472【三日目朝】どうすればいいの
どこかの誰かさんたちと違って、Ⅲ期生の皆さんは誰一人としてお寝坊することなく、翌朝の配信開始時刻を迎えることができた。
お顔を洗って身支度を整えるのに手間を掛けたいがため、朝ごはんは火加減の難しい飯盒ごはんではなく、レトルトごはんをお湯で温めていたのだが……まぁ、そこに掛けられるカレーがそもそも神ってるからな。一晩寝かせた特製ビーフカレーだ。
そこへ花畑みどりさんのリクエストである、われらが霧衣ちゃんのお手製だし巻き玉子とおまけのゆで玉子をプラスして……なかなかにボリューミーな朝御飯が整いまして。
大変満足そうな顔で、気持ちの良い『ごちそうさま』を聞くことができた。
いやいやいや……めっちゃいいにおいだった。さすカレー。
「それじゃー、あっという間でしたが……『実在仮想林間学校』第二部、これにて終了です! ご視聴ありがとうございました!」
「「「「ありがとうございました!」」」」
片付けを終えて、撤収作業も終えて……ほぼほぼ予定通りの十一時、無事クロージングを行うことができた。
さてさて、例によって我々はこれから施設メンテに入らせていただくわけで、それが終わったら今度はⅡ期生の方々をお迎えに行く予定である。
全四部のうち半分を終えて、残すところももう半分……今日明日のⅡ期生と、明日明後日のⅣ期生だ。
視聴者さんももしかしたら飽き始める頃合いかもしれないので、尚のこと慎重にいかなければならない。設備の不具合なんかでお楽しみに水を差すことは許されないのだ。
……っとまぁ、おれたちのメンテ作業は一旦置いといて。
ひと仕事終えたⅢ期生の皆さんの送迎に関してですが……これはやはり、もしかするともしかする気がするのですが。
「えーっと……はい。私らも温泉堪能して、三日ほどゆっくりしようかなって」
「あの旅館めっちゃよかったからなぁー。お仕事気にせずのんびり満喫したかったんだよなぁー」
「昨日の先輩たちの配信、やっぱ私ら自分の番控えてたから……いまいち楽しみきれてなくてさ」
「お風呂上がりにごろーんしたいし……惰眠をむさぼりたい」
「ベルさまたち昨日からいるんでしょ? めっちゃ楽しそうだし!」
……とのことで、やはりというか『落水荘』さんにお世話になるご予定らしいです。はい五名様ご案内ー。
ははーん、これはおれ読めましたわ。多分だけど明日Ⅱ期生の方々も終わったあと行くわ。みんなで集まってヤンヤヤンヤするつもりですわこれ。いいなー。
なんならハデスさまあたり、大広間借りきってプロジェクターで配信見る会とかやりかねない気がする。あそこ地味に設備整ってるもんな。いいなー。
まぁとにかく。おれたちとしても、すぐそこの滝音谷温泉街が潤うぶんには大歓迎だ。
おれが動画とかで大々的に宣伝すると拠点バレの恐れもあるので、直接宣伝することはできないけれど……知人(と思ってもいいのだろうか)にプライベートで使ってもらう分であれば、何の懸念もない。ついでに温泉街のファンになってほしい。そしてあわよくばオウチに遊びに来てほしい。
そんな控えめな欲をひそかに抱きながら……おれたちは次のお客様をお迎えするため、施設メンテに取り掛かったのだった。
お弁当を届けに来てくれた『あまごや』さんの息子さんから『女の子五人組が来てくれました』との情報を聞いたときには……こっそりほくそ笑んでしまった。
……と、いうわけで。
Ⅲ期生マネージャーの伊倉さんと入れ替わりに、第三陣であるⅡ期生【私立安理有高校】所属の六名様がログインしました。
生徒会長の日之影時さんや書道部の刀郷剣治さんをはじめとする高校生チームであり、割と普段からこの六名であちこち遊びに行っているという仲良しチームである。
とはいえ、【変身】の適応下でキャンプを敢行するのは、もちろんのこと初めてだろう。
ぜひとものびのびと、羽目を外して楽しんで……またおれたちを楽しませていただきたいものだ。
『…………ひさしぶり、すてら。……元気してる?』
「っ、…………シズ、ちゃん」
『……ん。よかった。あんまり、帰り……遅いから。…………忘れられたかと思った』
「………………忘れやしないわ。全部覚えてるわよ。…………全部」
