!?」
お調子に乗って出しゃばった挙句、優先スケジュールをすっぽかしたどこぞの局長には……存分に『おしおき』されてもらうけれど。
「……ではでは、わたしは『おしおき』が気が気じゃありませんが…………気を取り直して、そろそろゲストさんをお招きしてみましょうか! 今日のゲストはですね、あの、ほんと、もう……すごいんですよ。世界的有名人ですよ!」
「勿体つけないで早く。既に時間めっちゃ押しちゃってるんだから」
「わ、わたしのせいじゃないで……あっ! いえ、あの! あれは不可抗力でして……あぅぅ、釈然としませんが…………こほん。
……えー、気を取り直して……それでは、お招きさせていただきます! 本日のすてきなゲスト! 魔素研究の第一人者にして、才色兼備のスーパーキャリアガールにして、特定害獣対策室首席研究者にして、物質魔科学のエキスパート! そして遺憾ながらわたしよりもかしこい!」
あの日から……世界は、ニホンは、ちょっとだけ変わってしまったけど。
ボクたちの夢は。願いは。基本方針は。
一人でも多くの人々を笑顔にする、という『のわめでぃあ』の存在意義は……決して変わることはない。
「人呼んで【魔ノ王】! 『はじまりの救世主』こと……プリミシア・セルフュロスさんです! どうぞ!!」
ボクらとノワの挑戦は。
ちょっと歪で、とても楽しいこの世界は。
どこまでだって、続いていく。




