499【驚天動地】長い長い悪夢の果て
べ、べつにわすれてたわけじゃないんだからね
現在の【魔王】は、簡単にいうと意識を分割している形らしい。
あの大樹に宿り、今まさに破壊を振り撒いているのも、まぎれもない【魔王】メイルスの意識のようだし……今現在魔法使いの身体を抱き締めているシズちゃんに入り込んでるのも、分割された【魔王】の別意識のようなのだ。
……まぁ、おれも似たようなことやってるもんな。現在進行形で。
「というわけで。ヤらせて頂きます」
(おのれ……ッ!! こんなモノで!!)
「抵抗は無意味だよ。【検索・無境書庫】【儀式・魔法創造】……完了」
(な、っ!?)
おれが見たミルさんの魔法を参考に、今この場で作り上げた、対【植生の魔王】専用特効魔法【除草剤】。
この世界・異世界問わず、植物の生体組織を破壊することに特化させた……使い方を誤れば普通に危険な魔法である。
しかしながら、その魔法を操れるのは賢者だけだ。世に出る恐れは無いので、安心してくれたまえ。
(か、身体が……っ!? 何なのだ、これはッ!!)
「フェノキシ、ビピリジニウム、尿素、スルホニル尿素、脂肪酸、酸アミド、トリアジン、トリアゾール、ニトリル、ウラシル、カーバメート、アニリン…………他いろんな有効成分を魔法学的に調合し、トドメにミルさんの濃ゆいヤツ(※塩水)を配合したモノです。……どうです? 効果のほどは」
(……ッ!! が、ァ……っ!?)
(よくそんな化学知識持ってたな、賢者)
(賢者ですし。わたしはかしこいので)
(ぐぬぬ)
とうの【魔王】(※の一部)はというと……やはりというか、ミルさんの【塩水】を食らったとき以上に効果覿面の様子だった。
シズちゃんもろとも魔法使いの身体を拘束していた赤黒い『繭』は、みるみるうちに痩せ細って乾燥した土色に変わっていき、あちこちにヒビが走り始める。
やっぱり、異世界には科学的な除草剤の類は存在していなかったのだろうか。いやそもそも存在していたとしても、到底抵抗できないほどに効果が高い代物だったということだろうか。さすが賢者。
「いいから……! 早く出して!」
「はいはい。今処置に入りますよ」
(なに、を…………ッ!?)
根が痩せたことで拘束が緩み、やっと身じろぎ程度は取れるようになった『繭』の中で……おれはシズちゃんの身体をしっかりと抱え直し、賢者へと仕上げを促す。
樹状組織が劣化したことで顔を覗かせた……シズちゃんの腰後ろから伸びる幹の中に隠されていた、赤黒く脈動する【魔王】の核。
おれの腕の中で『ぐったり』としている彼女に、【魔王】の意識を植え付けている元凶。
本来なら魔力を持った者にしか触れることの出来ない、別位相へと巧妙に隠されていた……『悪意の種』へ。
「……返してもらうよ。【除草剤】」
「『ッッッ!! あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!』」
ほんの一滴。しかしその効果は……おれの腕の中で小さな身体を跳ね回らせる彼女の様子を見るまでもなく、明らかだろう。
おれたちの身体ごと包み込んでいた『繭』を枯死させる程の【除草剤】を、むき出しの弱点である『核』へと注がれる。
……例えるならば、体内に直接劇毒物を注射されたようなものだろうか。身体中の生体細胞を一方的に破壊されていくだなんて、到底耐えられるはずも無いだろう。まぁおれ劇毒注射されたことないからよくわかんないけど。
【魔王】の分体は断末魔の声を上げ、依代とされた少女もまた『巻き戻り』による苦痛と違和感と嫌悪感に絶叫を上げる。
魂を撫で上げられるような、心の奥底を掻き回されるかのような本能的な恐怖感に……彼女は発声器官の限界を越えた悲鳴を絞り出し、小さな身体を震わせ続ける。
