447【晴天霹靂】炙り出せ
巨大な建屋のなれの果て、壁や天井のあちこちを炭化させ、黒く濁った水を滴らせる、ボロボロの廃墟の周囲。
脱出不可能の小さな異界に閉じ込められた『獣』どもは……その檻から逃れようと、錠を壊しに押し寄せる。
……いや、どうやら今回は『獣』だけでなく、『鳥』も戦列に加わっているようだ。
さすがだぞ指揮官。地上戦力だけではたとえ『龍』を投入したところでおれたちを制圧出来ないということを、ちゃんと理解しているんだな。
(…………ラニ、見つけた?)
(いや…………居ない? そんなバカな)
(たぶんだけど……空気を従えて『隠せ』ってやってる)
(ムチャクチャだよ! 本当にあのとき捕まえとくべきだった!)
(本当だよ。シズちゃんの介入があったからって……あそこで日和るんじゃなかった。おれのせいだ)
(そこまでだよ。その思考は何の意味も無い)
今さら後悔しても……もう遅い。
世界侵略性外来植物『レウケポプラ』――含光精油と高熱量ペレットを生み出す夢の植物――の栽培プラントを狙った爆破テロは、こうして最悪の形で実を結んでしまったのだ。
冗談では済まされない。
もう一切容赦はできない。
そりゃあ別に、おれとて最初から遊んでいたつもりは無いけども……今日はなおさら、出し惜しみするつもりは全く無い。
「理を越えて来たれ。今ひとひらの力を示せ。わたしが望むわたしの姿、気高き稀なる強者よ」
直接的な攻撃に限らず、隠蔽やら隠形なんかの搦め手を使うなど、多少は戦い方を学び始めているようだけど……いかんせんまだまだ未熟。しょせんは拙い付け焼き刃に過ぎない。
半年以上に渡って非常識きわまりない戦いに身を置き続け、こう見えてもあれやこれやと戦法を練り続けてきたおれを…………おれたちを欺くには、練度が到底足りていない。
「……【『創造録』・解錠】。【召喚式・『飛耳長目の斥候』】……来い」
「応よ。バカみたいに魔力を溢れさせたこと……後悔して貰おうじゃん」
『…………いやぁー……ノワも大概ムチャクチャだよね』
四方八方から雪崩打って押し寄せる『獣』の群れを、頼りになる相棒が切り捨ててくれている間……そうして稼いでくれた安全な時間を【召喚式】に充て、新たな分身体を召喚する。
周囲に高濃度の魔力が溢れる環境下であれば、攻撃魔法の効率も大きく上がる。さらに勇者が同伴して護衛してくれるのならば、おれが火力や防御をこれ以上伸ばす必要は無い。
よって、敵の指揮官たる【愛欲の使徒】の看破・捕縛・無力化に重きを置いた力を……縁の下の力持ちたる『斥候』を、強く強く思い描く。
「さっさと終わらせて嫁の手作りハンバーグ食うんだ。気合入れろよ、斥候」
「任せとけ。つってもぶっつけ本番だが……フォロー頼むぞ、魔法使い」
直接的な戦闘能力を削った代わりに取り揃えた、戦闘補助のための各種技能……【暗視】【指向性集音】【熱探知】【空間質量探知】【魔力探知】【魔力波反響探知】などの強化および探知魔法を総動員し、隠れ潜みこちらを伺う敵指揮官を探し出す。
たとえ自身の権能によってその姿を隠そうとも……それがどのような手段での隠蔽なのかはわからないが、何かしらの痕跡は残るはずだ。
隠蔽の術の行使には『魔力』を使っているだろうし、呼吸すれば『大気』は揺らぐ。生きていれば『体温』を発するし、心音や血流の『音』を完全に消すことは不可能だし、神経には伝達用の『生体電流』が行き交っている。
それらの情報、ひとつひとつは些細なれど……それら些細な断片を積み重ね『工場の瓦礫にはあり得ない地点』を導き出すことなど、この飛耳長目な斥候にとっては造作もない。
