04【初回配信】はじめまして、わたし
「ヘィリィ! 親愛なる人間種の皆さん! ……こほん。はじめまして、魔法情報局『のわめでぃあ』局長の『木乃・若芽』です! ……あっ、仮名ですよ?」
賽は投げられた。……いや。
自分の手で、自分の意志で、思いっきり投げてやった。
二十一時〇〇分……記念すべき第一回の生放送、晴れやかなその幕がついに上がる。
先週の試験放送とは異なり……演者は3Dキャラクターアバターではなく、『木乃・若芽ちゃん』と成り果ててしまった俺自身。ソフトの中で表現されたフルデジタルな電子スタジオではなく、背景は自室の壁。
白の壁紙がぴしっと張られた部屋の壁以外、一切の生活感が映り込まないようにカメラの位置と角度を調整し、白一色の背景に魔法を使ってスタジオ背景を投影して電子スタジオを再現していく。
可愛らしい身振りとともに名乗りを上げ、可愛らしいフォントで『木乃・若芽』という名前が書かれた風船状の看板が、これまた魔法によって『ぽこん』と姿を表す。
細長い板状の具現化魔力塊に『周波数登録お願いします♪』と書かれた看板をふわふわと浮かべ、宣伝も忘れない。
「はいどーも。どーもどーも。んふふ。ありがとうございます。……えへへ、ニホン国語上手でしょう? わたしいっぱい勉強しましたので。こう見えて頭は良いんですよ?」
聞こえもしない観客の声援に応えるように、わざとらしくあざとい挙動で愛想を振り撒く俺の身体。両腰に手を当てて胸を張り、いわゆる自慢顔で言外に『ほめてほしい』をアピールしてみせる。
配信ページのコメント欄は少しずつ勢いを伸ばし始め、スクロールされる速度も視聴者数もじわりじわりと上がっていく。
看板娘の可愛らしさを湛えるコメント、演出の賑やかさに感嘆の声を漏らすコメント、まるで実写のように綺麗でリアルな演者にただただ驚愕するコメント。
親の七光りだけではない『何か』を感じ取った視聴者が、次から次から驚きのコメントを寄せていく。
ほんの数分前までは出口の見えない真っ暗な洞窟に迷い込んだような心境だったのが嘘のように……この初めての配信を心の底から楽しんでいる自分の存在に、ほんの微かな違和感を抱く。
だが……今はそんなことどうだって良い。
この初めての放送、初めての舞台。俺の愛する娘『木乃・若芽』という少女の、はじめましての誕生日。
一生に一度、晴れの門出を成功させること……今はただそれだけを考え、最善を尽くす。
お利口な身体は準備のときと同様、次に何をすべきかをしっかりと記憶してくれている。何百・何千もの練習を経たように正確な動きを辿り、ぎこちなさや覚束なさを感じさせない。足運びは滑らかで手指の動きは美しく、やや幼げな風貌にもかかわらず決して未熟さを垣間見せない。
我が身に降りかかったあまりにもあんまりな事態に頭の中から吹き飛んだはずの台本は、PDFデータのようにはっきりと記憶されている。ご丁寧に今どのあたりを進行しているのか、この次はどういう流れになるのか……それこそ台本そのものを携えて読み上げているかのごとく、ひたすらスムーズに口上は続いていく。
「この番組、魔法情報局『のわめでぃあ』では、このわたしが集めた様々な耳寄り情報を、人間種の皆さんにお届けします! グルメ、芸能、サブカル、旅行、他にもさまざま! 皆さんの生活がより豊かに、より楽しくなるように、『のわめでぃあ』局長であるこのわたしが! 精一杯お手伝いさせて頂きます!」
先程の名前の看板同様、ジャンルごと色分けされた風船を口上と共にぽこぽこ浮かべながら、それらを背景に愛らしい笑顔と可愛らしい踊りで、この『番組』基本方針の訴求を行う。
勿論、いわゆるネットニュースやワイドショーのようなリアルタイムの時事ネタを組み込むほどの処理能力は無い。『放送局』と謳っていながらも、所詮はいち個人の動画配信に過ぎないのだ。