相も変わらず眠たそうな目をした、お人形のように小さくて可愛らしい少女。
あたしの恩人にして、義理の姉にして、魔王の従僕【睡眠欲の使徒】……宇多方鎮。
何故ここに、なんて疑問は……今さら無意味だろう。彼女にとって『距離』なんていう概念は、大した障害になりやしない。
睡眠欲の権能の一片【明晰夢】によって生み出された彼女の霊体は……本体の休眠を代償として、遠く離れた地点へと意識を飛ばすことができる。
『行ったことがある場所のみ』『そこから先は徒歩移動になる』などの制限はあるけど、その利便性は計り知れない。
行動するのは本体ではなく、あくまで霊体。つまりはただの魔力の塊に過ぎない。
であるにもかかわらず、【明晰夢】による彼女の霊体は、魔力の濃度を弄ることで物体に干渉……つまりは『ものに触れる』こともできるし、逆に壁抜けや姿を消すことや、空中浮遊の真似事すら可能。
それに何よりも……その霊体越しでも、【睡眠欲の使徒】としての権能を振るうことさえ出来てしまう。
神出鬼没ぎみにあちこち姿を現したり、警察署に単身で乗り込んでケンカ売ったり……そりゃもうやりたい放題だ。
彼女本人は安全な場所で休眠しながら……姿を消し、気配を消し、誰にも見咎められること無く情報を集め、暗躍する。
それこそが、彼女を【第一の使徒】たらしめる唯一無二の個性であり……この日本で『魔王』の勢力を磐石に整えるための、絶対的なアドバンテージ。
この権能と、前世でさんざん叩き込まれたという仕事術、更には【直行直帰】の魔法……そして極めつけは、眠れば眠る程に魔力を回復するという特性。
それらによって『魔王』による『世界常識改編計画』を強烈にサポートする……いわば右腕にして、懐刀。
その、彼女が。
お父様……いや『魔王』に仕える【使徒】が。
『勇者』ならびに『正義の魔法使い』に負け、捕虜と化したあたしに……このタイミングで接触する理由とは。
『……そんなに、警戒されると…………ボク、悲しい』
「なん、……なにを…………いや」
『…………すてら?』
「……あたしは、もう…………魔力を使いきった。だから……魔王の役には、立てない。……わざわざ、シズちゃんの手間を掛けてまで回収する必要……無い、と思う……んだけど……」
『ん…………いいよ。……回りくどい言い方……にがてでしょ、すてら。…………だいじょうぶ。ボク……見てたから』
「――――ッ!!?」
見てた。
何を、なんて……考えるまでもない。
決まってる……あたしがあの子に助けられたときのこと。あの子を信じるって決めたときのこと。あの子のために『魔王』から離れると誓ったときのこと。
そのときを……見られていた。
『……警戒しなくて、いい。…………ボクは、ぜんぶ……わかってる』
「ッ、…………なにを、させようってのよ、今さら…………何の用なのよ……あたしに!」
見張りの猫ちゃんたちは、今この部屋には居ない。
なんでも最近なんか『遠出』やら『留守番』やら『引き継ぎ』やらバタバタしてるらしいし……そもそもあたしがとても『いい子』にしてたこともあり、ここ数日は一匹しか着いてないことも多かった。
そして……その唯一の見張りの猫ちゃんも、『お昼の時間』と呼ばれて行ってしまった。あたしに食べさせるごはんを取りに行ってくれたのだ。
……そのタイミングを、彼女は狙っていたのだろう。
あたし以外に誰も居ない、誰の目も耳もない座敷牢の中で。
あたしを挟んで、天井の監視カメラのちょうど反対側に。
あたしにしか認識できないようにと存在感を絞り、細心の注意を払っての接触。
気が気じゃない……その内容とは。
何事かと身構えるあたしに対して告げられた、姉にして(かつての)上司からの、訓示とは。
『……すてらは、今…………楽しんでるみたいだし。……ボクが手を回して…………一週間、あげる……から』
「…………え? い……一週、間……?」
『うん。…………一週間後。つくしを迎えに寄越すから……そのときに、ね。チャンスになるから…………裏切っちゃいなよ』
「……ッ!!?」
それは……あたしの心を縮み上がらせるのには、充分すぎる『提案』だった。




