451【大口商談】二足のわらじエルフ
「…………えー、以上がですね、わが『わかめ沢キャンプ場(仮称)』の施設概要と、今回ご提案させていただくプランの概要となります。……ご質問はございますでしょうか?」
「では、僕から二点ほど。まず今回の『実在仮想林間学校』においては、何名か撮影用スタッフを帯同させたいと考えてるのですが……近くに食事が摂れる飲食店、またはコンビニ的なものはあるのでしょうか?」
「近くの……えっと、徒歩で十五分くらいいった温泉街に食事処は幾らかあるので、そこで食べることは出来ます。あとは交渉と予算次第でしょうけど、お弁当を作ってもらうことも出来るかもしれません。テイクアウトもやってるっぽいので。……コンビニはですね、無くはないんですけど、温泉街の南がわ入り口のほうなので……徒歩だと三十分くらいですかね」
「……なるほど、大丈夫そうですね。ありがとうございます。……では、もう一点。…………若芽さんが私的に整えたところにお邪魔する身ですので、大変失礼な物言いになってしまうのですが……」
「いえいえ、大丈夫です」
「……すみません。…………演者組とは別に……撮影スタッフがテントを張れるような場所は、確保できるのでしょうか?」
「……………………あっ!!」
まだまだ残暑も厳しい、本日は九月九日の水曜日。
今月末に迫った『実在仮想林間学校』に向けて、おれたち『のわめでぃあ』経営陣は『にじキャラ』首脳陣との打ち合わせに望んでいたのだが。
……さすが、こういったイベントを数多くこなしている超大御所事務所なだけはある。おれたちが気づかなかったような着眼点というか、計画の『抜け』をきっちりと探しだし、指摘してくれていた。
「えー、っと……そうっすね、最悪『おうち』に滞在して頂くことは可能かと思います。そちらのハデスさん始め『なかゲ部』の方々にご提供頂いた布団が十セットあるので」
「アッ、ごめんなさい……九セットです」
「九セットあります。えーと……広さも十畳が二間あるので、まぁそんな窮屈でも無いかなと」
「…………例えば、ですが……その二間を全日程、五日間の間、当方で借り上げることは……」
「んー、ふすまの向こうでうちの子たちが騒ぐかもしれませ…………十中八九騒ぎますが、それでも大丈夫なようでしたら……」
「嵩張る機材を置いといたり、あとはPC広げて出来るトコから編集進めたい……ってコトっすよね? 大丈夫みたいです。当然電源もお貸し出来ますし、回線もそこそこの速さの光が引いてあるんで、作業には困らないと思います」
「おぉ……至れり尽くせりですね。助かります」
「あとオプションプランで霧衣ちゃんがおにぎり差し入れしてくれるプランなんかも」
「見積りお願いできますか?」
所属配信者の一人であるミルク・イシェルさんの件もあり、半ば『共犯者』であるところの『にじキャラ』さんとの打ち合わせは……幸いというべきだろうか、こちらの手の内をよく知っている配信者さんが多く居たこともあってか、非常にスムーズに進んでいく。
ハデスさまやティーリットさまを始め、大御所配信者さんがおれたちのことを気に入ってくれたというのが、とても大きい。
今回ふたたびわが家(の近くの私設キャンプ場)に遊びに来れるということもあって、その盛り上がりもひとしおなのだとか。
一度遊びに来たことがある方々は、やはり皆さん楽しみにしてくれているのだというし……今回始めて遊びに来る方々は、それはそれは期待に胸を膨らませてくれているのだという。
滝音谷温泉での『なかゲ部』狂渦合宿のときは、カメラの回っていないところで遊びにいったり遊びに来てもらったりもしたのだが……そのときよりも更に更にパワーアップしているのだ。
一見さんはもちろん、常連さんにも喜んでもらえるように、当日までにバッチリ施設を仕上げなければならない。
「…………ではキャンプ場の使用に関しては、こちらの見積書で進めさせていただきますので……お手数ですが、十畳間を二間と……霧衣さんのおにぎりを加えた見積のほうをですね、改めてお願いしたいのですが……」
「ン゛フッ。……差し入れプラン重要ですか」
「超重要ですね。実はスタッフにガチ恋勢が居まして」
「き、霧衣ちゃんはわたしの嫁なので渡しませんが! ……失礼しました。二間のほうは、一日あたりこれくらいでいかがでしょうか。のべ五日間で…………あ、電源と回線利用と、あとおトイレとか水回りとかぜんぶ込みで、これくらい」
「ははは……冗談でしょう。一部屋ならまだしも、二部屋でこの金額は有り得ませんって。……倍してください、倍」
「んェっ!? ばば、倍はちょっとデカすぎやしません!? じゃじゃじゃじゃあ……ポッキリ! ポッキリで!」
「……それでも相場の半値以下な気がするのですが……若芽さんが良いと仰るのなら、お言葉に甘えましょう」
おれにとっては、普段は正直持て余し気味のお部屋が収入になるというだけでおったまげなのに……五日間の貸しきりとはいえ、こんな額のお金に化けるだなんて。
しかし元はといえば、おれがスタッフさんたちの滞在を全く考えていなかったばっかりに、先方はこうして余計な出費を強いられる羽目になったのだ。
ならばせめて、滞在中はスタッフの皆さんが不便を感じることの無いよう、誠心誠意おもてなしさせて頂かなくてはならないだろう。
そして勿論、キャンプ場利用の配信者の皆さんも、だ。
水洗トイレと屋外シンクと炊事場に関しては、当日までに完成させると宣言してしまった。もう後には引けない(引く気はないが)。
「すみません……色々とご指摘やお心遣いいただき、ありがとうございます。ご満足いただけるよう頑張って準備します」
「いえいえこちらこそ。本当正直なところ、渡りに船でした。あの子たちを屋外でのびのび撮影させてやりたいんですが……如何せん、周囲の視線が」
「大騒ぎになるでしょうね……皆さん大人気ですし、知名度も高いでしょうし」
「それもそうなのですが……特に、ウィルムさんがですね……」
「あー…………なるほど。日本の山中で『邪龍』なんて出たら……」
「下手したら猟銃持ったおじさんたちが出動する騒ぎっすよね……」
「そういうことです。……部外者を完全にシャットアウトできるのは、非常にありがたい」
「恐縮です」
その後も打ち合わせは順調に進んでいき、大まかな進行と主だった演目などが決まっていった。
あとはそれら演目に伴う必要物の調達リストや、スタッフさんのお弁当の金額なんかの細部をいろいろと詰めていき……やがて双方『問題ないだろう』との合意のもとで、正式に契約を締結するに至った。
おれの(借りている)おうちのお庭で、おれたち(というよりは主に『おにわ部』)が作った施設で、おれの『推し』たちがたのしいひとときを過ごすのだという。……それだけでもう、おなかいっぱいだ。
現代日本にはそぐわない容姿の、しかし現代日本に存在する次世代の配信者。
多くの人々に『たのしい』を提供する、そんな『たのしい』皆さんの手助けになれるのなら……この程度の労力、お安いご用である。
当日までは、およそ二週間。気を抜いてるとあっという間だ。
がんばりどころだ……気合いいれてくぞ!




