430【神前会談】野兎神使の笑顔
「こちらが神々見の内宮本殿にて御座いまする。別名は煌戴神宮、此の国の天皇陛下にまつわる祭事のほとんどが行われる、大変由緒正しき御宮にて御座いまする」
「やっぱ壮観だよなぁ……森の中にぽっかり空いた空間と広い空と」
「屋根がまたご立派っすよね。これ二十年に一度建て替えるんでしたっけ?」
「これはこれは! 旦那様は博識で居られまする! ……えぇ、えぇ。それ即ち式年遷宮の大祭に御座いますれば! 内宮外宮ともに二十年に一度、社殿は勿論御装束から御神宝に至るまで全てを新たに造り直し、大御神たりまする夜泉様に新宮へとお遷り頂く由緒正しき催しに御座いまする!」
「本殿だけじゃねえの!? 全部!?」
「左様に御座いまする。此方の本殿に留まらず、周囲を囲む御垣から鳥居から、宝殿、外幣殿、御饌殿、果ては先程皆様がお渡り頂いた御百裾橋に至るまで。これ即ち神々見の宮を常に瑞々しく保つため、千幾百年にも及ぶ先達の御心の賜物に御座いまする」
「そんな大規模な建て替えなら、費用だってバカんなんないっすよね……なんでまたそんな頻繁に?」
「えぇ、確かに仰有られます通りにて。円貨にして凡そ六百億とも云われておりますれば、遷宮に懸ける我等の熱意も推して知るべしと云えましょうや。……して、遷宮の理由に御座いまするが……それ即ち御宮の建方に依るものにて御座いまする」
「「たてかた」」
「えぇ、えぇ。神々見の宮はそれはそれは由緒正しき歴史を持つ御宮なれば、その建方もまた弥生の頃の建築に由来するものにて御座いますれば。即ち、白木の掘立て柱は雨風にて侵され易く、如何に御立派な霊木とて到底長持ちは望めませぬ」
「「なるほどーー」」
アラマツリさんの身も蓋もない物言い(※ただし自業自得の事実)に、てっきりガッカリしてメソメソしてウォウウォウしてしまってるかと思われた朽羅ちゃんだったが。
霧衣ちゃんの包容力によるものなのか、はたまた天性の被虐体質によるものなのか……おれが合流したときには既に、いつもの調子を(表面上は)取り戻していた。
……ので、どうせならばと彼女に改めて案内を頼んでみたところ……意外や意外、本職の観光ガイドばりの丁寧な解説を交えながら、こうしておれたちを案内してくれたのだ。
そもそも神々見神宮は、日本屈指の観光名所でもある。
せっかく来たのなら堪能しないと損だし、堪能するなら現地に精通したガイドさんはとても心強い。
確かに、少々性格に難はあるけども……この子はこの子で他に無い魅力を持っていることも、また確かなのだ。
「やっぱ詳しいね、朽羅ちゃん。……好きなんだね」
「ぅ、ぁ……っ、…………誤魔化しは、効きませぬか。お客人の『眼』の前には」
「おれじゃなくても、気付くよ。……説明のとき、とっても嬉しそうで……とっても誇らしげな顔してるもん」
「…………それは、それは」
ヨミさまから下った辞令によって、これまで慣れ親しみ好いてきた神々見から離れなければならなくなった朽羅ちゃん。
その心境はおそらく、霧衣ちゃんや棗ちゃんのときほど穏やかじゃないのだろう。
彼女が寂しさを感じないよう、しばらくは積極的に神々見さんへ足を運んだ方が良さそうだ。
せっかくなら観光動画も撮影してしまいたいし……神宮境内は勿論として、ここ神々見の門前町もまた魅力いっぱいの観光スポットなのだから。
だから……おれたちがあしげく通っても、なにもおかしくないわけだな。うん。
「ノワノワ、よさげなおトイレあったよ。ここでシちゃう?」
「なにやら不穏なニュアンスを感じましたが一切無視させていただきますね。……うん、本殿にも近いし、さっきの詰所にも近いし……裏なら人もほとんど来なさそうだし。……ここにしよっか。ラニお願い」
「ぅエッヘヘ~。公衆トイレの裏でなんてまーたスキモノなんだから~ノワってばも~」
「おしゃぶりの刑って新しく考えたんだけど」
「さて、パパっと済ませちゃおうね」