だからといって指を咥えて見ているような真似も、手を抜くようなこともしない。頻度と鮮度で勝てないのなら、よりニーズに合致した番組を提供する。視聴者の『観たいもの』を動画サイトのアンケートやSNSで仕入れ、また日頃よりSNSを積極的に利用し、『趣味に身近な放送局』を目指してファンを獲得していく。
……それが、とりあえず当面の目標である。
「今回の放送は『はじめまして』のご挨拶も兼ねていますので、皆さんのお声も頂戴したいと思います! 当放送局に取り上げてほしいこと、やってみてほしいこと。そんなのがあったら、ぜひぜひコメント下さいね! ……そうですね。せっかくですし……このわたし『若芽ちゃん』に対するご質問も……ちょっとだけなら、答えちゃいますよ?」
若干前かがみで上目遣いにカメラを覗き込み、可愛らしく小首を傾げて片目を瞑り、控えめながら美しい胸元をアピールし、桜色の唇をカメラと同軸のマイクに近付け、これまたあざとさ溢れる誘い文句を台本通りに小声で囁き……一連の流れを自然体で完璧に演じてみせる身体に、我が身ながら惚れ惚れする。
……と同時。
配信サイトのコメント欄とリンクするスマホが物凄い速度でスクロールし始め、新着コメントの通知が壮絶な勢いでカウントを重ねていく。
さりげない動作で異常を告げるスマホを手に取り、そこに示される若干とはいえ予想外の展開に、完璧に看板娘を演じている筈のこの身体があからさまにビクつく。
その微細な心境の変化を敏感に察知し、お利口なこの身体は設定通りに……無慈悲にスイッチを切り替える。
「ふぇっ!? え……ふゃっ!? ひょ、ちょっと!? 『そういうの』はまだ早いです! ……じゃなくって! まだとかそういうお話じゃなくて!!」
手に取ったスマホ、そこに表示されるコメントの一つに途端に顔を赤らめ……控えめな胸と下腹部を隠すように己を抱き、後ずさるように距離を取る。カメラから離れたことで上半身だけでなく足元までもが映り込み、長い髪と背丈の小柄さが明らかになる。
未発達な少女でありながら女性らしさを垣間見せるローブは、明らかに鼓動を増したこの身体をしっかりと隠しているようで……しかしながら身体のラインに沿って立体縫製されたこの衣装は、見ようによっては下手な水着よりも艶めかしい。
「ち、違いまひゅ! 赤くないですし! ……は、恥ずかしがってなんかいませんし? わたしはこれでもひゃく…………えっと……いっぱい、いっぱい歳を重ねた大人ですし? 人間種の皆さんとは違いますし? 人生経験豊富ですし?」
更に加速していくコメントの濁流を一つ残らず目を通しながら、どう考えても経験豊富には映らぬであろう初心な言動を――演技四割本心六割で――可愛らしく完璧に演じていく。
コメント閲覧用スマホから手を離し宙に浮かべ、耳の先まで真っ赤に染まった顔を手で覆うように隠し、狙い通り初々しさ溢れる『恥じらい』を表現する看板娘。
その可愛らしい姿を称えるコメント、健気な姿を応援するコメント、単純な言葉で好意を表現してくれるコメント……それらの音無き声援を受けて確かな手応えを感じるとともに、『この配信を何としても成功させなければ』という確固たる意志が、改めて大きく育ち始める。
「も……もう! 大人をからかわないの! ……えっと、あの、つまり……ほ、ほら、配信サイトさんの規約とかあるので! あんまりえっ……ち、なのは……ほら! 追放される危険が危ないので! 初日に追放とか洒落にならないので! ゆるしてください! 何とかしますから!!」
今の俺が抱く、確たる『願い』――皆に愛される我が娘をこの世界に誕生させる――それを叶えるために気合を入れ直し、取り乱していた思考を落ち着かせ、意識してスイッチを切り替える。
若干の顔の火照りは残しながらも……熱に浮かされていた思考は落ち着きを取り戻し、進捗度と注釈入りの台本が再び頭の中に浮かんでくる。魔法放送局の看板娘となるべくして設定されたこの身体は、自らに課せられた役割を果たすべくその思考と技能を働かせていく。
先程から……それこそこの放送が始まる前から、この身体に抱いていた確かな違和感。それが気にならないといえば嘘になるが、今はそんな瑣末事などどうだって良い。
