45【街頭収録】新企画始動!!!
「いいっすか先輩、先輩のソレはエルフのコスプレです。コスプレっすけど先輩は百歳を越えるエルフのお姉さんです。……オレも自分で何言ってんのか解んなくなってきたっすけど、とにかく先輩は気を強く持って下さい」
「わ、わかっ……わかった」
「演じ続けるんだよ、ノワ。君なら出来る。局長の底力を見せ付けてやるんだ!」
「お……おう、ま……まかせ、まっ、ままっ……まませりょ」
(あっ噛んだ。可愛い)
(噛んだね。可愛い)
昨日の夜に行われた、おれの今後の進路を決めるための三者面談を経て……おれはこの日本で生活するにあたって、とりあえずの指針を得ることが出来た。
大筋でいえば、某悪魔閣下をまるっとパ…………リスペクトする形となる。つまりはこの耳も、髪も、瞳も、とあるキャラクターを演じるための特殊メイクなのだ。まあ閣下は生粋の悪魔なんだけど!
その肝心なキャラクター『日本へやって来たエルフの女の子』を演じるにあたっての、我が魔法情報局が誇る敏腕演出家(抱えていた仕事を一掃し、全リソースを今後の活動計画立案へ回した神絵師)の立てた作戦が……今まさに始まろうとしているところなのである。
「じゃ……じゃあ…………いってきます」
「「いってらっしゃーい」」
妙に上機嫌な笑顔でおれを送り出す二人をせいいっぱいのジト目で睨み付けながら……おれはモリアキの愛車から降り立ち、スライドドアを力いっぱい閉める。
うちの演出家が提案した、街中で行うはじめての収録。おれは正直いって不安でしかないのだが……おれの絶対の味方が二人揃って『先輩なら絶対大丈夫っす!!』と太鼓判を押すのだから、きっと大丈夫なのだろう。
軽く身体をほぐし、装備品を確かめ、視界に入った若草色の髪に溜息をこぼし……頬をぺしんと叩いて気合いを入れ、おれは作戦を開始する。
仮想ではない実在する配信者として、おれがどこまで戦えるのか。仮想配信者として生を受けたこの身体の、魔法放送局局長としての技術は……生身の人間を相手に、果たしてどこまで通用するのか。
(街中でゴップロ回すの初めてだわ……使える画が撮れりゃいいけど)
全ては……おれがどれ程『若芽ちゃん』というキャラクターを演じられるかに懸かっている。下手に恥ずかしがったり素を出したりすれば、完成度は目に見えて下がるだろう。
そうなればおれはただの痛々しい子か、単純に不審者である。
…………それは嫌だ。絶対に嫌だ。
この程度の演技をこなせないようじゃ……魔法情報局『のわめでぃあ』局長、天才美少女エルフ配信者若芽ちゃんの名が廃る。
「大丈夫、大丈夫。わたしは、大丈夫。…………よっし、行きますか」
無事にスイッチが切り替わったのか、はたまた心強い理解者の後押しがあるからか。
心の暗雲をなんとか追い払うことに成功したおれは……平日の午前中とはいえ多くの人々が行き交う年の瀬ムードなアーケード街へ向けて、堂々と歩みを進めていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『居た! 赤い看板の店の前! 良い感じの雰囲気だよモリアキ氏!』
「うーわ、初手JKとか度胸あるなぁ先輩。警戒されるかもと思ってたっすけど……おお、打ち解けてるっぽいっすね。パネェ」
『すごいなぁ……まぁ多分自棄っぱちだろうけど』
「白谷さんもそう思います? でもまぁあの度胸はすげーっすよ。三十路のオッサンがJKに声掛けようもんなら普通は即通報っすもん」
既に師走も終盤、年末年始休暇に突入している時季とあってか……この伊養町商店街は多くの人々で賑わっている。
この商店街は、ど真ん中に位置する伊養観音の門前町として栄え、このご時世にしては珍しく発展を続けている全国でも稀有な商店街である。
なんでも……営業が困難となった店舗を自治体が借り上げ、店を持ちたい若者達に斡旋して開店を後押ししているんだとか。
その甲斐あってか空き店舗はほとんど見かけず、またそんな元気な商店街の集客効果を見込んでか、周囲では商業ビルの建設や再開発が行われ……今となっては新旧も規模も品目も国籍も入り乱れる混沌とした――それでいて活気溢れる――一種の観光名所となるに至っている。
そんな賑やかな商店街、アーケード通りに面した喫茶店の二階客席。
オレは折畳式オペラグラス越しに、姿を隠した白谷さんは『望遠』の魔法越しに。窓の外およそ三十メートル程向こうの路上で女子高生二人組と会話しているエルフの少女を、ワイヤレスヘッドセットを着けつつじっと観察する。
先輩を下ろした我々は近くのコインパーキングに愛車を押し込み、眺望良好なこの席を陣取ってインタビュアーを見守っているのだ。
先程までの『不承不承』とした雰囲気はどこへやら。その所作は誰がどう見ても背伸びをする女の子そのもの、控えめに言って非常に微笑ましい。
相手の女の子二人は既に警戒を解いているらしく、言動を見るにマイナスイメージを抱いていないようだ。
それにしても……どんな話してるんすかね。ちょっと気になるんすけど。
「っていうか……先輩あれ気づいてるんすかね? 周りめっちゃ写真撮られてますよ」
『うーん…………気づいてるのかな……さすがに気づいてるよね……あんなに人目集めてれば』
「めっちゃファンタジー美少女っすからねぇ……伊養町だから忌避感も少ないんすかね?」
『……っていうか、これ一組目だよね? 凄い盛り上がってるし……なんかいきなり次繋げちゃいそうだよ?』
「マジっすか!? っ、と…………どんだけ喋り上手なんすかあの子」
『ほら女の子たちも……なんだっけ、えっと……スマホ? 見てるよ。多分ノワが……チャン、ネル? 宣伝してるんだと思う。この企画趣旨も説明してるんじゃない?』
「手際良すぎないっすかあの幼女……」
思わず声を荒立ててしまい……周囲の視線を浴びて我に返る。先輩に借りたワイヤレスヘッドセットのお陰で『通話中にいきなりテンション上がった痛い奴』と思われるだけで済んだハズだ。
あの幼女が次の段階に進むまではこの店に居座ろうかと、つい先程ブレンドコーヒーとピザトーストを注文してしまったのだが……これは早くも移動の必要が生じてしまうかもしれない。
『あっ……御愁傷様、モリアキ氏。移動するよ移動』
「ぐおおお……コーヒーまだ半分も飲めてないっすよ……オレ猫舌なんすよ……まだピザトースト来てないのに……」
『……まぁ、せっかく作って貰ったんだもんね。コーヒーは何とか頑張って。ボクも手伝うから』
「く、っ……アイスコーヒーにしておけば!」
視線の先、和気あいあいとした雰囲気で移動する女の子三人組を見送りながら、香り豊かな熱いコーヒーをちびちびと啜る。先輩から移動先の連絡が来るまで、もう少しくらい時間があるだろう。
せっかくのできたて届きたてのピザトースト……溶けたチーズが非常に熱そうである。せめて半分、できれば七割くらいは頂きたい。
そんな希望的観測も虚しく……直後スマホが着信音を響かせ、女児からのメッセージの受信を告げた。
白谷さんは『仕方無いね』とか言いながら……ピザトーストを一瞬で片付けてしまった。
なにこの子すごい。