「あ゛ぁぁ、ッ!? ガぁぁあ゛ぁあああ!! っぐグアァあア゛ア゛ァァァぁああ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
華奢で儚げで幼げな身体には似つかわしくない、まるで悪霊か何かが取り憑いたかのような痙攣を繰り返し。
瞳はぐるんと裏返り、精緻なワンピースがくしゃくしゃになるのも厭わずにのたうち回り、喉が壊れんばかりの絶叫を上げ続ける。
魔法使いが【鎮静】を掛けていて尚、この暴れっぷりなのだ。どれ程深くにまで【魔王】の侵食が伸びていたのかは……想像に難くない。
しかし……それでもこの暴れ方は、さすがにちょっとばかし不安になってくる。
【魔王】の分体が枯れ果てて、侵食が巻き戻されて尚『身体』が問題なく生命反応を示してくれていたので、てっきり『意識』のほうも無事だと思ったのだが。
考えたくはないが……もしかしたら、手遅れだったとでも言うのだろうか。
小さく幼げな身体に強い意思を秘めた、姉妹想いのお姉ちゃんを……助けられなかったと言うことなのだろうか。
「【落ち着いて】【もう大丈夫よ】【元気になあれ】……【実行】!」
「………………、……!! …………!!」
暗い予感が脳裏をよぎったおれの横合いから、おれたちのものではない構造の魔法が飛んでくる。
『他者を思うがままに従わせる』その魔法によって……無理矢理ではあるが、依代とされた少女は落ち着きを取り戻させられていく。
魔法の飛んできたほうへと目を向けると、そちらには……両目いっぱいに涙を湛えた、可愛らしい二人の少女の姿。
あちこちを土汚れでドロドロにしているけど、二人ともどうやら無事のようだ。
仲睦まじい二人の義姉妹……かつては【魔王】に目を付けられて身体を作り替えられ、【使徒】という名の生贄とされる運命にあった彼女たち。
【魔王】の魔の手から逃れた今、彼女たち本来の『願い』に従い……大切で大好きな『姉』を救うため、尊い決意を漲らせる。
聖ちゃんはなけなしの魔力を振り絞り、つくしちゃんは見覚えのある紙片付きポーション瓶を握り締め……鎮ちゃんを目覚めさせるため、ありとあらゆる手を尽くす。
「…………こっちは……この子らに任せて大丈夫そうだね。賢者はあっち行ってくるよ」
「賢者がそう言うなら、そうなんだな。……あっちは頼む。真エンドに導いたってくれ」
「任せとけよ、魔法使い。『神業』ってやつを見せてやるわ」
「期待してるぜ。おれはもうちょっとだけ堪能してから行くわ」
『しょーがねーな』と言わんばかりの苦笑を残し……『植生』の魔王に対するメタ的レベルな特効魔法を会得した賢者は、全てに片をつけるために夜の緑地公園を駆けてゆく。
泣きそうな美少女ふたりと、意識の無い美少女ひとりと共に残されたおれは……健やかな吐息をこぼす穏やかな美少女の寝顔と、ド好みな身体の柔らかさをしばしを堪能させて頂いていたのだが…………。
「…………えっち。…………お金、とるよ」
「「!!!!」」
「ふふっ。……おはよう、シズちゃん。せっかくだし…………言い値で払うよ」
「………………じゃあ…………しょうがない……にゃあ」
途端に駆け寄ってきたのは……愛らしい目元から大粒の涙をボロボロと溢して唇を震わせ泣きじゃくる、心優しい二人の少女たち。
シズちゃんがその身を呈して守り抜こうとした『妹たち』に、辛く険しい戦いを終え生還した『お姉ちゃん』を預け。
心優しいエルフの魔法使いは……救われるべき『最後のひとり』を救うための、最後の作戦行動を開始したのだった。
攻略法方がばれていた……どおして……
忘れてなければいつもの時間にもこうしんします……