ガイドの途中で突然公衆トイレの裏手に回ってゴソゴソし始めたおれたちに、可愛らしく小首をかしげ疑問符を浮かべている朽羅ちゃんが見守る先……ラニはてきぱきと【座標指針】の設置を終え、これでいつでも神々見神宮へと一瞬で飛んでこれるようになった。
これでヨミさまやアラマツリさんにいつでも会いに来れるし、『魔王』対策の相談も気軽に行えるだろうし……それに、観光するにあたっても便利だからね。
べつに朽羅ちゃんのために用意したわけじゃないんだからね。勘違いしないでよね。
「……ふぇ…………飛んで、これる、と? ……い、一瞬で!? 何処からでも!?」
「ラニに【門】を開いてもらう必要はあるけどね。一方通行ではあるけど……おれん家にも【座標指針】あるから、行って帰ってーってすることは簡単に出来るよ」
「な…………っ!?」
「だから……ね。面倒な辞令だろうけど……前向きに捉えてくれると嬉しいかな、って」
「め、ッ…………面倒、などと……」
【天幻】の勇者たるラニお得意の反則的魔法に、おくちあんぐりで唖然としていた朽羅ちゃんの……その背後。
おれの視覚(望遠)が捉えたのは……なんだか妙に難しそうな表情の、白髪混じりの男性。
筋骨粒々のがっしりとした体躯に神職用の袴を纏ったその姿は、ここ神々見の神域奉行であるアラマツリさんだ。
「………………朽羅」
「っ! ……荒祭、様」
おーっとぉ、これは我々撤退しておくべきですね。おれのオトメチックレーダーにビンビン来てますよ。
まぁおれはオトメじゃないんだけど、オトメチックな気配を感じるレーダーってことね。おれはおとこなので。
(……いちおボクが見てるよ)
(ありがとラニ、たのんだ)
背中をピーンと伸ばして硬直してしまった朽羅ちゃんに『先に駐車場行ってるね』と告げ、何か言いたげなアラマツリさんにニッコリと微笑みを残し……お邪魔虫一同はいそいそと本殿前広場を後にする。
……あとは、あのお二人がゆっくりじっくりお話しすべきことだ。
ラニも空気は読んでくれてるようだし……余計なちょっかいは出さないだろう。
そうして……時間にしておよそ十分か二十分か、そのあたりだろうか。
駐車場へ向けて歩を進めるおれたち四人の後ろから、ぱたぱたと草履の足音が聞こえてくる。
(ラニ? 何事もなかった?)
(うん。めっちゃ『てぇてぇ』だったよ)
「わ……若芽どのー! お待たせ致しておりまするー!」
おれに向けて投げ掛けられた、元気はつらつな声に振り向くと……そこには小柄な身体を巫女服に包み、縮緬の風呂敷包みと男性用の扇子を大事そうに抱え、満面の笑みでこちらへと駆け寄ってくる少女の姿。
どうやら……アラマツリさんはばっちり彼女を元気づけてくれたようだ。
今やなんの憂いも無くなった小さな神使は、年相応に可愛らしい笑顔を浮かべている。
……こうして見てる分には、単純に可愛らしいんだけど。
「……じゃあ、いこっか? 朽羅ちゃん」
「えぇ、えぇ! この朽羅、我らが神々見の為とあらば! たとえ未開の片田舎であろうとも、辺鄙で窮屈な山奥であろうとも」
「あ? なんて? も一つ首輪着けたろうか? 真っ赤な極太リードで亀甲縛りすんぞおら」
「ッンんひゅぅぅ……!!」
なんとも名状しがたい恍惚とした表情を浮かべ、それはそれは幸せそうに身悶えしてみせる、野兎の少女。
そんな彼女を白い目で見つつ、『渡さぬ』とでも言いたげな顔でおれの腕にしがみついてくる錆猫の少女。
可愛らしい妹分と、生意気ながらどこか放っておけない妹分を、慈愛に満ちた眼差しで見守る白狗の少女。
とても華やかで愛らしく姦しい神使少女三人組と、そんな尊ぇ子たちをデレッデレした顔で堪能している、(中身は)男のおれたち三人……あわせて六名。
ここにピンチヒッターであるミルさんも加え、魔法道具の製造・配備体勢も着々と整いつつあるわけで。
われわれ『正義の魔法使い』ご一行の反撃は、ここから始まる……のかもしれないな!