大切なことは、ただ一つ。
今日のこの放送を成功させる……それだけだ。
「……こほん。お見苦しいところをお見せしました。わたしもちょっとびっくりです。……こんなに、こんなにたくさんのコメント……皆さん本当にありがとうございます! ……そうですねー……それでは、せっかくなので……追放されない範囲で、皆さんの質問コメントにお答えしようと思います! いわゆる『雑談枠』ってやつですね! おしゃべりです!」
堂々としたポーズで指をひとつぱちんと鳴らし、可愛らしい筆跡で『ざつだんコーナー』と書き記された看板を背後に浮かべ、宙に浮かべたスマホを小さな掌で指し示す。壮絶な速さでスクロールする画面を流し見たことで記憶したコメントのうち、答えられそうな質問を抜粋する。
せっかく少なくない視聴者が興味を持ってくれた、この『木乃・若芽』ちゃん……練りに練った設定を活かすも殺すも、これからの一挙手一投足に懸かっているのだ。
大丈夫。わたしは木乃若芽ちゃん。魔法情報局の局長なのだ。
「質問は随時受け付けてますので、どしどし送って下さいね! わたしはとても賢いので、皆さんのコメントこのように……ちゃーんと目を通してますから! では張り切っていきましょう! 最初の質問…………えいっ!」
配信サイトの規約には抵触しなさそうな、それでいて『木乃・若芽』ちゃんの魅力をアピールできる質問を選びぬき、その質問を読み上げながら文字の書かれた風船を浮かべる。
『木乃若芽』ちゃんを詳しく知って貰う絶好の機会。是が非でも成功させたいし……何よりも本心から『この子をもっと知ってほしい』と思っている。絶対に失敗するわけにはいかない。
「『何歳ですか』、って……初対面の女の子に年齢聞くとかちょっとどうなんですか人間種諸君……これ普通なの? えーそうなんだ……ちょっと衝撃的……えっと、こほん。うーん……まあ良いか。ひゃく……違った。えっと……はい。『人間種換算で一〇歳』です」
「『本当に仮想配信者なんですか』…………え、と、当然ですよ? 新人仮想配信者、日本国では珍しいエルフ種の『木乃若芽』です! 仮名ですが! 本名公開はちょっと呪術的によろしくないので! 勘弁してください!」
「『演出すごいですね、魔法みたい』。ンフフフ……あなた見どころありますね! そうでしょうそうでしょう! このわたし若芽ちゃんは超超超熟練の魔法使いですので! 華麗な魔法さばきに見惚れるが良いですよ!」
「『好きなものは何ですか』。いいですね! 雑談枠って感じします! えっと……わたしはこの世界に来て日が浅いのですが……あれはおいしかったですね! 『カツドン』! 好きです! あとは『ヤキニク』とか『ハンバーグ』とか! 『ヤキトリ』もいいですね!」
「『娘さんを僕に下さい』……って! 何ですかこれ! 居るわけ無いでしょう! わたしまだ百歳ですよ!? …………? ……間違えた!! 一〇歳ですよ!!?」
「『わかめちゃんめっちゃかわいい』。ほんとですか! ありがとうございます! お名前覚えました!!」
「『わかめちゃんパンツ見えないよ』当たり前でしょう!? 何『見えて当然』みたいな言い方してるんですか!?」
「『一〇才児なのにお姉さんぶるの可愛い』。わたしのほうが歳上なので当たり前です! ちゃんとお姉さんです!」
「『わかめちゃマッマ』ママではないです! お姉さんです! …………何かコレちょっと流れおかしくないですか!?」
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充分な機材と自由自在の魔法を駆使し、リアルタイムで演出を加えながら配信は続いていく。
ときに落ち着いて、ときに取り乱し、何度かの小休止を挟みながらの生放送は……
放送開始から丁度百二十分後……二十三時。
見事な定刻通り、かつ大盛況のうちに……後に一部界隈では『伝説』と呼ばれる(らしい)初回放送、その幕を閉じた。