465【企画初日】歓迎しよう、盛大にな
「やだァーー!! 聖剣ない! オレの聖剣ない! 無いよぉーー剣な゛い゛よ゛ぉーーーー!!」
「馬ッッ鹿なんで剣持ってきてねぇの!? やだァーー! なんかいるっでごれェーー!! 絶対な゛ん゛か゛い゛る゛っ゛て゛ェ゛ー゛ー゛!゛!゛」
第一の刺客。
『おにわ部』所属の烏天狗三人娘による、【変化】と【飄】と【浅霧】の術。
まあでもこれ、『第一の』というよりは『第一から第三の刺客』か。……どうでもいいな。
クボテさんの【浅霧】によって不気味な霧を漂わせると共に体感温度を『ひんやり』と下げ、ダイユウさんの【飄】がターゲットの周囲を駆け回り茂みを盛大に掻き鳴らし、大烏に【変化】したカショウさんが威圧感たっぷりの羽撃き音と鳴き声をばら蒔き……果たしてその効果は抜群だった。
いつもの鎧と剣を失った山歩きスタイルの勇者と、同じくフィールドワーク用の服装でしかない魔王……一応シリアス畑のキャラ設定を持っているはずのいい歳した二人は、みっともなく絶叫を上げながら抱き合い震えていた。
おれはその様子を――少し離れた位置から【隠蔽】と【静寂】と【浮遊】をふんだんに用いた『撮影ドローン』モードで――バッチリシッカリガッツリと、情け容赦なくカメラに収めさせていただく。
役者が予想以上に本気だったこともあり、ちょっと可哀想な気もしてきたけど……そもそも『肝試ししようぜ!』って言い出したのは勇者さんなので、身から出た錆ということで我慢してもらおう。
ティーさまやベルさんやソリスさんのときは、ちゃーんと手加減するよう役者一同に申し伝えておくので、大丈夫だ。
まぁそれはつまり……女子がいない今は、本気でやってもらうということなんだけどね!
「ちょっとおおおもおおおおおおお!! カラス鳴くなってばあああ!!!」
「なんでまだカラス鳴いてんだよぉ……もう夜中じゃねえかよぉぉぉぉ……!!」
間違いなくノリノリであろうカショウさん(の烏モード)から逃げるように、へっぴり腰で足をもつれさせながら進むターゲットの成人男性二人。
頼りなさげに揺れるLEDランタンの光を追いかけながら、おれは内心ワクワクしながら次の刺客の行動を見守る。
第二の……もとい、第四の刺客。
疲弊したターゲットの心に忍び込む、不吉な黒猫(に見える錆猫)棗にゃんの誘い。
……とはいえ、棗にゃん本猫はそこまで脅すつもりはないらしい。
――――がさがさがさがさっ。
「「わああああああああああ!!!」」
『にゃ……にゃぉーん…………』
………………うん。
棗にゃん本猫は、そこまで仕掛けるつもりは無いとのこと。
そのふかふかで愛くるしい小さな身体は、手酷く脅されたターゲット二人にとって、むしろ一時の癒しを提供することに繋がるだろう。
可愛らしい猫ちゃんとしてターゲットの前に姿を現し、身体を擦り付けながら愛想を振り撒き、時おり意味ありげに後ろを振り向きながら夜道を先導していくだけだ。
地獄(※言い過ぎです)に突然現れたフワッフワの癒しにゃんこを追い求め、あわれターゲットは周囲の確認がおざなりになったまま、視線を下に固定し進んでしまうことだろう。だってかわいいもんな。
「あーっねこ行っちゃうねこ」
「あーっあーっねこ待っ………………待て、おい……勇者オイ待てアレアレアレ!!」
「ッ!!? ………………ビッッッックリしたァーーーー!!! あー……びっくりした。あの子クチラちゃんでしょ、『のわめでぃあ』さんの」
「ぁ……あぁ、なるほどな。……あービックリし…………なんでこんなトコにいんの」
「………………………………」
意味ありげにターゲットを先導する棗にゃんの進む先。
真っ暗闇にぼんやりと浮かび上がる砂利道のど真ん中に、こちらへ背を向けて座り込む……第五の刺客。