「【戦闘技能封印解錠】【不可視の隠形】」
「【加速付与・斥候】」
ただでさえ速力と器用さに特化したステータスの斥候に、更に魔法使いの手で【加速】のバフを加える。
戦闘技能によってその姿を隠し、更に超超高速の機動力を備えた斥候の動きに……まさか自分の所在が露見しているとは露にも思っていないだろう敵指揮官が対応出来るハズもなく。
「他愛なし……ってね」
「…………ッ!? クソッ! 離せよ変態!!」
「動かないの。もう逃がさない……よッ!」
「ゥぐ、があ゛…………ッ!?」
魔法使いと勇者が、十や二十じゃ効かない規模の『獣』と『鳥』の群れを引き付け片っ端から処理している、その間に。
不可視の帷を纏った斥候は人知れず瓦礫の山を疾駆し、屋上の端に潜み眼下の戦況を窺っていた敵指揮官の身柄を押さえる。
不可視の斥候に奇襲を受けた『魔王の使徒』は、その華奢な身体を捻り必死に抵抗を試みるが……今度こそ、もう逃がすわけにはいかない。
手荒な真似だという認識はあるが……うつ伏せに倒した彼女の背に体重を掛け、純粋な『痛み』によって異能の行使を阻害させる。
そうして稼ぎ出した一瞬の時間。魔法使いは朽羅ちゃんの護衛を勇者に一時預け、斥候を追って天井の大穴から屋上へ。
組み敷かれた痛みに顔をしかめながら、それでも『憎悪』も露におれたちを睨み付ける使徒へと近付き……一切容赦無しでの【昏睡】魔法をお見舞いする。
「――――っ、……ぁ」
おれが授かった魔法の力、知識によると『魔王軍四天王をも昏倒させる』という触れ込みの魔法をお見舞いされては……未熟な彼女の精神では、到底抗うことなど出来なかったのだろう。
敵愾心を垣間見せたまま、しかし瞼はどんどんと落ちていき……やがてその身体からは力が抜け、ぐったりと屋上に倒れ伏す。
おれの知識にあった『魔王軍四天王』が、どこの何者なのかは解らないままだが……現・おれたちの敵である『魔王』の使徒には、どうやら通用するようだ。
まぁ尤も、同系統完全上位互換の権能を秘めた【睡眠欲】の使徒には……到底通用しないのだろうが。
「……沈んだ?」
「みたい。ラニ呼んで……ついでに護衛代わってきて」
「おいおい……われ斥候ぞ? 魔法使い殿は無茶をおっしゃいますなぁ」
「そこは『他愛なし』って言わないんだ?」
苦笑しつつも斥候は大穴へと消えてゆき、数瞬の後に白亜の全身鎧が跳び上がってくる。
その小脇には身を縮めている野兎の少女が抱えられ、その後ろには斥候が続いて姿を現し、周囲を駆け回りながら【対魔物用防御陣地】をテキパキと形成、加えて念には念をと【魔物忌避剤敷設】も焚いていく。
……まぁ確かに、べつに一階にこだわる必要は無いもんな。遮蔽物や障害物の少ない屋上ならば、見通しも良い。
仮設とはいえ安全地帯は確保できたし、『獣』や『鳥』程度の脅威度ならば、この防御陣地を貫くことはできないだろう。
『ドコにする? カスガイさんとこかフツノさまか』
「囘珠で。モタマさまのところに」
『おぉ? ちょっと意外。……まぁいいや。我は紡ぐ【繋門】』
「ありがとラニ。じゃあ追手が来る前に行ってくるわ。朽羅ちゃんを頼むぞ、斥候」
「まかせとけって。主戦力が他に居るなら話は別よ」
自身に強化魔法を施し、ぐったりと意識の無い【愛欲】の使徒を背に担ぎ、おれは『大神』モタマさまが座す囘珠宮へと飛び。
こうして……魔王の手勢の身柄を確保することに、とりあえずは成功したのだった。