「…………っ、……ぐす、っ、ひっ……く、…………ぐしゅっ、……ふぇぇ」
「「………………………………」」
真夜中に、山の中で、地面にうずくまり、嗚咽を漏らし啜り泣いている……ふわふわの黒糖色の髪をもつ、和服姿の小さな女の子。
どう考えても、何かある。ここまでしておいて何もないハズは無い。
ターゲットを誘っていた棗にゃんも、すすり泣く少女の傍らまで歩を進め……ターゲットを振り返り、妖しく光る二つの眼で『じっ』と見つめている。
「ひっく…………ぐす、っ、……ひぅっ」
「…………魔王お前行けよ」
「ヤだよ勇者お前行けよ」
「バカお前押すなって! やめっ、やめろってバカ!」
「デケェ声出すなバカ! 気づかれちまうだろバカ!」
「 だ
れ
に 」
「「わああああああああああ!!!」」
大人げない罵り合いが始まろうとしていた、そのとき。
ターゲット二人の注意がお互いに向き、おれのカメラもその二人の様子に狙いを定めた……その一瞬の隙を見計らい。
敏捷性極振り系野兎少女朽羅ちゃんは、顔を伏せたまま一気にターゲットへと急接近。
小さく可愛いらしいお手々で二人の服の裾を『ちょこん』と……しかしながら『逃がさん』とばかりに握り締める。
「…………きづか、
れる?
だれ…… だれ、 に?
…………わた、 し、の?
……きづか
れ、き づき、
……わたし、 が、に」
「ち、ちちちちちちち違うんだって。別にクチラちゃんに警戒のしてたわけじゃないでくきゅて!!」
「そ、そそそそそそそうそうそうそう! クチラちゃんが嫌なわけじゃないから絶対まじまじで!!」
「 ほ ん とう
の? …………わ たしは、
に、
ある? ……きら、 い、
ちがく、に?
あり、 て
……ちがい は?
ちがい?」
「ちちちち違う違う! キライ違う!」
「そそそそそうそう! 嫌わない嫌わない! 俺様可愛い子好きだし!」
「 か
わ
い
い ?」
オッケーナイス演技。ナイス誘導。その言葉を待ってたんだ。
決め手となるキーワードを耳にした朽羅ちゃんは、ターゲットを『にがさん』と握りしめていた服の裾を手放し、俯いたままゆっくり一歩二歩と後ろに下がり……
やがて。
ゆっくりと。
のっぺりとした、貌の無い面を上げ。
「 か わ
い
い ?
こ れ で も ?」
「「……………………………………ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」」
「ひゃわわっ!? っととと……」
本日一番の絶叫を上げ……金髪碧眼イケメンと褐色肌有角お兄さんの仲良しコンビは、蹴っ躓きながら全力疾走で逃げ去っていき。
おれの持つカメラからは、二人の持つランタンの光が大きく揺さぶられながら、夜闇の中へと溶けていく様子が見てとれる。
「いぇーい! ぴーすぴーす」
「はいお疲れ様。良かったよぉー」
「えっへへぇー!」
顔全体に『のっぺらぼう』の特殊メイクを施した(という設定の)朽羅ちゃんは、『大成功』とでも言わんばかりの笑顔(たぶん)で、おれのもつカメラに向かって可愛らしいダブルピースを掲げて見せた。
こちらにはマイク入力が無いので声までは届かないだろうが……彼女の可愛らしさは、配信の向こう側にも伝わったことだろう。
『わかめちゃん家の庭にはマジで出る』とかいう噂になったら、それはまた厄介なことになってしまいそうなので……いちおうね、弁護の余地というかね。
そんなわけで、一仕事終えた朽羅ちゃんは、棗にゃんと少し休んでもらうとして。
全力で駆け出していったターゲットのおふたりさんのほうは……そろそろおうちの近くに着いた頃だろうか。
さて、それでは『超高性能撮影ドローン』であるわたくしめは、ちょこっと先回りさせていただいて。
折り返しの『ひと押し』と、いかせていただきましょうか。




